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38話
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「若奈‥覚えているか?俺が軽井沢で言ったこと‥」
顔を隠しながら虎太郎が小さく頷く。
「俺は、お前が大切で、お前の傍に居たいと言った‥その言葉に1ミリの嘘もない。その感情が何を意味するのか、あの時は分からなかったけど、分かったんだ‥俺、お前がどれだけ大切で愛おしいか。‥若奈、俺はお前が好きだ。お前がどんなに俺を振り払ったとしても、俺の気持ちは変わらない。‥ごめんな。お前がこんなに弱っている時に‥だけど、俺は諦めないと決めたから‥若奈‥一緒に戻ろう‥」
握り締めた手が、居心地悪そうに小さく動く。
隠された顔の表情が見えなくて来栖は不安になる。
「ぼ‥僕は‥戻れません‥」
くぐもった声が静かな病室に響く。
虎太郎の言葉に、来栖はうっすらと笑みを浮かべた。
そう言われる事は、想定内だった。
「大丈夫。そう言われても、俺の気持ちは少しも変わらない。俺はお前が好きだ」
「‥む‥無理です‥」
「うん‥俺の傍に居てくれないか?今度こそ‥俺が守るから」
自分勝手な事を言ってるのは承知していた。
虎太郎が自分をどう思っているのかは分からないけど、来栖は先程の虎太郎の態度で気が付いた。
本当は、戻ってきたいと思っている事を。
それだけで十分だ。
虎太郎の心の隅にある、小さな綻びを見つけて掴めばいい。
そして救い上げる。
必ず。
「来栖主任‥これ以上は、迷惑です」
まだ泣いているのか、声が震えている。
「ごめんな、困らせているのは分かっている。俺は、後悔しているんだ‥あの時、傷付いているお前の手を離すんじゃなかった。もう二度と、俺はお前の手を離さない」
いつの事を言っているのかすぐに分った。
倒れた自分を助けてくれた時、あの時は汰久が怖かった。
だけど、今は‥。
「ごめんなさい‥無理なんです。僕は‥あいつの傍を離れる事は出来ません」
「若奈‥お前が心配している事は‥すべて消えた。だから安心していい‥」
その言葉の答えを、虎太郎は頭の中で考える。
「‥まさか」
虎太郎は顔を隠していた手を下ろし、来栖を凝視する。
赤く染まった瞳が、少し開いた唇が、何か言わんとしている。
「‥ああ、もう何も心配しなくていいから、お前の好きなように生きていいんだ。好きな道を選んで。もう、あいつに脅されることもない」
傷付くことを恐れ、今まで言えなかったことを、やっと今、口にすることが出来た。
「それでも、もう‥遅いんです。僕は‥」
諦めたような悲観したような面持ちで、虎太郎は静かに言った。
「若奈‥お前のその気持ちはなんだ?‥それは愛情なのか?」
息を飲み言葉を詰まらせた虎太郎の様子が、それは違うと認めている。
自分の気持ちなんてとうに分かっていた。愛を囁く汰久の気持ちに、一度も返事が出来ないのは、自分には汰久と同じ気持ちがないと、何度も身体を繋げても、湧いてくる事のない気持ち。
一方的に求められている愛情に、それに答える事の出来ない自分が、申し訳ないと思ってしまう気持ち。
「何度でも言うよ。俺はお前が好きだ。だから、お前の心の底から笑っている顔が見たい」
「‥‥‥」
「今の自分の顔を見たことがあるか?‥若奈。お前は今、本当に好きな人と一緒にいて、幸せだと言えるのか?」
「‥‥‥すみません」
長い沈黙の後のひとこと。
虎太郎は分かっていた、この先、この自分の選択を絶対に後悔する事を‥‥。
「クスクスッ‥お前は相変わらず頑固だな‥」
来栖のこの言葉に、虎太郎は赤く腫れた目で睨むように、来栖を見つめたきた。
「来栖主任こそ、しつこいですよ‥」
落ち着いた声だった。
虎太郎の口角が少し上がり、微笑んでいるようにも見え、来栖は笑った。
「ふふっ‥俺もそう思う‥」
同意しながら来栖は椅子から立ち上がり、虎太郎の頬に再び触れる。
優しく撫でる様に包み込むと、ゆっくりと顔を近づけ唇を重ねた。
温かく柔らかい唇は、虎太郎の胸を熱くさせる。
目の奥がジンと熱を持ち、閉じた瞼がフルフルと震えだす。
来栖の唇が離れると、虎太郎は瞳を開き目の前にある来栖の顔をジッと見つめる。
頬に触れる指先が、虎太郎の唇に触れ、指先から慈しみを感じ、虎太郎は瞳を閉じた。
零れた涙が枕まで落ちると、来栖がその瞳に優しく口づけをする。
「‥苦しめて、ごめんな‥」
耳元で囁く来栖に、手を伸ばし触れたいと思ってしまう自分がいる。
それを必死で我慢するのは、この人はこんな穢れた手で触れてはいけない人だと思っているから。
これ以上、迷惑を掛けたくないと思っているから。
来栖は顔を離し鼻先が触れるくらいの位置で、フワリと微笑んだ。
虎太郎の胸の奥がドキッと波打ち、頬が赤く染まる。
「‥離れて下さい」
精一杯の強がりだった。
「ふふっ‥ごめんごめん‥」
来栖は笑いながら離れると、名残惜しそうに頬に触れた手を引いた。
「もう、帰って下さい」
来栖は、冷たい言葉を掛けられても、へらへらと笑い締まりのない顔をして、虎太郎を見つめていた。
「今日のところは帰るとするか‥ちゃんと寝るんだぞ、先生の言う事をよく聞いて、早く治してくれよな」
明らかに子供扱いされている事に、怒りが湧き出る。
「来栖主任!僕は子供じゃありません!」
「分かったよ。少し元気になったみたいだから、俺は帰るよ。また明日来るからな‥」
来栖はそう言うと、笑いながら病室を出て行った。
顔を隠しながら虎太郎が小さく頷く。
「俺は、お前が大切で、お前の傍に居たいと言った‥その言葉に1ミリの嘘もない。その感情が何を意味するのか、あの時は分からなかったけど、分かったんだ‥俺、お前がどれだけ大切で愛おしいか。‥若奈、俺はお前が好きだ。お前がどんなに俺を振り払ったとしても、俺の気持ちは変わらない。‥ごめんな。お前がこんなに弱っている時に‥だけど、俺は諦めないと決めたから‥若奈‥一緒に戻ろう‥」
握り締めた手が、居心地悪そうに小さく動く。
隠された顔の表情が見えなくて来栖は不安になる。
「ぼ‥僕は‥戻れません‥」
くぐもった声が静かな病室に響く。
虎太郎の言葉に、来栖はうっすらと笑みを浮かべた。
そう言われる事は、想定内だった。
「大丈夫。そう言われても、俺の気持ちは少しも変わらない。俺はお前が好きだ」
「‥む‥無理です‥」
「うん‥俺の傍に居てくれないか?今度こそ‥俺が守るから」
自分勝手な事を言ってるのは承知していた。
虎太郎が自分をどう思っているのかは分からないけど、来栖は先程の虎太郎の態度で気が付いた。
本当は、戻ってきたいと思っている事を。
それだけで十分だ。
虎太郎の心の隅にある、小さな綻びを見つけて掴めばいい。
そして救い上げる。
必ず。
「来栖主任‥これ以上は、迷惑です」
まだ泣いているのか、声が震えている。
「ごめんな、困らせているのは分かっている。俺は、後悔しているんだ‥あの時、傷付いているお前の手を離すんじゃなかった。もう二度と、俺はお前の手を離さない」
いつの事を言っているのかすぐに分った。
倒れた自分を助けてくれた時、あの時は汰久が怖かった。
だけど、今は‥。
「ごめんなさい‥無理なんです。僕は‥あいつの傍を離れる事は出来ません」
「若奈‥お前が心配している事は‥すべて消えた。だから安心していい‥」
その言葉の答えを、虎太郎は頭の中で考える。
「‥まさか」
虎太郎は顔を隠していた手を下ろし、来栖を凝視する。
赤く染まった瞳が、少し開いた唇が、何か言わんとしている。
「‥ああ、もう何も心配しなくていいから、お前の好きなように生きていいんだ。好きな道を選んで。もう、あいつに脅されることもない」
傷付くことを恐れ、今まで言えなかったことを、やっと今、口にすることが出来た。
「それでも、もう‥遅いんです。僕は‥」
諦めたような悲観したような面持ちで、虎太郎は静かに言った。
「若奈‥お前のその気持ちはなんだ?‥それは愛情なのか?」
息を飲み言葉を詰まらせた虎太郎の様子が、それは違うと認めている。
自分の気持ちなんてとうに分かっていた。愛を囁く汰久の気持ちに、一度も返事が出来ないのは、自分には汰久と同じ気持ちがないと、何度も身体を繋げても、湧いてくる事のない気持ち。
一方的に求められている愛情に、それに答える事の出来ない自分が、申し訳ないと思ってしまう気持ち。
「何度でも言うよ。俺はお前が好きだ。だから、お前の心の底から笑っている顔が見たい」
「‥‥‥」
「今の自分の顔を見たことがあるか?‥若奈。お前は今、本当に好きな人と一緒にいて、幸せだと言えるのか?」
「‥‥‥すみません」
長い沈黙の後のひとこと。
虎太郎は分かっていた、この先、この自分の選択を絶対に後悔する事を‥‥。
「クスクスッ‥お前は相変わらず頑固だな‥」
来栖のこの言葉に、虎太郎は赤く腫れた目で睨むように、来栖を見つめたきた。
「来栖主任こそ、しつこいですよ‥」
落ち着いた声だった。
虎太郎の口角が少し上がり、微笑んでいるようにも見え、来栖は笑った。
「ふふっ‥俺もそう思う‥」
同意しながら来栖は椅子から立ち上がり、虎太郎の頬に再び触れる。
優しく撫でる様に包み込むと、ゆっくりと顔を近づけ唇を重ねた。
温かく柔らかい唇は、虎太郎の胸を熱くさせる。
目の奥がジンと熱を持ち、閉じた瞼がフルフルと震えだす。
来栖の唇が離れると、虎太郎は瞳を開き目の前にある来栖の顔をジッと見つめる。
頬に触れる指先が、虎太郎の唇に触れ、指先から慈しみを感じ、虎太郎は瞳を閉じた。
零れた涙が枕まで落ちると、来栖がその瞳に優しく口づけをする。
「‥苦しめて、ごめんな‥」
耳元で囁く来栖に、手を伸ばし触れたいと思ってしまう自分がいる。
それを必死で我慢するのは、この人はこんな穢れた手で触れてはいけない人だと思っているから。
これ以上、迷惑を掛けたくないと思っているから。
来栖は顔を離し鼻先が触れるくらいの位置で、フワリと微笑んだ。
虎太郎の胸の奥がドキッと波打ち、頬が赤く染まる。
「‥離れて下さい」
精一杯の強がりだった。
「ふふっ‥ごめんごめん‥」
来栖は笑いながら離れると、名残惜しそうに頬に触れた手を引いた。
「もう、帰って下さい」
来栖は、冷たい言葉を掛けられても、へらへらと笑い締まりのない顔をして、虎太郎を見つめていた。
「今日のところは帰るとするか‥ちゃんと寝るんだぞ、先生の言う事をよく聞いて、早く治してくれよな」
明らかに子供扱いされている事に、怒りが湧き出る。
「来栖主任!僕は子供じゃありません!」
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来栖はそう言うと、笑いながら病室を出て行った。
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