神様の料理番

柊 ハルト

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ミルクの優しさ

07 ー スイール村

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 アレクセイと同衾しだしてから、数日が経った。
 狼は有言実行だったようで、ベッドの中ではキスとハグ以上のことは誠に対して行っていない。ただただ腕で囲い、ここは安全だと態度と熱で示している。
 そのせいか、誠にとって夜になるとアレクセイの腕の中で眠るということが、不自然ではなく自然な行為になってしまっている。

「はぁ…」

 いつの間にか抵抗する気が失せてしまっていた。
「神様の料理番」と遠野の始祖がバックに付いていること以外、アレクセイにとって何のメリットがあるか分からないが、そんなにも自分を気に入ってくれているのなら、自分の秘密を今すぐ全てぶちまけてやろうかとも思う。
 しかしそんなことをすれば、下手をすると神殺しの業を背負わせてしまうかもしれない。それだけは、避けなければならないのに。
 目の前に現れたゴブリンの耳を切り落とし、本体は狐火でこんがりどころか跡形も無いくらいに焼く。誠はそんな単純作業に、とっくに飽きていた。

「あーあ。どうすっかな。チーズとヨーグルトとー…ああ、牛乳も大量買いしないとな」

 頭の中は、もう次のことを考えている。村の雑貨店で買った麻袋に討伐証明となるゴブリンの耳を入れると、誠はギルドへと向かった。
 薬草採取は何だかんだで、日課になりつつある。
 それ以上に日課になっているのは、パンのスターター作りとライ麦パン作りだ。誠に胃をがっしり握られている男達の食欲は、留まることを知らない。
「もうお婿に行けない!」
「王都に帰りたくない」
「マコトの飯を一生食いたい」
 そんな言葉を言わせてしまった責任は、少しだけなら取ろう。
 誠はせっせとパンを作りながら、時間がある時に皆にサワードウのスターターの作り方を教えていた。今では各自の部屋に、観葉植物ではなくスターターの瓶が置かれている。
 冒険者ギルドで依頼料を受け取ってから市場に行くと、屋台にはルイージが並んでいた。目が合うと、お互いに手を軽く上げた。

「今から昼飯か?」
「ええ、そうです。マコトさんは?」
「俺は買い出し。今日の夕飯も美味いもん作ってやるから、期待してて」
「もちろん」

 すぐにルイージの番になったので、誠は「じゃあ」と話を切り上げた。彼が何を買うのか気になったので屋台を見ると、チーズのかかった串焼きだったが、その量が尋常ではない。誠は密かにルイージのことを、大食い微笑み王子と呼んでる。
 ルイージは見た目も中見も、大体の人がイメージするであろう王子だ。アレクセイと何が違うのだろうと、考えてしまう。
 初対面のインパクトは、きっといつまでも忘れられないだろう。それを抜きにしても、自分を熱く見つめてくるアイスブルーは、誠の目を釘付けにしてしまう。
 自分は女の子ではないのに、エスコートされる手も嫌いではない。男らしい薄い唇も、厚い胸板も、力強い腕もそうだ。いつからかアレクセイからする、ミントとジャスミンの香りも。
 そうやって、ふとした時にアレクセイのことを考えてしまっている。誠は頭を切り替えるために、連日通っているチーズ店に入った。



 今日の夕食は、先日買ったカボチャを丸ごと使ったチーズ焼きと川魚の香草ホイル焼き、そして大麦のスープだ。
 決して昼間見た串焼きのせいで、肉の塊が食卓に上らなかった訳ではない。決して。

「肉…」

 レビの悲しそうに呟いた声が食堂に寂しく響く。
 誠は聞こえないふりをしながら、カボチャの蓋の部分をリーダーであるアレクセイに開けてもらった。アレクセイが誠に渡されたトングで慎重に蓋を開けると、中からはトロっとしたチーズが見えた。
 取り分けるのは、しょぼんと尾を垂らしたレビにしてもらう。

「…肉!」

 誠は思わず吹き出してしまった。見た目はただの丸ごとのカボチャだが、中身は挽肉たっぷりだ。ボリュームを出すために、スライスした玉ねぎとマッシュルームも入れてある。

「チーズはいろんな料理になるんだな」

 アレクセイはレビから皿を貰い、感心したようにしみじみと言った。

「スープにも肉入ってんじゃん!やったー!」
「魚も食えよ、美味いから」

 誠はそう言って、レビに釘を刺しながらも笑った。
 実は大麦のスープにも、サイコロ状に切った肉を入れてある。これはトルコ料理の一つで、本来はグラウビュンデン州特産のドライビーフが入るのだが、ここでは手に入らない。代わりにベーコンを入れようかと思ったが、誠はあえて肉にした。栄養バランスも大事だが、こうして楽しみながら食べるのも重要だと誠は考えている。

 皆でわいわいと喋りながら夕食を平らげていると、館の外からは数人の気配が近付いて来ていた。嫌な気配ではないが、誠は気になってアレクセイを見上げた。

「大丈夫だ。もう来たのか」

 誠を安心させるためか、その頬を撫でたアレクセイにオスカーが続く。

「早いっすね。予定では明日か明後日のはずでしょ?」
「ああ。定時連絡では、明日の早朝と言っていたのだが」

 アレクセイがチラリと食堂のドアを見た瞬間、その気配達は室内に入って来た。

「班長ー!到着しました」

 どやどやと入って来たのは、アレクセイ班の後続であるライト達だった。

「五月蝿いぞ、ライト。もっと静かに入って来れないのかよ」

 こっちは食事中だとオスカーは怒る。
 同意するように、普段はにこやかな笑顔を絶やさないルイージまでもが無表情で彼らを見ているのに気付き、誠は少しだけ背筋が寒くなった。

「悪い悪い。ってか、やっぱ美味そうなもん食ってるし。外まで匂いが漏れてて、俺ら辛かったんですよ」
「そうか。だが残念だな。もう夕飯は無い」
「そ…そんな…」

 アレクセイがバッサリと切ったために、ライト達はその場に崩れ落ちた。
 一気に賑やかになった食堂に、せめて何か用意しようと誠は立ち上がった。殆ど職業病のようなものだ。

「少し時間貰えれば何か用意できるけど…アレクセイ、良い?」
「…分かった。俺も手伝おう」
「いや、大丈夫…」

 そう言いかけた誠の言葉を遮ったのは、レビだった。

「いやいやいや、マコト、班長のお言葉に甘えろって」
「そうですよ。ほら、班長はもう食事も終えてますし」

 ドナルドもレビに追随する。確かにもうアレクセイは食事を終えているが、こういう場合、大体は一番下のドナルドの役目だったはずだ。
 思わずルイージと目が合うと、彼はチラリとライト達を見て、再び誠と視線を合わせる。つまりは、アレクセイから何かあると言うことか。
 誠はルイージに小さく頷くと、アレクセイと共に厨房に入って行った。
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