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第四章 崩壊
第二十六話 不満
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「よくも我が前に顔を出せたものよな……黒影」
”黒雲”の敏腕執事”黒影”。
その前に鎮座するのは恐ろしき第四魔王”紫炎”。
彼は竜魔人と呼ばれる種族であり、ドラゴンと魔人の合の子と云われている。通常の竜魔人は黒髪で青い肌、肌を被う固い鱗、体の半分くらいあるでかい尻尾という特徴的な見た目だ。
紫炎はそれに対し、ルビーのように輝く赤い髪に金色の鱗を持ち、胸に5cm大の水晶が埋め込まれていて、通常の竜魔人とは一線を画す。
堀が深く、目鼻立ちのハッキリとした顔で王の風格を醸し出している。
上半身は下着を身に付けず、きらびやかに飾り付けられたコートのような裾の長い服を上から羽織り、指に指輪を二つ嵌めている。両手の中指に一つずつ、ブリリアントカットが施されたダイアモンドだ。見た感じでは5カラットは下らない。
下は裾の広いカウボーイ風レザーパンツ。こちらもアクセントに宝石を散りばめている。尻尾穴の開いた高級パンツだ。
光り物が好きなドラゴンの典型的とも言えるスタイル。体を宝石で飾り付けると安心するのかもしれない。傲慢貴族のように鼻持ちならない服装だが、侮ることの出来ない強さを持つ。その理由はもちろん鱗。竜魔人は生まれながらに体の堅さが他の生物の比ではない。素の防御力は他の追随を許さぬほど。
その上、”炎の息”と呼ばれる体内で生成した火を息の続く限り吐き出すことも可能。魔法とは異なる気管から発生させる為、魔力消費もない。竜魔人の王ともなれば鱗の堅さも相まって、まるで歩く重戦車。
その魔王の供回りももちろん竜魔人。見た感じでは武器を装備しておらず、不用心この上ないが、その必要がないからだ。彼等も”紫炎”までとはいかないものの、個体能力が高いのでその身一つで十分なのだ。
そして、そんな魔王がキレているのは先日の報告のせいだ。黒影は裏切った当人でもなければ、イミーナに王の称号を与えてもいない。ただの報告の為の伝書鳩を受け持っただけだが、紫炎の勝手な癇癪で八つ当たりを受けてしまった。勘弁してほしいところだが、彼は止めないだろう。
「先日は紫炎様の逆鱗に触れてしまい大変失礼いたしました。今回はそのような事がないようにいたしますので何卒よろしくお願いします」
紫炎は黒影の隣に立つ赤茶けた騎士を見てフンッと鼻を鳴らす。
「そんなものまで持ち出して牽制のつもりか?」
”血の騎士”を警戒している。当然だろう。彼は歴戦の勇士。
もちろん牽制だ。
「とんでもございません。これは謂わば安全対策です。先日の光の柱はご存じでしょう?あの凄まじい魔力の柱は警戒に値します。とはいえご主人様とヲルトを手薄にするわけにはいかないので、最低限の備えをしたまででございます」
あの光の柱は十中八九”鏖”だろうと推察する。天変地異の前触れを模したような光の柱は全世界に轟いている。
「なるほど……良い言い訳を手に入れたな」
牙を剥き出しにしてニヤリと笑う。威嚇も兼ねての笑みは恐怖を煽るが、ここは”蒼玉”のホーム。何かあれば仲裁に入るだろう。
「あらあら、穏やかでは無いですね……」
そこにやって来たのは件の”蒼玉”だ。白と蒼の透明な印象に赤い帯留めがワンポイントの相変わらず花魁のように美しい。供回りも女ばかり、どれも美麗な女たちだ。真っ青な髪に白い着物に白い肌、常に目を瞑ってその瞳を見せない。それこそまるで人形のようだ。
「これは蒼玉様。お元気そうで何よりです」
「蒼玉。まだ準備は出来んのか?待ちくたびれたぞ」
着いて間もないというのにせっかちな事だ。
「ええ、その事で……準備が整いましたのでお呼びしようとお声掛けいたしました。どうぞこちらに」
普段なら部下でも寄こして円卓の上座にでも鎮座してそうなものだが、魔王自ら呼び出しとは珍しい。黙々と進む蒼玉の後ろについていく最中、他の魔王達が気になった。
「……お三方は既に?」
「先に会場の方でお待ちです」
その答えには違和感が残る。黒影はまだしも何故先に紫炎を通していないのか?到着は紫炎の方がほんの少しだけ早いはずなのに……。
「……紫炎様が女中の制止を振り切ってこちらの部屋にいらっしゃったみたいですので……」
「ふんっ最初から準備が出来ていると言えば良いのだ。ただ制止しようなど失礼だろう」
黒影は納得した。せっかちな紫炎は話も聞かずに勝手に応接間を探して練り歩いていたらしい。蒼玉はコロコロ笑う。
「ふふふっ失礼いたしました。女中には言って聞かせます」
「まったく……頼むぞ」
こんな迷惑な奴に合わせる女中が可哀そうというものだが、相手が超常である以上それに合わせた行動をさせるのは当然というもの。黒雲や蒼玉が話が分かる相手だけに特に最近の魔王達が軒並み我儘すぎる。
鏖の件に至っては目を覆いたくなる。これに関してはイミーナに”朱槍”という名前を与えた主人すら疑うレベルだ。
蒼玉が部屋の前に着くと、侍女たちが即座に前に出て襖を開ける。そこは大広間となっていて、円卓会場の為に机と椅子を置いている。見れば茶菓子も置いていて、これから宴会でもするような雰囲気を感じさせる。
そこに座るのは三人の魔王。既に座ってそれぞれ思い思いの待ち方をしている。
上座に座るのが主催国の魔王で今は空席。そこから時計回りに数字の低い者が来る。黒影が上座の隣、そのすぐ横に朱槍、紫炎、灰燼、銀爪の順となる。
蒼玉が上座に向かう中、黒影が部屋の全員に声が届くよう声をあげた。
「これは皆様、数日ぶりです。お待たせして申し訳ございません」
椅子にもたれ掛かった銀爪はダルそうにため息をつく。
「あ~?テメーは使いっぱしりじゃねぇか。黒雲はどうした?」
なるほど、いかにも最近入ったばかりの新人といったところ。黒雲がある時期を境に円卓に顔を出さなくなったというのは有名な話。円卓に直接のかかわりのない家臣すら知れる情報だというのに……。だが黒影はこの問いにいつも聞かれているように答える。
「黒雲様はヲルト大陸から出る事はございません。私は第一魔王代理という名誉を賜り、こちらに馳せ参じました。会議の場での私の発言は即ち黒雲様のお言葉。以後お見知りおきを……」
スッと最敬礼でアピールする。
「……んなの有りかよ。あーあ俺も代理立てりゃ良かったぜ、会議なんざ面倒で出てられっかよ」
銀爪は頭に両手を組んでしんどい気持ちをアピールする。そこに掠れた笑い声が密かに聞こえる。目をやると見るからに腰の曲がった老人がくつくつと笑っていた。
「ナラそうすればよい。我を通し、好きな事をセヨ。その結果どのような事になろうとも代理を責める事は叶わぬぞ?貴様が信じて送り出した家臣じゃからなぁ」
銀爪の隣の席に鎮座するこの老人こそ第六魔王”灰燼”。
骨と皮だけの体。頬は右側が一部皮膚と肉が削げ落ち鋭利な牙と噛み潰すための奥歯が見える。目には眼球がなく、青白い光が瞳の様に灯っている。漆黒のローブを頭からかぶり、首元には襟足付近から延びる長い白髪が鎖骨付近を覆い隠すほど出ている。机に置いた手は、右手が肉と皮が削げ落ちた骨だけの手。左手は皮膚が骨を覆っているだけの痛々しい手だ。
彼は見た目通りの”不死者”。死を恐れた魔人が開発した下法を駆使して半分永遠の存在となった不死の王。現在もその手の魔法の研究に取り組み、完全の存在となるべく日夜研鑽を惜しまない。
魔王となったのも不死者となってからである。その膨大な知識と魔法技術による能力の向上が魔王の座まで上り詰めるきっかけとなった。もっともここまでたどり着くのは至難の業ではない。
「ああ、それと損得の問題でもある。代理と本物では発言権に大きな差異がある事も忘れぬように……」
バンッ
景気よく喋るしゃれこうべの口を黙らせたのは銀爪の右手だった。
「骨と皮の人形風情が何を喋ってんだコラ。テメーみたいなのがいつまでものさばってっから若手がいつまでも割を食うんだ。とっとと引退して穴倉で潜んでろ」
牙を剥き出しにして猿の様に喚く。先人を敬わない実に現”銀爪”らしい物言いだ。しかし、これには紫炎と朱槍もくすりと笑う。口にこそ出さないが思う所はあったのだろう。その物言いに、そして周りの反応に瞳に灯る青白かった光は赤く変色する。怒りがその色に出るのだ。年の功で敬われてきた灰燼にとって最も痛い所を突かれた形だ。
「無礼な奴だ……分を弁えろ。誰に対して口をきいている……!?」
「テメーこそ誰に口きいてんだ?俺は魔王だぞ」
「き、貴様……!!」
頭の固い老人と阿保の若者の一騎打ち。灰燼も前回の円卓に参加していれば銀爪が単なる怖いもの知らずだったガキだと認識できていたのだが、何も知らず相対しては苛立ちが募るばかり。灰燼の背中から負のオーラが立ち上り、今にも攻撃しそうな空気を漂わせている。
そこに差し挟まれたのは蒼玉の慎ましい声だった。
「お止め下さいお二人とも。今は権威を振るう場でも喧嘩の場でもございません。すべては会議が始まってから、存分に議論を戦わせてください」
その言葉に灰燼の目は平常心と怒りが混じった紫がかった目に変化する。負のオーラこそ立ち上るが、蒼玉に言われて矛を収めた様だ。銀爪も闘争の空気が薄らいだことを見ると舌打ちをしてそっぽを向く。未だ立っていた紫炎と黒影に「どうぞお座りください」と席を指し示す。二人が座るのを確認した後、蒼玉も静々と席に着いた。
全員が席に着いたのを確認すると、前回”鏖”の気に当てられ、無様を晒した魔人が姿を現す。彼は蒼玉の秘書であり、外泊時や仕事に関する事など、プライベート以外では常に行動を共にする優秀な存在だ。今回はこちらの準備の為、部下に供回りを頼んでいたのだろう。
生真面目に見える白いカットシャツに黒いベストと黒の燕尾服でシックにまとまっている。黒の蝶ネクタイは秘書より執事を思わせるが、それは彼が黒影を意識している事に他ならない。主を第一に考え実行し、信頼と信用を勝ち得る。最も忠実で、且つ能力のある人物を尊敬し目標とするのは、自分の成長に最も効果的である。円卓会議に参加する時、”鏖”同様に皆勤賞である黒影を必ず目で追う。その所作一つ一つを真似し、完璧に近づける作業は敬愛する主を思っての事だ。本日も変わらず参加する黒影を見て襟首を正した。
「お忙しい中、この場にお集まりいただき感謝申し上げます」
秘書は深々と礼をすると、一拍置いてまた話始める。
「本日は第十一魔王”橙将”様が欠席されました。よって第一魔王”黒雲”様代理”黒影”様。第二魔王”朱槍”様。第四魔王”紫炎”様。第六魔王”灰燼”様。第七魔王”銀爪”様。開催国代表、第五魔王”蒼玉”様。以上六柱での開催となります」
原稿を読んでいるようなきびきびとした挨拶を済ませると、紫炎がコンッと机に人差し指の爪を立てた。
「間違っているぞ。”朱槍”だったか?この者は魔王ではない。第二魔王”鏖”の代理であろうが」
(来たか……)必ず声を上げると思っていた。あの光の柱の一件を差し置いても一番に突っ込んでくるとは予想していたが、まさに案の定だ。好き嫌いが激しく、白黒ハッキリつけたい性分である事は重々承知している。朱槍がどう出るのか冷ややかに眺めていると、口を開いたのは右隣に座る蒼玉だった。
「いいえ。彼女が第二魔王である事は第一魔王がお決めになった事。私も賛成いたしました」
「……なに?」
それは初耳だと朱槍に向けた目を蒼玉に向ける。
「事実です。私と黒雲様を含めた六柱が第二魔王交代に賛成の表明を示しました。過半数を獲得したからこそ魔王の名が与えられたのです」
それを聞いた時、五本の指全ての爪を机に立ててバリバリと机の表面を削り、そのまま拳を作るとギョロギョロとした目で魔王達を見渡した。
「この場でこの女に第二魔王の称号を認めた奴らは名乗り出ろ……」
完全に敵意剥き出しである。自分が望まない結果が目の前で繰り広げられた時それを覆すために力でねじ伏せようとする。しかしそれは天と地ほど力の差がある場合にのみ有効だ。脅し方に既視感を感じた秘書は蒼玉のすぐ隣に座るチンピラを盗み見た。
「何だよ何だよ。なにがワリーってのか言ってみろよ」
煽り出した。
ゴガンッ
その右拳を振り下ろすと机がビシッという音を立てて端から端まで亀裂が入る。もう一度振り下ろせば机は亀裂の形に割れる事だろう。
「お~!すっげぇなぁ。まぁ落ち着こうぜ紫炎さん。あんたは玉座に座る前からリスペクトしているんだ。カッコワリーとこはなるべく見せないでくれよ?幻滅したくねぇんだからな」
銀爪が装飾過多な理由も似たようなイキり方も憧れから真似をしていたことが今ハッキリと分かった。
「紫炎よ。貴様の気持ちも分からんではないが、これは既に決定した事だ。かく云う儂も賛同している」
握り締めた拳を開くと机表面の欠片がバラバラと落ちる。
「つまりこの場にいる我以外が全員この女の味方だというわけか。貴様ら鏖に対して何も思わないのか?」
その問いに答えたのは沈黙を貫いていた朱槍だった。
「それぞれ鏖に対し思い思いの感情があるのでしょうが、あれはもう味方ではありませんよ。度し難いほどに裏切り者なのですから」
「貴様が言うか朱槍」
ギラっと睨みつけるが、意に返さない。
「紫炎様もご覧になったでしょう?あの光の柱を。あれは間違いなく鏖に寄るものでした。あれが我ら同胞に向けられた力だとしたら?一大事ではございませんか。ある作戦の折、私たちは鏖に殺されかけました。それを防ぐのは間違っているとおっしゃるおつもりですか?」
朱槍は一貫して正当防衛を主張する。
「実に……実に腹立たしい……何故貴様如きが認められたのか……」
その問いにニヤリと朱槍は笑う。
「自分で言うのもなんですが、人望という奴でしょう」
「ふんっ!単なる根回しだろ。もういい次に行け。この話は終わりだ」
一方的に話を切る。完全にアウェーだと気付き、勝ち目がないことを悟ったためだ。紫炎はいじけて椅子に背中を預けた。最初の議題が収束した所で、秘書がうかがう様に声を出す。
「えー……次の議題に移ります。先日観測された光の柱について……」
「それはもういいでしょう。先程、朱槍様が言及なさった通りですし、議題に上げた所でどうのしようもない事。それに朱槍様が銀爪様と共に討伐隊を組み、すでに向かわせているそうなので、何かあれば支援をするよう黒雲様より仰せつかっています。事前に申請いただければ兵を貸し出す準備は整っておりますので、お待ちしております」
黒影が口を挟み、黒雲の言を伝える。
「ナルホド討伐隊か。儂も必要ならアンデッド兵を出すとしよう」
「これはこれは。灰燼様からそのようなお言葉をいただけるとは思いませんでした」
朱槍は驚いたようにおどけて見せる。
「当面の敵は鏖よ。人類なんぞ簡単に捻り潰せる」
「頼もしい限りで……」
スッと会釈した時、銀爪が喚く。
「おいおい話し終わったんじゃねぇの?これ以上話す事とかあんのかよ」
秘書が次の議題に移ろうと蒼玉を確認した時、朱槍が声を上げる。
「まだ本題に入っていない所申し訳ございませんが、皆さんに共有しておきたいことがございます」
もったいぶったように一拍置いて耳目が集まるのを待つと、タイミングを見計らってまた話始めた。
「鏖が裏切った理由の一つに人間の存在があります」
「……人間だと?」
それに興味を示したのは紫炎だ。
「はい。ラルフという小悪党です。人相に関しての情報をまとめた資料がございますので共有をお願いします」
朱槍が後ろに控える部下に手で合図を送ると、それぞれの魔王の前に鏖一味の書かれた資料が置かれた。
「現在、索敵班からの情報ではこの人間と鏖を含めた六人での構成となっており、一筋縄ではいかない状態となっております」
「フム。見た所二人の人相しか書かれていないが、残りの三人はどうした?」
「あちらにも索敵に特化した個体がいるらしく、近寄る事が困難となっています」
灰燼は資料を眺め、ある一点で目が止まる。
「吸血鬼だと?研究したかった対象ではないか。しかし、鏖の手によって絶滅したはず……」
「最後の生き残りではないしょうか。捕獲班を編成しては?」
灰燼はチラリと朱槍を一瞥するとすぐに資料に目を落とした。すぐ隣からギリッと奥歯を噛み締める音が鳴る。クシャッと資料がシワだらけになり、読みにくそうだ。
「ラルフ……」
こいつが鏖の裏切りに関与しているのなら、決して許されない事だ。ラルフはまた知らない所で敵を作った。
「……如何でしょう紫炎様?」
穴が開くほど資料を見つめた後、虚空を睨みつける。そこに仇相手がいるかのような視線を向け一言発した。
「……殺す」
その言葉に朱槍の……いやイミーナの今日一番の満面の笑みを浮かべる。
「ああ……その言葉が聞きたかった」
自分以外にもラルフに対しこれだけ憎悪を向けてくれる同胞を見つけ、嬉しさから言葉が漏れ出た。蒼玉もここまで食いつくネタがあるとは思いも寄らなかったので、朱槍に目で返礼すると秘書に目をやる。それを見て「はっ!」と会釈すると、声を上げた。
「ではそれも議題とし、資料に目を通しつつ話し合いをいたしましょう……」
”黒雲”の敏腕執事”黒影”。
その前に鎮座するのは恐ろしき第四魔王”紫炎”。
彼は竜魔人と呼ばれる種族であり、ドラゴンと魔人の合の子と云われている。通常の竜魔人は黒髪で青い肌、肌を被う固い鱗、体の半分くらいあるでかい尻尾という特徴的な見た目だ。
紫炎はそれに対し、ルビーのように輝く赤い髪に金色の鱗を持ち、胸に5cm大の水晶が埋め込まれていて、通常の竜魔人とは一線を画す。
堀が深く、目鼻立ちのハッキリとした顔で王の風格を醸し出している。
上半身は下着を身に付けず、きらびやかに飾り付けられたコートのような裾の長い服を上から羽織り、指に指輪を二つ嵌めている。両手の中指に一つずつ、ブリリアントカットが施されたダイアモンドだ。見た感じでは5カラットは下らない。
下は裾の広いカウボーイ風レザーパンツ。こちらもアクセントに宝石を散りばめている。尻尾穴の開いた高級パンツだ。
光り物が好きなドラゴンの典型的とも言えるスタイル。体を宝石で飾り付けると安心するのかもしれない。傲慢貴族のように鼻持ちならない服装だが、侮ることの出来ない強さを持つ。その理由はもちろん鱗。竜魔人は生まれながらに体の堅さが他の生物の比ではない。素の防御力は他の追随を許さぬほど。
その上、”炎の息”と呼ばれる体内で生成した火を息の続く限り吐き出すことも可能。魔法とは異なる気管から発生させる為、魔力消費もない。竜魔人の王ともなれば鱗の堅さも相まって、まるで歩く重戦車。
その魔王の供回りももちろん竜魔人。見た感じでは武器を装備しておらず、不用心この上ないが、その必要がないからだ。彼等も”紫炎”までとはいかないものの、個体能力が高いのでその身一つで十分なのだ。
そして、そんな魔王がキレているのは先日の報告のせいだ。黒影は裏切った当人でもなければ、イミーナに王の称号を与えてもいない。ただの報告の為の伝書鳩を受け持っただけだが、紫炎の勝手な癇癪で八つ当たりを受けてしまった。勘弁してほしいところだが、彼は止めないだろう。
「先日は紫炎様の逆鱗に触れてしまい大変失礼いたしました。今回はそのような事がないようにいたしますので何卒よろしくお願いします」
紫炎は黒影の隣に立つ赤茶けた騎士を見てフンッと鼻を鳴らす。
「そんなものまで持ち出して牽制のつもりか?」
”血の騎士”を警戒している。当然だろう。彼は歴戦の勇士。
もちろん牽制だ。
「とんでもございません。これは謂わば安全対策です。先日の光の柱はご存じでしょう?あの凄まじい魔力の柱は警戒に値します。とはいえご主人様とヲルトを手薄にするわけにはいかないので、最低限の備えをしたまででございます」
あの光の柱は十中八九”鏖”だろうと推察する。天変地異の前触れを模したような光の柱は全世界に轟いている。
「なるほど……良い言い訳を手に入れたな」
牙を剥き出しにしてニヤリと笑う。威嚇も兼ねての笑みは恐怖を煽るが、ここは”蒼玉”のホーム。何かあれば仲裁に入るだろう。
「あらあら、穏やかでは無いですね……」
そこにやって来たのは件の”蒼玉”だ。白と蒼の透明な印象に赤い帯留めがワンポイントの相変わらず花魁のように美しい。供回りも女ばかり、どれも美麗な女たちだ。真っ青な髪に白い着物に白い肌、常に目を瞑ってその瞳を見せない。それこそまるで人形のようだ。
「これは蒼玉様。お元気そうで何よりです」
「蒼玉。まだ準備は出来んのか?待ちくたびれたぞ」
着いて間もないというのにせっかちな事だ。
「ええ、その事で……準備が整いましたのでお呼びしようとお声掛けいたしました。どうぞこちらに」
普段なら部下でも寄こして円卓の上座にでも鎮座してそうなものだが、魔王自ら呼び出しとは珍しい。黙々と進む蒼玉の後ろについていく最中、他の魔王達が気になった。
「……お三方は既に?」
「先に会場の方でお待ちです」
その答えには違和感が残る。黒影はまだしも何故先に紫炎を通していないのか?到着は紫炎の方がほんの少しだけ早いはずなのに……。
「……紫炎様が女中の制止を振り切ってこちらの部屋にいらっしゃったみたいですので……」
「ふんっ最初から準備が出来ていると言えば良いのだ。ただ制止しようなど失礼だろう」
黒影は納得した。せっかちな紫炎は話も聞かずに勝手に応接間を探して練り歩いていたらしい。蒼玉はコロコロ笑う。
「ふふふっ失礼いたしました。女中には言って聞かせます」
「まったく……頼むぞ」
こんな迷惑な奴に合わせる女中が可哀そうというものだが、相手が超常である以上それに合わせた行動をさせるのは当然というもの。黒雲や蒼玉が話が分かる相手だけに特に最近の魔王達が軒並み我儘すぎる。
鏖の件に至っては目を覆いたくなる。これに関してはイミーナに”朱槍”という名前を与えた主人すら疑うレベルだ。
蒼玉が部屋の前に着くと、侍女たちが即座に前に出て襖を開ける。そこは大広間となっていて、円卓会場の為に机と椅子を置いている。見れば茶菓子も置いていて、これから宴会でもするような雰囲気を感じさせる。
そこに座るのは三人の魔王。既に座ってそれぞれ思い思いの待ち方をしている。
上座に座るのが主催国の魔王で今は空席。そこから時計回りに数字の低い者が来る。黒影が上座の隣、そのすぐ横に朱槍、紫炎、灰燼、銀爪の順となる。
蒼玉が上座に向かう中、黒影が部屋の全員に声が届くよう声をあげた。
「これは皆様、数日ぶりです。お待たせして申し訳ございません」
椅子にもたれ掛かった銀爪はダルそうにため息をつく。
「あ~?テメーは使いっぱしりじゃねぇか。黒雲はどうした?」
なるほど、いかにも最近入ったばかりの新人といったところ。黒雲がある時期を境に円卓に顔を出さなくなったというのは有名な話。円卓に直接のかかわりのない家臣すら知れる情報だというのに……。だが黒影はこの問いにいつも聞かれているように答える。
「黒雲様はヲルト大陸から出る事はございません。私は第一魔王代理という名誉を賜り、こちらに馳せ参じました。会議の場での私の発言は即ち黒雲様のお言葉。以後お見知りおきを……」
スッと最敬礼でアピールする。
「……んなの有りかよ。あーあ俺も代理立てりゃ良かったぜ、会議なんざ面倒で出てられっかよ」
銀爪は頭に両手を組んでしんどい気持ちをアピールする。そこに掠れた笑い声が密かに聞こえる。目をやると見るからに腰の曲がった老人がくつくつと笑っていた。
「ナラそうすればよい。我を通し、好きな事をセヨ。その結果どのような事になろうとも代理を責める事は叶わぬぞ?貴様が信じて送り出した家臣じゃからなぁ」
銀爪の隣の席に鎮座するこの老人こそ第六魔王”灰燼”。
骨と皮だけの体。頬は右側が一部皮膚と肉が削げ落ち鋭利な牙と噛み潰すための奥歯が見える。目には眼球がなく、青白い光が瞳の様に灯っている。漆黒のローブを頭からかぶり、首元には襟足付近から延びる長い白髪が鎖骨付近を覆い隠すほど出ている。机に置いた手は、右手が肉と皮が削げ落ちた骨だけの手。左手は皮膚が骨を覆っているだけの痛々しい手だ。
彼は見た目通りの”不死者”。死を恐れた魔人が開発した下法を駆使して半分永遠の存在となった不死の王。現在もその手の魔法の研究に取り組み、完全の存在となるべく日夜研鑽を惜しまない。
魔王となったのも不死者となってからである。その膨大な知識と魔法技術による能力の向上が魔王の座まで上り詰めるきっかけとなった。もっともここまでたどり着くのは至難の業ではない。
「ああ、それと損得の問題でもある。代理と本物では発言権に大きな差異がある事も忘れぬように……」
バンッ
景気よく喋るしゃれこうべの口を黙らせたのは銀爪の右手だった。
「骨と皮の人形風情が何を喋ってんだコラ。テメーみたいなのがいつまでものさばってっから若手がいつまでも割を食うんだ。とっとと引退して穴倉で潜んでろ」
牙を剥き出しにして猿の様に喚く。先人を敬わない実に現”銀爪”らしい物言いだ。しかし、これには紫炎と朱槍もくすりと笑う。口にこそ出さないが思う所はあったのだろう。その物言いに、そして周りの反応に瞳に灯る青白かった光は赤く変色する。怒りがその色に出るのだ。年の功で敬われてきた灰燼にとって最も痛い所を突かれた形だ。
「無礼な奴だ……分を弁えろ。誰に対して口をきいている……!?」
「テメーこそ誰に口きいてんだ?俺は魔王だぞ」
「き、貴様……!!」
頭の固い老人と阿保の若者の一騎打ち。灰燼も前回の円卓に参加していれば銀爪が単なる怖いもの知らずだったガキだと認識できていたのだが、何も知らず相対しては苛立ちが募るばかり。灰燼の背中から負のオーラが立ち上り、今にも攻撃しそうな空気を漂わせている。
そこに差し挟まれたのは蒼玉の慎ましい声だった。
「お止め下さいお二人とも。今は権威を振るう場でも喧嘩の場でもございません。すべては会議が始まってから、存分に議論を戦わせてください」
その言葉に灰燼の目は平常心と怒りが混じった紫がかった目に変化する。負のオーラこそ立ち上るが、蒼玉に言われて矛を収めた様だ。銀爪も闘争の空気が薄らいだことを見ると舌打ちをしてそっぽを向く。未だ立っていた紫炎と黒影に「どうぞお座りください」と席を指し示す。二人が座るのを確認した後、蒼玉も静々と席に着いた。
全員が席に着いたのを確認すると、前回”鏖”の気に当てられ、無様を晒した魔人が姿を現す。彼は蒼玉の秘書であり、外泊時や仕事に関する事など、プライベート以外では常に行動を共にする優秀な存在だ。今回はこちらの準備の為、部下に供回りを頼んでいたのだろう。
生真面目に見える白いカットシャツに黒いベストと黒の燕尾服でシックにまとまっている。黒の蝶ネクタイは秘書より執事を思わせるが、それは彼が黒影を意識している事に他ならない。主を第一に考え実行し、信頼と信用を勝ち得る。最も忠実で、且つ能力のある人物を尊敬し目標とするのは、自分の成長に最も効果的である。円卓会議に参加する時、”鏖”同様に皆勤賞である黒影を必ず目で追う。その所作一つ一つを真似し、完璧に近づける作業は敬愛する主を思っての事だ。本日も変わらず参加する黒影を見て襟首を正した。
「お忙しい中、この場にお集まりいただき感謝申し上げます」
秘書は深々と礼をすると、一拍置いてまた話始める。
「本日は第十一魔王”橙将”様が欠席されました。よって第一魔王”黒雲”様代理”黒影”様。第二魔王”朱槍”様。第四魔王”紫炎”様。第六魔王”灰燼”様。第七魔王”銀爪”様。開催国代表、第五魔王”蒼玉”様。以上六柱での開催となります」
原稿を読んでいるようなきびきびとした挨拶を済ませると、紫炎がコンッと机に人差し指の爪を立てた。
「間違っているぞ。”朱槍”だったか?この者は魔王ではない。第二魔王”鏖”の代理であろうが」
(来たか……)必ず声を上げると思っていた。あの光の柱の一件を差し置いても一番に突っ込んでくるとは予想していたが、まさに案の定だ。好き嫌いが激しく、白黒ハッキリつけたい性分である事は重々承知している。朱槍がどう出るのか冷ややかに眺めていると、口を開いたのは右隣に座る蒼玉だった。
「いいえ。彼女が第二魔王である事は第一魔王がお決めになった事。私も賛成いたしました」
「……なに?」
それは初耳だと朱槍に向けた目を蒼玉に向ける。
「事実です。私と黒雲様を含めた六柱が第二魔王交代に賛成の表明を示しました。過半数を獲得したからこそ魔王の名が与えられたのです」
それを聞いた時、五本の指全ての爪を机に立ててバリバリと机の表面を削り、そのまま拳を作るとギョロギョロとした目で魔王達を見渡した。
「この場でこの女に第二魔王の称号を認めた奴らは名乗り出ろ……」
完全に敵意剥き出しである。自分が望まない結果が目の前で繰り広げられた時それを覆すために力でねじ伏せようとする。しかしそれは天と地ほど力の差がある場合にのみ有効だ。脅し方に既視感を感じた秘書は蒼玉のすぐ隣に座るチンピラを盗み見た。
「何だよ何だよ。なにがワリーってのか言ってみろよ」
煽り出した。
ゴガンッ
その右拳を振り下ろすと机がビシッという音を立てて端から端まで亀裂が入る。もう一度振り下ろせば机は亀裂の形に割れる事だろう。
「お~!すっげぇなぁ。まぁ落ち着こうぜ紫炎さん。あんたは玉座に座る前からリスペクトしているんだ。カッコワリーとこはなるべく見せないでくれよ?幻滅したくねぇんだからな」
銀爪が装飾過多な理由も似たようなイキり方も憧れから真似をしていたことが今ハッキリと分かった。
「紫炎よ。貴様の気持ちも分からんではないが、これは既に決定した事だ。かく云う儂も賛同している」
握り締めた拳を開くと机表面の欠片がバラバラと落ちる。
「つまりこの場にいる我以外が全員この女の味方だというわけか。貴様ら鏖に対して何も思わないのか?」
その問いに答えたのは沈黙を貫いていた朱槍だった。
「それぞれ鏖に対し思い思いの感情があるのでしょうが、あれはもう味方ではありませんよ。度し難いほどに裏切り者なのですから」
「貴様が言うか朱槍」
ギラっと睨みつけるが、意に返さない。
「紫炎様もご覧になったでしょう?あの光の柱を。あれは間違いなく鏖に寄るものでした。あれが我ら同胞に向けられた力だとしたら?一大事ではございませんか。ある作戦の折、私たちは鏖に殺されかけました。それを防ぐのは間違っているとおっしゃるおつもりですか?」
朱槍は一貫して正当防衛を主張する。
「実に……実に腹立たしい……何故貴様如きが認められたのか……」
その問いにニヤリと朱槍は笑う。
「自分で言うのもなんですが、人望という奴でしょう」
「ふんっ!単なる根回しだろ。もういい次に行け。この話は終わりだ」
一方的に話を切る。完全にアウェーだと気付き、勝ち目がないことを悟ったためだ。紫炎はいじけて椅子に背中を預けた。最初の議題が収束した所で、秘書がうかがう様に声を出す。
「えー……次の議題に移ります。先日観測された光の柱について……」
「それはもういいでしょう。先程、朱槍様が言及なさった通りですし、議題に上げた所でどうのしようもない事。それに朱槍様が銀爪様と共に討伐隊を組み、すでに向かわせているそうなので、何かあれば支援をするよう黒雲様より仰せつかっています。事前に申請いただければ兵を貸し出す準備は整っておりますので、お待ちしております」
黒影が口を挟み、黒雲の言を伝える。
「ナルホド討伐隊か。儂も必要ならアンデッド兵を出すとしよう」
「これはこれは。灰燼様からそのようなお言葉をいただけるとは思いませんでした」
朱槍は驚いたようにおどけて見せる。
「当面の敵は鏖よ。人類なんぞ簡単に捻り潰せる」
「頼もしい限りで……」
スッと会釈した時、銀爪が喚く。
「おいおい話し終わったんじゃねぇの?これ以上話す事とかあんのかよ」
秘書が次の議題に移ろうと蒼玉を確認した時、朱槍が声を上げる。
「まだ本題に入っていない所申し訳ございませんが、皆さんに共有しておきたいことがございます」
もったいぶったように一拍置いて耳目が集まるのを待つと、タイミングを見計らってまた話始めた。
「鏖が裏切った理由の一つに人間の存在があります」
「……人間だと?」
それに興味を示したのは紫炎だ。
「はい。ラルフという小悪党です。人相に関しての情報をまとめた資料がございますので共有をお願いします」
朱槍が後ろに控える部下に手で合図を送ると、それぞれの魔王の前に鏖一味の書かれた資料が置かれた。
「現在、索敵班からの情報ではこの人間と鏖を含めた六人での構成となっており、一筋縄ではいかない状態となっております」
「フム。見た所二人の人相しか書かれていないが、残りの三人はどうした?」
「あちらにも索敵に特化した個体がいるらしく、近寄る事が困難となっています」
灰燼は資料を眺め、ある一点で目が止まる。
「吸血鬼だと?研究したかった対象ではないか。しかし、鏖の手によって絶滅したはず……」
「最後の生き残りではないしょうか。捕獲班を編成しては?」
灰燼はチラリと朱槍を一瞥するとすぐに資料に目を落とした。すぐ隣からギリッと奥歯を噛み締める音が鳴る。クシャッと資料がシワだらけになり、読みにくそうだ。
「ラルフ……」
こいつが鏖の裏切りに関与しているのなら、決して許されない事だ。ラルフはまた知らない所で敵を作った。
「……如何でしょう紫炎様?」
穴が開くほど資料を見つめた後、虚空を睨みつける。そこに仇相手がいるかのような視線を向け一言発した。
「……殺す」
その言葉に朱槍の……いやイミーナの今日一番の満面の笑みを浮かべる。
「ああ……その言葉が聞きたかった」
自分以外にもラルフに対しこれだけ憎悪を向けてくれる同胞を見つけ、嬉しさから言葉が漏れ出た。蒼玉もここまで食いつくネタがあるとは思いも寄らなかったので、朱槍に目で返礼すると秘書に目をやる。それを見て「はっ!」と会釈すると、声を上げた。
「ではそれも議題とし、資料に目を通しつつ話し合いをいたしましょう……」
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