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6話
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虎太郎の頭の中は、何かにかき回されたように混乱していた。
とにかく自分の家に帰りたかった。早くひとりになりたかった。
どうして自分がこんなに惨めなのか、どうしてこんな事になってしまったのか、悔しさだけが込み上げてくる。
来栖は着替えている虎太郎の背中を見て、自分が言葉を間違え、傷付けてしまった事を後悔していた。
なんとか話をしたかった。
もう一度、謝罪したいと思った来栖は、立ち上がり虎太郎の後ろに近づいた。
「若奈‥すまない。もう少し話を聞いてくれ。俺が‥」
ワイシャツのボタンを留めていた手を止めると、虎太郎はゆっくりと振り向いた。
その瞳には、今にも零れそうな涙が膜を張り、口元は微かに震えている。
「ごめん‥」
来栖はそう言うと、虎太郎の体を抱き締めた。
うっ‥と声がしたと思ったら、虎太郎の肩が震え始める。堪えきれなかった涙が、流れ落ちる。
来栖は、震える体を丸ごと包みたかった。自分が蒔いた種なのに、どうしてこんなに苦しめてしまったのか、泣き止まない虎太郎の背を優しくあやすように撫でた。
どれくらい時間が経ったのか、ヒックヒックと先程まで泣いていた嗚咽が聞こえなくなり、虎太郎がモゾモゾと居心地悪そうに体を動かす。
「しゅ‥主任、ごめんなさい」
体を引き離しながら、俯いた虎太郎が口を開いた。
「いや、俺が悪かった。すまない」
虎太郎の乱れた髪を指先で撫でつけ、涙の跡を優しく拭う。
そんな来栖の指先が優しくて、また自分が恥ずかしくなった虎太郎は、グイッと袖口で涙を拭った。
「主任は、悪くないです‥僕の問題ですから」
そう言って、黙り込んでしまう虎太郎をソファーに座らせた。
「コーヒー淹れるから飲んでけよ」
そう言って、来栖はキッチンへ向かった。
その間、虎太郎は大人しく座っていた。人前であんなに泣いてしまったのは、子供の頃以来で、恥ずかしくてどうしたらいいのか、分からなくなってしまう。
「はい、どうぞ。砂糖とミルク入ってるよ。カフェオレ好きだろ?」
いつも、お子様だと馬鹿にされていたけど、虎太郎は甘いカフェオレが好きだった。
「ありがとうございます」
カップを受け取り、両手で包み込む。
温かいカフェオレの甘い匂いが、虎太郎を慰めているように感じられ、気持ちが落ち着いてくる。
来栖も虎太郎の隣に座り、ゆっくりとコーヒーを啜る。
どれくらい時間が経ったのか、虎太郎が飲み終わったカップを受け取り、テーブルに置く。
「どう?落ち着いた‥?」
虎太郎を見つめる瞳は、優しさに満ちていた。
「‥はい、すみません」
空いた両手が膝の上で落ち着かない。
「もう、謝るな。俺が悪かった。お前の気持ちも考えず、傷付けた‥」
「いえ、なんか僕‥いつも、こんなで‥自分がどうしたらいいのか‥」
ホッとしたのか思わず自分の気持ちが口から出てしまい、そのせいで忘れていた感情も合わせて込み上げてくる。
こんなに悲しくて惨めな自分が、また心の中で蠢いている。
「す‥すみません‥」
何度も謝り続ける虎太郎に、来栖は答えるべき言葉が見つからず、そっと虎太郎の肩を抱く。
嫌がるそぶりはなく、また虎太郎の瞳がジワリと潤み、溢れそうな涙がかろうじて留まっていた。
「僕‥‥ゲイなんでしょうか?」
虎太郎の瞳に留まっていたはずの涙が、ポロポロと零れ落ちた。
その震える声に、来栖は即答する事ができなかった。
「僕‥‥分からないんです‥」
不安そうに言葉を吐く虎太郎を、これ以上傷付けたくなかった。
「‥俺は、そうだと思ったけど‥‥お前は、女性が好きなのか‥?」
虎太郎は、そこに答えが書いてあるかのように、自分の掌をジッと見つめている。
「僕は、今まで誰も…誰も恋愛対象で好きになった事はないです。女性も…男性も…」
正直な答えだった。
今まで、周りが女性と付き合う事に必死になったり、女性の体を見て興奮したり、そんな話で盛り上がったり、そんな気持ちには一度もならなかった。
もちろん、自分が変わっていると感じてはいたが、それも自分の容姿がこんなだからとか、本当に好きになったら、みんなと同じ気持ちになるのかとか、そんな風にずっと思ってきた。
ただ、そんな気持ちは、どこかに溝を感じさせ、周りから女性扱いされたり、男性から告白されたり、嫌がらせをされたこともあった。
だから、それに反発するように高校の時に告白された女性と付き合ったこともある。その女性には好きだとかの恋愛感情は湧かなかった。女性はそれを感じてか、すぐに別れを切り出された。それから自分の気持ちがないままに付き合うのは、自分も相手も傷つける事だと気が付き、特定の人と付き合う事もしていない。
だから、一度も自分がゲイだとか、男性を好きだとか、考えたこともなかった。
あの時までは……。
「そっか‥じゃあ、これから好きな人に出会うって事だな」
来栖の言葉に、優しさを感じてしまうのは、何故なんだろうか、自分でもわからない気持ちが、そこにはあった。
自分の心の中をすべてさらけ出しても、この優しさは変わらないだろうか?
「‥僕は‥自分が嫌いなんです‥」
ポロリと口にした言葉、
その言葉が、来栖には虎太郎の悲鳴に聞こえた。
「‥そうか‥みんな何かしら自分に不満はあるよな‥。俺も、学生の頃は自分のセクシャリティに悩み傷付きもした。きっと、若奈もいっぱい悩んだんだろ?‥それでも、答えは出ない‥‥苦しいよな‥答えが出ないのは‥」
抱いた肩を優しく撫で、まるで子供をあやすように、ゆっくりと話す。
ポロポロと零れた涙と一緒に、心も軽くなればと。
「‥こんな姿に生まれたくなかった‥こんなだから‥だけど、どうしようもなくて‥僕が悪いんです。もし、僕がもっと強ければ‥あんな事にはならなかった‥あいつが‥あんな事を‥親友だと思ってたのに‥僕が、壊したっ‥っ‥」
虎太郎の言葉を遮るように、小さな体を抱き締めた。
来栖は、これ以上は口に出させたくなかった。
「‥もういいから‥」
来栖の腕に抱かれると、なぜだか安心する自分がいる。
「お前は何も悪くない‥大丈夫‥大丈夫だから‥」
そう言って、優しく抱きしめてくれる腕の中が心地よく、虎太郎は今まで奥深くに隠していた自分への嫌悪感が、少し慰められた気がした。
とにかく自分の家に帰りたかった。早くひとりになりたかった。
どうして自分がこんなに惨めなのか、どうしてこんな事になってしまったのか、悔しさだけが込み上げてくる。
来栖は着替えている虎太郎の背中を見て、自分が言葉を間違え、傷付けてしまった事を後悔していた。
なんとか話をしたかった。
もう一度、謝罪したいと思った来栖は、立ち上がり虎太郎の後ろに近づいた。
「若奈‥すまない。もう少し話を聞いてくれ。俺が‥」
ワイシャツのボタンを留めていた手を止めると、虎太郎はゆっくりと振り向いた。
その瞳には、今にも零れそうな涙が膜を張り、口元は微かに震えている。
「ごめん‥」
来栖はそう言うと、虎太郎の体を抱き締めた。
うっ‥と声がしたと思ったら、虎太郎の肩が震え始める。堪えきれなかった涙が、流れ落ちる。
来栖は、震える体を丸ごと包みたかった。自分が蒔いた種なのに、どうしてこんなに苦しめてしまったのか、泣き止まない虎太郎の背を優しくあやすように撫でた。
どれくらい時間が経ったのか、ヒックヒックと先程まで泣いていた嗚咽が聞こえなくなり、虎太郎がモゾモゾと居心地悪そうに体を動かす。
「しゅ‥主任、ごめんなさい」
体を引き離しながら、俯いた虎太郎が口を開いた。
「いや、俺が悪かった。すまない」
虎太郎の乱れた髪を指先で撫でつけ、涙の跡を優しく拭う。
そんな来栖の指先が優しくて、また自分が恥ずかしくなった虎太郎は、グイッと袖口で涙を拭った。
「主任は、悪くないです‥僕の問題ですから」
そう言って、黙り込んでしまう虎太郎をソファーに座らせた。
「コーヒー淹れるから飲んでけよ」
そう言って、来栖はキッチンへ向かった。
その間、虎太郎は大人しく座っていた。人前であんなに泣いてしまったのは、子供の頃以来で、恥ずかしくてどうしたらいいのか、分からなくなってしまう。
「はい、どうぞ。砂糖とミルク入ってるよ。カフェオレ好きだろ?」
いつも、お子様だと馬鹿にされていたけど、虎太郎は甘いカフェオレが好きだった。
「ありがとうございます」
カップを受け取り、両手で包み込む。
温かいカフェオレの甘い匂いが、虎太郎を慰めているように感じられ、気持ちが落ち着いてくる。
来栖も虎太郎の隣に座り、ゆっくりとコーヒーを啜る。
どれくらい時間が経ったのか、虎太郎が飲み終わったカップを受け取り、テーブルに置く。
「どう?落ち着いた‥?」
虎太郎を見つめる瞳は、優しさに満ちていた。
「‥はい、すみません」
空いた両手が膝の上で落ち着かない。
「もう、謝るな。俺が悪かった。お前の気持ちも考えず、傷付けた‥」
「いえ、なんか僕‥いつも、こんなで‥自分がどうしたらいいのか‥」
ホッとしたのか思わず自分の気持ちが口から出てしまい、そのせいで忘れていた感情も合わせて込み上げてくる。
こんなに悲しくて惨めな自分が、また心の中で蠢いている。
「す‥すみません‥」
何度も謝り続ける虎太郎に、来栖は答えるべき言葉が見つからず、そっと虎太郎の肩を抱く。
嫌がるそぶりはなく、また虎太郎の瞳がジワリと潤み、溢れそうな涙がかろうじて留まっていた。
「僕‥‥ゲイなんでしょうか?」
虎太郎の瞳に留まっていたはずの涙が、ポロポロと零れ落ちた。
その震える声に、来栖は即答する事ができなかった。
「僕‥‥分からないんです‥」
不安そうに言葉を吐く虎太郎を、これ以上傷付けたくなかった。
「‥俺は、そうだと思ったけど‥‥お前は、女性が好きなのか‥?」
虎太郎は、そこに答えが書いてあるかのように、自分の掌をジッと見つめている。
「僕は、今まで誰も…誰も恋愛対象で好きになった事はないです。女性も…男性も…」
正直な答えだった。
今まで、周りが女性と付き合う事に必死になったり、女性の体を見て興奮したり、そんな話で盛り上がったり、そんな気持ちには一度もならなかった。
もちろん、自分が変わっていると感じてはいたが、それも自分の容姿がこんなだからとか、本当に好きになったら、みんなと同じ気持ちになるのかとか、そんな風にずっと思ってきた。
ただ、そんな気持ちは、どこかに溝を感じさせ、周りから女性扱いされたり、男性から告白されたり、嫌がらせをされたこともあった。
だから、それに反発するように高校の時に告白された女性と付き合ったこともある。その女性には好きだとかの恋愛感情は湧かなかった。女性はそれを感じてか、すぐに別れを切り出された。それから自分の気持ちがないままに付き合うのは、自分も相手も傷つける事だと気が付き、特定の人と付き合う事もしていない。
だから、一度も自分がゲイだとか、男性を好きだとか、考えたこともなかった。
あの時までは……。
「そっか‥じゃあ、これから好きな人に出会うって事だな」
来栖の言葉に、優しさを感じてしまうのは、何故なんだろうか、自分でもわからない気持ちが、そこにはあった。
自分の心の中をすべてさらけ出しても、この優しさは変わらないだろうか?
「‥僕は‥自分が嫌いなんです‥」
ポロリと口にした言葉、
その言葉が、来栖には虎太郎の悲鳴に聞こえた。
「‥そうか‥みんな何かしら自分に不満はあるよな‥。俺も、学生の頃は自分のセクシャリティに悩み傷付きもした。きっと、若奈もいっぱい悩んだんだろ?‥それでも、答えは出ない‥‥苦しいよな‥答えが出ないのは‥」
抱いた肩を優しく撫で、まるで子供をあやすように、ゆっくりと話す。
ポロポロと零れた涙と一緒に、心も軽くなればと。
「‥こんな姿に生まれたくなかった‥こんなだから‥だけど、どうしようもなくて‥僕が悪いんです。もし、僕がもっと強ければ‥あんな事にはならなかった‥あいつが‥あんな事を‥親友だと思ってたのに‥僕が、壊したっ‥っ‥」
虎太郎の言葉を遮るように、小さな体を抱き締めた。
来栖は、これ以上は口に出させたくなかった。
「‥もういいから‥」
来栖の腕に抱かれると、なぜだか安心する自分がいる。
「お前は何も悪くない‥大丈夫‥大丈夫だから‥」
そう言って、優しく抱きしめてくれる腕の中が心地よく、虎太郎は今まで奥深くに隠していた自分への嫌悪感が、少し慰められた気がした。
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