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9 淑女たちの反撃
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「はあ!!!」
キリナートもバニラのあざとい態度に、多分に漏れずゲンナリとした。なので、仰々しくため息を吐いた。
「どうしてバニラ嬢を得ることが俺の利益になるような発言ができるんだい? 万が一そんなことになったら俺にとって重罰にしかならないよ」
舞台の5人も会場のみんなも、目をキョトンとさせた。バニラは容姿だけなら完璧であるのだ。男なら『ほしい』と思っても不思議はない。
「ブハッ! キリ、それは言えてるね」
バルザリドの言葉に会場の生徒たちが、始めは付き合い笑い『バニラを妻にすること』についてよくよく考えた。そして、本気で笑い出した。
バカにされたことを理解したバニラは、バルザリドに対して憤った。ワナワナと震えていたバニラは立ち上がって、バルザリドを指差した。
「アンタっ! さっきから何なのよっ!」
先程までのネコを被っていたバニラはどこにもいなかった。女子生徒たちは『やっと出したか』と小さくほくそ笑んでいた。
隣にいた高位貴族のおバカ令息たちは、ポカンとしてバニラを見た。
バルザリドは焦らすように、わざとまわりをキョロキョロ見て、バニラの言葉が誰に言っているのかの確認をしているようなジェスチャーをした。そして、『ハッ』と気がついたように自分を指差した。
「俺?」
その態度もみんなの笑いを誘う。その分バニラの怒りも誘う。
「アンタに決まっているでしょっ! さっきから場を乱しているのは、アンタしかいないでしょっ!」
バニラのコメカミに青筋が見える。さすがのご令嬢たちも笑いで肩を揺らし始めた。
「俺はねぇ、キリナートの手足だよ。あ、挿げ替え可能な手足だからキリナートの弱点にはならないからね。あしからず」
バルザリドはニヤニヤして説明した。
「バルド、挿げ替えは許さないぞっ」
キリナートは真面目な顔でバルザリドを睨んだ。バルザリドは普段から節々にあくまでも挿げ替えの効く部下だという態度をとる。しかし、キリナートにとっては本当に気の置けない親友なのだ。
「はいはい」
両手を肘から上げてキリナートの言葉を軽くいなしたバルザリドだったが、心の中で歓喜した。バルザリドはこの主人を尊敬し崇拝していた。
『コホン』
メルリナの隣の女子生徒から催促の合図が入る。キリナートは慌てて舞台へ向き直った。
「で、4人はどうするんだ?」
キリナートはバニラとこれ以上話すこともないと、舞台の男たちに話を振った。
瞠目していた4人が真っ青を通り越して土気色になった顔で俯いていた。
「マ、マリン、君との婚約破棄はしない……」
サイドリウスは下を向いたまま声は震えていた。
「エマ、これは私の勘違いだったようだ……」
アリトンは拳を白く握り下唇を噛んでいた。
「シルビア、わかったから……」
ユーティスは額に手を置き目を隠した。決して頭は下げないし、目を合わせようともしない。
「義姉上、これからもご指導お願いいたします」
ビリードは深々と頭を下げた。
3人の淑女は顔色一つ変えずに、その代わり返事もしなかった。
「わかった。お前たちの言葉は聞いた」
キリナートは3人の代わりにそう言うと、舞台から淑女たちへ体の向きを変えた。
「では、みなさんの番ですよ」
マリンが素晴らしい笑顔で一歩前へと出た。
「サイドリウス殿下、再三の注意にも関わらず、行動を見直すこともせず、臣下となる者やパートナーとなる私の言葉を疎んじ、耳障りのよいお言葉だけを鵜呑みにするような方を尊敬し、支えていくことはできませんわ」
「え? でも?」
サイドリウスは自分が謝れば済むと本気で信じていたようだ。
「成人なさるまでは変化を期待しておりましたが、それも今日でお終いでございますわ。
今をもって、婚約破棄いたします。
もちろん、殿下の有責で、ですわ」
会場に響く声に皆が聞き入った。マリンがエマに場所を譲った。マリンが下がるのと同時に、サイドリウスがよろめいた。バニラが支えてどうにか倒れずに済んだ。
エマはマリンに軽く会釈した。そして、扇を外し鼻を高く上げ、舞台下にも関わらずアリトンを目を細めて睨み見下ろした。
「アリトン様。裁判官を目指していると豪語しているくせに、証拠も公平な判断もできない体たらく。呆れてしまいますわね。裁判官が一人の女のために裁決を間違うようなことがあっていいわけはありませんでしょうね」
エマの見下しがはっきりとわかる笑顔に、アリトンはたじろぎ、それでも、ブンブンと頭を振りながら言葉を出した。
「だが、だが、だが!! それも証拠や証言の1つだ」
「違います。それは訴えの一つなだけですわ。訴えが正しいのか間違えているのかを判断する証拠も証言も一つも取れておりません。訴えをそのまま信じるなら、裁判官は必要なくなりますわね」
「そ、そんな……」
アリトンは空を呆然と見ている。皆はエマの理屈にとても納得していた。アリトンも納得したから呆然としているのだろう。
「それと『わざわざ婿に来て』いただくほど、我が家は落ちぶれておりません。
さらに、女は子供を産む道具ではございませんのよ。そのように考える方とともに歩むことはできませんわね。
アリトン様の責にて、婚約破棄は私からの訴えです。アリトン様の不貞や不祥事についてこれだけの証人様がいらしたら、わたくしの勝訴は決定!
ですわねぇ」
エマはニヤリと笑い返した。アリトンは空を見たまま何かブツブツと言い始めていた。
エマとシルビアが交代する。
「ティス様。お子ちゃまなお考えしかできませんのに何を勘違いなさっているのですか?
何が『仕方がないよ』なんです?
何を『わかったから』なんです?」
「だって!」
ユーティスは唇を尖らせた。あまりのお子ちゃま反応に、女子生徒たちは顔を歪めた。男子生徒たちは失笑した。
「貴方様のようなお子ちゃまと子供を作れる気なんてまったくいたしませの。お子ちゃまにも関わらず下半身がだらしないなんて、気持ち悪いこと、この上ないですわ」
ユーティスはシルビアにこんなに酷薄で辛辣なことを言われたことがなかったので、泣きそうな顔になった。
「貴方様がお母様である伯爵夫人の、そう、ママの肌着を隠し持っているのを知っておりますのよ。それも気持ち悪いですわよね。
まさか、匂いでも嗅いでいらっしゃるの?」
ユーティスは秘密のお守りのことを暴露され、顔を真っ赤にして口をアワアワとさせていた。この情報には、男子生徒たちは失笑を越えて笑い出した。
「わたくしは『仕方なくても』貴方様とは一緒にいられませんの。ママの代わりなんて、まっぴらですわ。
まずはママを卒業なさいませ。
婚約は破棄ですわ。誰に責任があるのかは、ママに聞いたらよろしいわ」
ユーティスはその場にぺたんと沈んだ。
シルビアは歪めた顔も隠さない。嫌悪感がビシビシと伝わった。
「ビリード。何をホッとしているの?」
マリンが冷たく言い放った。ビリードは自分には婚約者がいないことに、安堵していたことをマリンに見咎められた。
シルビアが場所を明け、マリンが歩み出る。
「わたくしは公爵としての立場を貴方に教えようと努力いたしましたが、無駄だったようですわね。
選民意識?上等ですわ。わたくしはそのために寝る時間を惜しんで学んでまいりましたもの。貴方はスタートから出遅れていますのよ。甘える時間などあるわけはありませんわ。そんなものは、領地を安定させてからの話ですわ」
「……は、はぃ……」
ビリードが小さく返事をして俯いた。
「まあ、でも――」
マリンが扇を下げて、にっこりと笑った。ビリードは困惑した。
「もう領地のことは考えなくてよろしくてよ」
ビリードはびっくりして、マリンに懇願するような顔をした。
「わたくしは、貴方を執事にするつもりも管理者にするつもりも、いえ、領内にいさせるつもりもありませんもの。
だって、そうでしょう? 嘘と勘違いを吹聴してまわられるのは困りますもの。ねぇ?」
マリンは小首を傾げて、ビリードに問うが、ビリードが答えることはない。
「我が公爵家と貴方の養子縁組は破棄いたしますわ」
ビリードはその場で頭を抱えた。
4人の男たちはその場に動かなくなった。
キリナートもバニラのあざとい態度に、多分に漏れずゲンナリとした。なので、仰々しくため息を吐いた。
「どうしてバニラ嬢を得ることが俺の利益になるような発言ができるんだい? 万が一そんなことになったら俺にとって重罰にしかならないよ」
舞台の5人も会場のみんなも、目をキョトンとさせた。バニラは容姿だけなら完璧であるのだ。男なら『ほしい』と思っても不思議はない。
「ブハッ! キリ、それは言えてるね」
バルザリドの言葉に会場の生徒たちが、始めは付き合い笑い『バニラを妻にすること』についてよくよく考えた。そして、本気で笑い出した。
バカにされたことを理解したバニラは、バルザリドに対して憤った。ワナワナと震えていたバニラは立ち上がって、バルザリドを指差した。
「アンタっ! さっきから何なのよっ!」
先程までのネコを被っていたバニラはどこにもいなかった。女子生徒たちは『やっと出したか』と小さくほくそ笑んでいた。
隣にいた高位貴族のおバカ令息たちは、ポカンとしてバニラを見た。
バルザリドは焦らすように、わざとまわりをキョロキョロ見て、バニラの言葉が誰に言っているのかの確認をしているようなジェスチャーをした。そして、『ハッ』と気がついたように自分を指差した。
「俺?」
その態度もみんなの笑いを誘う。その分バニラの怒りも誘う。
「アンタに決まっているでしょっ! さっきから場を乱しているのは、アンタしかいないでしょっ!」
バニラのコメカミに青筋が見える。さすがのご令嬢たちも笑いで肩を揺らし始めた。
「俺はねぇ、キリナートの手足だよ。あ、挿げ替え可能な手足だからキリナートの弱点にはならないからね。あしからず」
バルザリドはニヤニヤして説明した。
「バルド、挿げ替えは許さないぞっ」
キリナートは真面目な顔でバルザリドを睨んだ。バルザリドは普段から節々にあくまでも挿げ替えの効く部下だという態度をとる。しかし、キリナートにとっては本当に気の置けない親友なのだ。
「はいはい」
両手を肘から上げてキリナートの言葉を軽くいなしたバルザリドだったが、心の中で歓喜した。バルザリドはこの主人を尊敬し崇拝していた。
『コホン』
メルリナの隣の女子生徒から催促の合図が入る。キリナートは慌てて舞台へ向き直った。
「で、4人はどうするんだ?」
キリナートはバニラとこれ以上話すこともないと、舞台の男たちに話を振った。
瞠目していた4人が真っ青を通り越して土気色になった顔で俯いていた。
「マ、マリン、君との婚約破棄はしない……」
サイドリウスは下を向いたまま声は震えていた。
「エマ、これは私の勘違いだったようだ……」
アリトンは拳を白く握り下唇を噛んでいた。
「シルビア、わかったから……」
ユーティスは額に手を置き目を隠した。決して頭は下げないし、目を合わせようともしない。
「義姉上、これからもご指導お願いいたします」
ビリードは深々と頭を下げた。
3人の淑女は顔色一つ変えずに、その代わり返事もしなかった。
「わかった。お前たちの言葉は聞いた」
キリナートは3人の代わりにそう言うと、舞台から淑女たちへ体の向きを変えた。
「では、みなさんの番ですよ」
マリンが素晴らしい笑顔で一歩前へと出た。
「サイドリウス殿下、再三の注意にも関わらず、行動を見直すこともせず、臣下となる者やパートナーとなる私の言葉を疎んじ、耳障りのよいお言葉だけを鵜呑みにするような方を尊敬し、支えていくことはできませんわ」
「え? でも?」
サイドリウスは自分が謝れば済むと本気で信じていたようだ。
「成人なさるまでは変化を期待しておりましたが、それも今日でお終いでございますわ。
今をもって、婚約破棄いたします。
もちろん、殿下の有責で、ですわ」
会場に響く声に皆が聞き入った。マリンがエマに場所を譲った。マリンが下がるのと同時に、サイドリウスがよろめいた。バニラが支えてどうにか倒れずに済んだ。
エマはマリンに軽く会釈した。そして、扇を外し鼻を高く上げ、舞台下にも関わらずアリトンを目を細めて睨み見下ろした。
「アリトン様。裁判官を目指していると豪語しているくせに、証拠も公平な判断もできない体たらく。呆れてしまいますわね。裁判官が一人の女のために裁決を間違うようなことがあっていいわけはありませんでしょうね」
エマの見下しがはっきりとわかる笑顔に、アリトンはたじろぎ、それでも、ブンブンと頭を振りながら言葉を出した。
「だが、だが、だが!! それも証拠や証言の1つだ」
「違います。それは訴えの一つなだけですわ。訴えが正しいのか間違えているのかを判断する証拠も証言も一つも取れておりません。訴えをそのまま信じるなら、裁判官は必要なくなりますわね」
「そ、そんな……」
アリトンは空を呆然と見ている。皆はエマの理屈にとても納得していた。アリトンも納得したから呆然としているのだろう。
「それと『わざわざ婿に来て』いただくほど、我が家は落ちぶれておりません。
さらに、女は子供を産む道具ではございませんのよ。そのように考える方とともに歩むことはできませんわね。
アリトン様の責にて、婚約破棄は私からの訴えです。アリトン様の不貞や不祥事についてこれだけの証人様がいらしたら、わたくしの勝訴は決定!
ですわねぇ」
エマはニヤリと笑い返した。アリトンは空を見たまま何かブツブツと言い始めていた。
エマとシルビアが交代する。
「ティス様。お子ちゃまなお考えしかできませんのに何を勘違いなさっているのですか?
何が『仕方がないよ』なんです?
何を『わかったから』なんです?」
「だって!」
ユーティスは唇を尖らせた。あまりのお子ちゃま反応に、女子生徒たちは顔を歪めた。男子生徒たちは失笑した。
「貴方様のようなお子ちゃまと子供を作れる気なんてまったくいたしませの。お子ちゃまにも関わらず下半身がだらしないなんて、気持ち悪いこと、この上ないですわ」
ユーティスはシルビアにこんなに酷薄で辛辣なことを言われたことがなかったので、泣きそうな顔になった。
「貴方様がお母様である伯爵夫人の、そう、ママの肌着を隠し持っているのを知っておりますのよ。それも気持ち悪いですわよね。
まさか、匂いでも嗅いでいらっしゃるの?」
ユーティスは秘密のお守りのことを暴露され、顔を真っ赤にして口をアワアワとさせていた。この情報には、男子生徒たちは失笑を越えて笑い出した。
「わたくしは『仕方なくても』貴方様とは一緒にいられませんの。ママの代わりなんて、まっぴらですわ。
まずはママを卒業なさいませ。
婚約は破棄ですわ。誰に責任があるのかは、ママに聞いたらよろしいわ」
ユーティスはその場にぺたんと沈んだ。
シルビアは歪めた顔も隠さない。嫌悪感がビシビシと伝わった。
「ビリード。何をホッとしているの?」
マリンが冷たく言い放った。ビリードは自分には婚約者がいないことに、安堵していたことをマリンに見咎められた。
シルビアが場所を明け、マリンが歩み出る。
「わたくしは公爵としての立場を貴方に教えようと努力いたしましたが、無駄だったようですわね。
選民意識?上等ですわ。わたくしはそのために寝る時間を惜しんで学んでまいりましたもの。貴方はスタートから出遅れていますのよ。甘える時間などあるわけはありませんわ。そんなものは、領地を安定させてからの話ですわ」
「……は、はぃ……」
ビリードが小さく返事をして俯いた。
「まあ、でも――」
マリンが扇を下げて、にっこりと笑った。ビリードは困惑した。
「もう領地のことは考えなくてよろしくてよ」
ビリードはびっくりして、マリンに懇願するような顔をした。
「わたくしは、貴方を執事にするつもりも管理者にするつもりも、いえ、領内にいさせるつもりもありませんもの。
だって、そうでしょう? 嘘と勘違いを吹聴してまわられるのは困りますもの。ねぇ?」
マリンは小首を傾げて、ビリードに問うが、ビリードが答えることはない。
「我が公爵家と貴方の養子縁組は破棄いたしますわ」
ビリードはその場で頭を抱えた。
4人の男たちはその場に動かなくなった。
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