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第5話
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階段を登りきり、監査課のフロアに入った。
回収課の容疑者が“集められてる”って話――それを剥がしに来た。
静かすぎる。
いつも紙と怒号で騒がしい場所なのに、今は魔獣の水飲み場かよ。
紙が落ちる音ひとつしない。
それに――臭ぇ。
焼いた肉の匂いがする。
壁に押し付けられるようにして貼りついた影が一つ。
人影の形なのに、当の本体がどこにもいない。
影が、置いてかれてる?
その異様さが、今夜の段取りを一気に思い出させた。
――数時間前。
「存子、今夜やっちまうか?」
回収課の連中がまとめて動く情報が出ていた。
在香は、回収課名義の緊急依頼で遠ざけてある。
あいつにだけは、俺の手が人を“狩り”に戻るところを見せたくねぇ。
俺一人で動く。
その方が、帳簿に残らねぇ。
「いいですね。ただ問題は一か所に集められている可能性が高いので、単独ではがせるかは現場次第です」
なんでまた一か所なんぞに集めてんだ。
尋問するには楽かもしれねぇけどな。
けど今回に限り多いなら、やりようによっちゃあ俺にもやりやすい。
「まあ、無理はしないさ。
どうせ俺の中の“存在証明スロット”五枠のうち四枠、
――埋めりゃいいだけだ」
「はい合理的な判断です」
あとは、在香と鉢合わせにならないことだが。
「在香は?」
「回収課名義で“緊急の指名依頼”を通してあります。
イカルダ橋の調査回収。明日まで戻れません」
「改ざんログは消しましたが、嗅ぎつかれれば私が先に焼かれます」
「改ざんってお前、結構ハードだな」
「ありがとうございます……念のため、少しだけ過剰に内容マシマシにしておきました」
「俺たち、他の課の連中からしたら、便利屋だもんな」
「はい。便利屋は、綺麗事の外が仕事です」
“使える手段は全部使う”――それが存子流だ。
……まあ、そこは俺も同じだが。
存子は軽く言うが、画面の隅で魔力濃度の警告が赤く点滅していた。
用意周到だな。やり方まではあえて聞かない。
回収課の容疑者たちの収容先の調べはついている。
夜になると、あの階だけ明かりが消える。妙なんだよな。
まるで“見られたくない”ものを隠すように。
この塔の反対側にある建物の中の最上階だ。
容疑者を集めているなら、その場所って珍しい。
俺は今まで聞いたことはあるが、みたことはない。
ようは、待遇悪くしませんよ。と言いたいらしいけど実際どうなんだ?
こういう“仕事”の前だけは、昔の血が疼く。
誰もいない夜更けで俺は思わず口ずさむ。
神無大戦の血の疼き、じゃなく“嫌な懐かしさ”。
五寸釘を指で回しながら、俺は口の中だけで数を数える。
「一、刺す。二、剥ぐ。三、埋める」
こうでもしねーと俺自体が殺しの魔導具になっちまう。
……笑ってないと、手が勝手に動く。
だから、笑う。
笑えば、手は止まる……はずだ。止まれよ。
確か、あの建物の最上階って監査課だよな。
不正と詐欺摘発の連中だから、ある意味回収課が不正したからってヤツか?
でもな、なんか違う気がするんだよな。
俺はスマポをとりだし、変わらず棒で描いた棒人間づらの存子の笑顔にぞっとする。
あれ? 構わないと怒るタイプだっけか、こいつは。
「存子、監査課の連中が回収課を尋問するのって変じゃねぇか?」
最上階へ向かいながら念話だ。
アホみてぇに声発してたら、隠密なんぞならんからな。
「はい。一見すると役割にそって見えますが、本来、懲罰隊の尋問が適切だと思います」
「へぇよく知ってんな。俺でもその部隊しらなかったぞ」
へぇ、と軽く言ったが、胸の奥がざわついた。
「最近編成されたばかりです。私の是明さまなら難なく突破できるかと」
私のだって? おいおい、ポコポコ2号にだけはなるなよ……。
「最近? なんだ、何かに合わせて作ったみたいだな」
「ええ。何かが動いています。備えの編成でしょう」
「うは、それってよ、神無大戦(じんむ)の続きかよ」
「よくご存じで」
「ああ、そっか俺と存子が会うまえだったもんな」
「前に話してくれた、神界で暴れた時の話ですか?」
「神無大戦(じんむ)か。あの地獄な。俺は最初の波の現場にいた。その話は……今はいい」
――で、戻る。
……静かだ。
そのくせ壁には、影だけが貼り付いてる。
それに――臭ぇ。焼いた肉と、紙の焦げた匂いが混じってやがる。
おかしい。ここは“尋問室”のはずだろ。
嫌な感じだ。
この手触り、前にも味わった。
――あの戦争の、始まりと同じだ。
ここの課ってこんなものなのか?
魔導灯も消えているし、夜間誰もいねぇのか?
俺のいる徴税局は、昼夜関係ねぇから常に誰かバタバタしてるからな。
まぁ雑っちゃあ雑だけど、その分自由だ。
様子みながら来たが、期待外れか?
さて、ここがようやく、五階の最上階なわけなんだが。
「存子、これ罠ってわけねぇよな?」
「随分とにぎやかですね……“散らかり方”だけは」
「だろ? 祭りでもあったんか? 普通机って倒れないよな?」
「書類の散らばり方を見ると誰か暴れたのかもしれませんね」
「やっぱ祭りか。ん? なんだこれ」
まただ。空間が一部浮いているというか、エンボス加工されている箇所。
「魔力の痕跡です。相当な質ですね」
壁に押し込まれた“複数の影”の輪郭がある。
名札だけ散らばってる。職員票だ。
魔導鎖も断ち切られている。
嫌な予感しかしない。
「人は誰もいない。たしかここの階層にいるはずだよな? 捕まった回収課のやつら」
「ええ、そのはずです……存在剥離の痕跡です」
「影だけ残して、本体を剥がした――」
存子の声が、わずかに低くなる。
窓は開いたままで、部屋の中はかなり荒らされている。
天変地異でひっくり返ったような騒ぎだ。
壁もぶち抜かれているところをみると。
おやおや。
「ぐががががが」
人の形はたもっているが、目が黒い。
――喉の奥で何かが擦れる音。
片足をひきずっている。
魔力が全身から異常にあふれている。
でも何故一体だけなんだ?
逃げ遅れた。違う。“残された”。見本として。
――そして今。俺はその“結果”の中に立っている。
「存子、こいつ……人か?」
スマポパネルの表情は困り顔だ。
「……人じゃありません。でも“人の札”は残っています」
「なんだそりゃ?」
「中身が壊れています。
人の形のまま、獣に書き換えられて……その上から、別の署名が被さっています」
「……おいおい」
「複製じゃないですね。枠を潰して、無理やり“入れ替えて”ます。
神族クラスの手口ですね」
神族“でも”、こんな遊び方はしねぇ。
「まったくよ。誰だ? こんな悪趣味な真似して楽しんでるやつは」
「要するに、“人間としての存在証明を持った魔獣”です。
本来の世界にはありえない、造られた存在です」
魔獣はゆっくりこちらを向いた。
目の奥の黒が、液体みたいに揺れていた。
“誰かがそこにいる”……そんな感じがした。
こいつの“内側”で、誰かが笑ったな。ありえねぇけど、それがあるのがここなんだよな。
人か、神族か、それとも――あいつらか。
どうでるか。
試しに声をかけてみたくなった。
「よお、監査課に苦情か?」
「うぅううう」
「そうか、騒音の苦情か? 派手にちらかしているもんな」
「うう」
だめだな。
もはや意思疎通も無理か。
「わかった。やるか?」
瞬間、風が止んだ。
音が置き去りになる。
景色が勝手に後ろへ流れる。
世界が置いていかれる。
目の前に来た俺は、五寸釘をヤツのこめかみに一気に突き刺す。
「ぎょっ!」
目の前のヤツは、体がびくつき跳ねる。
俺の両方の腕は金色の粒子につつまれた。
「是零掌!」
掌底を胸骨の中央に打ち込む。
衝撃波が浸透する。
その先に別の空間があった。
存在証明だ。
「もらうぜ」
空間から勢いよくはがし、紙切れみてぇな札を胸の内に押し込む。
目の前の奴は外側から銀色の粒子になり、消えてしまう。
――死んだ。数えるまでもない。
……名札だけは、拾っておく。
せめて、誰だったかぐらいはな。
「まずは一枚」
床の紋様が、ほんの一瞬だけ“書き換え途中”みたいにずれた。
その瞬間、階の奥から
“ず、ず、ず……”
と何か重いものを引きずる音が響いた。
存子の画面がわずかにノイズを走らせる。
「……是明さま。
あと三体ではありません。
もっと……多いです」
これはあれだな。一から指折りで数えて、十以上は「たくさん」っていうヤツだな。
気配がねぇ。
音もださねぇ。
姿もみえねぇ。
匂いも……あった。
なんだ? なんだ?
……まただ。さっきの“焼けた匂い”。
ここにいるのは魔獣だけじゃねぇ。
「存子わかるか?」
「範囲を広げました。ですが不明です」
「チッ。そこか?」
俺は金色の粒子をまとった腕で、これだと思える気配に対して撃ち込んだ。
「是零掌!」
空間が衝撃波ではじける。
その波動により、空間からあらわれたのは存在証明だが、何かおかしい。
色も形も違う。
本来なら白銀色なのに、これは“焦げついた黒”が混じっていた――とか。
角が欠けているとか、中央に「歯形」みたいな凹みがあるとか。
これほんとに証明書か?
どっかでみたことがあるような。
「……見た目だけ札。
中身は焼けカスです」
……なるほどな。胸くそ悪ぃ匂いだ。嫌な予感しかしねぇ。
「誰だ? こんな雑な上書きしたのは」
――やばい。
胸の裏が、ひどく冷えた。
まったくひでぇーな、おい。
まあいいさ。引っぺがす。
突然床が立てないほど大きくゆれた。
今度はなんだ?
「是明さま、大変です! 今すぐ脱出を」
「なんだー?」
ひとまず、存子のこのセリフは外れたことがない。
俺は一目散に階段のてすりで滑りながら、急降下していく。
「建物から脱出を」
間一髪だった。
建物自体が粒子化し、外壁から消え始めた。
遠くで雷が鳴った。
……クソ。今日はあったけぇ黒苦、多めに飲まねぇとダメだな。
「是明さま……札が多すぎます。異常です」
「おいおい、どうなっているんだ? でもやべぇな、ずらかる」
「……是明さま。
“札の寄せ集め”を、魔獣として動かした……神無大戦の初期と、同じ構造です」
「なんだあ? それじゃ俺たち、動作確認に使われただけか」
「少なくとも、善意ではありませんね」
ひとまず……二枚。これで“燃料”は増えた。
……カスでも“枠”は枠だ。燃やす分には足りる。
死体は残らない。残るのは、空席だけだ。
だが、後味が最悪だ。
目撃される前に退散だな。
あの匂い。
魔獣の焼け方じゃねぇ。
誰かが“焼いてる”。
俺は思わず足を止めた。
風が吹いた。
誰もいないはずの通路で、黒い影が一瞬だけ揺れた。
……見間違いか?
いや、あれは“こっちを見ていた”。
深淵を覗けば、深淵もこっちを見返す――って言うけどよ。
……あれは、マジで見てた。
◇
「あら、是明?」
黒ローブの女――上官アリサだ。
艶のある黒髪が、妙に目につく。
一歩近づいただけで、喉が鳴った。舌の奥が乾く。
胸元の〈徴税印〉が、呼吸に合わせて淡く脈打つ。
――空気が“書き換わる”。
この女は、帳簿の“外側”から命令できる。
こいつは“俺を消せる側”だ。手続きじゃなく、権能で。
俺の輪郭だけ、紙から消しゴムで擦られたみてぇに薄くなる。
逆らえば、俺は“記録ごと”削られる。
この女の“報告”は、命令だ。
「ご愁傷さま」
存子は察したようだ。
「ちょっと来なさい」
俺は逃げるという選択肢を放棄するしかねぇのか。
大きなため息がでちまった。
「はやくなさい。ご褒美に“ひと叩き”してあげる。記録が残る程度にね?」
「そんなのご褒美なわけねぇーだーろーがー」
俺はしぶしぶこの女のあとについていくしかなかった。
「今回の件、必ず“報告してもらうわよ”。逃げたら……わかってるわね?」
一瞬だけ、ローブの胸元の〈徴税印〉がチカリと光った。
どうやら俺の上官は、お気に召さないご様子だ。
……逃げ道、ねぇな。
見られていた、のか。
皮膚の下を指でなぞられるみたいに。
狙いは俺じゃない。
胸の奥の“札”だ。
回収課の容疑者が“集められてる”って話――それを剥がしに来た。
静かすぎる。
いつも紙と怒号で騒がしい場所なのに、今は魔獣の水飲み場かよ。
紙が落ちる音ひとつしない。
それに――臭ぇ。
焼いた肉の匂いがする。
壁に押し付けられるようにして貼りついた影が一つ。
人影の形なのに、当の本体がどこにもいない。
影が、置いてかれてる?
その異様さが、今夜の段取りを一気に思い出させた。
――数時間前。
「存子、今夜やっちまうか?」
回収課の連中がまとめて動く情報が出ていた。
在香は、回収課名義の緊急依頼で遠ざけてある。
あいつにだけは、俺の手が人を“狩り”に戻るところを見せたくねぇ。
俺一人で動く。
その方が、帳簿に残らねぇ。
「いいですね。ただ問題は一か所に集められている可能性が高いので、単独ではがせるかは現場次第です」
なんでまた一か所なんぞに集めてんだ。
尋問するには楽かもしれねぇけどな。
けど今回に限り多いなら、やりようによっちゃあ俺にもやりやすい。
「まあ、無理はしないさ。
どうせ俺の中の“存在証明スロット”五枠のうち四枠、
――埋めりゃいいだけだ」
「はい合理的な判断です」
あとは、在香と鉢合わせにならないことだが。
「在香は?」
「回収課名義で“緊急の指名依頼”を通してあります。
イカルダ橋の調査回収。明日まで戻れません」
「改ざんログは消しましたが、嗅ぎつかれれば私が先に焼かれます」
「改ざんってお前、結構ハードだな」
「ありがとうございます……念のため、少しだけ過剰に内容マシマシにしておきました」
「俺たち、他の課の連中からしたら、便利屋だもんな」
「はい。便利屋は、綺麗事の外が仕事です」
“使える手段は全部使う”――それが存子流だ。
……まあ、そこは俺も同じだが。
存子は軽く言うが、画面の隅で魔力濃度の警告が赤く点滅していた。
用意周到だな。やり方まではあえて聞かない。
回収課の容疑者たちの収容先の調べはついている。
夜になると、あの階だけ明かりが消える。妙なんだよな。
まるで“見られたくない”ものを隠すように。
この塔の反対側にある建物の中の最上階だ。
容疑者を集めているなら、その場所って珍しい。
俺は今まで聞いたことはあるが、みたことはない。
ようは、待遇悪くしませんよ。と言いたいらしいけど実際どうなんだ?
こういう“仕事”の前だけは、昔の血が疼く。
誰もいない夜更けで俺は思わず口ずさむ。
神無大戦の血の疼き、じゃなく“嫌な懐かしさ”。
五寸釘を指で回しながら、俺は口の中だけで数を数える。
「一、刺す。二、剥ぐ。三、埋める」
こうでもしねーと俺自体が殺しの魔導具になっちまう。
……笑ってないと、手が勝手に動く。
だから、笑う。
笑えば、手は止まる……はずだ。止まれよ。
確か、あの建物の最上階って監査課だよな。
不正と詐欺摘発の連中だから、ある意味回収課が不正したからってヤツか?
でもな、なんか違う気がするんだよな。
俺はスマポをとりだし、変わらず棒で描いた棒人間づらの存子の笑顔にぞっとする。
あれ? 構わないと怒るタイプだっけか、こいつは。
「存子、監査課の連中が回収課を尋問するのって変じゃねぇか?」
最上階へ向かいながら念話だ。
アホみてぇに声発してたら、隠密なんぞならんからな。
「はい。一見すると役割にそって見えますが、本来、懲罰隊の尋問が適切だと思います」
「へぇよく知ってんな。俺でもその部隊しらなかったぞ」
へぇ、と軽く言ったが、胸の奥がざわついた。
「最近編成されたばかりです。私の是明さまなら難なく突破できるかと」
私のだって? おいおい、ポコポコ2号にだけはなるなよ……。
「最近? なんだ、何かに合わせて作ったみたいだな」
「ええ。何かが動いています。備えの編成でしょう」
「うは、それってよ、神無大戦(じんむ)の続きかよ」
「よくご存じで」
「ああ、そっか俺と存子が会うまえだったもんな」
「前に話してくれた、神界で暴れた時の話ですか?」
「神無大戦(じんむ)か。あの地獄な。俺は最初の波の現場にいた。その話は……今はいい」
――で、戻る。
……静かだ。
そのくせ壁には、影だけが貼り付いてる。
それに――臭ぇ。焼いた肉と、紙の焦げた匂いが混じってやがる。
おかしい。ここは“尋問室”のはずだろ。
嫌な感じだ。
この手触り、前にも味わった。
――あの戦争の、始まりと同じだ。
ここの課ってこんなものなのか?
魔導灯も消えているし、夜間誰もいねぇのか?
俺のいる徴税局は、昼夜関係ねぇから常に誰かバタバタしてるからな。
まぁ雑っちゃあ雑だけど、その分自由だ。
様子みながら来たが、期待外れか?
さて、ここがようやく、五階の最上階なわけなんだが。
「存子、これ罠ってわけねぇよな?」
「随分とにぎやかですね……“散らかり方”だけは」
「だろ? 祭りでもあったんか? 普通机って倒れないよな?」
「書類の散らばり方を見ると誰か暴れたのかもしれませんね」
「やっぱ祭りか。ん? なんだこれ」
まただ。空間が一部浮いているというか、エンボス加工されている箇所。
「魔力の痕跡です。相当な質ですね」
壁に押し込まれた“複数の影”の輪郭がある。
名札だけ散らばってる。職員票だ。
魔導鎖も断ち切られている。
嫌な予感しかしない。
「人は誰もいない。たしかここの階層にいるはずだよな? 捕まった回収課のやつら」
「ええ、そのはずです……存在剥離の痕跡です」
「影だけ残して、本体を剥がした――」
存子の声が、わずかに低くなる。
窓は開いたままで、部屋の中はかなり荒らされている。
天変地異でひっくり返ったような騒ぎだ。
壁もぶち抜かれているところをみると。
おやおや。
「ぐががががが」
人の形はたもっているが、目が黒い。
――喉の奥で何かが擦れる音。
片足をひきずっている。
魔力が全身から異常にあふれている。
でも何故一体だけなんだ?
逃げ遅れた。違う。“残された”。見本として。
――そして今。俺はその“結果”の中に立っている。
「存子、こいつ……人か?」
スマポパネルの表情は困り顔だ。
「……人じゃありません。でも“人の札”は残っています」
「なんだそりゃ?」
「中身が壊れています。
人の形のまま、獣に書き換えられて……その上から、別の署名が被さっています」
「……おいおい」
「複製じゃないですね。枠を潰して、無理やり“入れ替えて”ます。
神族クラスの手口ですね」
神族“でも”、こんな遊び方はしねぇ。
「まったくよ。誰だ? こんな悪趣味な真似して楽しんでるやつは」
「要するに、“人間としての存在証明を持った魔獣”です。
本来の世界にはありえない、造られた存在です」
魔獣はゆっくりこちらを向いた。
目の奥の黒が、液体みたいに揺れていた。
“誰かがそこにいる”……そんな感じがした。
こいつの“内側”で、誰かが笑ったな。ありえねぇけど、それがあるのがここなんだよな。
人か、神族か、それとも――あいつらか。
どうでるか。
試しに声をかけてみたくなった。
「よお、監査課に苦情か?」
「うぅううう」
「そうか、騒音の苦情か? 派手にちらかしているもんな」
「うう」
だめだな。
もはや意思疎通も無理か。
「わかった。やるか?」
瞬間、風が止んだ。
音が置き去りになる。
景色が勝手に後ろへ流れる。
世界が置いていかれる。
目の前に来た俺は、五寸釘をヤツのこめかみに一気に突き刺す。
「ぎょっ!」
目の前のヤツは、体がびくつき跳ねる。
俺の両方の腕は金色の粒子につつまれた。
「是零掌!」
掌底を胸骨の中央に打ち込む。
衝撃波が浸透する。
その先に別の空間があった。
存在証明だ。
「もらうぜ」
空間から勢いよくはがし、紙切れみてぇな札を胸の内に押し込む。
目の前の奴は外側から銀色の粒子になり、消えてしまう。
――死んだ。数えるまでもない。
……名札だけは、拾っておく。
せめて、誰だったかぐらいはな。
「まずは一枚」
床の紋様が、ほんの一瞬だけ“書き換え途中”みたいにずれた。
その瞬間、階の奥から
“ず、ず、ず……”
と何か重いものを引きずる音が響いた。
存子の画面がわずかにノイズを走らせる。
「……是明さま。
あと三体ではありません。
もっと……多いです」
これはあれだな。一から指折りで数えて、十以上は「たくさん」っていうヤツだな。
気配がねぇ。
音もださねぇ。
姿もみえねぇ。
匂いも……あった。
なんだ? なんだ?
……まただ。さっきの“焼けた匂い”。
ここにいるのは魔獣だけじゃねぇ。
「存子わかるか?」
「範囲を広げました。ですが不明です」
「チッ。そこか?」
俺は金色の粒子をまとった腕で、これだと思える気配に対して撃ち込んだ。
「是零掌!」
空間が衝撃波ではじける。
その波動により、空間からあらわれたのは存在証明だが、何かおかしい。
色も形も違う。
本来なら白銀色なのに、これは“焦げついた黒”が混じっていた――とか。
角が欠けているとか、中央に「歯形」みたいな凹みがあるとか。
これほんとに証明書か?
どっかでみたことがあるような。
「……見た目だけ札。
中身は焼けカスです」
……なるほどな。胸くそ悪ぃ匂いだ。嫌な予感しかしねぇ。
「誰だ? こんな雑な上書きしたのは」
――やばい。
胸の裏が、ひどく冷えた。
まったくひでぇーな、おい。
まあいいさ。引っぺがす。
突然床が立てないほど大きくゆれた。
今度はなんだ?
「是明さま、大変です! 今すぐ脱出を」
「なんだー?」
ひとまず、存子のこのセリフは外れたことがない。
俺は一目散に階段のてすりで滑りながら、急降下していく。
「建物から脱出を」
間一髪だった。
建物自体が粒子化し、外壁から消え始めた。
遠くで雷が鳴った。
……クソ。今日はあったけぇ黒苦、多めに飲まねぇとダメだな。
「是明さま……札が多すぎます。異常です」
「おいおい、どうなっているんだ? でもやべぇな、ずらかる」
「……是明さま。
“札の寄せ集め”を、魔獣として動かした……神無大戦の初期と、同じ構造です」
「なんだあ? それじゃ俺たち、動作確認に使われただけか」
「少なくとも、善意ではありませんね」
ひとまず……二枚。これで“燃料”は増えた。
……カスでも“枠”は枠だ。燃やす分には足りる。
死体は残らない。残るのは、空席だけだ。
だが、後味が最悪だ。
目撃される前に退散だな。
あの匂い。
魔獣の焼け方じゃねぇ。
誰かが“焼いてる”。
俺は思わず足を止めた。
風が吹いた。
誰もいないはずの通路で、黒い影が一瞬だけ揺れた。
……見間違いか?
いや、あれは“こっちを見ていた”。
深淵を覗けば、深淵もこっちを見返す――って言うけどよ。
……あれは、マジで見てた。
◇
「あら、是明?」
黒ローブの女――上官アリサだ。
艶のある黒髪が、妙に目につく。
一歩近づいただけで、喉が鳴った。舌の奥が乾く。
胸元の〈徴税印〉が、呼吸に合わせて淡く脈打つ。
――空気が“書き換わる”。
この女は、帳簿の“外側”から命令できる。
こいつは“俺を消せる側”だ。手続きじゃなく、権能で。
俺の輪郭だけ、紙から消しゴムで擦られたみてぇに薄くなる。
逆らえば、俺は“記録ごと”削られる。
この女の“報告”は、命令だ。
「ご愁傷さま」
存子は察したようだ。
「ちょっと来なさい」
俺は逃げるという選択肢を放棄するしかねぇのか。
大きなため息がでちまった。
「はやくなさい。ご褒美に“ひと叩き”してあげる。記録が残る程度にね?」
「そんなのご褒美なわけねぇーだーろーがー」
俺はしぶしぶこの女のあとについていくしかなかった。
「今回の件、必ず“報告してもらうわよ”。逃げたら……わかってるわね?」
一瞬だけ、ローブの胸元の〈徴税印〉がチカリと光った。
どうやら俺の上官は、お気に召さないご様子だ。
……逃げ道、ねぇな。
見られていた、のか。
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狙いは俺じゃない。
胸の奥の“札”だ。
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