6 / 58
6話
しおりを挟む
虎太郎の頭の中は、何かにかき回されたように混乱していた。
とにかく自分の家に帰りたかった。早くひとりになりたかった。
どうして自分がこんなに惨めなのか、どうしてこんな事になってしまったのか、悔しさだけが込み上げてくる。
来栖は着替えている虎太郎の背中を見て、自分が言葉を間違え、傷付けてしまった事を後悔していた。
なんとか話をしたかった。
もう一度、謝罪したいと思った来栖は、立ち上がり虎太郎の後ろに近づいた。
「若奈‥すまない。もう少し話を聞いてくれ。俺が‥」
ワイシャツのボタンを留めていた手を止めると、虎太郎はゆっくりと振り向いた。
その瞳には、今にも零れそうな涙が膜を張り、口元は微かに震えている。
「ごめん‥」
来栖はそう言うと、虎太郎の体を抱き締めた。
うっ‥と声がしたと思ったら、虎太郎の肩が震え始める。堪えきれなかった涙が、流れ落ちる。
来栖は、震える体を丸ごと包みたかった。自分が蒔いた種なのに、どうしてこんなに苦しめてしまったのか、泣き止まない虎太郎の背を優しくあやすように撫でた。
どれくらい時間が経ったのか、ヒックヒックと先程まで泣いていた嗚咽が聞こえなくなり、虎太郎がモゾモゾと居心地悪そうに体を動かす。
「しゅ‥主任、ごめんなさい」
体を引き離しながら、俯いた虎太郎が口を開いた。
「いや、俺が悪かった。すまない」
虎太郎の乱れた髪を指先で撫でつけ、涙の跡を優しく拭う。
そんな来栖の指先が優しくて、また自分が恥ずかしくなった虎太郎は、グイッと袖口で涙を拭った。
「主任は、悪くないです‥僕の問題ですから」
そう言って、黙り込んでしまう虎太郎をソファーに座らせた。
「コーヒー淹れるから飲んでけよ」
そう言って、来栖はキッチンへ向かった。
その間、虎太郎は大人しく座っていた。人前であんなに泣いてしまったのは、子供の頃以来で、恥ずかしくてどうしたらいいのか、分からなくなってしまう。
「はい、どうぞ。砂糖とミルク入ってるよ。カフェオレ好きだろ?」
いつも、お子様だと馬鹿にされていたけど、虎太郎は甘いカフェオレが好きだった。
「ありがとうございます」
カップを受け取り、両手で包み込む。
温かいカフェオレの甘い匂いが、虎太郎を慰めているように感じられ、気持ちが落ち着いてくる。
来栖も虎太郎の隣に座り、ゆっくりとコーヒーを啜る。
どれくらい時間が経ったのか、虎太郎が飲み終わったカップを受け取り、テーブルに置く。
「どう?落ち着いた‥?」
虎太郎を見つめる瞳は、優しさに満ちていた。
「‥はい、すみません」
空いた両手が膝の上で落ち着かない。
「もう、謝るな。俺が悪かった。お前の気持ちも考えず、傷付けた‥」
「いえ、なんか僕‥いつも、こんなで‥自分がどうしたらいいのか‥」
ホッとしたのか思わず自分の気持ちが口から出てしまい、そのせいで忘れていた感情も合わせて込み上げてくる。
こんなに悲しくて惨めな自分が、また心の中で蠢いている。
「す‥すみません‥」
何度も謝り続ける虎太郎に、来栖は答えるべき言葉が見つからず、そっと虎太郎の肩を抱く。
嫌がるそぶりはなく、また虎太郎の瞳がジワリと潤み、溢れそうな涙がかろうじて留まっていた。
「僕‥‥ゲイなんでしょうか?」
虎太郎の瞳に留まっていたはずの涙が、ポロポロと零れ落ちた。
その震える声に、来栖は即答する事ができなかった。
「僕‥‥分からないんです‥」
不安そうに言葉を吐く虎太郎を、これ以上傷付けたくなかった。
「‥俺は、そうだと思ったけど‥‥お前は、女性が好きなのか‥?」
虎太郎は、そこに答えが書いてあるかのように、自分の掌をジッと見つめている。
「僕は、今まで誰も…誰も恋愛対象で好きになった事はないです。女性も…男性も…」
正直な答えだった。
今まで、周りが女性と付き合う事に必死になったり、女性の体を見て興奮したり、そんな話で盛り上がったり、そんな気持ちには一度もならなかった。
もちろん、自分が変わっていると感じてはいたが、それも自分の容姿がこんなだからとか、本当に好きになったら、みんなと同じ気持ちになるのかとか、そんな風にずっと思ってきた。
ただ、そんな気持ちは、どこかに溝を感じさせ、周りから女性扱いされたり、男性から告白されたり、嫌がらせをされたこともあった。
だから、それに反発するように高校の時に告白された女性と付き合ったこともある。その女性には好きだとかの恋愛感情は湧かなかった。女性はそれを感じてか、すぐに別れを切り出された。それから自分の気持ちがないままに付き合うのは、自分も相手も傷つける事だと気が付き、特定の人と付き合う事もしていない。
だから、一度も自分がゲイだとか、男性を好きだとか、考えたこともなかった。
あの時までは……。
「そっか‥じゃあ、これから好きな人に出会うって事だな」
来栖の言葉に、優しさを感じてしまうのは、何故なんだろうか、自分でもわからない気持ちが、そこにはあった。
自分の心の中をすべてさらけ出しても、この優しさは変わらないだろうか?
「‥僕は‥自分が嫌いなんです‥」
ポロリと口にした言葉、
その言葉が、来栖には虎太郎の悲鳴に聞こえた。
「‥そうか‥みんな何かしら自分に不満はあるよな‥。俺も、学生の頃は自分のセクシャリティに悩み傷付きもした。きっと、若奈もいっぱい悩んだんだろ?‥それでも、答えは出ない‥‥苦しいよな‥答えが出ないのは‥」
抱いた肩を優しく撫で、まるで子供をあやすように、ゆっくりと話す。
ポロポロと零れた涙と一緒に、心も軽くなればと。
「‥こんな姿に生まれたくなかった‥こんなだから‥だけど、どうしようもなくて‥僕が悪いんです。もし、僕がもっと強ければ‥あんな事にはならなかった‥あいつが‥あんな事を‥親友だと思ってたのに‥僕が、壊したっ‥っ‥」
虎太郎の言葉を遮るように、小さな体を抱き締めた。
来栖は、これ以上は口に出させたくなかった。
「‥もういいから‥」
来栖の腕に抱かれると、なぜだか安心する自分がいる。
「お前は何も悪くない‥大丈夫‥大丈夫だから‥」
そう言って、優しく抱きしめてくれる腕の中が心地よく、虎太郎は今まで奥深くに隠していた自分への嫌悪感が、少し慰められた気がした。
とにかく自分の家に帰りたかった。早くひとりになりたかった。
どうして自分がこんなに惨めなのか、どうしてこんな事になってしまったのか、悔しさだけが込み上げてくる。
来栖は着替えている虎太郎の背中を見て、自分が言葉を間違え、傷付けてしまった事を後悔していた。
なんとか話をしたかった。
もう一度、謝罪したいと思った来栖は、立ち上がり虎太郎の後ろに近づいた。
「若奈‥すまない。もう少し話を聞いてくれ。俺が‥」
ワイシャツのボタンを留めていた手を止めると、虎太郎はゆっくりと振り向いた。
その瞳には、今にも零れそうな涙が膜を張り、口元は微かに震えている。
「ごめん‥」
来栖はそう言うと、虎太郎の体を抱き締めた。
うっ‥と声がしたと思ったら、虎太郎の肩が震え始める。堪えきれなかった涙が、流れ落ちる。
来栖は、震える体を丸ごと包みたかった。自分が蒔いた種なのに、どうしてこんなに苦しめてしまったのか、泣き止まない虎太郎の背を優しくあやすように撫でた。
どれくらい時間が経ったのか、ヒックヒックと先程まで泣いていた嗚咽が聞こえなくなり、虎太郎がモゾモゾと居心地悪そうに体を動かす。
「しゅ‥主任、ごめんなさい」
体を引き離しながら、俯いた虎太郎が口を開いた。
「いや、俺が悪かった。すまない」
虎太郎の乱れた髪を指先で撫でつけ、涙の跡を優しく拭う。
そんな来栖の指先が優しくて、また自分が恥ずかしくなった虎太郎は、グイッと袖口で涙を拭った。
「主任は、悪くないです‥僕の問題ですから」
そう言って、黙り込んでしまう虎太郎をソファーに座らせた。
「コーヒー淹れるから飲んでけよ」
そう言って、来栖はキッチンへ向かった。
その間、虎太郎は大人しく座っていた。人前であんなに泣いてしまったのは、子供の頃以来で、恥ずかしくてどうしたらいいのか、分からなくなってしまう。
「はい、どうぞ。砂糖とミルク入ってるよ。カフェオレ好きだろ?」
いつも、お子様だと馬鹿にされていたけど、虎太郎は甘いカフェオレが好きだった。
「ありがとうございます」
カップを受け取り、両手で包み込む。
温かいカフェオレの甘い匂いが、虎太郎を慰めているように感じられ、気持ちが落ち着いてくる。
来栖も虎太郎の隣に座り、ゆっくりとコーヒーを啜る。
どれくらい時間が経ったのか、虎太郎が飲み終わったカップを受け取り、テーブルに置く。
「どう?落ち着いた‥?」
虎太郎を見つめる瞳は、優しさに満ちていた。
「‥はい、すみません」
空いた両手が膝の上で落ち着かない。
「もう、謝るな。俺が悪かった。お前の気持ちも考えず、傷付けた‥」
「いえ、なんか僕‥いつも、こんなで‥自分がどうしたらいいのか‥」
ホッとしたのか思わず自分の気持ちが口から出てしまい、そのせいで忘れていた感情も合わせて込み上げてくる。
こんなに悲しくて惨めな自分が、また心の中で蠢いている。
「す‥すみません‥」
何度も謝り続ける虎太郎に、来栖は答えるべき言葉が見つからず、そっと虎太郎の肩を抱く。
嫌がるそぶりはなく、また虎太郎の瞳がジワリと潤み、溢れそうな涙がかろうじて留まっていた。
「僕‥‥ゲイなんでしょうか?」
虎太郎の瞳に留まっていたはずの涙が、ポロポロと零れ落ちた。
その震える声に、来栖は即答する事ができなかった。
「僕‥‥分からないんです‥」
不安そうに言葉を吐く虎太郎を、これ以上傷付けたくなかった。
「‥俺は、そうだと思ったけど‥‥お前は、女性が好きなのか‥?」
虎太郎は、そこに答えが書いてあるかのように、自分の掌をジッと見つめている。
「僕は、今まで誰も…誰も恋愛対象で好きになった事はないです。女性も…男性も…」
正直な答えだった。
今まで、周りが女性と付き合う事に必死になったり、女性の体を見て興奮したり、そんな話で盛り上がったり、そんな気持ちには一度もならなかった。
もちろん、自分が変わっていると感じてはいたが、それも自分の容姿がこんなだからとか、本当に好きになったら、みんなと同じ気持ちになるのかとか、そんな風にずっと思ってきた。
ただ、そんな気持ちは、どこかに溝を感じさせ、周りから女性扱いされたり、男性から告白されたり、嫌がらせをされたこともあった。
だから、それに反発するように高校の時に告白された女性と付き合ったこともある。その女性には好きだとかの恋愛感情は湧かなかった。女性はそれを感じてか、すぐに別れを切り出された。それから自分の気持ちがないままに付き合うのは、自分も相手も傷つける事だと気が付き、特定の人と付き合う事もしていない。
だから、一度も自分がゲイだとか、男性を好きだとか、考えたこともなかった。
あの時までは……。
「そっか‥じゃあ、これから好きな人に出会うって事だな」
来栖の言葉に、優しさを感じてしまうのは、何故なんだろうか、自分でもわからない気持ちが、そこにはあった。
自分の心の中をすべてさらけ出しても、この優しさは変わらないだろうか?
「‥僕は‥自分が嫌いなんです‥」
ポロリと口にした言葉、
その言葉が、来栖には虎太郎の悲鳴に聞こえた。
「‥そうか‥みんな何かしら自分に不満はあるよな‥。俺も、学生の頃は自分のセクシャリティに悩み傷付きもした。きっと、若奈もいっぱい悩んだんだろ?‥それでも、答えは出ない‥‥苦しいよな‥答えが出ないのは‥」
抱いた肩を優しく撫で、まるで子供をあやすように、ゆっくりと話す。
ポロポロと零れた涙と一緒に、心も軽くなればと。
「‥こんな姿に生まれたくなかった‥こんなだから‥だけど、どうしようもなくて‥僕が悪いんです。もし、僕がもっと強ければ‥あんな事にはならなかった‥あいつが‥あんな事を‥親友だと思ってたのに‥僕が、壊したっ‥っ‥」
虎太郎の言葉を遮るように、小さな体を抱き締めた。
来栖は、これ以上は口に出させたくなかった。
「‥もういいから‥」
来栖の腕に抱かれると、なぜだか安心する自分がいる。
「お前は何も悪くない‥大丈夫‥大丈夫だから‥」
そう言って、優しく抱きしめてくれる腕の中が心地よく、虎太郎は今まで奥深くに隠していた自分への嫌悪感が、少し慰められた気がした。
1
あなたにおすすめの小説
刺されて始まる恋もある
神山おが屑
BL
ストーカーに困るイケメン大学生城田雪人に恋人のフリを頼まれた大学生黒川月兎、そんな雪人とデートの振りして食事に行っていたらストーカーに刺されて病院送り罪悪感からか毎日お見舞いに来る雪人、罪悪感からか毎日大学でも心配してくる雪人、罪悪感からかやたら世話をしてくる雪人、まるで本当の恋人のような距離感に戸惑う月兎そんなふたりの刺されて始まる恋の話。
本気になった幼なじみがメロすぎます!
文月あお
BL
同じマンションに住む年下の幼なじみ・玲央は、イケメンで、生意気だけど根はいいやつだし、とてもモテる。
俺は失恋するたびに「玲央みたいな男に生まれたかったなぁ」なんて思う。
いいなぁ玲央は。きっと俺より経験豊富なんだろうな――と、つい出来心で聞いてしまったんだ。
「やっぱ唇ってさ、やわらけーの?」
その軽率な質問が、俺と玲央の幼なじみライフを、まるっと変えてしまった。
「忘れないでよ、今日のこと」
「唯くんは俺の隣しかだめだから」
「なんで邪魔してたか、わかんねーの?」
俺と玲央は幼なじみで。男同士で。生まれたときからずっと一緒で。
俺の恋の相手は女の子のはずだし、玲央の恋の相手は、もっと素敵な人であるはずなのに。
「素数でも数えてなきゃ、俺はふつーにこうなんだよ、唯くんといたら」
そんな必死な顔で迫ってくんなよ……メロすぎんだろーが……!
【攻め】倉田玲央(高一)×【受け】五十嵐唯(高三)
平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。
しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。
基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。
一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。
それでも宜しければどうぞ。
僕の恋人は、超イケメン!!
刃
BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?
完結|好きから一番遠いはずだった
七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。
しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。
なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。
…はずだった。
イケメン俳優は万年モブ役者の鬼門です
はねビト
BL
演技力には自信があるけれど、地味な役者の羽月眞也は、2年前に共演して以来、大人気イケメン俳優になった東城湊斗に懐かれていた。
自分にはない『華』のある東城に対するコンプレックスを抱えるものの、どうにも東城からのお願いには弱くて……。
ワンコ系年下イケメン俳優×地味顔モブ俳優の芸能人BL。
外伝完結、続編連載中です。
好きな人がカッコ良すぎて俺はそろそろ天に召されるかもしれない
豆ちよこ
BL
男子校に通う棚橋学斗にはとってもとっても気になる人がいた。同じクラスの葛西宏樹。
とにかく目を惹く葛西は超絶カッコいいんだ!
神様のご褒美か、はたまた気紛れかは知らないけど、隣同士の席になっちゃったからもう大変。ついつい気になってチラチラと見てしまう。
そんな学斗に、葛西もどうやら気付いているようで……。
□チャラ王子攻め
□天然おとぼけ受け
□ほのぼのスクールBL
タイトル前に◆◇のマークが付いてるものは、飛ばし読みしても問題ありません。
◆…葛西視点
◇…てっちゃん視点
pixivで連載中の私のお気に入りCPを、アルファさんのフォントで読みたくてお引越しさせました。
所々修正と大幅な加筆を加えながら、少しづつ公開していこうと思います。転載…、というより筋書きが同じの、新しいお話になってしまったかも。支部はプロット、こちらが本編と捉えて頂けたら良いかと思います。
染まらない花
煙々茸
BL
――六年前、突然兄弟が増えた。
その中で、四歳年上のあなたに恋をした。
戸籍上では兄だったとしても、
俺の中では赤の他人で、
好きになった人。
かわいくて、綺麗で、優しくて、
その辺にいる女より魅力的に映る。
どんなにライバルがいても、
あなたが他の色に染まることはない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる