七駅フレンド

ツチフル

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 私服姿の彼女は、私が降りるひとつ前の駅で降りた。
 このあたりの高校だとすると、優秀な生徒が通う矢野高か、超優秀な生徒が集う東聖院になる。
 どうりで品のある顔をしているわけだ。
 私は彼女の輪郭を思い出しながら、偏見そのものの感想をいだく。
 それにしても…… 不思議な時間だった。
 無言で席を譲りあい、無音で笑いあった後も、私たちは言葉を交わすことなく横に並び、とうとう最後まで一言も声をださなかった。
 駅に降りて、こちらに微笑をむけてから歩き去る姿は、さながらサイレント・フィルムのワンシーン―― …というには、周りが騒がしすぎたけれど。
 彼女がなぜ声をださなかったのかは、わからない。
 理由があるのかもしれないし、ただの気まぐれかもしれない。
 ただ、私にはれっきとした理由がある。
 とてもシンプルで必然的な理由。
 声をだすことができないからだ。
 
 失声症はまだ続いていた。
 部活をやめることで原因は解消されたはずなのに、未だに声が戻らない。
 椎橋さんは、心の緊張がまだ解けていないせいだよと言い、時間が経てば少しずつ声はでるようになるからと励ましてくれた。
 念のためにと、脳と発声器官の再検査をしたけれど異常はなし。
 だから、きっとそういうことなのだろう。
 時間が経てば。
 そのうちに。
 焦らないで。
 私にできることは、待つことだけだった。
 あの子は、どうして喋らなかったのだろう。
 答えのでない疑問を、また考える。
 理由があるとすれば、どんな理由?
 ひょっとして。
 私と同じだったりして。
 
 だったら――

                       ※

 翌日になると、八時五分発の電車はいつもの静かな車両に戻っていた。
 私は安心してドア近くのシートに腰をおろし、閑散とした車内を見わたす。
 たいていの乗客はシートに座って思い思いにくつろいでいるけれど、何人かは健康を考えてのことか、つり革につかまって立っている。
 その中の一人に、彼女がいた。
 スカートをはいているせいか、昨日よりも大人びてみえるけれど、あの品の良い輪郭は間違えようがない。
 左手でつり革につかまりながら、右手でケイタイを操作している。指の動きからしてメールかラインをしているのだろう。
 いずれにしても、あまりスムーズではなかった。
 しばらくして、顔をあげる。ようやくメッセージを送り終えたらしい。
 彼女の視線は左・右・左と動き、さらに左へと動いて――
 こちらを見た。
 視線が接触する瞬間に目をそらしたので、私が見ていたことには気づいていないはずだ。
 自然な動きを意識しつつ―― 意識している時点で不自然だけど―― カバンから読みかけの本を取り出す。
 歩数にして三歩の距離から、彼女の視線を感じる。
 私は本の内容を理解しないまま、ページをめくる。
 なにも無視をすることはなかった。
 顔を上げて、彼女を見て、会釈ぐらいすればいい。
 そうできないのは、不安があったからだ。
 彼女がとても社交的で、三歩の距離をあっという間に踏み越えて話しかけてくるかもしれないという不安。
 失声症の私は受け答えができず、彼女に気まずい思いをさせてしまうだろう。
 そうとは知らずに障碍のある人に声をかけてしまったときの、あの気まずさだ。
 そうなることは避けたかったので、私は本を読むふりをつづける。
 乗り合わせてから七つ目の駅が、彼女の降りる駅だった。
 電車が止まり、ドアが開く。
 彼女が開いたドアへと歩き出す。
 私はそこで、ようやく顔をあげた。
 駅に降りる後ろ姿をぼんやり見送っていると、ふいに彼女がこちらを振り向いた。
 視線が接触する。
 私はそらすことができず、彼女はそらそうとせず、お互いを見る。
 発車のベルが鳴り響き、ドアがスライドを始めた。
 そして、完全に閉じる寸前。
 彼女は、私に微笑んだ。


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