愛に抗うまで

白樫 猫

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5話

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体が重い。なんでこんなにも体が怠いのだろう‥そう思いながら虎太郎はゆっくりと意識を浮上させた。
重い瞼をゆっくりと開くと、目の前にぐっすりと眠っている来栖の顔があり、思わず息をのんだ。
すっぽりと来栖の腕の中で眠っている自分の姿に、どうしてこんな状態でいるのか考え込む。
そして昨夜、飲み過ぎて来栖の部屋で一緒に眠った事を思い出したが、パンツ一枚でこの状態は、ちょっと恥ずかしいし、トイレにも行きたくなってきた。
虎太郎は、来栖を起こさないように、ゆっくりと体を動かし、なんとか腕の中から脱出すると、ベッドを降り部屋を出て行く。
パンツ一枚で歩くのは恥ずかしいが、背に腹は代えられない。
トイレを探すと、部屋を出た廊下の脇にあり、急いで入った。

虎太郎が寝室を出て行くと、来栖はゆっくりと目を開けた。

「クックッ‥可愛いな‥」

そう呟くと、大きな伸びをした。
虎太郎が起きる少し前から、来栖は目が覚めていた。
あまりにも寝顔が可愛くて、自分の腕の中に抱きしめてしまった。すっぽりと腕の中におさまる虎太郎も可愛くて仕方がない。
ゆっくりと虎太郎の額に唇を付けると、虎太郎がもぞもぞと動き出す。
そろそろ目が覚めるかな‥そう思い、来栖は目を閉じ寝たふりをしていたのだ。
来栖はゆっくりと立ち上がると、キッチンへ向かう。一人暮らしが長い来栖は、手際よく朝食を作り出した。
しばらくすると、虎太郎がキッチンの入り口からひょっこりと顔を出す。

「しゅ‥主任・・」
「あっ、おはよう」
「おはようございます‥すみませんが、僕の服はどこでしょうか?」

恥ずかしいのか、顔だけ出してモジモジと話す虎太郎が可笑しくて、来栖は笑い出す。

「クスクスッ‥あ~悪い。クックッ‥恥ずかしいのか‥・」
「えっ‥いえ‥はい‥‥」

モゴモゴと話す虎太郎が可愛い。

「じゃあ、先にシャワー浴びてこいよ。その間に何か着るものを出しておくから、風呂はトイレの隣だから」
「ありがとうございます‥では遠慮なく‥」

来栖の言葉に、礼を言うと、虎太郎はそのまま浴室へと入って行った。
来栖は着替えを用意して脱衣所に置くと、中からシャワーの音が聞こえ、虎太郎がシャワーを浴びていると考えるだけで、ニヤけた顔になる。

――俺、変態か‥?そう考え苦笑した。

しばらくすると虎太郎がキッチンに戻ってきた。出していたTシャツにスウェットを穿いていたが、少し大きいのか裾を折っていた。

「シャワーありがとうございました」

そう言った虎太郎を、手招きをして椅子に座らせる。

「朝飯、食べるだろ?適当に用意したから、好きな物食べろ」

その言葉通り、テーブルにはご飯・味噌汁・卵焼き・サラダ・焼き魚‥‥美味しそうな朝食が並んでいた。

「す‥すみません‥こんな‥」

恐縮しながら頭を下げると、来栖はいいから食べろと箸を渡してくる。

「はい、いただいます」

本当は二日酔いで食欲など沸かなかったが、せっかくこんなに用意してくれた来栖に申し訳なくて、虎太郎は食べ始めた。

「前にも言ったけどさ、若奈はちょっと痩せすぎだ。もっと、いっぱい食べないと」

自分的には好みだが‥と思っている来栖の本心は知る由もなく、虎太郎は事あるごとに言われ続けてきた言葉に苦笑する。
来栖に比べると貧弱な体に思えるかもしれないが、自分は成長期を過ぎてから体型はほとんど変わっていない。
食べても太らないタイプだし、筋肉も付きにくい、まぁ、筋トレなんかはやった事ないけど、好きじゃないし‥確かに、ここのところ食欲が沸くことがないから、少し痩せてしまったけど、食事は何とか義務化して食べてはいる。
なんて言い訳がましく、モゴモゴと言ってしまう。

「ふふっ‥」

ゆっくりとご飯を口に運ぶ虎太郎を見ながら、嬉しそうにする来栖に虎太郎は戸惑いを感じる。

「来栖主任、昨夜はご迷惑をお掛けしたうえに‥こんな朝食までいただいてしまって‥」

恐縮しながら言う虎太郎に、来栖はいつもの様に優しく笑った。

「いいって、好きでやってるし、気にすんなよ」
「は‥はぁ‥」

虎太郎は、目の前にいる来栖を見ながら、どうしても望月奏の事を考えてしまう。
こんなに優しい人が、あんなストーカーまがいな事をするのだろうか‥?何か自分は勘違いをしているんじゃないだろうか?
考えても答えが出る事はなさそうだと、虎太郎は意を決して口に出す。

「来栖主任、聞いても良いですか?」
「ん?なに?」

もぐもぐと食べながら、来栖が答える。

「前にあった、望月奏の事です。‥‥あれ、奏を付け回していたのは、本当に来栖主任なんですか‥‥?」
「ああ、あれね。あれは、俺じゃないよ」

即答してくる来栖に、虎太郎は驚く。

「えっ?じゃ‥じゃあ、なんで?」

更に問う虎太郎に、来栖は肩を竦め話し出した。

「配属されて割とすぐ、帰る時に望月の後ろを付いて行く怪しい奴が居るって気が付いたんだよ。一度気になったら、放っておけなくて‥ほら、俺って可愛い子好きだし。だから、ちょっと注意して見てたってわけ。一度、望月の自宅近くのコンビニまで男を追いかけてたら、望月に気が付かれちゃって、注意するよう言おうとしたんだけど、俺の事怖がっちゃってさ、それでも伝えておこうと思ったところで、お前が出てきたから‥‥なんつーか‥」

しどろもどろになる来栖が、何だか幼く思えてしまう。

「どうして、あの時、僕にあんな捨て台詞を言ったんですか?」
「あ~まぁ、俺も大人気なかったと思うけど‥お前が出てくるから‥なんかムカッとして‥」

来栖が何にムカッとしたのか分からず、虎太郎は首を傾げる。

「だから、お前がなんか望月を庇うから、ちょっと癪に障ったっていうか‥俺、ゲイだから‥」

いきなり、そんな言葉が出てくるとは思ってなかった虎太郎は、驚きのあまり固まってしまう。

「お~い、若奈?大丈夫か?」
「あっ‥はい、すみません‥」

いろいろ一気に情報が来栖の口から出てきたので、虎太郎の頭は混乱していた。
そんな簡単に自分なんかにカミングアウトしても平気なんだろうか? そう心配しても、目の前の来栖は平気な顔をしていた。

「でも、安心していいから。あの望月に付きまとっていた奴は、あのコンビニまでつけてった時に、これ以上付きまとうなってちゃんと注意したし、今度見かけたら警察に連絡を入れるって言ったら、逃げたから。それから姿も見てないし、あんまり望月に言って怖い思いをさせるのもかわいそうだと思って。だから、もう大丈夫だと思うよ」

詳細を話してくれているが、虎太郎はそれ以前の言葉が気になって集中できなかった。
自分がゲイであることを、まるで何でもない事のように話す来栖に、少し戸惑いを感じたが、これ以上は自分が立ち入ってはいけない事だとは理解していた。

「そ‥そうなんですね。よかった‥あと、勘違いして、すみませんでした。なんか僕達、態度悪かったですよね‥」

申し訳なくて恐縮しながら話す虎太郎に、来栖は手を伸ばし頭をクシャクシャと撫でた。
その瞬間、虎太郎がバシッと来栖の手を払う。

「ご‥ごめん」
「いえ、僕の方こそ‥ごめんなさい。あっ‥‥違います」

来栖の悲しそうな顔を見ると、何だか自分がすごく悪い事をしたような気になり、本当に申し訳なく感じた。
どうしても昔から、頭を撫でられるのが、バカにされ見下されているようで我慢できないのだ。

「本当に、違うんです‥その、主任がゲイだからとかじゃなくて‥‥」
「クックッ‥大丈夫。分かってるって。だって、お前も同じだろ?」

あたふたと言い訳している虎太郎に、笑みを浮かべて話している来栖の言葉が、何を言わんとしているのか分からなくなる。

「えっ?‥なんのことですか?」
「いや‥まぁ別に隠しているとは思うけど、安心しろ、俺は誰にも言わないし」
「だから、何の話ですか?」
「悪い、こんな事、言うべきじゃないとは思うけど、お前もゲイだって話だよ‥」

会話がかみ合わない。虎太郎の困惑する顔がみるみる歪んでくる。

「若奈?‥大丈夫か‥?」

虎太郎のその顔を見て、こんな事を言うべきじゃなかったと、来栖は後悔した。
当然、本人は隠しておきたかったに違いないし、自分に知られたくなかったのかもしれない。そんな触れられたくない部分を、自分がこじ開けてどうすんだ‥。

「‥なんで?‥どうして、そんな事を‥言うんですか?」

来栖の顔を見る事が出来ず、虎太郎は俯く。

「本当に悪かった。‥俺もよくわかんないけど、お前を見てると‥なんて言うか‥なんとかしてやりたいとか、そんな気持ちになるんだよ‥」
「‥‥どういう意味ですか?僕が頼りないって事でしょうか?」

虎太郎の頭の中が、ごちゃごちゃで分からなくなる。
どうして来栖が自分にこんなにも優しくしてくれるのか。何故、いきなりこんな事を言うのか。全部、自分がこんなだから、自分が来栖をそうさせているのかと、どうしようもなく心の奥深くから、嫌な気持ちが溢れ出てくるのを感じる。

「いや、そんな事じゃない」
「そもそも‥どうして僕の事をゲイだなんて‥僕の見た目がこんなだから‥」

俯き自身の膝の上で握られた拳が震えているのを見ている虎太郎の傍で、来栖が大きな溜息をついた。

「若奈。落ち着け、俺が悪かった。そんなセクシャリティな部分を、赤の他人の俺が言ってしまった事は謝る。‥だが、ゲイだからなんだ?それを隠していても構わないし、触れられたくないと思うのもいい。だが、自分を卑下するのだけは止めろ」
「僕は、ゲイじゃありません」
「‥‥はぁ~分かったよ‥」

バカにしているような反応に、虎太郎は苛立ちを隠さず来栖を睨みつけた。

「来栖主任は、いつもそうなんですか?男だと見境なく、自宅に連れ込んで‥」

虎太郎は、思い出していた。
脱がされていた服に、抱きしめられていた朝。そんな無防備だった自分に嫌気がさしてくる。

「おいおい‥俺は、そんな事言われる覚えはないぞ。手は出していない!」

まぁ、少しお触りはしたけど‥なんて口が裂けても言えないが、来栖も少しいらだっていた。
疑われている自分にも、誰でも連れ込んでいるとそう思われた自分にも、何より、虎太郎の口から、そんな事を言われたことに。
来栖のイラついた顔を見て、虎太郎は自分が酷い事を言ってしまった事に気が付いた。
自分の事を見透かされているように感じて、口に出してはいけない事を言ってしまった。
自分の心の中を消してしまいたい。

「す‥すみません。僕‥言いすぎました」

睨みつけていた虎太郎の瞳から、怒りが消えた。

「いや、俺も悪かった‥」
「い‥いえ‥来栖主任に誤解させてしまったのなら謝ります。申し訳ありませんでした。僕が至らないばかりに‥すみません。‥ぼ‥僕は‥‥」

手が震える、声が震える、口にした言葉はおかしくなかっただろうか、どう言えば誤魔化せるだろうか、そんな考えが虎太郎の中には渦巻いていた。
震える虎太郎に、来栖は自分が地雷を踏んでしまったと気が付いた。
入社してきた時から、なんとなく同類だと感じていた。そして指導主任になり、いろんな話をするうちに、それが確定となった。
だけど、まさかこんな反応をするとは思ってもいなかった。

「す‥すみません‥僕、帰ります」

そう言って立ち上がった虎太郎の腕を、来栖は掴んだ。

「ごめん。俺、デリカシーがなかった‥悪かった」

このまま帰らせたくないと握る来栖の腕を振り払うと、虎太郎はペコリと頭を下げた。
リビングには、虎太郎のスーツがまとめて掛けてあった。虎太郎はそれを取ると、何も言わず来栖の目の前で着替えだした。

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