ボクノカミサマ

悠木まるこ@はじめまして

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第1章『邂逅』

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 橙色のほの暗い電球に照らされた桐箱は、子どもがやっと抱えられるくらいの大きさだった。一見、何の変哲も無いただの箱——にもかかわらず、普段何事にもあまり関心を示さないはずの旺次郎が、この箱に限っては吸い寄せられるように視線を外すことが出来なかった。人の心を惹きつける不思議な魅力をまとった桐箱を前にして、旺次郎は思わず喉を鳴らしていた。
 中には何が入っているのだろうか。
 試しに房の付いた紐の端を引っ張ってみる。すると、それは至極簡単にスルリとほどけてしまった。
 旺次郎は再び生唾を飲み込んだ。

「ちょっとだけ、だ」

 誰かに言い訳するようにそうつぶやくと、今度はそっと蓋に触れた。

 開いてしまった。

 いとも簡単に。

 長い間閉じ込められていた空気がカビ臭い匂いとともに解き放たれ、旺次郎は、うっと顔をしかめた。そうして、軽く息を止めてから、意を決して箱の中を覗いてみたが特にめぼしいものは入っておらず、旺次郎は大きな溜息をついた。
 ——瑛士が愛読しているいかがわしい本でも出てくるかと期待したのに。
 拍子抜けして肩の力を抜いた次の瞬間、「そうだ、旺次郎ー」何処からともなく名前を呼ばれて、ビクリと身体を震わせた。

めし、炊いといてくれないかー?」

 瑛士の声が廊下を通して居間全体に響き渡った。まだ二階で着替えているらしかった。
 旺次郎は瑛士の言葉に返事をすることも忘れ、瑛士が戻ってくる前に、とにかく桐箱を元の位置に戻そうと思った。勝手に人様の家の物を物色していたと知られたら、己のモラルが疑われる。幼い頃からの馴染みであるとしても、だ。急いだせいで桐箱の紐の結び目が少し乱れたが、とにかく、旺次郎は桐箱を元あった場所にきちんと戻した。
 まだ心臓がトクトク高鳴っている。
 何故だかわからないが、身体が火照っていた。額に薄っすらと汗が滲み出ていた。

 おかしい。

 旺次郎はその場にしゃがみ込んで、ぐっとこめかみを押さえた。


 なんだか……身体が、だるい。


「なぁ、お米切れてなかったかー?」

 着替え終わった瑛士が、そう云いながら居間にやってきた——と、旺次郎の顔を覗き込み、すぐさま不安げな表情を浮かべた。

「……旺次郎。どうかしたのか?」
「別に」

 呼吸が速くなってきた。

 ……何故だろう。
 酷い頭痛だ。

「……瑛兄ちゃん、やっぱ俺帰る」

 立ち上がって廊下に出ようとしたが、足がもつれてしまった。
 よろめいて倒れかけた旺次郎の身体を、瑛士が全身で受け止める。

「どうしたんだよ、フラフラじゃないか」
「なんでもない」
「なんでもないわけ無いだろ」

 そう云うと瑛士は旺次郎の前髪をかきあげて額に手を当てた。

「……あぁ、やっぱり。凄く熱いぞ」
「大丈夫」
「風邪でも引いたか?」
「大丈夫だから」
 
 不機嫌な面持ちでそう云いながら瑛士を押し返そうとしたが、上手く力が入らない。
 旺次郎の憮然ぶぜんたる面持ちに、瑛士は困ったような笑みを浮かべると、旺次郎を畳の上に座らせた。

「今日は泊まっていきな。家に帰ってもフラフラじゃあ、一人で何も出来ないだろ」
「…………」

 しばらく黙りこくって、旺次郎はゴロンと横になった。背を向けたまま、瑛士に対して小さな声で告げた。

「……。……ごめん」
「良いんだよ。それにしても相変わらず弱っちいなぁ、お前」
「ほっとけ」

 旺次郎がそう云うと、背後で瑛士が肩を揺すって笑ったような気がした。
 畳を踏みしめる音が次第に耳元から遠ざかっていった。夕食を作るために瑛士がキッチンへ向かったんだと、旺次郎は軋む頭で考えた。

(それにしても、なんで突然こんな……)

 力が入らない右手を軽く握りしめ、旺次郎は黙ってその手を見つめた。
 頭痛の為ぼやけた視界は、次第に微睡みの世界へと旺次郎を誘うのであった。
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