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12話
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日が暮れると、来栖は着替えマンションを出た。
行く先は決まっていた。
「あら、いらっしゃ~い」
その声に、いつものように片手を上げると、カウンター席に座る。
「‥いつもの頼む」
「は~い」
嬉しそうにイサムが返事をすると、ロックグラスを出し琥珀色の液体を注いでいく。
「はい、どうぞ」
「ああ、ありがとう」
来栖はすぐグラスを口に運ぶ。
顔色が少し悪い気がして、イサムは心配そうな顔をする。
「珍しいわね‥平日の夜に‥やっぱり、何かあったのね?」
「‥お前は、目ざといな‥」
穏やかな口調ではあるが、イサムの眼差しが鋭くて、来栖は目を細め微笑んだ。
「私で良かったら、相談に乗るわよ‥」
「ありがとう。まぁ~大丈夫だよ‥」
イサムの優しさに、来栖は笑いながら答えるが、その姿を見てなおさらイサムは心配になったようだ。
「‥あ~そう言えば、あいつは来てないだろ?あの可愛い子ちゃん‥」
その言葉に、イサムは明らかに動揺していた。
「‥あっ‥あのね、ハルちゃん‥実はね‥」
イサムは、これ以上黙っていることが出来なかった、
あの事が、来栖を苦しめている原因の一つなら、自分がしてあげられることは、すべて話す事。
イサムは、あの日にケンが戻ってきた事を、すべて話した。
「それと‥これ‥」
そう言うと、イサムは一枚のメモ紙を渡してきた。
来栖がそれを開き中を見る。
「‥これって‥」
「一応ね、これ以上、何かあった時の保険として、聞いておいたの。向こうは渋々だったけど‥ふふっ‥」
メモの中には、ケンの住所と携帯番号が書いてあった。
イサムは、ケンの話を聞き、これ以上来栖に近づかないという言葉に、万が一何かあった時の為に、連絡先を聞いていたのだった。
「‥ごめんね。ハルちゃん‥黙ってて‥」
内緒にしていた事を後悔しているイサムは、しょんぼりしていつもより小さく見えた。
「助かった。イサム‥ありがとう」
嬉しそうな来栖に、イサムもホットした顔を浮かべた。
来栖はすぐさま立ち上がると、また来るから、と言い放ち店を出て行った。
外に出ると、来栖はメモ紙に書いてある住所に向かう。ここからは電車2駅くらい離れていた。
まぁ、遠くもないって事だな。
目的地のアパートに到着すると、メモに書いてある302号室のポストを確認する。
そこには、『坂本』と書いてある。
これだけだと、ケンかどうかは分からないが、来栖は3階へ向かうと、インターホンを鳴らした。
簡素なインターホンは、カメラなど付いている物ではなく、暫く待つと、奥からバタバタとドアに近づく音がした。
「‥はい‥あっ!」
カチャリとドアが少し開かれた時、中にいたケンと目が合う。
次の瞬間には、来栖はドアの隙間に足を差し入れ、ドアが閉まらないようにロックしていた。
ガタンとドアを閉めようとしたケンが、来栖の足に気が付き、青ざめた顔をして後退りをする。
強引にドアを開け、来栖は玄関へと入っていく。
「‥俺に話す事があるよな?」
玄関に立ち尽くしている、ケンに来栖のドスの効いた声が聞こえると。
カタカタと目に見えて震えてくる。
「すっ‥‥すみませんでした‥」
震える体が崩れ落ち、ケンは深々と土下座をする。
「はぁ~なんで?そんなに謝るなら、なぜあんな事をした?」
怯えるケンの前に、来栖はしゃがみ込むと、ケンの頭を起した。
「‥うっ‥俺、仕方がなかった‥‥っ‥」
顔を上げたケンは、来栖の顔を見て泣き出した。
大きな瞳に溢れてくる涙を堪えきれず、ポロポロと溢す顔に、来栖は許してはいけないと分かっているのに、許してしまいそうになる自分がいた。
「‥どうして、あんな事をしたのか、話してくれるか?」
先程よりも、柔らかい顔で優しく問いただす来栖に、ケンは手で涙を拭い顔を上げた。
「‥たっ‥頼まれた‥」
「‥誰に?」
「‥分からない‥俺、借金があって‥その返済が厳しくなって、そしたら‥知らない男から連絡があって‥」
「俺をホテルに連れ込めってか?」
「‥あなたの写真と BAR SAM の場所が送られてきて、一緒にホテルに入れば10万、最中の写真を撮れれば30万くれるって‥ご‥ごめんなさい」
「お金はどうやって受け取った?会ったのか?」
「会ってない‥写真は携帯で送ったし、お金はポストに入ってたから‥」
「そいつの連絡先は?」
コクンと頷いたケンが、すぐに奥の部屋から携帯を持ってくると、履歴から番号を探し出す。
「‥この番号、だけどもう出ないよ。あの時、一度だけ連絡があって‥写真を使うのは止めてってお願いしたけど、もう手遅れだった。その後は、何度連絡しても繋がらない‥」
ケンから聞いた番号に、すぐに来栖も自分の携帯から掛けてみた。
すぐに『電源が入っていない為‥‥』とアナウンスが流れる。
「クソッ!!」
怒りが湧いてくる。
「‥本当に、ごめんなさい‥」
ケンが再び頭を下げる。
「‥じゃあ、お前はなんでまたあの日 BAR に戻って来たんだ?何を企んでる?」
来栖はイサムの話を聞いて、疑問に思っていた。
あの日、そのまま消えていれば、自分の連絡先も知られずに済んだのに、なぜわざわざ戻ってきたのか、まだ何か企んでいるんじゃないか?
「‥なっ‥何も企んでません!俺‥後悔して、まだ間に合うかもって、あなたに知らせに行こうと思ったんです。でも、BAR に来たあなたの言葉を聞いて、間に合わなかったと‥怖くなって‥すみません」
再び床に頭を擦り付けるケンに、来栖の怒りの気持ちは消えていった。
ケンは、その写真を送ったが、気が咎めて止めようとしてくれたって事なんだろう。
全部が全部、ケンの言葉を信じる事は出来ないが、来栖はこれ以上、ケンを責める気持ちにはならなかった。
「じゃあ、教えてくれ。そいつはどんな奴だった‥?声の感じは?」
「‥声は、若い感じ‥多分、20代じゃないかな‥冷たい男の人の声‥」
「そっか、分かった。ありがとう。‥だけど、もうこんな事するなよ」
来栖は、これ以上の話は聞けないと、玄関を出た。
――やっぱ可愛い子には甘いな‥俺は‥。
行く先は決まっていた。
「あら、いらっしゃ~い」
その声に、いつものように片手を上げると、カウンター席に座る。
「‥いつもの頼む」
「は~い」
嬉しそうにイサムが返事をすると、ロックグラスを出し琥珀色の液体を注いでいく。
「はい、どうぞ」
「ああ、ありがとう」
来栖はすぐグラスを口に運ぶ。
顔色が少し悪い気がして、イサムは心配そうな顔をする。
「珍しいわね‥平日の夜に‥やっぱり、何かあったのね?」
「‥お前は、目ざといな‥」
穏やかな口調ではあるが、イサムの眼差しが鋭くて、来栖は目を細め微笑んだ。
「私で良かったら、相談に乗るわよ‥」
「ありがとう。まぁ~大丈夫だよ‥」
イサムの優しさに、来栖は笑いながら答えるが、その姿を見てなおさらイサムは心配になったようだ。
「‥あ~そう言えば、あいつは来てないだろ?あの可愛い子ちゃん‥」
その言葉に、イサムは明らかに動揺していた。
「‥あっ‥あのね、ハルちゃん‥実はね‥」
イサムは、これ以上黙っていることが出来なかった、
あの事が、来栖を苦しめている原因の一つなら、自分がしてあげられることは、すべて話す事。
イサムは、あの日にケンが戻ってきた事を、すべて話した。
「それと‥これ‥」
そう言うと、イサムは一枚のメモ紙を渡してきた。
来栖がそれを開き中を見る。
「‥これって‥」
「一応ね、これ以上、何かあった時の保険として、聞いておいたの。向こうは渋々だったけど‥ふふっ‥」
メモの中には、ケンの住所と携帯番号が書いてあった。
イサムは、ケンの話を聞き、これ以上来栖に近づかないという言葉に、万が一何かあった時の為に、連絡先を聞いていたのだった。
「‥ごめんね。ハルちゃん‥黙ってて‥」
内緒にしていた事を後悔しているイサムは、しょんぼりしていつもより小さく見えた。
「助かった。イサム‥ありがとう」
嬉しそうな来栖に、イサムもホットした顔を浮かべた。
来栖はすぐさま立ち上がると、また来るから、と言い放ち店を出て行った。
外に出ると、来栖はメモ紙に書いてある住所に向かう。ここからは電車2駅くらい離れていた。
まぁ、遠くもないって事だな。
目的地のアパートに到着すると、メモに書いてある302号室のポストを確認する。
そこには、『坂本』と書いてある。
これだけだと、ケンかどうかは分からないが、来栖は3階へ向かうと、インターホンを鳴らした。
簡素なインターホンは、カメラなど付いている物ではなく、暫く待つと、奥からバタバタとドアに近づく音がした。
「‥はい‥あっ!」
カチャリとドアが少し開かれた時、中にいたケンと目が合う。
次の瞬間には、来栖はドアの隙間に足を差し入れ、ドアが閉まらないようにロックしていた。
ガタンとドアを閉めようとしたケンが、来栖の足に気が付き、青ざめた顔をして後退りをする。
強引にドアを開け、来栖は玄関へと入っていく。
「‥俺に話す事があるよな?」
玄関に立ち尽くしている、ケンに来栖のドスの効いた声が聞こえると。
カタカタと目に見えて震えてくる。
「すっ‥‥すみませんでした‥」
震える体が崩れ落ち、ケンは深々と土下座をする。
「はぁ~なんで?そんなに謝るなら、なぜあんな事をした?」
怯えるケンの前に、来栖はしゃがみ込むと、ケンの頭を起した。
「‥うっ‥俺、仕方がなかった‥‥っ‥」
顔を上げたケンは、来栖の顔を見て泣き出した。
大きな瞳に溢れてくる涙を堪えきれず、ポロポロと溢す顔に、来栖は許してはいけないと分かっているのに、許してしまいそうになる自分がいた。
「‥どうして、あんな事をしたのか、話してくれるか?」
先程よりも、柔らかい顔で優しく問いただす来栖に、ケンは手で涙を拭い顔を上げた。
「‥たっ‥頼まれた‥」
「‥誰に?」
「‥分からない‥俺、借金があって‥その返済が厳しくなって、そしたら‥知らない男から連絡があって‥」
「俺をホテルに連れ込めってか?」
「‥あなたの写真と BAR SAM の場所が送られてきて、一緒にホテルに入れば10万、最中の写真を撮れれば30万くれるって‥ご‥ごめんなさい」
「お金はどうやって受け取った?会ったのか?」
「会ってない‥写真は携帯で送ったし、お金はポストに入ってたから‥」
「そいつの連絡先は?」
コクンと頷いたケンが、すぐに奥の部屋から携帯を持ってくると、履歴から番号を探し出す。
「‥この番号、だけどもう出ないよ。あの時、一度だけ連絡があって‥写真を使うのは止めてってお願いしたけど、もう手遅れだった。その後は、何度連絡しても繋がらない‥」
ケンから聞いた番号に、すぐに来栖も自分の携帯から掛けてみた。
すぐに『電源が入っていない為‥‥』とアナウンスが流れる。
「クソッ!!」
怒りが湧いてくる。
「‥本当に、ごめんなさい‥」
ケンが再び頭を下げる。
「‥じゃあ、お前はなんでまたあの日 BAR に戻って来たんだ?何を企んでる?」
来栖はイサムの話を聞いて、疑問に思っていた。
あの日、そのまま消えていれば、自分の連絡先も知られずに済んだのに、なぜわざわざ戻ってきたのか、まだ何か企んでいるんじゃないか?
「‥なっ‥何も企んでません!俺‥後悔して、まだ間に合うかもって、あなたに知らせに行こうと思ったんです。でも、BAR に来たあなたの言葉を聞いて、間に合わなかったと‥怖くなって‥すみません」
再び床に頭を擦り付けるケンに、来栖の怒りの気持ちは消えていった。
ケンは、その写真を送ったが、気が咎めて止めようとしてくれたって事なんだろう。
全部が全部、ケンの言葉を信じる事は出来ないが、来栖はこれ以上、ケンを責める気持ちにはならなかった。
「じゃあ、教えてくれ。そいつはどんな奴だった‥?声の感じは?」
「‥声は、若い感じ‥多分、20代じゃないかな‥冷たい男の人の声‥」
「そっか、分かった。ありがとう。‥だけど、もうこんな事するなよ」
来栖は、これ以上の話は聞けないと、玄関を出た。
――やっぱ可愛い子には甘いな‥俺は‥。
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