愛に抗うまで

白樫 猫

文字の大きさ
9 / 58

9話

しおりを挟む
週明けの月曜日。
虎太郎は酷く重い頭を抱えながら会社へと向かっていた。
というのも、土曜にあった聡からの連絡以降、何度もあの時の記憶が蘇り、全く眠れなかった。
ウトウト眠りに付くと、夢を見る。
虎太郎は大きな手から逃げている。
だが、逃げても逃げても追いかけてくる‥‥そして引き戻される。
引き戻された先は、真っ暗な闇‥。
助けを求めても、口を開いても声が出ない、そんな忌々しい夢。

「‥‥はぁ」

大きな溜息が出るが、どうすればいいのか全く分からない。

「おい!大丈夫か?」
「‥‥ヒッ!」

突然、後ろから肩を叩かれ、虎太郎は驚いて声が出る。

「クックッ‥‥なんだ若奈‥どっから声が出た?」

虎太郎の奇妙な声に、来栖の笑いが止まらない。

「す‥すみません‥来栖主任、おはようございます。」
「ああ、おはよう。‥で?どうした?具合が悪いのか‥?」

腹を抱えて笑っていたはずなのに、顔色の悪い虎太郎を見て、急に心配そうな顔つきになる。

「いえ‥‥ちょっと眠れなくて‥」
「そうか、もし体調が悪いのなら、休んでも大丈夫だけど‥‥帰れるか?」

来栖は、心配して家に帰るように促すが、虎太郎が首を横に振る。

「いえ、仕事していた方が、気がまぎれるので大丈夫です」

弱々しく笑う姿に、来栖は頷くしか出来なかった。

「じゃあ、無理はするなよ。何かあったら、必ず言えよ。いいな」
「‥はい、すみません」

来栖は、あの時以来、虎太郎を見る目が変わっていた。
もともと自分と同じ性癖で可愛いと意識していたが、今は、それとは違った何か、自分にとって守りたい存在になっている。
少しでも力になれる事があるのなら、喜んで手を差し伸べたいと思っていた。

虎太郎はいつも以上に仕事にのめり込んでいた。
仕事している方が、何も考えなくていい。
あんな電話一本で、こんなにも弱くなる自分が嫌で仕方がない。

「若奈。‥おいっ!若奈!」

来栖の声に、また我に返る。

「はっ‥‥はい」
「もう、6時だぞ。今日は、早めに帰って休め」

来栖にそう言われ、時計を見ると終業時間を過ぎていた。

「‥‥でも‥」

虎太郎は帰りたくなかった。
帰ってしまうとまた考え、そして眠れなくなる。
そんな虎太郎の気持ちが分かる筈もなく、来栖は具合の悪そうな虎太郎を早く帰宅させたかった。

「でもじゃない‥こんな顔色で、無理するな。もし、明日もこんな調子なら、休んで構わないから。早く帰れ」

虎太郎は渋々帰る準備を始める。
来栖は、その姿に少し心配になったのか。

「大丈夫か?一人で帰れるか?」

そんな言葉を掛けてしまう。

「‥‥はい、大丈夫です」
「そっか、なんかあれば俺に連絡しろ。いつでもいいから‥」

そんな優しい言葉に、虎太郎がチラリと来栖を見上げる。

「‥‥なんだ?」
「来栖主任、あの‥今日って時間ありますか?」

突然の誘いに、来栖は戸惑うが、このまま放っておける訳がなかった。

「ああ、大丈夫だけど‥お前の体調が大丈夫なら、飯でも食って帰るか?」

その言葉に、虎太郎に少し笑顔が戻った。

「‥はい!」



「お前、いつもちゃんと飯食ってるのか?」

来栖にそう言われ、虎太郎は頷く。

「食べてますよ。来栖主任、それ言うの何回目ですか?僕は食べても体型は変わらないし、もう大きくもならないです」

少し元気になった虎太郎に、来栖も笑顔を向けた。

「そっか‥‥ふふっ‥」

二人は居酒屋に来ていた。
この居酒屋はすべての席が半個室になっていて、話もしやすく、よく来る店だ。
体調が悪いのだから、酒は飲むなと来栖に言われたが、虎太郎は飲んで気を紛らわしたかった。
お腹も膨れ何杯目かのグラスを空けると、そろそろ帰るか‥と来栖が言った。

「‥はい。今日は、ありがとうございました」
「帰ったら、早く寝るんだ。いいな」

そんな優しい来栖に、甘えてしまいそうになる。

「‥どうした?‥俺で良ければ話は聞くぞ?」

虎太郎は、こんな話を来栖に相談しても良いのか分からず、迷っていた。
以前も優しく話を聞いてくれたのに、こんな些細な事でウジウジして眠れなくなってしまう自分の弱さが、凄く嫌いだった。

「来栖主任‥僕、こんな弱い自分が嫌になります」

突然、そんな事を言い出した虎太郎に、来栖は一瞬驚いた顔をしたが、すぐにいつもの顔に戻る。

「なんかあったのか?」

やっぱり来栖主任は優しいな‥虎太郎はそう感じ、少しだけ勇気が出た。

「一昨日、大学の友人から連絡があったんです」

その言葉に、来栖はあの時の話を思い出した。

「‥その‥親友って奴か?」
「‥いえ、いつも一緒にいた友人の一人です。久しぶりに集まろうって‥」

唇が少し震えている虎太郎を見て、来栖はどう言葉を掛けていいのか分からなくなる。

「‥‥たった‥たったそれだけなのに‥僕、どうしても思い出して‥怖いんです。‥でも、そんな臆病な自分が‥一番嫌いです。‥こんな弱い自分が‥」

震える唇から何とか言葉を繋ぎ、何かに縋りたかったのだろうか‥そんな虎太郎の力になってあげたいと来栖は感じた。

「‥虎太郎、お前は弱くない。大丈夫だ」

そんな言葉を口にしたが、本当は優しく抱き締めてあげたかった。
思い出すだけで震えてしまう自分が恥ずかしいのか、虎太郎は終始うつむいていた。

「‥眠れないって、それが原因か?」

その言葉に、コクンと頷いた虎太郎。

「よし。じゃあ、今日は俺の家に来い。一緒に眠ってやるよ」
「‥えっ?」
「クスクスッ‥大丈夫。何もしないから、ただ一緒に寝るだけ」

こんなに弱っている虎太郎を一人で帰したくなかった。
せめて、眠れなくても傍にいてあげたかった。

「‥はい。お願いします」

虎太郎には、そんな来栖の言葉が嬉しかった。
そして素直になれる自分にも‥。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

刺されて始まる恋もある

神山おが屑
BL
ストーカーに困るイケメン大学生城田雪人に恋人のフリを頼まれた大学生黒川月兎、そんな雪人とデートの振りして食事に行っていたらストーカーに刺されて病院送り罪悪感からか毎日お見舞いに来る雪人、罪悪感からか毎日大学でも心配してくる雪人、罪悪感からかやたら世話をしてくる雪人、まるで本当の恋人のような距離感に戸惑う月兎そんなふたりの刺されて始まる恋の話。

本気になった幼なじみがメロすぎます!

文月あお
BL
同じマンションに住む年下の幼なじみ・玲央は、イケメンで、生意気だけど根はいいやつだし、とてもモテる。 俺は失恋するたびに「玲央みたいな男に生まれたかったなぁ」なんて思う。 いいなぁ玲央は。きっと俺より経験豊富なんだろうな――と、つい出来心で聞いてしまったんだ。 「やっぱ唇ってさ、やわらけーの?」 その軽率な質問が、俺と玲央の幼なじみライフを、まるっと変えてしまった。 「忘れないでよ、今日のこと」 「唯くんは俺の隣しかだめだから」 「なんで邪魔してたか、わかんねーの?」 俺と玲央は幼なじみで。男同士で。生まれたときからずっと一緒で。 俺の恋の相手は女の子のはずだし、玲央の恋の相手は、もっと素敵な人であるはずなのに。 「素数でも数えてなきゃ、俺はふつーにこうなんだよ、唯くんといたら」 そんな必死な顔で迫ってくんなよ……メロすぎんだろーが……! 【攻め】倉田玲央(高一)×【受け】五十嵐唯(高三)

平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。

しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。 基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。 一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。 それでも宜しければどうぞ。

僕の恋人は、超イケメン!!

BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?

完結|好きから一番遠いはずだった

七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。 しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。 なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。 …はずだった。

イケメン俳優は万年モブ役者の鬼門です

はねビト
BL
演技力には自信があるけれど、地味な役者の羽月眞也は、2年前に共演して以来、大人気イケメン俳優になった東城湊斗に懐かれていた。 自分にはない『華』のある東城に対するコンプレックスを抱えるものの、どうにも東城からのお願いには弱くて……。 ワンコ系年下イケメン俳優×地味顔モブ俳優の芸能人BL。 外伝完結、続編連載中です。

好きな人がカッコ良すぎて俺はそろそろ天に召されるかもしれない

豆ちよこ
BL
男子校に通う棚橋学斗にはとってもとっても気になる人がいた。同じクラスの葛西宏樹。 とにかく目を惹く葛西は超絶カッコいいんだ! 神様のご褒美か、はたまた気紛れかは知らないけど、隣同士の席になっちゃったからもう大変。ついつい気になってチラチラと見てしまう。 そんな学斗に、葛西もどうやら気付いているようで……。 □チャラ王子攻め □天然おとぼけ受け □ほのぼのスクールBL タイトル前に◆◇のマークが付いてるものは、飛ばし読みしても問題ありません。 ◆…葛西視点 ◇…てっちゃん視点 pixivで連載中の私のお気に入りCPを、アルファさんのフォントで読みたくてお引越しさせました。 所々修正と大幅な加筆を加えながら、少しづつ公開していこうと思います。転載…、というより筋書きが同じの、新しいお話になってしまったかも。支部はプロット、こちらが本編と捉えて頂けたら良いかと思います。

染まらない花

煙々茸
BL
――六年前、突然兄弟が増えた。 その中で、四歳年上のあなたに恋をした。 戸籍上では兄だったとしても、 俺の中では赤の他人で、 好きになった人。 かわいくて、綺麗で、優しくて、 その辺にいる女より魅力的に映る。 どんなにライバルがいても、 あなたが他の色に染まることはない。

処理中です...