愛に抗うまで

白樫 猫

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4話

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「まっ、今日は歓迎会だし、楽しも!ねっ?」

奏がそう言って虎太郎にビールを注いでくる。
それを受けて奏にもビールを注ぐと、グラスをカチンと鳴らして一気に飲み干す。
虎太郎も奏もお酒が大好きで、一緒に飲み歩く友人だ。
ただ、虎太郎はそこまで酒に強くないので、いつも先にギブアップして、奏に負かされていた。

「じゃあ、僕は挨拶しながら一回りしてくるよ」

虎太郎はビール瓶片手に立ち上がると、すでに大勢の人が入り乱れ、どこに誰が座っているのか分からなかったから、手あたり次第にお酌して回った。
何人目かで、ちょうど市原の席に当たった。

「市原課長、これからもよろしくお願いします」
「おー若奈、頑張ってるか?」

周りからお酌されすぎて酔いも回っているのか、いつもより眼力がない。

「はい!」
「いい返事だ。まぁ無理はするなよ。来栖は頼りになるから、しっかり学べ。いいな?」

そんな言葉を掛けられ、虎太郎は隣へ座っている先輩方へと挨拶を進める。
時間をかけて挨拶をしながら回っていると、周りの先輩方が酔っ払ってきている。すでに宴会が始まって2時間が経とうとしていた。みんないい感じに仕上がり、絡んでくる先輩方からビールを注がれ、虎太郎もかなり飲み過ぎていた。
一周して自分の席に戻った時には、酔いも回り足元がおぼつかない。

「お~戻って来たな、若奈」

席に戻ると、先程奏が座っていた席には、来栖が座っていた。

「あっ、来栖主任、お疲れ様です」

虎太郎はそう言いながら会場に視線を走らせ、その先に奏が北島と話している姿を見つけ、ホッとため息をついた。

「大丈夫だよ。安心しろ‥クックッ‥」

意味ありげな笑いをして、来栖はグラスを虎太郎の前に出してきた。

「ほら、俺には注いでくれないのか?」
「いえ‥ビールでいいですか‥?」

虎太郎は慌ててビール瓶を持ち、来栖の空いたグラスに注いでいく。
すると来栖はそのままビール瓶を受け取り、虎太郎のグラスに注ぐ。

「はい、お前も飲みなさい」
「ありがとうございます」

グラスを目の高さに持ち、ペコリと頭を下げると、虎太郎はビールを飲み干した。

「どう?慣れてきた‥?」
「は‥はい、来栖主任には、いろいろ優しく教えていただいて、ありがとうございます。これからも頑張ります」
「そっか、うん。素直でいいね」

そうニコニコしながら、来栖は再び虎太郎にビールを注ぐ。


宴会が始まってから3時間後、一度、お開きの声が掛かったが、帰りたくない者や、まだ飲み足りない連中が2次会へ移動する中、来栖は隣で酔いつぶれている虎太郎を眺めていた。
寝顔が可愛い。
少しウェーブの掛かった猫っ毛も、瞳は閉じているが開くとアーモンドの形をしてキラキラしている所も、ふっくらとピンク色の唇も、すべてが自分の好みだ‥来栖はそんな事を考えていた。

「お~い、若奈。終わったぞー」

先程から、何度も声を掛けているが、反応する様子もない。
しょうがない‥と肩を竦め、来栖は隣にいる幹事に声を掛ける。

「若奈つぶれたから、俺が連れて帰るわ‥」

そう言うと、来栖は虎太郎をひょいっと背負い会場を後にした。
どうしようかな~と、まるで鼻歌でも歌いそうに‥ご機嫌に‥。

虎太郎の事は、入社後の社内見学の時に、製造営業部に回ってきた時から、ずっと目を付けていた。
目を付けていたと言うと、厭らしい感じがするが、何故だか可愛くて目が離せないと言った方が正解。
その可愛い虎太郎が、自分と同じ部署に配属になり、まして自分が教育係になるなんて、これが運命かと思うほど来栖は毎日の仕事を楽しんでいた。
虎太郎の見た目は自分の好みのタイプだし、一緒に働いてみてから分かったが、性格も素直で気持ちがいい。
この前、望月の件でちょっとしたトラブルがあったけど、そんな事は、何の障害でもなかった。
ただ、少し警戒はされているけど‥それさえも少し楽しい。

「とりあえず、俺んち‥かな‥ふふっ‥」

浮かれながらタクシーを掴まえると、虎太郎を自宅へと連れ帰った。

来栖は自宅のマンションに着き部屋に入ると、ゆっくりと負ぶっていた虎太郎をベッドに寝かせる。

「スーツは皺になっちゃうからね‥」

そうひとり言を呟いて、眠っている虎太郎のスーツを丁寧に脱がしていく。
露になった細身の身体も、自分好みでヤバい‥‥。

「平常心‥平常心‥」

念仏でも唱える様に、優しく扱う。
服を脱がせ布団を掛けると、スーツがしわにならない様にと、リビングに掛けておく。
そして、自分もスーツを脱ぐと、そのまま風呂に入る。
いつもより、念入りに洗ってしまうのは、男の性なのか‥‥。

「いやいや‥そんな事、考えてない‥」

何かを期待したいのか、来栖は自分の考えが可笑しくて、いつもより冷たいシャワーを浴び頭を冷やす。
シャワーを出ると、虎太郎の様子を見る為に寝室へ向かい、スヤスヤと寝息を立てている姿を眺める。
中性的な顔立ちは、無意識に触れたくなるほどだ。
来栖はベッドの脇に座り、虎太郎の髪を優しく撫でる。

「‥んっ‥‥や‥めて‥」

来栖の手に反応したのか、苦悶した表情になり寝言を言っている。

「‥ふふっ‥可愛い奴‥」

そんな虎太郎が可愛くて、来栖は掛けていた布団を少し剥がして、体を露にさせた。
白く華奢な体に柔らかい髪の毛、そして白いうなじ、細い首元‥順番にゆっくりと指を這わせていく。

「‥んっ‥ぁ‥」

自分の指に反応している虎太郎が可愛くて仕方がない。
この辺で止めておかなくては、分かっているのに、来栖は手を止める事が出来ない。
ゆっくりと、体を這いまわる指に虎太郎が反応している。
来栖の背筋にゾクッと欲情が走り、下半身へズシッと落ちてくる。

「‥はぁ‥‥た‥たく‥‥」

虎太郎から聞こえた言葉に、来栖は一気に現実に引き戻され、ピタリと手が止まった。

「‥何?‥‥誰?」

もしかして付き合っている恋人がいるのだろうか?‥いや、いない事はリサーチ済みだった。
だが先程、虎太郎の口から出てきた名に、来栖の中に得体のしれない黒い気持ちが湧き上がってくる。
来栖は深く息を吐き出すと、虎太郎に布団を掛け、寝室を出て行った。
来栖は、虎太郎が同性愛者だと、なんとなく気が付いていた。だけど自分とは少し違っているように見えた。
何か気持ちを抑え込んでいるというか、人形の様な感じがすると思えば、チラリと見える嫌悪感。
何だか放っておけない感じがして、来栖の心がザワザワするのだ。
そんな気持ちを吐き出すように、また大きく息を吐き出すと、来栖はグラスに水を注ぎ寝室へと向かった。


ふわふわとした感覚に、さらなる眠気が押し寄せる。
そのまま目を瞑っていたいという気持ちが頭をよぎった時、あ~歓迎会‥終わったのか?
自分は飲み過ぎて眠ってしまったのか‥?
虎太郎は意識を取り戻しながら、重い瞼をゆっくりと開いた。
てっきり宴会場の片隅にでも寝かされているかと思っていた虎太郎は、自分が眠っている場所が理解できず、一瞬戸惑う。

「‥あれ?」

明らかに自分の部屋ではない。
キョロキョロと周りを見渡すと、どこかのマンションの一室だと言う事は分かる。
誰かに迷惑を掛けてしまったのだろうか?
そう思い、虎太郎はゆっくりとベッドから起き上がった。

「‥えっ?」

掛けられていた布団を捲ると、自分の姿に思わず声が出た。服を着ていなかった。
更に布団を捲り、どうやら下着は身に着けている事に気が付き、ホッとする。ベッド脇の時計を見ると、午前1時になるところだ。
ゆっくりと立ち上がろうとすると、カチャリと部屋のドアが開く。
ビクッとした虎太郎が振り向く。

「あー起きた?」

そう言いながら部屋に入って来たのは、Tシャツと短パンというラフな格好をしている来栖だった。
手元には水の入ったグラスを持っている。

「あっ‥来栖主任、ここは主任の家ですか‥?」

なんだか下着一枚だと気まずくなり、布団を引っ張り体に巻き付ける。

「クックッ‥女性みたいな反応だね。そうだよ、俺の家。はい、のど渇いたでしょ?」

虎太郎の行動が可笑しいのか、クスクスと笑いながら水を渡してくる。

「あっ、ありがとうございます。それと、ご迷惑をお掛けして、すみませんでした」

虎太郎はそう言いながら、グラスの水を飲み干した。

「大丈夫だよ、スーツは皺にならないように脱がしたから‥でも飲み過ぎはダメだよ‥」
「すみません‥ありがとうございます」

虎太郎から空のグラスを受け取りながら、来栖は嬉しそうに笑う。

「気にするな、もう遅いから今日はこのまま寝ろ。明日は休みだし、ゆっくり寝てていいからな」
「すみません。ありがとうございます。‥あっ、でも‥僕、どこでも眠れますから、ベッドは来栖主任が‥」

ベッドを自分が使ってしまうのは申し訳なく、立ち上がろうとした虎太郎をそのままベッドに倒した。

「大丈夫だよ。ベッド広いし、俺もここで寝れるから‥いいよな?」

笑顔でそう言われ、虎太郎は頷くしか出来なかった。

「じゃあ、疲れてるから、寝るぞ。ほら、ちょっと奥に寄ってくれ」

来栖の言葉に、虎太郎はベッドの奥の方へとズレる。
電気消すぞーと言われ、真っ暗になると、来栖が空いたベッドに横になった。
確かにダブルベッドくらいある大きさは、二人でも十分広かった。
暗闇の中、来栖の声が聞こえた。

「おやすみ‥」
「おやすみなさい」

そう返事をかえすと、虎太郎は酔いもあり、すぐ睡魔に襲われた。

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