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レモンの憂愁
05 ー 冬将軍と銀狼
しおりを挟む教会の影を潜り抜けた誠は、誰にも見つからないように壁沿いを歩いていた。
この街にも街頭がぽつりぽつりと灯っているが、あるのは大きな通りだけだった。いくら魔道具が発達しているとはいえ、都会のように明るい夜道でないのは誠にとっては有利だ。
誠は足音を気をつけつつ、裏道を通りながら領主の屋敷を目指していた。
教会から数分のところにある屋敷は暗がりで見ても広いが、スルト辺境伯の屋敷と比べると装飾に金がかかっていそうな邸だった。木々の剪定がきちんとされていることから、庭も金をかけて手入れがなされているのだろう。そして正門には門番が複数人、立っていた。
「…警戒し過ぎじゃね?」
人数もそうだが、この屋敷はどうやら結界が張られているらしい。
そこまで警備を厳重にするのは、勇者が滞在しているからだろうか。VIP待遇かもしれないが、そもそも勇者とは戦いを得意とする者のはずだ。なのにこの警備は、何なんだろう。
まだ訓練を積んでおらず弱いままか、それともチート能力というものが備わっていて、すでにかなりの能力に目覚めているのか。もしくは黒い噂がある侯爵なので、警備が強固なのか。
いずれにしろ、情報が少ないので正解が分からない。
「とりあえず…行くか」
フレデリクに屋敷内の見取り図を見せてもらったので、それを思い出しながら敷地内に侵入する。外壁の影から影へ。邸内も同じように、するりと侵入を果たした。
勇者を召喚し、この屋敷に招いた日から連日晩餐会を行っているとは、フレデリクからの情報だ。
初日と翌日は大々的に。それからは内輪で楽しんでいるそうだが、この様子だと今日も晩餐会を行っているのだろう。数十人が一つの部屋に集まっている気配がした。
使用人を含め、人が集まっている大きな部屋の隣の部屋に出る。隣は広間で、ここは休憩室と呼ばれる部屋だろう。ぼんやりと間取りが分かるのは事前に教えてもらっていたのもあるが、闇に潜ると何となく分かるのだ。
この能力があるから妖怪は妖怪で居られると牡丹が言っていたが、誠は改めてその通りだと納得していた。
休憩室は無人なので真っ暗だが、誠にとっては都合が良い。
気配を探ると、使用人達が出入りしているのは広間を挟んだ向こう側の通路だ。いくつか出現ポイントを教えてもらっていたが、フレデリクはきちんと使用人の動線のことも頭に入っているようだ。
王弟と言えば使用人など路傍の石と等しい存在だと思っていたが、そう言えばフレデリクは私邸の執事達との仲が良いし、育ったのはヴォルク家だ。庭師やフットマンとの仲も良好だということは、他のどの使用人達とも話したり目を向けたりしていてもおかしくはない。
どうしてもあの見た目にイメージが引っ張られてしまうが、誠はフレデリクを見直していた。
さて、これからどう動こうかと考えていると、数人がこちらに向かっている気配を感じた。誠は奥の部屋の、壁際に置かれてある棚に隠れる。ここならテーブルセットやソファが見えるし、室内のランプが着いても影になる場所だ。何があっても、そこに潜れば良いのだ。
足音と大きな話し声が近付いてくると、乱暴にドアが開けられた。そして部屋が急に明るくなる。慎重にそちらを伺うと、三人の人間の男性がゲラゲラと下品な笑い声を上げながら、ドサっとソファに座るところだった。
誠はつぶさに観察を始めた。顔や体型を見ると日本人に似ているが、服はこちらの貴族が着ているものだ。おそらくシャンディ侯爵が用意したのだろう。
貴族の服はオーダーメイドが主だ。体裁を整えているが、彼らにはあまり似合っているとは思えなかったし、着崩しているので余計に似合っていない。
彼らの髪の色は金髪と茶髪、そしてピンクなのだが、髪の毛はいくらでも染められるので、色で判断するのは当たり前だが早計だ。
誠の眉間に皺が寄る。元気があるのは良いのだが、幼い頃から神々の所作を見てきたからか、下品な人間が嫌いなのだ。彼らは誠が嫌悪する人種だった。足を大きく開き、ローテーブルの上に足を投げ出している者も居る。見た目は高校生くらいだが、家で最低限の躾をされなかったのだろうか。
そんな客が招かれている晩餐会とは、いったいどういう内容なんだろう。怖いもの見たさで会場を覗きたいが、噂話やあまり手をつけられていないテーブルを見るとキレてしまうかもしれない。誠がそんな想像をしていると、彼らの会話から貴重な情報を得られた。
「おい、カイトの奴はまだ食ってんのか?」
「じゃねぇの?ほっとけよ、クソ不味い飯でも食べれるバカ舌なんだろ」
「ハハッ。違いねぇ。つーか、ビール呑みてぇ。ワインとか飽きてきたな」
「とか言って、お前が持ってるの何だよ」
金髪の男が、向かい側の男を指差しながら笑っている。笑われたピンク頭はワインの瓶をラッパ飲みしながら、てりたま食べたいとぼやいていた。
「…いきなりビンゴかよ」
誠は舌打ちをしたくなった。この国の貴族が食べるような食事は、現代っ子にはさぞ合わないだろう。それに「てりたま」というキーワードだ。アメリカ生まれのハンバーガー店が、毎年秋になると期間限定で出す商品だ。
ここで飛び出して「ランランルー!」と叫びたくなってしまったが、アレクセイと約束をしているのでそれを破ることができない。
どこをどう見ても、彼らが東京で失踪した高校生だろうことが判明した。ということは、必然的に彼らが召喚された勇者だということがイコールで繋がってしまった。
彼らの能力を調べたいのだが、あの様子だと今は無理だ。模擬戦や魔獣退治をするにも、夜は危険過ぎる。数日張り付けば情報を得られるだろうが、それは今フレデリクの部下が行っているはずだし、アレクセイ達と離れて行動するにも、いつ亜種が出てくるか分からない。
けれどアレクセイは以前よりも強くなっているので、数日別行動しても大丈夫だろうか。
そこまで考えると、誠の首筋が急に熱を帯びた。思わず出そうになった声を何とか堪えたが、その熱さで膝から崩れそうになる。
マズいと思い棚の影に潜ると、先程の熱は嘘のように引いていった。
「…制約ってそれぞれらしいけど、俺の場合はツガイ契約の魔法のとこから?」
「約束」を破った神の末路は消滅だ。ただ、どうやって消えるかはその神によって違うと諏訪に聞いたことがある。どちらにせよ耐え難い苦しみが待っているらしいが、先程の熱は契約を違えるなという警告だろう。
「神様ってのも、案外面倒臭い生き物なんだな。…まぁ、俺は半神半妖なんだけど」
それでも半分は神の血が入っているので、どうしてもその制約に縛られてしまう。誠はごちながら、何度も何度も首筋をさすっていた。
普段は冷静に行動しようと努めているが、どうしても無鉄砲に突っ込んでいってしまうことがある。首筋のそれは、ツガイのことを考えて行動しろという戒めなのかもしれない。
ツガイに何かあれば狂ってしまうのは、諏訪も誠も同じだ。あの様子なら、きっとアレクセイもそうだろう。
広間に居るらしい彼らの仲間の顔は分からなかったが、三人分かれば十分だ。
早く帰ろう。
誠は急にアレクセイに会いたくてたまらなくなった。そして己のツガイの顔を思い出しながら、一歩を踏み出した。
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