愛に抗うまで

白樫 猫

文字の大きさ
12 / 58

12話

しおりを挟む
日が暮れると、来栖は着替えマンションを出た。
行く先は決まっていた。

「あら、いらっしゃ~い」

その声に、いつものように片手を上げると、カウンター席に座る。

「‥いつもの頼む」
「は~い」

嬉しそうにイサムが返事をすると、ロックグラスを出し琥珀色の液体を注いでいく。

「はい、どうぞ」
「ああ、ありがとう」

来栖はすぐグラスを口に運ぶ。
顔色が少し悪い気がして、イサムは心配そうな顔をする。

「珍しいわね‥平日の夜に‥やっぱり、何かあったのね?」
「‥お前は、目ざといな‥」

穏やかな口調ではあるが、イサムの眼差しが鋭くて、来栖は目を細め微笑んだ。

「私で良かったら、相談に乗るわよ‥」
「ありがとう。まぁ~大丈夫だよ‥」

イサムの優しさに、来栖は笑いながら答えるが、その姿を見てなおさらイサムは心配になったようだ。

「‥あ~そう言えば、あいつは来てないだろ?あの可愛い子ちゃん‥」

その言葉に、イサムは明らかに動揺していた。

「‥あっ‥あのね、ハルちゃん‥実はね‥」

イサムは、これ以上黙っていることが出来なかった、
あの事が、来栖を苦しめている原因の一つなら、自分がしてあげられることは、すべて話す事。
イサムは、あの日にケンが戻ってきた事を、すべて話した。

「それと‥これ‥」

そう言うと、イサムは一枚のメモ紙を渡してきた。
来栖がそれを開き中を見る。

「‥これって‥」
「一応ね、これ以上、何かあった時の保険として、聞いておいたの。向こうは渋々だったけど‥ふふっ‥」

メモの中には、ケンの住所と携帯番号が書いてあった。
イサムは、ケンの話を聞き、これ以上来栖に近づかないという言葉に、万が一何かあった時の為に、連絡先を聞いていたのだった。

「‥ごめんね。ハルちゃん‥黙ってて‥」

内緒にしていた事を後悔しているイサムは、しょんぼりしていつもより小さく見えた。

「助かった。イサム‥ありがとう」

嬉しそうな来栖に、イサムもホットした顔を浮かべた。
来栖はすぐさま立ち上がると、また来るから、と言い放ち店を出て行った。
外に出ると、来栖はメモ紙に書いてある住所に向かう。ここからは電車2駅くらい離れていた。
まぁ、遠くもないって事だな。

目的地のアパートに到着すると、メモに書いてある302号室のポストを確認する。
そこには、『坂本』と書いてある。
これだけだと、ケンかどうかは分からないが、来栖は3階へ向かうと、インターホンを鳴らした。
簡素なインターホンは、カメラなど付いている物ではなく、暫く待つと、奥からバタバタとドアに近づく音がした。

「‥はい‥あっ!」

カチャリとドアが少し開かれた時、中にいたケンと目が合う。
次の瞬間には、来栖はドアの隙間に足を差し入れ、ドアが閉まらないようにロックしていた。
ガタンとドアを閉めようとしたケンが、来栖の足に気が付き、青ざめた顔をして後退りをする。
強引にドアを開け、来栖は玄関へと入っていく。

「‥俺に話す事があるよな?」

玄関に立ち尽くしている、ケンに来栖のドスの効いた声が聞こえると。
カタカタと目に見えて震えてくる。

「すっ‥‥すみませんでした‥」

震える体が崩れ落ち、ケンは深々と土下座をする。

「はぁ~なんで?そんなに謝るなら、なぜあんな事をした?」

怯えるケンの前に、来栖はしゃがみ込むと、ケンの頭を起した。

「‥うっ‥俺、仕方がなかった‥‥っ‥」

顔を上げたケンは、来栖の顔を見て泣き出した。
大きな瞳に溢れてくる涙を堪えきれず、ポロポロと溢す顔に、来栖は許してはいけないと分かっているのに、許してしまいそうになる自分がいた。

「‥どうして、あんな事をしたのか、話してくれるか?」

先程よりも、柔らかい顔で優しく問いただす来栖に、ケンは手で涙を拭い顔を上げた。

「‥たっ‥頼まれた‥」
「‥誰に?」
「‥分からない‥俺、借金があって‥その返済が厳しくなって、そしたら‥知らない男から連絡があって‥」
「俺をホテルに連れ込めってか?」
「‥あなたの写真と BAR SAM の場所が送られてきて、一緒にホテルに入れば10万、最中の写真を撮れれば30万くれるって‥ご‥ごめんなさい」
「お金はどうやって受け取った?会ったのか?」
「会ってない‥写真は携帯で送ったし、お金はポストに入ってたから‥」
「そいつの連絡先は?」

コクンと頷いたケンが、すぐに奥の部屋から携帯を持ってくると、履歴から番号を探し出す。

「‥この番号、だけどもう出ないよ。あの時、一度だけ連絡があって‥写真を使うのは止めてってお願いしたけど、もう手遅れだった。その後は、何度連絡しても繋がらない‥」

ケンから聞いた番号に、すぐに来栖も自分の携帯から掛けてみた。
すぐに『電源が入っていない為‥‥』とアナウンスが流れる。

「クソッ!!」

怒りが湧いてくる。

「‥本当に、ごめんなさい‥」

ケンが再び頭を下げる。

「‥じゃあ、お前はなんでまたあの日 BAR に戻って来たんだ?何を企んでる?」

来栖はイサムの話を聞いて、疑問に思っていた。
あの日、そのまま消えていれば、自分の連絡先も知られずに済んだのに、なぜわざわざ戻ってきたのか、まだ何か企んでいるんじゃないか?

「‥なっ‥何も企んでません!俺‥後悔して、まだ間に合うかもって、あなたに知らせに行こうと思ったんです。でも、BAR に来たあなたの言葉を聞いて、間に合わなかったと‥怖くなって‥すみません」

再び床に頭を擦り付けるケンに、来栖の怒りの気持ちは消えていった。
ケンは、その写真を送ったが、気が咎めて止めようとしてくれたって事なんだろう。
全部が全部、ケンの言葉を信じる事は出来ないが、来栖はこれ以上、ケンを責める気持ちにはならなかった。

「じゃあ、教えてくれ。そいつはどんな奴だった‥?声の感じは?」
「‥声は、若い感じ‥多分、20代じゃないかな‥冷たい男の人の声‥」
「そっか、分かった。ありがとう。‥だけど、もうこんな事するなよ」

来栖は、これ以上の話は聞けないと、玄関を出た。

――やっぱ可愛い子には甘いな‥俺は‥。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

刺されて始まる恋もある

神山おが屑
BL
ストーカーに困るイケメン大学生城田雪人に恋人のフリを頼まれた大学生黒川月兎、そんな雪人とデートの振りして食事に行っていたらストーカーに刺されて病院送り罪悪感からか毎日お見舞いに来る雪人、罪悪感からか毎日大学でも心配してくる雪人、罪悪感からかやたら世話をしてくる雪人、まるで本当の恋人のような距離感に戸惑う月兎そんなふたりの刺されて始まる恋の話。

本気になった幼なじみがメロすぎます!

文月あお
BL
同じマンションに住む年下の幼なじみ・玲央は、イケメンで、生意気だけど根はいいやつだし、とてもモテる。 俺は失恋するたびに「玲央みたいな男に生まれたかったなぁ」なんて思う。 いいなぁ玲央は。きっと俺より経験豊富なんだろうな――と、つい出来心で聞いてしまったんだ。 「やっぱ唇ってさ、やわらけーの?」 その軽率な質問が、俺と玲央の幼なじみライフを、まるっと変えてしまった。 「忘れないでよ、今日のこと」 「唯くんは俺の隣しかだめだから」 「なんで邪魔してたか、わかんねーの?」 俺と玲央は幼なじみで。男同士で。生まれたときからずっと一緒で。 俺の恋の相手は女の子のはずだし、玲央の恋の相手は、もっと素敵な人であるはずなのに。 「素数でも数えてなきゃ、俺はふつーにこうなんだよ、唯くんといたら」 そんな必死な顔で迫ってくんなよ……メロすぎんだろーが……! 【攻め】倉田玲央(高一)×【受け】五十嵐唯(高三)

平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。

しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。 基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。 一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。 それでも宜しければどうぞ。

僕の恋人は、超イケメン!!

BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?

完結|好きから一番遠いはずだった

七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。 しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。 なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。 …はずだった。

イケメン俳優は万年モブ役者の鬼門です

はねビト
BL
演技力には自信があるけれど、地味な役者の羽月眞也は、2年前に共演して以来、大人気イケメン俳優になった東城湊斗に懐かれていた。 自分にはない『華』のある東城に対するコンプレックスを抱えるものの、どうにも東城からのお願いには弱くて……。 ワンコ系年下イケメン俳優×地味顔モブ俳優の芸能人BL。 外伝完結、続編連載中です。

好きな人がカッコ良すぎて俺はそろそろ天に召されるかもしれない

豆ちよこ
BL
男子校に通う棚橋学斗にはとってもとっても気になる人がいた。同じクラスの葛西宏樹。 とにかく目を惹く葛西は超絶カッコいいんだ! 神様のご褒美か、はたまた気紛れかは知らないけど、隣同士の席になっちゃったからもう大変。ついつい気になってチラチラと見てしまう。 そんな学斗に、葛西もどうやら気付いているようで……。 □チャラ王子攻め □天然おとぼけ受け □ほのぼのスクールBL タイトル前に◆◇のマークが付いてるものは、飛ばし読みしても問題ありません。 ◆…葛西視点 ◇…てっちゃん視点 pixivで連載中の私のお気に入りCPを、アルファさんのフォントで読みたくてお引越しさせました。 所々修正と大幅な加筆を加えながら、少しづつ公開していこうと思います。転載…、というより筋書きが同じの、新しいお話になってしまったかも。支部はプロット、こちらが本編と捉えて頂けたら良いかと思います。

染まらない花

煙々茸
BL
――六年前、突然兄弟が増えた。 その中で、四歳年上のあなたに恋をした。 戸籍上では兄だったとしても、 俺の中では赤の他人で、 好きになった人。 かわいくて、綺麗で、優しくて、 その辺にいる女より魅力的に映る。 どんなにライバルがいても、 あなたが他の色に染まることはない。

処理中です...