愛に抗うまで

白樫 猫

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50話

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「‥若奈、今日仕事終わったら、一緒に飯食って帰らないか?」

もうすぐ終業時間というところで、来栖が声を掛けてきたので、虎太郎は笑顔で返事を返した。
最近、仕事終わりで一緒に食事に行くことが増え、少しずつ距離も近づいてきているが、虎太郎はなんだかもどかしい気持ちが込み上げていた。
仕事も終わり、二人で会社を出ると、並んで歩き出す。

「若奈は何が食べたい?‥俺は、和食か中華が良いんだけど‥」
「う~ん、今日は中華の気分です」

いつも来栖は自分に気遣いをしてくれ、選択肢をくれる。
そんな来栖の事が大好きでたまらないが、この気持ちは口に出して良いものなのか分からなかった。
自分が入院してた時、来栖の気持ちは聞いたはずだけど、あの時の自分は答える事が出来なかった。
今更、あの時の答えを自分なんかが口にしても良いのだろうか‥そう思うと、自分の気持ちを飲み込んでしまうのだ。

「よし、じゃあ来々軒にしようか」

たまに一緒に行く街の中華屋は、虎太郎のマンションの近くにあり、見た目は今にも潰れそうな店構えだが、その実、味は最高に旨かった。
今日は、何を食べようか‥そんな話をしながら向かっていた。

他愛のない話を沢山し、来々軒の料理に満足し店を出たところで、来栖の携帯が鳴った。
少し虎太郎を待たせながら、来栖が携帯を出る。
少し離れた場所で待っていた虎太郎に、電話を終えた来栖が来て、申し訳なさそうな顔をする。

「‥ごめん、若奈。ちょっと野暮用で‥これから人に会わないといけなくなった」

なんだか歯切れの悪い言葉に、虎太郎は少し寂しくなった。

「今日は、送ってやれなくて、ごめんな」
「いえ、大丈夫です。‥すぐそこなんで‥じゃあ、僕はここで‥」

マンションはここから5分の距離にあるが、いつも来栖が送ってくれていた。
思った以上に自分がガッカリしているのを感じ、一緒に帰る時間を楽しみにしていたのだと、改めて気付かされていた。
後ろ髪を引かれながら、虎太郎はマンションに向かい歩き出し、来栖は歩き出した虎太郎の背を少し見送ると、逆方向へと足を向け歩き出した。
その時、虎太郎はふと後ろを振り返り、自分に背を向け歩き出している来栖の後姿を見て、無性に寂しさを感じていた。

「‥誰と会うんだろう」

小さく呟いた言葉が、自分の嫉妬心から来るものだと気が付くと、虎太郎は自分の顔が赤くなるのが分かった。

虎太郎は自分のマンションに着くと、スーツを脱ぎ部屋着に着替える。
下着一枚になると、部屋にある鏡に映る自分の姿が見える。
いつも思う。
なんて貧弱な体なんだと、あれから体力は戻ってはきているが、なかなか体型は戻らない。
やせ細った体にガリガリの手足がくっ付いている‥気持ち悪い‥。
素直になりたいと思う自分の気持ちと、かけ離れている身体に引け目を感じる。
こんな体‥来栖の目にはどう映っているのだろうか?そんな事が、すごく気になる。
部屋に上がって行く?と聞いた時もあったが、何度か断られているうちに、もう誘うのが怖くなった。
もう自分は呆れられてしまったのだろうか?そう考えれば楽なんだろうか‥。
部屋着のスェットを着ながら、自問自答していく虎太郎は、出口のない迷路に彷徨った気分になっていた。

「ふぅ~だめだ・・」

自分の脳内に負の連鎖が始まりそうで、虎太郎は息を吐き出し頭を振った。
疲れていたが、なんだか目が冴えてきて、虎太郎は冷蔵庫を開けたところで、何も入っていない事を思い出した。

「あー何もなかったんだ‥」

無いと分かれば無性に酒が飲みたくなる。
虎太郎は、そのまま上にジャンバーを羽織り、財布をポケットに入れると、部屋を出た。
この時間なら、まだ駅前のスーパーも開いてるし、急いで行ってこようと歩き出す。
駅までは徒歩で10分というところ、12月になり気温もグンと下がってきている。
口から出る白い息も身体を取り巻くピンとした冷えた空気も、虎太郎は好きだった。
虎太郎の中に燻っている感情も、綺麗に消える様な気がした。

駅前のスーパーで、酒やら何やら必要な物を買い求め、袋を持った虎太郎が店を出る。
スーパーに来ると、いつもいらない物まで買ってしまうと、反省しながら再び歩き出したところで、ふと駅前のロータリーの隅で、見慣れた後姿を見たような気がして振り返った。

「‥‥えっ?」

その姿は、先程別れた来栖の後姿で、思わす駆け出しそうになったが、来栖の目の前に小柄な男性が居るのが見え、虎太郎は足を止めた。
二人は何か話をしているようで、来栖の目の前の男が泣いているのか、来栖がハンカチを差し出していた。
男はハンカチを受け取ると、それで涙を拭う。
その時にチラリと見えた男の顔は、可愛らしい顔をしていた。

「‥だっ‥誰?」

足がまるで地面に糊付けされた様に、ピタリと動かなくなる。
駆け寄ってどういう事なのか聞いてしまいたい気持ちと、逃げ出したい気持ちが交互に湧き、虎太郎はじっと見つめる事しか出来ない。
すると、来栖の胸に男が飛び込んで、来栖の背に手を回した。
来栖の表情は見えないが、来栖の手がその男の頭に伸びると、優しく髪を撫でていた。
慰めているのだろうか‥そんな姿、見たくはなかったが、虎太郎は目が離せなくなっていた。
次の瞬間には、その男の手が来栖の頬に伸び触れると、男は背伸びをして来栖の唇と自分の唇を重ね合わせた。
その姿に、まるで足元から電流が流れているように、ビクッと体が反応し、虎太郎は身を翻し駆けだしていた。
胸の奥がズキンと痛み、自分でも抑えが効かない感情が溢れ出し、虎太郎は無我夢中で走っていた。


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