ボクノカミサマ

悠木まるこ@はじめまして

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第1章『邂逅』

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 ひぐらしが鳴いている。
 つい先日、古典の先生から「蜩は秋の季語」だと教わったのだが七月上旬にはすでに鳴いていたように思う。けれども、今日のような少し肌寒い晩夏に物悲しく鳴く彼らの声はこれから始まる秋のわびしさを物語っており、先生が言う秋の季語の由縁ゆえんが理解出来るような気がした。

旺次郎おうじろう

 名前を呼ばれて、桜井旺次郎おうじろうは思わず立ち止まった。
 校門横で彼を待っていたのは、旺次郎より二つ年上の兄貴分、藤野瑛士えいじだった。
 校門横の塀に寄りかかって、文庫本サイズのテキストに目を落としていた瑛士は、運動場を突っ切って校門を目指す旺次郎に気が付くと、おお、と片手をあげた。黒髪がさらりと揺れた。

「補習終わったのか」
「まあね」
「しっかし、あの旺次郎が同学年の補習の面倒を見るとはねえ」

 肩を並べて帰路についた二人を、夕闇が染めていく。

「かっこいいじゃん。『桜井先生』だ」

 鳶色とびいろの目を細めて瑛士が笑う。
 旺次郎は小さくうめくと、ぼそりと反論した。

「別に。今日だけだしさ。この間学校をサボった罰だって、先生が」
「まぁ旺次郎は授業受けなくても学年トップだもんなあ。でもな、学校はちゃんと通った方が良いぞ。俺みたいに進路先に困るから」
「よく言うよ。えい兄ちゃんこそ、進路に困らないだろ」
「ハハハ。ま、そうだな」

 瑛士は目下もっか大学受験生だ。
 とはいえ、実家が神社である彼は家のしきたりでその後を継がなければいけないらしい。そのため、神道系の大学を志望しているのだが、彼はそのことがなによりも一番の苦痛だと云う。

「誰になんて言われようが、自由に生きたいよなぁ」

 誰に云うでもなくポツリとつぶやいて、瑛士は、隣でうつむく旺次郎に「そう思うよなぁ」と同意を求めた。
 ブリーチで色が抜けきった旺次郎の髪は、夕方の陽の光を浴びて淡い橙色に染まっていた。
 半袖の下に見える細くて白い腕。そのあまりの細さに、瑛士はいつも、その腕を握れば直ぐに折れてしまうんじゃないかという不安に駆られた。

「…………なぁ、旺次郎。今日も夕飯食べに、ウチ寄ってくよな」
「うん」

 高校生になってから一人暮らしを始めた旺次郎は、週四という結構な頻度で瑛士の家に厄介になっていた。
 旺次郎の住むマンションから歩いて数十分の場所にある山麓さんろくの鬱蒼とした場所に位置する東峰あずまみね神社というところが瑛士の実家であった。
 神職につくために祖父のもとに預けられている瑛士は幼いころから親元を離れ、宮司をしている祖父と二人暮らしをしていた。
 当時近所の一軒家に住んでいた旺次郎は、よく神社に遊びに行っては瑛士や瑛士の祖父に相手をしてもらっていた。
 現在、旺次郎が夕時の食卓にお世話になっているのも、当時から続く、いわゆる腐れ縁というやつである。

「あ、そうだ。今日、爺さん、町内会の集まりで夜遅いんだと」
「ふうん」

 取り留めのない会話を交わしつつ、くすんだ赤い鳥居をくぐる。旺次郎はいつもここをくぐるたびに、何故だか胸の内がすっとする感覚を覚えるのだった。
 瑛士に少しばかり遅れをとって、灰色の石畳を辿っていく。しばらく歩くと、前方にやしろが見えてきた。その隣に木造りの平屋があった。ここが瑛士の暮らす家だ。
 ガラガラと引き戸を開け、中に入る。

「旺次郎、居間で待ってて。俺、ひとまず着替えてくる」

 そう云うと瑛士は玄関のすぐ左手にある真っ暗な階段をトントンと昇っていった。
 いつもの流れだ。
 旺次郎も、玄関で靴を脱ぎ、一人居間に続く薄暗い廊下を進んだ。

 静かだ。

 何処どこからか聞こえる時計の音だけが家中に木霊こだましている。

 怖い。

 幼い頃はこの家に対して、そう思ったものだ。

 早く自分の家に帰りたい。

 そうも思った。
 けれど、『あれ』からまもなく七年が経とうとしている。

 果たして今は――
 
 考えて、やめた。
 答えが出ても虚しいだけなんだ。
 

 旺次郎は居間の電灯を付けると、畳の上に学生鞄を放り投げて自身もその場に座り込んだ。
 そうして、瑛士がやってくるのを待つ。
 何をするでもなく、待つ。
 少ししてから、旺次郎はすぐにしびれを切らした。いつも以上に時間が経つのが億劫おっくうに感じる。
 いつもは瑛士が支度している間に瑛士の祖父が相手をしてくれる。今日は一人だからだろうか。
 気を紛らわすために周囲を見回していた旺次郎は、そこである一点に釘付けになった。
 旺次郎の視線の先には、紫のひもが結わえられたきりの箱がひっそりとそこに存在していた。
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