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ショコラの接吻
06 ー 黄金のもなか
しおりを挟む何度も何度も交わっていると、時間の感覚が無くなってくる。特に誠はアレクセイの精気で体力が回復されているので、疲れるどころか、普段よりも調子が良かった。
「んあぁっ…!」
背中を大きく反らし、シェラフに吐精する。
背後からは、アレクセイの荒い息遣いが聞こえた。
「マコト…そろそろ戻るか?」
まだまだ元気な剛直を抜かれると、それを拒否するかのように誠の後孔は吸い付いている。きゅぽん、と音がしてアレクセイの鬼頭も全て抜かれると、誠はその場にどさりと崩れ落ちてしまった。
飲みきれなかったアレクセイの精液が、窄まりから流れ落ちる。その感覚でさえ、まだ敏感なままの誠にとっては快楽を呼び起こす刺激となっていた。
「ん…。もう戻んの?」
「ああ。もう少ししたら、多分朝だぞ」
時間の概念が無い世界なのに、アレクセイの体内時計は正確だったみたいだ。
誠すらもこの場所の概念はよく分かっていなが、長く留まっていると地球と同じように時間は過ぎるし、腹も減る。同じ闇なら宇宙にも行けるのかと実験をしたことがあったが、移動できたのは地球圏だけだった。
この国でも移動できたので、もしかしたら惑星単位という制約があるのかもしれない。
誠は手を伸ばして、そこらに放っておいた腕時計を取った。時間を見ると、確かに朝というか早朝だ。どうやら一晩中まぐわっていたらしい。
自分にそこまでの体力は無いはずだが、きっとアレクセイの精気のおかげだろう。
「…戻る?」
「そうだな。何も言っていないから、俺達が邸に居ないと、彼らが心配する」
「うん…。お風呂入りたい。あと、アレクセイ、悪いんだけど洗浄魔法かけて」
体とシェラフに洗浄魔法をかけてもらうと、誠はのろのろと服を着だした。上着を羽織ると、すでに着替え終わっていたアレクセイが綺麗に畳んであるシェラフを渡してくれた。
できる男は、こういう些細なことにも気遣えるのだろう。誠は礼を言ってから、手を繋いで部屋に戻った。
まだ夜明けから少ししか経っていない。カーテンを開けると、西の空はまだ夜の色を残していた。けれど、空を見ると一気に現実が戻ってくる。
アレクセイと、やっと体を交えた。その現実に、誠の胸はじんわりと温かくなっていた。そして、どこか照れ臭い気もする。
アレクセイと視線が合うと、お互い照れ笑いをしてしまった。
いくら精気で腹がいっぱいになっていると言っても、誠にとって食事は別物だ。
今日はしっかりと食べたい気分だったので、メニューはクラブハウスサンドに決めた。鑑定で卵の安全を確認してから、マヨネーズを手作りする。攪拌するのは、誠の背後霊になっている狼にお任せだ。
その間にオニオンスープとふわふわのオムレツを作った。
ボリューミーなクラブハウスサンドは、シュナウツァー達に好評だった。まだまだ彼らは健啖で、朝から量が多かったかと思ったが、おかわりまでしてくれた。
「ほっほっほ。まだまだアレクセイ様には負けませんよ」
庭師のブロンクスは、最後の一つとなったクラブハウスサンドをアレクセイが取る前に瞬時に取ると、にっこりと笑っていた。
どうやら老人と侮ってはいけない御仁達のようだ。がっくりしているアレクセイの前に食後の紅茶を置いたシュナウツァーも笑っていた。
「ヴォルク家の次はフレデリク様に仕えていますからね。この邸ではあまり仕事が無いとは言え、これくらいはできないと」
そう言われて、誠は納得した。癖の強いところに仕えるためには、使用人といえども強かでないと耐えられないのだろう。
昼食の仕込みを終えると、誠はアレクセイと共に買い出しに出かけた。遠征の出発日は、明後日に迫っている。郊外の村や町に比べると価格は少し高いが、その分いろんな種類の食べ物が揃っているし、まとめ買いをすれば値引きもしてくれる。
小麦粉や乳製品、果物を中心に買い込み、ついでに自分の買い物も済ませて邸に戻ると、またスイーツをどんどんと作っていた。
おやつの時間になると、キリも良かったので一旦手を止めた。そしてアレクセイを誘い、ティータイムを提案した。
アレクセイは自分一人でクッキーが作れたことに感動したのか、今日もクッキーを量産していた。これは旅の途中でおやつにするそうだ。
狐の形は誠専用。その他の形はレビ達に配るらしい。
「それにしても、多くない?」
アレクセイがオーブンから取り出した鉄板を覗きながら、誠は聞いた。
「いや…弟達にも食べさせてやりたくてな。あと、兄上にも」
兄弟仲は良いと聞いていたが、手作りの菓子を食べさせてくれる兄は、そうそう居ないだろう。…いや、身近に居た。
誠は自分の兄を思い出していた。
オーブンにはクッキーと入れ替わりに次の鉄板を入れ、コーヒーの用意をした。そして冷蔵庫から取り出したのは、昨日作っていたティラミスだ。
日本でも定番のスイーツとなっているティラミスだが、その歴史は浅く、歴史に登場したのは一九六〇年代のヴェネツィアと言われている。その語源はイタリア語を三つ組み合わせた言葉。「私を上へ引っ張って」から転じて、「私を元気づけて」という意味を持つ。
アレクセイを元気付けたかったから作ったのだが、食べる前に問題は解決したし、意図せずにティラミスのもう一つの名前の説である、女性が男性に向けて作ったデザートの意味、「私をハイにして」というものになってしまった。
言わなければ分からない。誠はざっくりと取り分け、しれっとした顔でアレクセイの前に皿を置いた。
スポンジ生地で作るのも好きだが、誠は本場の作り方であるサヴォイアルディと呼ばれるビスケットで作る方が好きだ。好物でもあるし、実家のカフェでは定番のケーキなので、直火式のエスプレッソメーカーなどもしっかり持って来ていた。
初めてのスイーツにアレクセイは目を輝かせている。ほろ苦くて甘いティラミスとブラックコーヒーの組み合わせは、アレクセイも気に入ってくれるだろうか。
アレクセイはゆっくりとティラミスにフォークを入れた。その柔らかさに驚いたのか、一瞬だけ尾がぴくりと動いていた。
今までのスイーツとは違い、少し苦味のあるスイーツだ。ブラックコーヒーも好むアレクセイだから大丈夫だとは思うが、この瞬間が毎回楽しみであり、ドキドキする。
誠は注意深くアレクセイを見ていた。
フォークの先端が、アレクセイの口の中に消える。物を食べる仕草は時として色気を伴うものだが、今日のアレクセイはいつもより雄としてのフェロモン過多のように見えて仕方が無い。
アレクセイが口を開けるのと同じく、自分も口を開けていたのに気付くと、誠は慌ててその口を閉じた。
ぱちくりと瞬きをさせたアレクセイを見て、誠はにんまりと笑った。
バサバサと振られる尾を見なくても、成功だと分かる。しかも、かなり気に入ってくれたのか、気付けばアレクセイの皿は空になっていた。
途端にしゅんとなる尾が可愛い。誠はもう一切れ切り分けると、皿に盛ってやった。
「気に入ってくれたみたいで、嬉しいよ」
「ああ。甘いスイーツも好きだが、これは…コーヒーと上のパウダーか?苦味があって、良いな」
誠も食べはじめた。しっかりとエスプレッソが染み込んでいるし、ザバイオーネクリームもよくできていた。
「これは、コーヒーはコーヒーでも、エスプレッソコーヒーだよ。淹れ方と豆の煎り方とかが違うんだ」
「…ああ。あの面白い形をしていたケトルで淹れていたコーヒーか」
「そう」
面白い形とは、直火式のエスプレッソメーカーのことだろう。誠が使っているのは多角形の形をしているので、アレクセイには見慣れぬ道具だったようだ。
「いろんな作り方があるけど、俺は本場の作り方の方が好きなんだ。でも、今度はスポンジで作ってあげるね」
「ああ、頼む。楽しみだ」
嬉しそうに笑うアレクセイに、誠は見惚れていた。
やはり今日のアレクセイは、どこか違って見える。どこか違うのかと聞かれれば明確には答えられないのだが、何だかいつもよりキラキラしているし、男のくせに、いちいち色っぽく見える。
やはり、あれだろうか。ことを成し終えた男。もしくは一つ上の男になったからだろうか。
これ以上元気になられると困るので、誠は残りのティラミスをさっさとマジックバッグにしまった。
もぐもぐタイムが終わると、また作業を再開させる。
スポンジをケーキクーラーで冷ましている間に販売用のクッキーを作ったり、ケーキのデコレーションをしたりと誠は忙しく動き回っていた。
明日も同じように過ごすのだろうと思っていたが、誠の予定をぶち壊したのはスカーレットではなく、今度はフレデリクだった。
夕飯時に集まったテーブルで微妙な表情を浮かべていたシュナウツァーが、申し訳なさそうに告げてきたのだ。
「マコト様。明日はフレデリク様がお戻りになります」
「そうなんですか。まあ、こちらの主ですしね」
「ええ、そうなんですが…出立前の晩餐会を、と」
その言葉を聞いた瞬間、誠はピタリと動きを止めてしまった。
この邸には、料理人を置いていない。そして今この邸で晩餐用の料理ができるのは、誠のみだ。シュナウツァー達も料理ができると言っても、作れるのは自分達が食べるものくらいらしい。
そのことから導き出される答えは、一つしかない。
「あの…他から料理人がやってくる…とか?」
頼むから、そうであってくれ。そう願う誠だったが、その願いはシュナウツァーによって無惨にも否定されてしまった。
「…いえ。マコト様に任せる、と。急な言付けでしたが…もしかして、そちらに連絡が入っていなかったのですか?」
「ええ…そうですね。多分、オニーチャンの思い付きかな」
ねえ?とアレクセイに聞くと、アレクセイは残念そうに大きく頷いた。
「きっと、そうだ。俺の方にも連絡はきていない。言えば反対すると分かっているからだろう。しかし、出立前の晩餐会と言っても、主役は兄上ではないだろうに。しかも誠もそのメンバーなのに、主役に料理をさせるとは。…はぁ。マコト、どうする?」
「どうするも何も、オニーチャンの中では決定事項なんじゃね?用意するしかないよな。ったく…食材の準備とかメニュー考えたりとか、いろいろあんのに」
「だな。買い出しは手伝うよ」
「ありがと。あ、シュナウツァーさん。晩餐会ってことは、他にも来るんですか?」
誠が聞くと、眉を下げたシュナウツァーは申し訳なさそうに答えた。
「はい。ローゼス様と、アレクセイ様の部下の方々だそうです。合計で八人。誰がいらっしゃるかは、当日のお楽しみだと…そうおっしゃっていた本人が、一番楽しそうでしたよ」
誠はがっくりと項垂れると、大きく息を吐き出した。
「それじゃあ、好き嫌いとか食べられないものとかが分からないっつーの。何、オニーチャン。楽しみ過ぎじゃん」
「すまない、マコト。後で文句を言っておく」
「ええ。私からも叱っておきます」
弟からも古い馴染みの執事からも叱られるフレデリクを想像すると、少しだけ溜飲が下がった。
晩餐用の費用はフレデリクが出してくれるらしい。買い出しはアレクセイの他に、シュナウツァー達三人も手伝ってくれると言ってくれたので、誠はありがたく頼むことにした。何度か足を運んだ市場だが、シュナウツァー達の方が良い店を知っていたりツテもあるだろう。
「…全部多めに作っておくんで、シュナウツァーさん達も食べてくださいね」
それくらいは、フレデリクも笑って許してくれるだろう。
誠は絶対に高い食材を使おうと、ニヤリと笑った。
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