愛に抗うまで

白樫 猫

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10話

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来栖と虎太郎はマンションに着き、部屋に入ると、ビクッと来栖が慌ててテーブルに駆け寄り、散らかっている物をかき集めた。

「‥‥悪い。散らかってて‥そっちのソファに座ってろ」

慌てる様子を横目で見ながら、虎太郎は、はいと返事をしながらソファに掛ける。
慌てて隠している様子に、見てはいけないと思いながらも、チラリと見えてしまったのは、結構な枚数の写真‥?
‥‥裸‥?なぜか肌色が見えたような気がして、頬が少し赤くなる。
来栖は慌てていた。
写真を広げたままだったのを、すっかりと忘れていた。
こんないかがわしい写真を、虎太郎の目に触れさせるわけにはいかない。
そんな慌てて片付けている自分に向かって、来栖は苦笑した。

「若奈‥先に風呂入るか?着替え出しとくから」

虎太郎は返事をしながら浴室へ向かった。
慌てている来栖が、なんだか可愛く思える自分がいた。
虎太郎が浴室に消えると、来栖はふぅ~と息を吐き出し、いかがわしい写真を封筒に入れると、棚に片付けた。
あれから、イサムの連絡も来ていない。
まぁ、すぐに連絡が来るとは思ってないし、十中八九もうあのBARにはケンは来ないだろうと思っていた。
それでも、どうにかしてこんな事をするクソ野郎を炙り出す方法は無いだろうか‥昨日は、この写真を見ながらそんな事をずっと考えていた。
来栖は、虎太郎の為に着替えを出してくると、ソファにドカッと座り込む。
どうにも腑に落ちない。
1人目の写真‥確かユウキって名前だったような‥。あれは7月の歓迎会が終わった翌週の土曜だ。
記憶を呼び起こしながら考える。
BAR SAM に行こうと歩いている途中で、声を掛けられた。
なんか怪しいと思ったんだが、可愛かったんだよな~。
2人目の男は、やはり BAR SAM で声を掛けられた。こいつも、可愛い顔をしていた‥。
3人目は、ケン。おかしいな‥自分の好みを知っているのか‥?
思い出しながら、自分の軽率さに笑いが出る。
これはイサムの言う通りだな。

「来栖主任、お風呂ありがとうございました」

虎太郎が風呂から戻ってきた。

「おう、じゃあ俺も入ってくるかな‥あ~冷蔵庫に水とかお茶が入ってる、好きな物飲んでくれ」
「あっ、ありがとうございます」

虎太郎の返事を聞くと、来栖は浴室へと向かった。
虎太郎は遠慮なく冷蔵庫を開けると、ペットボトルの水を手に取り飲みだす。

「‥ふぅ~」

何だか緊張している。
さっきは勢いで来栖の言葉が嬉しくて返事をしてしまったが、よく考えてみたら少し迷惑だったんじゃないのか‥そう感じていた。
もしかして、今日も来栖と一緒に添い寝するのだろうか‥?
虎太郎はそう考え、また水をのどに流し込んだ。
緊張のせいか、酒を飲んだせいか、やたらと喉が渇く。
先程まであんなに悩んでいた事も、今は頭の隅に追いやられている。
別に、あいつ‥汰久から連絡があったわけではない。それに、自分はあれから一度も連絡した事もないし、着信は拒否してある。なのに、聡も連絡が取れなくなっていると、そんな事を言っていた。それなら、もう自分達の前には現れないって事だろうか?
‥そうであって欲しい。もう、会いたくない‥。
そんな事を考えている間に、来栖が風呂から上がってきた。

「はぁ~すっきりした。まだ、昼間は暑いからな~。ん?若奈は何飲んでんだ?水か‥? 俺はもう一杯飲もうかな‥お前も飲むか?」

虎太郎が頷くと、来栖はキッチンへ行き、酒とつまみを用意した。

「はい、若奈はこっちな。あと、こんなんで悪いけど、つまみ」

来栖は氷の入ったブランデーを虎太郎に渡し、チョコやナッツの乗った皿をテーブルに置いた。

「ありがとうございます」

そう言って受け取ったグラスには、琥珀色の液体がキラキラしていた。
虎太郎はブランデーはあまり飲み慣れていなかったが、一口飲んでみた。

「んっ!あっ‥甘くておいしい‥」

目を見開き、来栖を見る。

「あー良かった。若奈のには、ちょっとハチミツを入れた。口に合って良かった」

自分の為に、こんな気遣いをしてくれる来栖の気持ちが嬉しかった。

「来栖主任は、恋人いないんですか?」

突然の虎太郎の言葉に、来栖は口に含んでいた酒を一気にぶちまけた。

「‥‥っ‥しゅ‥主任!‥大丈夫ですか‥?」

虎太郎が慌てて傍らにあったティッシュを取り、来栖に渡す。
受け取った来栖は口元を拭き、むせるように咳をした。
ハラハラとしていた虎太郎は、テーブルの上や絨毯など、来栖がぶちまけた酒を綺麗に拭いていく。

「‥ケホッ‥ッ‥お前さ、急になんだよ」
「す‥すみません。なんかふと思って‥ハハハッ‥‥」

まさか来栖がこんな反応をするとは思っていなかった。

「‥いない、特定の人はいない‥」

それでもキチンと答えてくれるんだ~そんな事を思い、どうして自分がそんな事が気になったのか、口にしたことが急に恥ずかしくなる。

「あっ‥‥そうなんですね‥‥」
「なんだよ。その生返事。まぁ、ゲイってさ大変だよ。なかなか相手にも巡り合えないっていうか‥」
「‥はぁ‥‥そうなんですか‥」

来栖は虎太郎の頭を小突いた。

「お前、興味なさそうな返事をするなよ、まったく‥」

そう言いながら、来栖はグイっとグラスを空けた。

「そろそろ寝るぞ~明日も仕事だしな」

来栖は立ち上がると、テーブルの上を片付けだし、虎太郎も飲み終わったグラスをキッチンへ運ぶ。

「あとは俺がやるから、先にベッドで寝てろ」

来栖の言葉に、虎太郎はモジモジしながら答えた。

「あの‥また一緒のベッドで寝てもいいんですか‥?」
「ああ、ソファだと寝た気がしない。若奈は眠れないんだろ?俺が子守唄でも歌ってやるよ」

振り向いた来栖がニヤニヤとした顔でそう答えた。
虎太郎は、何も返事が返せず、大人しく寝室へ行く。
少し緊張していたのに、さっき飲んだブランデーが効いているのか、ふわふわしている。
虎太郎はベッドに入ると、ゆっくりと目を閉じた。

「‥電気消すぞー」

そう聞こえ、虎太郎が返事をする前に、電気が消えた。
真っ暗の中で来栖がベッドに入ってくる気配がした。

「おやすみなさい‥‥」

虎太郎の眠そうな声に、来栖は少し安心した。

「おやすみ‥」

そう答えると、来栖も目を閉じた。
しばらくして来栖はゆっくりと目を開け、隣を見ると、虎太郎が寝息を立てていた。

「‥クスッ‥もう寝てんじゃねぇーか‥」

小さく囁くと、虎太郎の髪を優しく梳く。
「無防備すぎるぞ‥‥」そう呟き、来栖は再び目を閉じた。



来栖は目を覚ますと、隣で眠っている虎太郎を起こさないように、ゆっくりと布団から抜け出しキッチンへ向かった。
いつものように手際よく2人分の食事を作ると、再び寝室へ向かう。
まだぐっすりと眠っている虎太郎に、本当は抱き付きたい欲求を抑えながら声を掛ける。

「若奈‥朝だぞー起きろー」

なかなか起きない虎太郎に、来栖はベッド脇に座り、虎太郎の体を揺らす。

「おい、起きろー」

揺さぶられながらも、モゾモゾと布団の中に潜っていく虎太郎が、芋虫みたいになっていく。

「もう‥少し‥‥眠たい‥」

甘えたような声に、寝かしてあげたいと思ってしまう自分と戦う。

「はぁ~欲望と自制心との戦いだな‥」

そうボソッと呟くと、意を決して来栖は虎太郎の布団を一気にバサッと剥ぎ取った。
いきなり布団を剥がされビクッとなった虎太郎に、来栖は大きく手を叩き音を出す。

「はいはい、良い子はもう起きましょうね」

そのでかい声に、一気に覚醒した虎太郎は目をパチクリとさせていた。

「クックッ‥‥良い子だ‥」

来栖の笑い声に、虎太郎は唇を尖らせた。
促されるように顔を洗い歯を磨き、朝食が用意されているテーブルに着き、二人で食べ始める。

「すみません‥ご飯まで用意してもらって‥」

先日もそうだが、面倒見が良すぎて恐縮してしまう。

「ああ、俺が食べさせたいだけだから、気にするな」
「僕を太らせる気ですね‥ふふっ‥‥」
「まぁ、そうとも言うな‥ハハハッ‥‥」

来栖と一緒にいると安心できる。
こんな頼りがいのある先輩が傍に居てくれて、虎太郎は本当に嬉しかった。
朝食を終え、着替えていると、おもむろに来栖がネクタイを渡してきた。

「若奈、このネクタイやるよ」
「えっ?いいんですか?」
「ああ、俺にはちょっと明るすぎるから、お前には似合うだろ?今日はこれを付けてけ」

明るいブルーのストライプのネクタイだった。

「ありがとうございます」

お礼を言って受け取ったネクタイを、虎太郎はさっそく付けてみる。

「うん、やっぱり似合うな‥ふふっ‥」

嬉しそうな来栖に、虎太郎は改めて礼を言った。
準備が出来たところで、二人は一緒にマンションを出た。
不思議とよく眠れたし、疲れもない。
良い一日が始まりそうで、いつしか虎太郎は歩きながら微笑んでいた。

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