一般トレジャーハンターの俺が最強の魔王を仲間に入れたら世界が敵になったんだけど……どうしよ?

大好き丸

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第十二章 協議

第四十九話 世界を超えろ

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『時を戻す力?す、凄いにゃ。にゃんて力にゃ……』

 アルテミスは一人感心していた。まるで神の如き力だと神である本人がたたえる様は滑稽ですらある。
 いつもの笑みが消えたサトリは俯瞰からその様子を見ていた。
 命を救われた恩義ある人間ラルフ。その時の記憶の一切を失ったばかりか、あまつさえ相対し敵対するという痛ましい状況。
 不思議だったのはそのような絶望的状況に置かれたラルフが諦めていなかったことだ。いつもなら「終わった」と思って生を諦めているというのに、この時に限ってはミーシャがまた戻ってくることに一片の疑いもなかった。
 ミーシャは記憶を失い、昔の殺伐としていた頃に戻った。自分以外は全て弱者であり、肩を並べられる魔王だけが信頼に足る存在であったあの頃に。
 それはラルフには分からない。心の内を覗けるわけではないのだ。つまり今ラルフの根底にあるのはミーシャを信じたいと思う不確かな気持ち。戻ってくるかどうかは神のみぞ知る。

 サトリは興味が湧いた。
 世界最強のミーシャの攻撃を受け、生きていられる生物は指で数えられるほど少ない。もちろんその中にラルフの名前はない。横を通り過ぎられるだけでも死ぬ可能性があるただの人間。サトリが力を与えたとてミーシャには到底及ばない。
 死なない自信があるように見えるラルフ。それはどこから来る自信なのか。興味は次第に期待に変わる。

『……見極められる……ここで死ぬならラルフはここまでの人物。ならここで死ななかったら……?』

 逸脱者の誕生だ。世界を超えた次なる存在。
 もしそんな者の誕生を許せば、世界はさらなる混沌に巻き込まれるであろう。

(それで良いんです。突き進んでください。あなた様の可能性を私に見せてください)

 アルテミスとサトリの高揚感とは裏腹にミーシャに笑顔は無くなっていた。ミーシャとラルフの間に生まれた沈黙。すぐにも攻撃して良いはずの状況にミーシャの中で戸惑いが生まれていた。

(こんな人間に躊躇するなんて……見るからに弱そうでみすぼらしいってのに……)

 その時、ふと下を見てしまう。自身の纏う服。心なしかラルフによく似ているような気がする。

(……私を着せ替え人形にしていた?こんな服着たことないし……品性も下劣だってことは間違いなさそう。なのに何でかな……嫌じゃない?この私の裸をラルフ如きに見られたかもしれないのに?)

 プルプルと首を振る。

(私は変態じゃない!そうだ、この感情は操られていたのが未だに効いてるってことなんだ!なんて最低な男!!)

 ミーシャは自身が操られたことに対して苛立ちを募らせる。どうしてもラルフに対して怒りを感じないからの苦肉の策だった。

「どうしたミーシャ?俺を殺さないのか?」

 ラルフは帽子ハットを被り直してニヤリと笑った。ミーシャはムッとする。

「い、言われなくても……」

 そこでハッとする。一瞬心の中に「辞めておいた方が……」と言う気持ちがふっと湧いたのだ。これはまさに操られていた証拠だと認識出来る。ラルフを殺さないように制限が掛かっているのだ。危ない、誘導されるところだった。
 ミーシャは雑念を振り払い、黙って右手を翳した。魔力砲で一気に片を付ける。本当は接近して憂さ晴らしをしようと思っていたが、この制限が邪魔でもしようものなら敵の眼前で大きな隙を作ることになりかねない。
 放ってしまえばそれで終わり。魔力砲での決着は簡単で軽くて早い。まるでスナック菓子感覚だ。

「それで良いのか?一瞬で消してお前は満足なのかよ?」

「……黙れ」

「そんなんじゃ後悔するぜ?」

「黙れ!」

「おいミーシャ」

「黙れっ!!」

 ドンッ

 ミーシャから放たれた魔力砲は加減を知らなかった。ラルフをすっかり包み込んでしまうほどの太い魔力砲は、地平の彼方に延々と光を放つ。

 パサッ

 ラルフのいつも被っていたハットだけが空中を漂って静かに地面に落ちた。その凄まじい威力たるや、ラルフの影すら残さない。

「はぁっ……はぁっ……終わった。もう跡形も無い……全く、口ほどにもないわね」

 肩で息をするミーシャの顔には、自分でも意味の分からない頬を伝う涙が顎の先から一粒落ちる。小さな雫は地面に吸収されて、二度と戻らなかった。



 ゼアルはピリッとした空気を感じ取った。その瞬間に現れた光の柱。地平線に消える魔力砲に戦慄が走る。
 一体先の空気が何なのかは分からなかったが、光の柱を見てからかとにかく焦燥感が押し寄せた。

「トウドウ!後は任せたぞ!!」

 それだけ言い残すとバッとマントを翻して小走りに駆けて行った。

「え?あぁ……お、おうよ」

 返事も待たずに走り去るゼアルに困惑しながら藤堂は後頭部を掻いた。
 ゼアルが残していった戦果。ロングマンの死体に近付く。スッと屈むと、首を持って目に光を失ったロングマンの顔が見える。

「こんな終わりになるたぁ予想してなかったよなぁ……」

 返事はない。そう、返事など期待していない。反対意見など言わず、同調も相槌もいらない。一方的で良い。昔から話の合わない男だった。せめて一言残して終わりにしよう。それが藤堂に出来る葬いであると信じて話しかけた。

「迷わずに成仏しろよ。あんたの亡霊なんざ俺ぁ見たくねぇからよ」

 フッと優しい顔で微笑んだ。その時、藤堂は確かに見た。ロングマンの開いた瞳孔がキュッと縮む瞬間を。

 シャリィン……

 いつ振ったのか、その動きを目で見ることは出来なかった。ただ首を半分以上切られたのだけは、頭がグラついたことで理解出来た。頭の重さに耐えられずに傷がパックリと開き、そのまま背中に後頭部が付いた。

「……何でぇ?死んでなかったのかい?」

 藤堂は呆れたように口を開いた。

「ふむ……死を目前にした人間は走馬灯を見るというが、それが役に立った」

 ロングマンが手を離した首の傷は数年経った手術痕のようになって痛々しく存在を主張している。傷痕を指で撫でながら鼻で笑う。

「治癒に関する魔法は苦手だった。が、火事場でも何とか出来るものよ」

「へぇ。俺もそういうのが見えたら起死回生の手段ってのが見ぃ出せるかもしんねぇなぁ。まぁ、呪いの力がそれを邪魔しちまうが……」

 首の傷が映像の巻き戻しのように再生され、同時に頭が元の位置に戻っていく。既に間合いを開けたロングマンが刀を鞘に仕舞いながら冷ややかに見ていた。

「本当はゼアルを斬るつもりであったが……警戒心の強い男よ。命を取ったであろう戦果の前に身を置かんとは予想外であった。今後はその辺りの修正も考慮に入れるべきであろうな」

「無理無理、あの人は罠を張り巡らせても結局はその上を行くさ。人間観察が凄ぇんだ。それはそうと大丈夫かぁ?その傷痕から察するに完全に回復出来てねぇんだろ?余裕ブッこいてもフラフラなのが手に取るようだぜ」

 完全に回復し、斬られたことなど無いと主張する藤堂の首と、ロングマンの首。見た目は揺らぐことなく立っていても体力はかなり削られている。図星だったのかロングマンの口の端はさらに深く沈んだ。藤堂はこの機を逃すつもりはない。

「ここで決着だ。あんたとの因縁にケリをつけてやる」

 鎖をジャラジャラ鳴らしながら藤堂は真剣にロングマンを見据える。その鎖を見てフンッと鼻を鳴らす。

「……不死身の敵を相手にしているほど我は暇では無い」

 踵を返してこの場を立ち去ろうとする。

「逃げんのかい?」

「おうとも。今は分が悪いのでな。出直すとしよう」

 藤堂はその背中を見送る。この場合、仕掛けても確実に逃げられる。何せ相手は挑発に乗るつもりも戦う意思もない。同等以上の実力者が全力で逃走に徹した場合、仕留められる可能性は皆無。ゼアルが居たら九割九分仕留められていただろうが、それこそ今は分が悪い。ならば次の機会まで待っても変わらない。

「逃すのは今限りだぜ。次は息の根止めてやるよ」

 その言葉にピタリと足を止める。ロングマンは刀を抜いて空に掲げた。刀身が赤く光り、ごく小規模の炎の柱を天に向かって放った。

「その言葉、そっくりお前に返そう。呪いなどと言う言葉で死から逃げられると思うなよ?」

 肩越しに吐き捨てられた言葉には怒りや憎しみに該当する負の感情がふんだんに織り込まれていた。

「期待してるぜぇロングマン」

 鼻を鳴らしたのが最後の返答だった。
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