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しおりを挟むわこおばさんにくのじいの家まで車で送ってもらい、荷物を置いて暫し四人でお茶をして。
散歩、というまでもいかないが、彼女と裏の山に足を向けた。
去年ここに来たのは梅雨の時期。───彼女のお父さんの命日だった。
今は春。───視界に広がるのは、
「───ぁ……」
感嘆は殆ど言葉にならなかった。微かな吐息が心と共に唇を掠め零れ落ちる。……それでも自分の思いがどこにも触れず消えたとは思わなかった。彼女がそっと微笑ったので、自分の心はきちんと伝わったのだと確かにわかった。
広がる、───一面の桜。
海のよう、とも思わなかった。そうではなくて───
「……世界みたい」
ぽつりと言った彼女のその言葉が自分の思いそのものだった。
世界、だった。───広がる桜の世界。
薄紅色のその世界に、───たまたま、自分たちが訪れただけ。
「───……」
圧倒的な美しさ。
太刀打ち出来ない、ただ呼吸も忘れ見つめるだけの───世界。
びゅぅ、と吹いた風に薄紅の世界が揺れる。はっとして───まるで呑み込まれ自分の場所を見失いそうな程の世界に圧倒されて。
「みー───」
「ともり」
とん、と、華奢な指先が自分の手に触れて。
自分よりも小さな手が自分の手を握った。
薄い、けれど確かな体温。……自分が不安になると自分よりも早く気付いて手をさしのべてくれる、大好きなひと。
「……ありがと、みーさん」
「ううん。───綺麗過ぎて、ね」
「うん。───うん」
手を繋げる距離にいる。……たったそれだけで一瞬だけ強ばった心はふわりと溶け、落ち着きを取り戻す。
彼女と手を繋いだままゆっくりと歩き出した。
「……ひと、いないね」
「ちょっと奥の方だから地元のひとしかいないんだ。お父さんが───お父さんのお墓がちょっと先」
「うん」
「……一度帰る?」
「え? なんで? ───あ、俺また別の機会にした方がよければそうするけど、でもみーさんさえよければ一緒にご挨拶したい」
「ふは。───そっか、ありがと。でも一回帰ろっか」
彼女に手を引かれ、山を降りて行く。
「どうして?」
「お花とお掃除道具をね」
「あ、そっか、帰ろ」
彼女のお父さんのお墓からも世界が見えた。徐々に染まってゆく美しい色をここからじっと見つめていたのだろうかと思い、内心で首を横に振る。
そういう瞬間もあったかもしれないが、きっと彼女と彼女のお母さんのことを見ていたはずだ。
「ここでは久しぶり、お父さん」
お墓の前に行き、彼女が微笑った。供えられた花はまだ綺麗で、墓石もその周辺も綺麗だった。
「わこおばさんたちが定期的に来てくれてるから……本当感謝だね」
やさしく声をかける彼女の隣で自分は深々と頭を下げていた。正式な礼儀ではないだろう。それでも手を合わせる前に自然と頭が下がった。
「お久しぶりです。カブラギトモリです」
「うん、ともりくんです。───あれから進級して今大学二年生です」
水の入ったバケツを置きまだ真っ白な雑巾を浸し絞った。彼女にそれを手渡して、自分は小さな箒とちりとりで周囲をそっと掃き出す。
自分も報告を、と思い掃除をしながら言葉を紡ぐ。
「みーさんは社会人になって邁進しています。撮影の仕事に行って、照明作って。話聞いてるだけで格好いいです。……まあもともとみーさんはかわいいし恰好いいし本当最高なんですけど」
「ともり、なんでもかんでも伝えなくていいんだよ」
「不足があったら駄目でしょ」
「せめて本人のいないところで」
「誉め言葉だから隠す必要なしと判断した」
「ええ……」
それでも、一通り掃除が終わったあとは少しだけ離れた場所から彼女を見守った。手を合わせ眼を閉じている彼女を───薄紅の世界を背景に、彼女の髪が光を受けてふわりと色を不思議に染めるのを、静かに見つめた。
さみしさは感じない。───だって、彼女は必ず自分を呼んでくれるから。
「ともり」
彼女の微笑み。
「帰ろっか」
やさしさそのものが形になって顕れる。柔和に細められた眼、綻ぶ口元、やわらかな空気。
「───うん」
あまりにも幸せで、なんだか泣きたくなって。
かわりに彼女の手をそっと握った。
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