愛に抗うまで

白樫 猫

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8話

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日中の暑さに比べ、朝晩はわりと過ごしやすくなってきた。
清々しさも感じる朝、来栖はホテルから出ると、足取りも重く自宅へと帰っていく。
昨晩は行きつけのBARへ行き、ケンという可愛らしい男性から声を掛けられ、一緒にホテルに行った。
来栖は、可愛い子が好きだ。庇護欲にかられる。
昨日のケンも来栖好みだった。
だからって‥‥少し反省していた。
今日が土曜で仕事が休みで良かった。
激しく明け方までやり続けるなんて‥もう無理と懇願されても、可愛くて気絶させてしまうまで、自分を止めることが出来なかった。
そのまま眠ってしまったケンの身体を綺麗に拭いて、自分もシャワーを浴びてホテルを出た。
もちろん、料金は昨夜のうちに支払っている。

「‥はぁ~参ったな‥‥」

こんな事は今までなかった‥‥思春期かよ。
そんな訳で、来栖の足取りは重く、自分の性欲に対して大いに反省をしていたのだ。
マンションに着くと、ふと自分のポストに大きな封筒が入っているのが見えた。
昨日、ポストを見た時は無かったものだ。
時計を見ると、まだ朝の9時。
来栖がその怪しい封筒を手に取ると、住所の記載はなく『来栖遥人様』と書いてある。
差出人はなし。
ダイレクトにポストに入れたって訳か‥そう呟きながら来栖はマンションへと入って行った。
部屋に入ると封筒をポイッと投げ、部屋着に着替える。冷蔵庫からペットボトルの水を取り、そのままソファにドカッと座る。そしてペットボトルのキャップを開けると、グビグビと一気にのどに流し込む。

「‥‥ふぅ~」

頭の中は、先ほどの行為を反省中で、モヤモヤとしていた。
それと、もう一つ‥来栖は目の前の封筒を手繰り寄せると、封を開け中身をバサッと取り出した。

「‥‥‥っ‥‥なっ‥‥なんだよ‥‥」

中には『お盛んですね。私の忠告が、あなたに届くことを願っています。これが最後の警告です』とA4の紙に印刷された文字。
そして、同封されている数々の写真。
その写真には、ここ数カ月、来栖が夜をともにした人物であろう人との、ことの最中の写真‥。
どうして、こんなものが‥‥。
相手の顔の部分は加工され分からないようになっているが、来栖の顔はしっかりと写っている。
一番怖いのは、先ほどまでホテルで一緒だった、ケンとの情事の写真も入っているという事だ。
来栖の背にゾワッと悪寒が走る。
こんなアングルの写真が撮れるという事は、自分は嵌められていた。
こんな数ヶ月も前から‥‥。

「‥‥オイオイ‥」

来栖は、よくよく写真を見てみる。
記憶の順番に並べると、始まりは2カ月前の写真だ。
全部で3人。
3人とも初めて会う男で、向こうから声を掛けてきたという共通点があった。それ以外の、たまに会う来栖のセフレや知人の紹介であった男の写真は、一枚もない。
これでだんだんと分かってきた。
2カ月前に自分が、こんな事をしてくるクズ野郎の癪に障る事をしたって事か。
そして、自分の身元や周りを調べ、こんな手の込んだ嫌がらせをしている。
あの、いつもの手紙もそうだ。

「クックッ‥‥面白い‥」

来栖は、さも可笑しそうに笑った。
自分が、こんな脅しで怯む男だと思われているのも癇に障る。
逆に、こんな状況を、楽しんでいる自分がいる。
絶対に、思い通りにはさせない‥と来栖はニヤリと笑った。



虎太郎は、何度も鳴る携帯の音で目を覚ました。

「‥‥はい」

なんとか手を伸ばし、電話に出ると、少し懐かしい声が聞こえてきた。

「あ~虎太郎? 久しぶりだな~俺、聡。ごめん寝てた?」
「あっ‥ああ、今起きた」
「悪い、ってか、もう昼だぜ、そろそろ起きろよ」

大学卒業以来‥いや、あの軽井沢の旅行以来だ。

「‥ああ、久しぶりだな‥どうした?」
「いやいや、冷たいね~虎太郎は、就職したとたん、何の連絡もくれないじゃん。たまには遊ぼうぜ?」

そう気軽に言われても、あの夜の出来事と未だに湧き出てくる恐ろしい程の嫌悪感が自分を支配し、あのメンバーに会えば、きっとあいつの事を思い出してしまう。
だから虎太郎は、出来れば会いたくなかった。

「‥ごめん。なかなか忙しくて。お前はどうだ? 忙しいんじゃないのか?」

聡が悪いわけでもないのに、連絡すら取らなかった事に、少し罪悪感を感じた。

「まぁ、忙しいよ。覚える事も多いし。でもさ、やっぱり息抜きしたいなぁ~って。でさ、急なんだけど、今、慎之介が福岡から帰ってきてるんだよ。こっちに出張なんだって。だから今日の夜に、みんなで会おうって話になったんだけど、どう? 今日、時間ある?」

正直、気が乗らない。虎太郎は、出来る事なら大学生活の全てを思い出したくはなかった。

「悪い‥‥無理だ。今日は都合が悪くて‥」
「そっか‥残念。じゃあさ、虎太郎は汰久と連絡取ってる‥?」

突然、汰久の名前が出てきて、一瞬息を飲む。

「‥えっ?‥‥なんで?」
「あ~じゃあ分かんないか‥‥携帯に何度も連絡してんだけど、あれから全く繋がらない。ほら、軽井沢行ってさ、あいつ最終日に片付けもしないで、朝一番に一人で帰っただろ? その時から、何度掛けてもダメ」

その言葉に、一気に虎太郎にあの時の記憶が蘇ってくる。

「そっ‥‥そうなんだ‥‥悪いけど、分からない。ごめん‥また誘ってくれ、じゃあな」

電話の向こうでは、まだ聡が何か話をしていたが、虎太郎はすぐに電話を切った。
あの時の自分は本当に無力だった。
現に今も‥‥。
どこから間違っていたのか。
初めに友達になった事‥それとも一緒に旅行に行った事‥。
どれをとっても、戻る事の出来ない後悔と屈辱が誘発される。
大丈夫‥‥あいつらには気付かれてない‥大丈夫‥自分に暗示をかける様に、携帯を握り締める。
だが、その手が震えるのを止めることは出来ない。
虎太郎は、布団に包まり目を閉じた。
震える体は、しばらく治まることはなかった。


来栖は、昨日も来たBARの扉を開いた。まだ、外は明るく看板も出ていない。

「お~い、イサム?」

店の中には誰もおらず、今の時間なら開店準備をしているだろうイサムを呼ぶ。
来栖の声が聞こえたのか、カウンターの奥からいそいそとイサムが出てきた。
忙しいのか、少し焦って見えた。

「‥あれ?ハルちゃん‥まだ準備中よ」
「あ~悪いな。ちょっと、聞きたいことがあってさ‥」

いつになく真剣な顔の来栖を見て、イサムは眉を寄せた。

「厄介ごと?だから言ったじゃない。ほどほどにしなさいよって‥なに‥?昨日の子にしてやられたわけ‥?」

カウンターに腰掛けた来栖に、イサムはグラスに水を注ぎ、目の前に置いた。

「サンキュ。まぁ、厄介ごとって言えばそうなんだけど、昨日のケンって奴、前にもここに来た事あったか‥?」

来栖の言葉に、イサムは人差し指を口元にあて、う~んと考え中。

「‥‥ないわね。初めてじゃないかしら? 可愛い子だから来てたら覚えてるわよ」

こんな時のイサムの記憶力は確かだ。
それを分かっているから、来栖はここに来た。
このBAR SAMは、ゲイたちの出会いの場でもあった。ここで意気投合してホテルに繰り出す男も多い。
だからこそ、イサムは怪しい奴が入り込まないように、客に紛れ込まないように、目を光らせているが、今回はそうもいかなかったのか。

「なにかあった?」

イサムの顔が一気に不安そうになってくる。
来栖は、大きく息を吐き、首を横に振った。

「いや、何でもないよ。ただ、可愛かったから、もし、またここに来たら、悪いけど俺に連絡してくれる? 俺、連絡先、聞くの忘れちゃって‥」

一度きりの相手に、連絡先など聞く事など、今まで一度もなかった。苦しい言い訳だが、来栖はそう言うしかなかった。

「分かったわ‥」

イサムは怪訝な顔を一瞬見せたが、それ以上は深く聞いてこなかった。

「悪いな‥」

来栖はそう言って立ち上がる。

「あら?もうすぐ開店するけど、飲んでいかないの?」
「いや、今日は帰るよ‥じゃあ、よろしくな‥ママ」

来栖の言葉に、イサムは諦めた表情を浮かべた。
そして店から出て行く来栖を見送ると、ふぅ~と息を吐く。

「‥‥で? これでいいのかしら‥?ケン君?」

カウンターの奥の方へイサムが視線を送ると、ビクビクしながらケンがゆっくりと出てきた。
ケンは来栖が来る少し前に、BAR SAM に来ていた。
話があると、奥の部屋で話を始めようとした時に、来栖が来たので、イサムは気を利かせてケンが来ている事を隠していた。

「‥うん」
「どういうこと?あなた‥なにをやったの?」

来栖が、あんなふうに話をしてきた事など一度もなく、それなら、この目の前にいるケンが、何かしらしでかしたとしか思えないのだ。
イサムは腕を組み真っ直ぐにケンを見下ろす。
その姿に、ケンはビクッと小さくなる。
こうなると小柄なケンが、ますます小さな子供に見えてくる。

「‥‥ごめんなさい、俺‥ごめんなさい。もうここには来ないから、あの人にも会わないし、これ以上‥迷惑かけないから‥見逃して下さい。お願いします」

小さな子に深々と頭を下げられ、イサムはなんだか可哀そうになってきた。

「はぁ~分かったわ。これ以上の詮索はしないわ。だから、もうハルちゃんには近づかない事。いいわね?」
「‥はい」

イサムは、小さなか細い声でうなずくケンの頭を、クシャクシャと撫でた。


ケンが BAR SAM を出て歩き出すと、ポケットに入っている携帯が鳴りだした。
画面を見て、ハッと息を止めるが、すぐに電話に出る。

「‥はい」

ケンの強張った顔から、血の気が引いてくる。

「‥はい。お願いします‥‥あの写真は‥‥そんな‥‥」

携帯を持ちながら、ケンはしばらくの間、呆然と立ち尽くしていた。

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