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しおりを挟むいつもよりゆっくりと歩く帰り道。繋いだ手がぷらぷら揺れて、二人で桜の世界を見渡しながらほう、と息を吐く。桜の木は見上げれば美しく、下を見れば立派な樹木が静かながらも確かな命の肌触りを伝えてくれる。
穏やかな時間が終わったのは曲がり角に差し掛かった時だった。
「わ、」
「と、」
飛び出して来た子供と彼女がぶつかりそうになり、咄嗟に彼女が身を引いた。同時に自分も彼女の肩を抱き寄せたのでお互いの身体がとん、と当たっただけで怪我もなく終わる。
子供は───小学生低学年くらいだろうか? 野球帽を被った少年で、自分と彼女を見て目を見開いていた。驚いた、というより最初から驚いていた状態のようにも見える。くりっとした大きな目が印象的だった。
「大丈夫?」
呆然と自分たちを見上げる少年に彼女が僅か腰を折って話しかけた。彼女の母は息子を持つ男性と再婚したので彼女には血の繋がらない歳の離れた弟がいる。仕事の都合で三人は今海外だが仲は良くしょっちゅう連絡を取っていた。……なので若干、自分に対する彼女の眼は『歳下の男の子』なのが否めない……確かに歳下ではあるが最早男の子ではなく男なのでそこら辺色々ご理解ご協力の程よろしくお願いします、という状態だ。ガンガン意識して欲しい。
「怪我はない?」
「っ……お、お姉さんたち、」
「うん?」
「どこから、来た?」
「東京の方だよ。君は───」
ここの子かな、と訊ねようとしたのだろう。しかしそれは声になることはなかった。少年は更に目を見開きばっと彼女の両手を掴んだ。
「えっ?」
「え?」
「これ! お願い、これ遠くで捨てて……!」
「えっ?」
「んっ?」
「お願いね!」
言い終わるか終わらないか。
少年はばっと踵を返して脱兎の如く走り去った。山を降って行くその背中を二人で呆然と見送って───
「……またみーさんなにかに巻き込まれてる……」
「え、ええー……」
「俺がちょっと桜に目をやった隙に……もう俺桜見ないでみーさんだけを見る」
「桜見ようよほら本当綺麗だよ」
眉を下げた彼女がそっと手を開く。何かを託されたようだったが───
「これは……」
思わず言葉がこぼれた。白い小さな手のひらに乗るのは───
「……指輪?」
穏やかな銀の輝きに、彼女が言った。
「みーさんて本当すごいね、なかなかないよ、出先で見知らぬ少年に指輪を託されるって」
「た、たまにはあるかもよ」
「あるかなあ」
「……」
「……」
「……まあ、置いておこうよ」
置いておこうよ。本当。と顔中で告げる彼女にひとまずうなずき指輪に眼を落とす───確かに今ここに指輪があるのだから、『たまにはあること』ということで処理するしかない。
「これは……結婚指輪?」
「たぶんそうだね」
石もなにも付いていないシンプルな指輪だったのでそう言ってみると彼女もうなずいた。華奢な指にはまるっきり合わないサイズの指輪が彼女の手のひらの中にあるのはどこか落ち着かない。
「結婚指輪か……」
「捨てていいものじゃないね……」
「俺たちの時は二人で素敵なのを探そうね」
「聞いてる?」
「わかってる、その前に婚約指輪だよね」
「聞いてないか……」
「聞いてるよ。捨てていいものではないのは同感なんだけど……」
辺りを見回す。人気のない山中。集落は近くにあるとはいえ、
「あの子はどこの誰なんだろう。それがわからないとどうしようもないよね」
「そうだね……」
くるり、と彼女が指輪をひっくり返した。それでも勿論形は変わらないが、
「ああ、やっぱりなにか彫ってあるね……ちょっと薄くなってるけど」
「あ、そっか、結婚指輪だから。なんて彫ってある?」
「『S to K』……SさんからKさんへ、だって。あと───」
彼女が自分にも示して見せたので隣から覗き込む。イニシャルの横に数字の刻印があった。
1946.4
「なるほど。……うーん、まあヒントには……なるけどちょっと弱いかな……指輪無くしたひとがいないか聞いて回る?」
「うーん……」
彼女がことりと小首を傾げた。彼女のことだからまさか本当に捨てるはずがないので「そうだねえ」と同意があるものだと思ったのだが。
「……あの子、必死だったね」
「え? ……うん」
だね、と同意する。……彼女は親指と人差し指で指輪を摘み、まるで輪の向こう側を見据えるかのようにしていた。
「あの子にとってはこの指輪をどうしても捨てないといけない理由があるんだ。───きっと、周囲のひとには秘密で」
「あ……」
「そうだね。確かに巻き込まれたかも。だからまあ、巻き込まれたからには───」
彼女はふは、と微笑った。さらりと揺れた髪が日差しを受けふわりと色を変える。
「なにが出来るか、試してみようか」
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