愛に抗うまで

白樫 猫

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51話

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駅前のカフェの一角に、来栖は呼び出された相手と座っていた。

「忙しいのに、お呼び立てして‥申し訳ありません」

仰々しく頭を下げる男は、伊藤汰久の指示で自分を騙し、尚且つ、あのマンションに招き入れ、虎太郎のあんな姿を自分に晒させた男、ケンだった。
だいたい、伊藤汰久の事を知らない男だと言っておきながら、あいつと関係を持ってたんじゃないか‥と、訳の分からない怒りもあり、自分が思ってもいない低い声が出る。

「‥話ってなに?」

どうしても会って話がしたい事があると、しつこく電話で言われ、渋々やってきたが、改めて自分を何度も陥れた男が信用ならないと感じていた。
剣呑な態度をしている来栖に対し、ケンは萎縮しており、小さな身体をさらに小さくさせていた。

「俺が、こんな事を聞くのは筋違いだと分かってはいるんですが‥あの後、来栖さんは大丈夫でしたか?」

おずおずと話すケンに、来栖は冷たく言い放つ。

「大丈夫じゃなかったら、あんたが責任取れるのか?‥なんの確認だ?また、俺を騙すつもりなのか?」
「そんな事は‥ありません。あの時は、言われた通りにするしかなかったんです‥すみませんでした」

突き放したような物言いに、ケンの顔が泣きそうに歪む。

「‥ご‥ごめんなさい‥」

何度も謝罪し縮こまっているケンの姿を見て、来栖は大きく溜息を付いた。
そして、表情が少し柔らかくなる。
目の前の男もまた、伊藤汰久の被害者なのだろう‥。

「もう、いいよ‥お前も、いろいろと事情があったんだろうから、これ以上謝らなくてもいいから。それに、もう終わった事だ」

諭されるように優しく言われ、ケンが顔を上げた。

「ありがとうございます‥」

目の前の男は、自分に謝罪をするために呼び出したんだろうか?
そんな事、知らないと放っておけばいいものを‥律儀なんだろうか‥。

「話はこれだけか?‥じゃあな」

来栖が立ちあがると、ケンも一緒に立ち上がり一緒についてくる。
カフェを出ると、遅い時間のせいか人影もまばらになっている。

「来栖さん」

数歩進んだところで、後ろから声を掛けられ足を止め振り返った。
すぐ目の前に、追いかけてきたケンが立ち止まって来栖を見上げていた。

「なんだ?まだ何かあるのか?」
「‥おっ‥俺‥」

何を言わんとしているのか、全く分からないが、ケンの瞳からポロポロと涙が零れ落ち、来栖は驚き、思わずポケットからハンカチを取り出し渡してしまう。
ハンカチを受け取り、それで涙を拭うケンをまじまじと見つめると、その可愛らしい顔は以前と全く変わっていなかったが、もう来栖には何の感情も湧いてこなかった。
涙を拭っていた手がいつの間にか止まり、気が付くとケンが自分に抱き付いていた。

「えっ‥オイッ‥」

驚いた来栖が声を出す。

「ごめんさい。俺、あの時‥あんなに優しく抱いて貰って、嬉しかったんです。なのに写真を渡してしまって、本当に後悔してて‥でも、逆らえなくて‥怖くて‥」

震えている身体を感じる。
きっと、これが本心なんだと来栖はそう感じた。

「‥そっか」

だからと言って許せるはずもないが、それでもこの男が不憫で、来栖はそっとケンの頭を撫でた。
すると、身体を離したケンが来栖の頬を両手で挟み口づけをしてきた。
一瞬の出来事で、来栖は引き剝がすことも忘れ、されるがままになってしまう。
ゆっくりと唇を離したケンは、来栖の驚いた顔を見てニコッと笑った。

「ごめんなさい。俺、来栖さんの事、好きになりそうでした。でも、諦めます。あんな素敵な夜を‥ありがとう」

そう言うと、ケンは踵を返し走り去っていった。
どういう事か全く理解が追い付かず、来栖は呆然としていたが、やがて正気に戻ったのか首を振り、駅へと歩き出した。

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