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第1章『邂逅』
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目の前で男女が寄り添っている。その顔には恐怖が張り付いていた。
何故そこから動こうとしないのか。
ひとまず状況を理解しようにも周囲の音は一切聴こえず、まるで無声映画でも観ているようだった——
と、突如男性がばっとこちらを勢いよく振り返った。
「————!」
必死で何か叫んでいるのだが全く声が聞こえない。
『————ドンッ』
それから。
先ほどまで音など聴こえなかったはずなのに、それは確かに腹の奥底にずうぅんと響いた。
地が大きく揺さぶられた感覚。
目の前の男が崩れ落ちた。
ゆっくり——と。
女の悲鳴が耳をつんざく。
イヤだ。
怖い。
何か赤黒く生臭いものが『ボク』の周りに広がって……
——そうだ。
そこで旺次郎は、ハッと気がついた。
ここから、どうなるんだっけ。
そうだ。これは——
『俺』がよく見る、夢だ——
ハッと目を開けると、橙色の裸電球が揺れていた。
勢いよく飛び起き、バッと周囲を見回すと、いつの間にか敷布団に寝かされていた。
寝汗で布団も身体もぐっしょり濡れていた。
「——起きたか」
すぐ横で胡座をかいていた瑛士が微笑んだ。
旺次郎は驚き、次に安堵したが、それを隠すようにむっと眉をしかめてみせた。
「見りゃ分かんだろ」
「おーう、可愛くない。せっかく人が布団まで敷いて和室まで連れてきてやったのに」
「だってそうだろ。寝起きに野郎の顔なんか……って、なに勝手にジャージに着替えさせてんだよ。俺の服はっ……!?」
慌てふためく旺次郎の姿を眺めて、瑛士が声をあげて笑った。
「あーら、慌てちゃって。珍しー」
瑛士は悠長に構えており、その態度に旺次郎の機嫌は更に悪くなった。さすがにマズイと思ったのか瑛士は苦笑いを浮かべながら「ごめん、ごめん」と両手を合わせて断った。
「だって寝汗が酷かったからさ」
「だからって人に断りもせずに、人の服を剥ぐか? 普通」
「べっつに男同士だし、幼馴染だし。いいじゃん?」
「…………バカじゃん」
「おお~、怖い怖い」瑛士は終始戯けた調子だったが、刹那、フッと真顔になっていた。
「……なあ、旺次郎。またイヤな夢でも見たのか」
「……。……まあね」
ぼそりとつぶやいて、肯定する。
「あの、『例の夢』か」
「時々見るんだ……って、前にも聞いてもらったっけ。けど……ホント、よく覚えてない。目が覚めてすぐは、しばらく、不安になる……」
「…………」
「……ただ……」
旺次郎ははねのけた掛け布団をキュッと掴むと、すぐ隣にある瑛士の顔をじっと見つめた。
「今は、お前がそばにいることが一番不安だ。早く部屋から出てってくれ」
「ひでぇっ! ここ、俺んちだぞ!」
「正しくは瑛兄ちゃんの爺ちゃんちだろっ! あと、俺のワイシャツ、返せよ!」
「…………ハイハイ、分かったよ」
はあ、と溜め息をついて瑛士は立ち上がった。
そのまま部屋の扉の前まで移動すると、去り際に「お前の服は今、洗濯中だから、すぐは無理だな」——そう言って、後ろ手で扉を閉めた。間髪入れずに旺次郎の抗議する声が扉越しに聞こえる。
瑛士はくすりと笑って、しかしすぐに表情を曇らせるのだった。
「……もう俺の前からいなくなるなよ……旺次郎……」
溜め息と共にそうつぶやいて、憂げにまつ毛を伏せた。程なくして、
「…………なあ瑛兄ちゃん」という声とともに、扉が遠慮がちに開いた。
扉にもたれていた瑛士はバランスを崩しかけ、すぐさま直立不動の姿勢をとって反射的に旺次郎の名を呼んでいた。
「どっ、どうした旺次郎っ!」
「……」
うつむいたまま、旺次郎は微動だにしない。
「どうした……ま、まさか、さ、さっきの、聞いちゃった?」
「ん。何を?」
どうやら、先ほどの独り言は聞かれていなかったようだ。瑛士は人知れずホッと胸を撫で下ろした。
「……瑛兄ちゃん。やっぱ俺、自分ちに戻ることにする」
瑛士が安堵することが出来たのは、つかの間の出来事であった。旺次郎の口から、トンデモない言葉が飛び出した。
「か、帰る、って、お前、こんな夜中にか!」
「夜中って云うけど、まだ九時とかそこらだろ」
「いけませんっ! お母さんが聞いたら、泣いて止めます!」
「俺、母さんいないし」
そう云いながら、旺次郎は瑛士の真横を通り抜けた。
「あっ、オイ!」
「じゃね。ありがとう。……服はまた今度取りに来るから」
「おうじろっ……!」
旺次郎はそのまま振り向かずに片手をあげて、瑛士の家を後にしたのだった。
何故そこから動こうとしないのか。
ひとまず状況を理解しようにも周囲の音は一切聴こえず、まるで無声映画でも観ているようだった——
と、突如男性がばっとこちらを勢いよく振り返った。
「————!」
必死で何か叫んでいるのだが全く声が聞こえない。
『————ドンッ』
それから。
先ほどまで音など聴こえなかったはずなのに、それは確かに腹の奥底にずうぅんと響いた。
地が大きく揺さぶられた感覚。
目の前の男が崩れ落ちた。
ゆっくり——と。
女の悲鳴が耳をつんざく。
イヤだ。
怖い。
何か赤黒く生臭いものが『ボク』の周りに広がって……
——そうだ。
そこで旺次郎は、ハッと気がついた。
ここから、どうなるんだっけ。
そうだ。これは——
『俺』がよく見る、夢だ——
ハッと目を開けると、橙色の裸電球が揺れていた。
勢いよく飛び起き、バッと周囲を見回すと、いつの間にか敷布団に寝かされていた。
寝汗で布団も身体もぐっしょり濡れていた。
「——起きたか」
すぐ横で胡座をかいていた瑛士が微笑んだ。
旺次郎は驚き、次に安堵したが、それを隠すようにむっと眉をしかめてみせた。
「見りゃ分かんだろ」
「おーう、可愛くない。せっかく人が布団まで敷いて和室まで連れてきてやったのに」
「だってそうだろ。寝起きに野郎の顔なんか……って、なに勝手にジャージに着替えさせてんだよ。俺の服はっ……!?」
慌てふためく旺次郎の姿を眺めて、瑛士が声をあげて笑った。
「あーら、慌てちゃって。珍しー」
瑛士は悠長に構えており、その態度に旺次郎の機嫌は更に悪くなった。さすがにマズイと思ったのか瑛士は苦笑いを浮かべながら「ごめん、ごめん」と両手を合わせて断った。
「だって寝汗が酷かったからさ」
「だからって人に断りもせずに、人の服を剥ぐか? 普通」
「べっつに男同士だし、幼馴染だし。いいじゃん?」
「…………バカじゃん」
「おお~、怖い怖い」瑛士は終始戯けた調子だったが、刹那、フッと真顔になっていた。
「……なあ、旺次郎。またイヤな夢でも見たのか」
「……。……まあね」
ぼそりとつぶやいて、肯定する。
「あの、『例の夢』か」
「時々見るんだ……って、前にも聞いてもらったっけ。けど……ホント、よく覚えてない。目が覚めてすぐは、しばらく、不安になる……」
「…………」
「……ただ……」
旺次郎ははねのけた掛け布団をキュッと掴むと、すぐ隣にある瑛士の顔をじっと見つめた。
「今は、お前がそばにいることが一番不安だ。早く部屋から出てってくれ」
「ひでぇっ! ここ、俺んちだぞ!」
「正しくは瑛兄ちゃんの爺ちゃんちだろっ! あと、俺のワイシャツ、返せよ!」
「…………ハイハイ、分かったよ」
はあ、と溜め息をついて瑛士は立ち上がった。
そのまま部屋の扉の前まで移動すると、去り際に「お前の服は今、洗濯中だから、すぐは無理だな」——そう言って、後ろ手で扉を閉めた。間髪入れずに旺次郎の抗議する声が扉越しに聞こえる。
瑛士はくすりと笑って、しかしすぐに表情を曇らせるのだった。
「……もう俺の前からいなくなるなよ……旺次郎……」
溜め息と共にそうつぶやいて、憂げにまつ毛を伏せた。程なくして、
「…………なあ瑛兄ちゃん」という声とともに、扉が遠慮がちに開いた。
扉にもたれていた瑛士はバランスを崩しかけ、すぐさま直立不動の姿勢をとって反射的に旺次郎の名を呼んでいた。
「どっ、どうした旺次郎っ!」
「……」
うつむいたまま、旺次郎は微動だにしない。
「どうした……ま、まさか、さ、さっきの、聞いちゃった?」
「ん。何を?」
どうやら、先ほどの独り言は聞かれていなかったようだ。瑛士は人知れずホッと胸を撫で下ろした。
「……瑛兄ちゃん。やっぱ俺、自分ちに戻ることにする」
瑛士が安堵することが出来たのは、つかの間の出来事であった。旺次郎の口から、トンデモない言葉が飛び出した。
「か、帰る、って、お前、こんな夜中にか!」
「夜中って云うけど、まだ九時とかそこらだろ」
「いけませんっ! お母さんが聞いたら、泣いて止めます!」
「俺、母さんいないし」
そう云いながら、旺次郎は瑛士の真横を通り抜けた。
「あっ、オイ!」
「じゃね。ありがとう。……服はまた今度取りに来るから」
「おうじろっ……!」
旺次郎はそのまま振り向かずに片手をあげて、瑛士の家を後にしたのだった。
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