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レモンの憂愁
02 ー 戦う料理番
しおりを挟むコカトリス亜種が出現した林からは、人型での徒歩移動だ。当初の予定通りここから始まりの森を中心とした大きな円を描くように、時計回りにぐるりと移動する。
王都では晩秋の様相を見せていた自然も、北に移動するにつれて段々と冬の景色を誠達に見せていた。
「この道を北に行くと、セーヴィルの港街だ」
舗装をされていない大きな街道の立て看板を指差して、アレクセイが教えてくれた。
スルト領は、王都から見ると北東に位置している。セーヴィルの港街には寄らないが、スルト領の南東辺りを通ることになっているので、買えるのなら魚介類を買っていきたいと誠は考えていた。
移動中も何体か魔獣を狩り、踏み固められただけの道を通ったり、そこから外れたルートを通って中継ポイントを目指していた。そんな日々を数日繰り返していると、やっと遠くに集落を見つけた。どうやらそこが、スルト領の一つであるミアーサ村だそうだ。
ミアーサ村は畜産業を営んでいる家が多く、スルト領は海産物と肉で財を成しているらしい。
「魚と肉か…」
誠はどちらかと言うと魚の方が好きなのだが、肉も好きだ。
セーヴィルの港街にはアレクセイが死にかけたので、あまり良い思い出が無いが、住むのなら美味い魚が流通している所が良い。もし王都に住めなくなったら、スルト領のどこかに身を寄せようと、誠は密かに決意していた。
「魚ですか。この時期だと、寒鰤が美味しいですよ」
「寒鰤、獲れるの!?」
大食い王子は食材のことにも詳しいのだろうか。ルイージの言葉を聞いた誠は、即座に反応した。
「え…ええ。そろそろ屋台でも、切り身の塩焼きが出てくるはずです」
「そうなんだ。詳しいな、ルイージ」
「まあ。纏まった休みを取って、食べ歩きをするのが好きなんですよ。去年の冬はセーヴィルで屋台の食べ歩きをしたんで、覚えています」
「…食べ歩きっつーか、屋台荒らしの方が正しいと思うぞ」
「何か言いましたか?」
ボソリと呟いたレビに、ルイージはニッコリと笑った。
隣に居たアレクセイにこっそり尋ねると、ルイージはレビを巻き込みながら、美味しい屋台を求めて各地を訪ねているのは毎年のことだそうだ。どうせレビは、喜んでルイージに巻き込まれているのだろう。幸せそうなのは良いことだ。
「ミアーサ村まで、あと少しだ。今日はそこで、ゆっくりしよう」
数日振りのベッドが待っている。皆はアレクセイの言葉に、力強く頷いた。
検問を抜けて村の中に入った。王都とは違って、村はゆっくりとした時間が流れているみたいだ。
ここの村も他と同じく、栄えているのは入り口である大門からギルド辺りまでの通りで、その奥は民家や放牧地と畑が広がっているように見える。誠達は通りを突っ切って、騎士団の逗留用の邸に向かっていた。
この邸も遠征する王都騎士団と、スルト騎士団の両方が使用できるようになっているそうだ。
中に入ると、皆は早速談話室に向かった。
「はー…やっと座れた」
一番奥のソファにアレクセイが座る。その後で次々と席に着いたのだが、だらしなくソファに座っているレビの膝を、ルイージはペチリと叩いた。それを見ながら、向かい側に座ったオスカーとドナルトは笑っている。
疲れたと言っても、そこまで体力を消耗していないようだ。誠はいつも通りの様子に、小さく笑っていた。
「皆、お疲れ。お茶淹れてくるよ。コーヒーの方が良い?」
誠は皆の要望を聞いてから、アレクセイに給湯室へと案内してもらった。
「何か悪いな、せっかく座ってたのに」
「いや。君と二人きりになれる時間は、限られているからな」
「…だね」
改めて思うが、アレクセイは戦闘中と、こうして気を緩めている時の温度差が激しい。こうして柔らかに笑うアレクセイの笑顔を独り占めできると思うと、誠は優越感を感じていた。
紅茶とコーヒーの準備をしていると、アレクセイは誠の背後からおぶさるように抱き着いてきた。戦闘中のきりりとした表情も恰好良くて好きだが、こうして甘えてくれるアレクセイも好きだ。気分が良いので、誠はお茶請けを選ぶ権利をアレクセイに譲ってあげた。
アレクセイが選んだのは、シナモンロールだった。ライ麦パンを作るついでに作っていたのだが、柔らかなパン生地とシナモン、そしてたっぷりのアイシングが気に入ったらしい。
皆も気に入ってくれたので、シナモンロールは無事におやつのラインナップ入りを果たすこととなった。
この邸に泊まるのは、何事も無ければ三日の予定だ。夕飯を済ませた誠は、早々に部屋で休むことにした。疲れが溜まっているわけではなく、アレクセイと二人きりでゆっくりしたかったのだ。
遠征中ということを、ちゃんと分かっているのだが、王都ではずっと二人だったのだ。レビ達とまた旅ができるのは楽しいけれど、どうしても二人きりで居たくなってしまう。
「俺さぁ、公私は分けれるタイプだと思ってたんだよね」
誠は隣に座るアレクセイの肩に、頭を預けた。
本当は酒を呑みたいところだが、まだまだ先は長いのでローゼスに貰ったハーブティーを淹れた。ローズヒップの甘酸っぱい香りが、少しだけくさくさした気分を和らげてくれた。
アレクセイは空いている誠の手をいじりながら、楽しそうだ。
「マコトは、きっちりと分けていると思うが」
「そう?でも、本当ならご飯の作り置きすれば良いのに、こうしてアレクセイと部屋にこもってんだぜ?」
「いつもではないだろう?それに君は絶対、また明日からバリバリと動き出すに決まっている。少しは休んで欲しいところだ」
「えー…まあ、明日はめっちゃ料理作るって決めてるけどね」
「そうだろう?休む時は、しっかり休め。まだ旅は序盤なんだ」
「…そうだね。そうするよ」
ここは遠征に慣れているアレクセイの意見を尊重することにした。
アレクセイと指を絡めたりハーブティーを飲んだりと、ゆったりした時間を過ごしていると、急にアレクセイの胸元から甲高い音が鳴った。
「何?」
「緊急の連絡だ」
アレクセイは短く答えると、胸元から連絡鏡を取り出した。
「どうした?」
連絡鏡が開かれると、そこからはオスカーの声が聞こえてきた。
『班長、オスカーです。見回り中に、魔獣の群れと遭遇しました。その数、およそ百』
「百だと?すぐに応援に行く。所在地を知らせてくれ」
『了解。すぐに送ります。それと、こちらに怪我人は居ませんし、辺りに人は居ないと思います』
「そうか、怪我がなくて良かった。俺達が着くまで、何とか持ち堪えてくれ」
『了解』
オスカーの連絡は、そこで終了した。そしてすぐに、連絡鏡の片側に埋め込まれている魔石が淡く光だした。
魔石は連絡鏡の動力になっているが、光によって互いの位置を示すこともできるそうだ。
「マコト、君も一緒に来てくれないか?」
ハンガーにかけていたコートを羽織りながら、アレクセイが聞いてきた。
「もちろん。でも、百体の群れって、ヤバいよね」
「ああ…普通は聞かないな。スタンピードの前兆の可能性もあるが、この辺りに魔素溜まりができたという報告を聞いたことがないんだが…」
アレクセイは廊下に出ると、隣の部屋のドアを叩いた。
「レビ、ルイージ、緊急事態だ!」
すると、ものの数秒でドアが開いた。
「どうしたんですか?」
コートを片手に、レビとルイージが現れる。アレクセイは二人に先程のオスカーからの連絡を説明すると、連絡鏡を二人に見せた。
「ここから少し南に下った辺りに、オスカーとドナルドが居る。急いで向かうぞ」
「走って行くの?」
「そうだ」
小走りに廊下を駆けて行くアレクセイに、誠が聞いた。背後にはレビとルイージが続いている。
誠はアレクセイの袖を引っ張り、足を止めさせた。
「どうした?」
「いや…俺だったら、すぐに行けるんだけど」
「頼んで良いのか?」
「当たり前だっつーの。変な遠慮はしないで」
誠は少しだけ、口を尖らせた。
レビとルイージは誠が言っている意味が分からないのか、困惑した表情を浮かべている。
「マコト。早く行かないと…」
「分かってる。俺だったらすぐだよ」
眉を下げるレビの腕を掴むと、誠は反対の手でアレクセイの手を繋いだ。
「ルイージ、アレクセイとレビの手でも腕でも掴んで」
「…ああ、影での移動ですね?」
「そう。影っつーか闇っつーか…どっちか俺も良く分かってないんだけどね」
誠はそう言うと、すぐ後ろの影へ三人を引っ張りながら沈んで行った。
オスカー達の気配はすでに覚えているし、以前スルト辺境伯邸でかけた加護は、なぜかまだ切れておらず、ぼんやりと彼らを守っている。だから辿るのも簡単だ。
闇に潜って、数歩。勢いをつけて地上に飛び出ると、そこには風魔法で魔獣を防いでいるオスカーが居た。
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