アークトゥルスの花束

ナコイトオル

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 探偵には助手がいる。古今東西の物語がそれを証明している。探偵がいるところには助手がいるし、助手がいるところには探偵がいる。
「みーさんが探偵で俺が助手だね」
「え、そうなるの?」
「うん。助手は探偵の手となり足となるから俺の手足はみーさんのものだしみーさんの手足は俺のものだね」
「え、そうなるの?」
 そんなことが起きるの? とでも言いたげな彼女にゆっくりしっかりうなずいて見せ、さて、と続ける。
「俺アクセサリー詳しくないんだけどさ……あ、俺たちのを買う前は勉強しておくから!」
「必死にならなくていいよ……」
「大事なことだよ!」
「そ、そっか、ごめん。……えーと、年代的には一九四六年……───……」
「みたいだね」
 刻印された数字はきちんとしていた。線も一定だ。
「……───殆ど身に付けられてはなかったのかな」
「そうなの?」
「傷がないんだ。日常使いしてるとどうしても傷が付くからね」
「なるほど」
「……結婚指輪を捨てたい時ってどんな時かな……」
「やっぱり浮気かな? みーさん安心してね、俺浮気出来ないから。みーさん以外の女に言い寄られたら発熱して蕁麻疹出して体調不良になるから」
「安心出来ないよ……病院に連れてくよ……」
 彼女のやさしさにほっこりしつつもさて、と考えを進める。
「浮気、離婚、までいかなくても相手を嫌いになった……とか、許せない……とか、かな? でも……」
「そうだね」
 彼女がうなずいた。
「───それを当事者じゃなく子供が願った。───さて、何が起きたらそうなるんだろうね?」



 ひとまず予定通り一度帰ろう、となってくのじいの家に帰った。去年も今年もお世話にるくのじいは彼女の直接の血縁ではないが過去も帰郷する度滞在していたらしい。だからこその「おかえりなさい」だった。
「んー、一応遡れば血縁はあるのよ。たぶん」
 狭い集落だしねえ、と言いながらてきぱき昼食の支度をするのは通称わこおばさん。となるとここには『どこかで血の繋がりはあるんだろうけどどこだろうねー』という三人と自分がいることになる。なかなか珍しいなと思ったがあたたかくて好きだった。
「この辺もどんどん過疎化が進んで来てねえ……まあ、最盛期でも桜の方が多かったけど」
「山ごと桜ですもんね」
「ええ、ええ。……さあできたわ、みぃちゃん、くのじいを呼んで来てくれる?」
「はーい」
 自分は配膳を手伝った。どんぶりにたっぷりと満たされているのはうどんだった。添えられたかきあげは山菜で、そこの山で採ったものだという。山菜狩りというものか……やってみたい。
 くのじいと彼女が手を繋いでやって来たのをほっこりしながら出迎えて、四人揃って手を合わせた。ふわっと香る出汁のいい匂い。うどんはやわらかめで、これはくのじいの為だろう。彼女もやわらかめが好きでいつも家で食べるうどんはやわらかめだったので自分としてもうれしかった。出汁は薄味で、けれど梅干しがひとつ入っていてその酸味がアクセントになっていてとてもおいしい。山菜のほろ苦い味は衣を纏うことによりこてりと丸くなり、それをまた梅の酸味がしみ出した出汁が拭っていくのがたまらなくおいしかった。
「「おいしい」」
 彼女と言葉が重なって、顔を見合わせてからふは、と微笑い合った。うれしい。
 食後のお茶は彼女が淹れてくれたので、自分は皿洗いの担当に立候補した。いやいやと言うわこおばさんにやんわりと、しかし譲らず意見を押し通したので、淹れてもらったお茶を堪能してから取り掛かることにする。
「そうだ、くのじい。質問があって」
 彼女がくのじいの前に湯呑を置きながら言った。
「終戦の翌年に結婚したひとってこの辺でいる?」
 そうか、と思った。一九四六年は終戦翌年か。
 くのじいに対して話すのならそれを軸に話した方が早いのかと思うと、……心がきゅっとした。
「おるよ。いんまも生きちょるのは───……」
 思いを探るように一瞬間を置いた。
「セラのとこのカヨコさんやね」
「───……」
 彼女の印象的な眼がそっとその深みを増す。
 指輪を贈られたひとが誰なのか、分かった気がした。




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