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第2話:白雪姫のパートナー

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 四月一日、新学期初日。

(あ゛ー……眠い……)

 寝ぼけまなこでベッドから起き上がり、洗面所でバシャバシャと顔を洗う。

「ふぅー……」

 正面の鏡に映るのは、えない男子高校生。
 ほどほどの長さの黒い髪。
『死んだ魚のような目』などと表現すれば、死んだ魚さんサイドから、猛烈な抗議が予想されるほど覇気のない目。

 よし、今日も絶好調だ。

 ササッと朝支度を済ませ、白凰はくおう高校へ向かう。

 白凰は日本屈指の名門私立高等学校。
 本来、俺のような貧乏人には、遠く縁のないところなのだが……。
『とある事情』があって、ここへ通うことになった。

(二年次は……一組か)

 掲示板で自分のクラスを確認した後、体育館シューズを持って大講堂へ移動、ほどなくして始業式が始まった。
 教頭先生が開式のを述べ、生徒指導が安全上の注意を語り、校長先生が三十秒にも満たない超ショートスピーチ。
 いかにも白凰らしい、超シンプルかつ合理的な進行だ。

 あっという間に式の九割が終わり、新生徒会の発表が行われる。

 雛壇ひなだんに登るのは、『白鳳はくおう四大御伽姫おとぎひめ』の一人――『白雪姫』こと白雪冬花。
 上は白いシャツに黒のブレザー、胸元にワンポイントの赤いリボン。下はチェック柄のスカート、黒のニーハイソックス。
 白凰の制服を完璧に着こなす彼女は、一年生ながら副会長という大役を務めあげ、二年生にして生徒会長に就任したのだ。

 この学校の生徒はみんな非常に個性的であり、それをまとめる生徒会は途轍とてつもない激務と聞く。
 しかしその分、生徒会特典は強烈だ。
『白凰高校生徒会役員』の肩書があれば、私大を受験する際、大きく加点されるとかなんとか。

 中でも、『生徒会長』の旗印はまさに別格。

 それがあるだけで、国内の難関有名私立大学は、全て合格パスできてしまうらしい。
 厚い人望・高い学力・類稀たぐいまれなカリスマ、その全てを兼ね揃えた選ばれし者こそが、白凰高校の生徒会長様なのだ。

「――今年度はさらに気を引き締めて、生徒会の議事運営に邁進まいしんいたします。第99代生徒会長、白雪冬花とうか

 白雪の淡白な就任演説が終わり、

「それではこれより、今年度の生徒会役員を指名いたします」

 いよいよ襲名式しゅうめいしきが始まる。

 白凰の生徒会役員は代々、生徒会長の独断と偏見によって決められるのだ。

「庶務――二年一組さくらひなこ」

 桜ひなことは、一年生の時に同じクラスだった。
 元気溌剌げんきはつらつとした才女であり、クラスのムードメーカー兼マスコット的な存在。

 庶務として、これ以上の人選はないだろう。

「副会長――」

 白雪はそこで一拍を置き、体育館に緊張が走る。

 白雪冬花の隣に立ち、生徒会の運営を共にするパートナーの名前は――。

「――二年一組、葛原くずはら葛男くずお

 随分とまぁ、聞き覚えのあるものだった。

「く、くずはらくずお……?」

「誰だ、それ……?」

「確かうちのクラスに、そんな名前の不審者がいたよう、な……?」

 全学年が騒然となる中、白雪はコホンと咳払いをする。

「『書記』と『会計』につきましては、ひとまず空席。適任者を見つけ次第、白凰掲示板でご連絡します。役員の指名を受けた生徒は、個別に連絡事項がありますので、後ほど生徒会室に集まってください」

 そんなこんなで始業式、終了。

 俺は奇異きいの視線に晒されながら、生徒会室へ向かい――早速、異議を申し立てた。

「白雪、どういうことか説明してくれ」

「何がでしょうか?」

「副会長の件だ」

「葛原くんの能力を考えれば、至極当然のことです」

 彼女の澄んだ紺碧の瞳が、真っ直ぐこちらへ向けられる。

「はぁ……俺のことを無駄に高く評価し過ぎだ。というかそもそもの話、放課後にバイトを入れる予定だから、生徒会には入れない。うちの貧困具合は、お前もよく知っているだろ?」

「その点については問題ありません」

 白雪はそう言って、鞄の中からプリント用紙を取り出した。

「生徒会特典の一つ、白凰奨学金。『生徒会役員は天下の白凰の顔であり、そこに名を連ねる生徒はすべて、殊更ことさらに優れた奨学生である。日ごろのたゆまぬ努力と不断ふだん研鑽けんさんたたえ、学校長より毎月10万円を支給する』――こちらの制度を利用すれば、バイト代の穴埋めはできるかと」

「……毎月10万、か……」

 生徒会に奪われる時間は1日約3時間、週5で15時間、1か月で60時間。
 俺の時給はだいたい1050円(東京都の最低賃金ギリギリ)、60時間で換算すれば毎月63000円。

 単純計算、生徒会に入った方が37000円ほどお得になる。

(……今年はゆいの高校受験がある……)

 何校受けるかは知らんが、受験料は地味に痛いし、合格した後は入学金やら施設利用料やらで軽く数十万は吹っ飛ぶ。

「……正直、毎月10万はうまい話に思えるが……。悪いな、俺はやっぱり生徒会の器じゃない。さっきの周りの反応を見たか? 誰も葛原葛男という『個体』を認識してなかったぞ」

「それはあなたが、自分の評価が低くなるように振舞っているからですよね?」

「……別にそういうわけじゃ……」

「どうして葛原くんが、『劣等生のフリ』をしているのかは知りません。ただ私は、あなたが途轍とてつもなく優秀であることを知っています」

「いや、白雪の方が遥かに優秀だろ……」

 白雪冬花は、日本代表する名家に生を受けた才女だ。
 容姿端麗・成績優秀・品行方正――神様が「一番凄いの作りました!」って感じの最強キャラ。

 一方の俺は、極貧家庭に生まれた劣等生。
 容姿普通・成績普通・品行普通――神様が「これもう適当に外注がいちゅうしといて」と放り投げた感じのモブofモブを突き詰めた雑魚キャラ。

 両者の優劣など、えて比べるまでもない。

 すると、どこか呆れた様子の白雪がポツリと呟いた。

「――アソパソマソ・・・・・・

「……ここでそれ・・か……」

 俺はがっくりと肩を落とす。

「私は葛原くんに追い付きたい……いいえ、いつか追い越したい。だから、あなたの一番近くで、あなたを研究したいんです」

 彼女は強い意思の籠った瞳でこちらを見つめ、はっきりとそう宣言するのだった。
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