双甲伝-SOUKOUDEN-

野口てんぐ

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第九章 「 強くあるべきもの」

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「兄ちゃん……!」

ミクが膝をつき、ポンの手をぎゅっと握った。
その掌はまだ冷たく、けれど確かに――命のぬくもりを残している。

「……こいつが目を覚ます頃には、全てが変わっているかもしれん」

斬月はそう言いながら、背負っていた大きな包をほどいた。中には、かつての戦装束と、“刃”と呼ばれる二振りの短刀があった。

「それは……」

ユエが目を見張る。

「“甲羅刀(こうらとう)”……失われたはずじゃ……」

「残っていたんだよ、わずかに一振り。
……だが、俺の刃はもう折れた。だから、受け継ぐ資格があるなら――」

斬月はミクの前に、静かに短刀を差し出した。

「兄を守るだけじゃ足りない。俺は……俺たちは、“誓い”のために戦う」

ミクは短刀を手に取り、甲羅にそっと当てた。

「父ちゃんが言ってた。“甲羅を背負う者は、逃げない”って。
俺たちは、もう逃げないよ」

その言葉に、斬月の目がわずかに潤んだ。

「……本当に、よく似ている。ゲンザブロウの目に」

彼が立ち上がると、月の光が三人を包んだ。

「目を覚ませ、ポン。お前の弟が、“剣”を選んだぞ」

その声に呼応するように――

「……ミク……」

ポンの唇が、かすかに動いた。

ミクが目を見開き、泣きそうな声で叫んだ。

「兄ちゃん! 兄ちゃん!!」

「……なんだよ……また泣いてんのか……へっ、だらしない弟だな」

言葉はかすれていたが、確かに“生”を証明する声だった。

ミクの瞳から、大粒の涙がぽろぽろと溢れ落ちた。

「バカ! バカ兄ちゃん……! もう……もうっ、死んだかと思ったんだぞ!」

ポンはゆっくりと目を開ける。ぼんやりとした視界の中に、泣き笑いの弟の顔が映った。

「……ただいま、ミク」

その言葉に、ユエと斬月も小さく息を飲んだ。

ポンはふと、横たわる自分の甲羅に当たる微かな痛みに気づいた。 その甲羅に、小さく刻まれた模様――それは、幼い頃に父が彼につけてくれた護符の傷跡だった。

「……あれ……これは……」

ふとした拍子に、ポンの意識が、遥か昔の記憶へと引き戻されていく――


---

あの日。
夕暮れの甲羅谷。
まだ幼かったポンとミクは、父・ゲンザブロウの背中を追いかけていた。

「父ちゃん! 強くなるには、どうしたらいいの?」

無邪気に聞いたポンに、ゲンザブロウは甲羅を撫でながら、こう言った。

「強さってのはな、ポン。刀や力のことじゃねぇ」

「じゃあ、なに?」

「“守りたいものを、守りぬく心”だ」

父はそう言って、小さな甲羅に短い木の棒で印を刻んだ。

「痛くないか?」

「うん、大丈夫」

「これは“おまえの決意”の印だ。いつか思い出せ。その時、お前はきっと誰かを――守るために立つ」


---

「……父ちゃん……!」

ポンは目を見開いた。さっきまでの霧が晴れ、意識が完全に覚醒する。

「ミク……!」

「兄ちゃん!」

二匹の兄弟が、堅く手を握り合う。

「……ようやく、帰ってきたか」

斬月が声を漏らす。肩を震わせながら、どこか安堵の色を浮かべて。

ユエもまた、その瞳に何かを秘めるようにうつむいた。

「……“ゲンザブロウの子”たちよ。ようやく揃ったな」

その声には、かすかな哀しみと、希望が混じっていた。

「今のあんたたちなら、辿りつけるかもしれない……“月牙宮(げつがきゅう)”の最深部に」

ミクが手にした甲羅刀を見つめ、ポンが頷く。

「“守りたいもの”のために。俺たちは、前に進むよ」

――兄弟の足音が、月の光のもとに静かに鳴り響いた。
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