愛に抗うまで

白樫 猫

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3話

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若奈虎太郎は入社した大島食品株式会社の製造営業部 営業1課に配属された。
入社して3ヶ月は新入社員合同研修が行われ、ようやく各部署への配属先の辞令が下りた。
製造営業部では1課と2課があり、総勢60名ほどの社員がおり、今年配属の新入社員は4名。
各課に2名ずつ配属された。
そして本日、少し慣れつつある職場で製造営業部全体の新入社員の歓迎会が行われる。
大きな宴会場を借り歓迎会を行うのは毎年恒例の事のようで、歓迎会のみではなく製造営業部全体の親睦も兼ねているらしい。
1課に配属されているのは、虎太郎と望月奏もちづきかなで。奏はふんわりとウェーブをかけた髪を一つにまとめ、少し垂れ目な顔で笑うとえくぼができるチャーミングな女性だ。
虎太郎とは、入社後の研修の時、たまたま席が近く配属前から仲良くしていて、何度か二人で飲みにも行っている。
偶然、同じ製造営業部の1課に配属されてからは、今まで以上に親しみを感じていた。
広い座敷の宴会場は、長いテーブルが並び、すでに乾杯が終わりガヤガヤと騒がしさが増している中、奏が神妙な顔を向けてきた。

「最近‥どう?」

虎太郎はビールの入ったグラスを置き、枝豆をちまちまと食べていた手を止めた。

「ん?あれからは何事もなく平気。‥奏は?」
「うん、私もあれ以来、何事もなく‥。話変わるけど、やっぱり北島主任は凄い人だね。尊敬しちゃう。私も、ああいう格好いい人になりたい。私の目標!」

神妙な顔から一気に笑顔に変わり、北島主任の話を、拳を握り締め熱く語る奏の姿が可笑しくて、虎太郎はくすくすと笑う。
入社してすぐの頃は、お互いに緊張していて、ここまで仲良く出来るとは思わなかった。
配属後の営業1課で挨拶をした時も、奏の笑顔は強張っていた様に思う。
かといって、チャーミングなところは変わらず、初日の挨拶の時には1課の男性陣がどよめいた。


「若奈の指導は来栖主任。望月の指導は北島主任でお願いする」
配属後の初出勤での自己紹介の後、営業1課の課長・市原傑いちはらすぐるから、そう紹介されたのは、指導してくれる主任の二人だった。
虎太郎を指導してくれる来栖遥人くるすはるとは入社5年目。
爽やかな顔立ちにスラっとした体型。入社5年目で主任になるのには、優秀さで抜擢されたのだろう。
奏を指導してくれる北島奈々子きたじまななこは入社7年目。
女性にしては高い身長にメリハリのある体型。切れ長の瞳にすっきりと通った鼻筋、キュッと結んだ唇には意志の強さを感じる。高身長なのに颯爽とヒールを履き歩く姿に、振り向く男性も多い。
ただ同じ部署のメンバーは、その中にある強さや厳しさを知っているため、遠巻きに見ている事の方が多い。
それぞれの主任に付き、順調にいっていたと思っていたのだが、配属されて10日が過ぎた頃、奏の様子がおかしい事に虎太郎は気が付いた。

「奏?最近なにかあった?」

虎太郎は奏を誘い、昼食を取っていた。

「‥ううん」

奏は首を横に振り、食も進まないのかパスタをフォークでクルクルと巻いては口に運ぶこともなく、持て余していた。

「‥僕でよかったら、相談に乗るし、せっかく同期で同じ部署になったんだから、遠慮しないで‥」

虎太郎の言葉に、奏はフォークを置いた。

「虎太郎‥来栖主任はどんな人‥?」
「来栖主任?優しく教えてくれるよ。この前も、僕がミスしても、嫌な顔しないで優しくフォローしてくれるし、北島主任は‥?厳しいの‥?」

1週間も過ぎれば、北島の厳しさは耳にすることが多くあり、絶対に妥協しない、自分にも他人にも厳しいタイプだと噂されている。

「うん、厳しいけど大丈夫。厳しく指導してくれるって事は嬉しいの。自分が成長してるんだって感じがするし‥」
「そっか、良かった」

虎太郎の言葉に、奏がチラリと視線を上げた。

「あのね、実は‥来栖主任の事なんだけど‥」

言いにくそうに話す奏に、虎太郎は先を促す。

「うん、大丈夫だよ、話して‥」
「私‥ちょっと来栖主任が怖い‥」
「ん?どういう事‥?」
「1週間前くらいに会社を出た所で、食事に誘われたの‥。私、そんなつもりはないしきちんとお断りしたの。だけど、その日からずっと‥後を付けられている気がして‥あっ、勘違いかもしれないって、何度も思ったの。‥そしたら、さっきすれ違った時に‥‥今日、帰りに待ってるから‥って言われて‥‥」

伏し目がちにポツリと語った奏が、本当に怖がっているのだと虎太郎は感じた。
実際、ただ好意を持って仲良くなりたいだけなのかもしれないけど、ここまで怖がるのは普通じゃない。

「後を付けられてるって‥なんでそう思ったの‥?」

奏の瞳が左右に揺れ、重そうな口を開く。

「私‥帰りに自宅の近くのコンビニに寄るんだけど‥その時‥買い物してる時に‥店の外に来栖主任が‥‥いたの」

思い出しているのか、ブルッと震える手をギュッと握り合わせている。
奏に聞けば、会社から自宅までは電車で5駅、駅から歩いて10分掛かるという、そんな偶然はないだろう。

「分かった、今日は僕が一緒に帰るよ。安心して…」

虎太郎は、まだ10日しか一緒に仕事をしていないが、来栖がそんなことをするとは思えない。
だが、怖がる奏が嘘を言っているようにも見えなかった。

その日、終業時間になると、早々に来栖は帰って行ったが、奏と虎太郎は互いに時間を合わせ警戒しながら会社を出た。
どこで来栖が待ち伏せしているのかと身構えていたが、杞憂に終わった。
二人が会社を出ると、すぐ目の前に来栖が現れたのだ。

「お~い、お疲れ~どうした?二人で帰り?」

来栖が笑顔で近づいてきた。

「主任‥お疲れ様です」

虎太郎は怖がる奏の前に立ちはだかる様に、返事をした。

「どうした?‥若奈」

虎太郎のその様子に、眉をピクッと上げた来栖が口を開き、貼り付けた笑顔が少しゆがむ。

「そう聞きたいのは僕の方です。来栖主任、奏に話は聞きました。どういうつもりですか?」

虎太郎の強い言葉に、来栖の剥がれた笑顔がまた貼り付き、ふふっと笑う。

「なに?若奈は、望月のナイトのつもり?」
「別に、そんなわけじゃないですが、奏は嫌がっています。もう待ち伏せするのはやめてもらえますか?」

虎太郎は奏を後ろに庇いながら言葉を突きつける。

「そうなの?望月さん?」

来栖が虎太郎の後ろに隠れている奏を覗き込むように声を掛けた。

「‥はい」

か細い小さな声で奏が答えると、はぁ~とため息をついた来栖が肩を竦めた。

「分かった、分かった」

両手を上げ、クスクスと笑う。

「もう、やらないって約束してもらっても良いですか?」

虎太郎の言葉に、来栖が了解とばかりに頷いた。
そして、おもむろにグイっと虎太郎の肩を掴むと、耳元で囁く。

「別に、望月じゃなくてもいいんだよ‥俺は」
「‥や‥止めてください」

虎太郎は、いきなり肩を掴まれ、動揺してしまう。

「クックッ・・まぁ、いっか‥じゃあ、おつかれ!」

あっさりと背を向け帰っていく来栖の姿を見送ると、奏が心配そうに虎太郎の顔を覗き込む。

「来栖主任、最後なんて言ってたの?」

来栖が虎太郎の耳元で何を囁いていたのか、奏には聞こえなかった。

「‥いや、別に何も‥‥きっと、もう大丈夫だよ」

虎太郎は、自分にも言い聞かせるように奏に笑いかけた。

「今日は、心配だから、家まで送るよ」

虎太郎はそう言って、駅までの道のりを奏と一緒に歩き出した。
ありがとうと奏が伝えていたが、先程の来栖の言葉が気になり、虎太郎は自分の手が僅かに震えているのを感じていた。
それから歓迎会までの間、その出来事に関して来栖は何も言ってこないし、仕事も今まで通りに優しく教えてくれる。
まるで、あの出来事が夢であったかのように。

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