愛に抗うまで

白樫 猫

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53話

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土曜の朝、早くから目を覚ました来栖は、シャワーを浴び朝食を済ませ身支度を整えていた。
無意識のうちに鼻歌が出てしまうのは、浮かれているせいだと自分でも分かっていた。
昨日、仕事終わりに虎太郎にデートに誘われた。
昨日は朝から微妙な距離感を感じていたため、誘われたことが嬉しくて、すぐにOKの返事をした。
その時の事を思い出していると、ふと玄関を出たところで、来栖は考え込んでしまった。
デート?いや‥虎太郎はデートとは言っていない‥時間ありますか?と聞いてきたのだ。
自分はてっきりデートだと思っていたが、もしかして‥別れを告げられるんじゃないだろうか‥?
そんな考えが頭をよぎり、来栖は玄関先で立ち止まり足が進まなくなった。
デートなのか別れを告げられるのか‥どっちだ?
何故か訳が分からない2択になっている事に、来栖自身まったく気が付いていなかった。


虎太郎は待ち合わせの場所に早目に着いてしまい、そわそわしていた。
結局、来栖とあの男のキスする場面を見て悲しくなったが、自分が来栖を好きな気持ちに一切の変化はなかった。
むしろ、今まであやふやな状態のまま来てしまった事を後悔していた。
昨日の同期とのランチで、改めて自分の気持ちに正直になる事が出来たのだ。
今日、一日デートをして、自分の気持ちを改めて伝えるつもりだった。
待ち合わせは10時だったが、時計を見るとまだ9時30分だった。
虎太郎は駅ビルのショーウィンドウに映った自分の姿を見る。
自分の格好はおかしくないだろうか不安になる。
白のスウェットシャツに黒のブルゾンとグレーのスラックスを履いてきた。
あまりかしこまらずラフな格好にしたが、よく考えてみたら、来栖が普段どういう格好をしているのか知らない。
前回、カフェであった時はデニムにパーカーを着ていた。
そんな事を考えていると、おもむろに背後から声が掛かり、思考が停止した。

「あのー待ち合わせですか?」

振り向くと、目の前に可愛らしい雰囲気の女性が立っていた。

「あっ‥はい」
「れ‥連絡先‥交換しませんか?」

よく見ると、携帯を握り締めている。

「えっと‥なんで?」

初対面で面と向かって声を掛けられる事なんて、今までなかったのでオドオドしてしまう。

「今度、一緒にお茶でもどうですか?」

その言葉を聞いて、ようやくこれがナンパだと気が付いた。

「いえ、結構です」

あっさりと答えるが、相手はなかなか引き下がらなかった。

「じゃあ、一緒に写真撮ってもらえます?」

図々しくそう言ってくる女性に、だんだんと顔が強張るのが分かる。

「ダメです」

よく見ると虎太郎より若そうで、大学生なのかもしれない。
自分に自信がありそうなタイプだ。

「えーどうしてですか?写真くらいいいじゃないですか」

甘えた声を出し、虎太郎の腕を掴みグイグイと引っ張る。

「はっ‥放してください」

掴まれた腕をグイっと引っ張ると、フラッと女性が虎太郎に倒れ込んできた。

「‥キャッ‥」

抱き付く様に虎太郎にしっかり捕まってくる。

「‥ちょっ‥と‥」

ふわっと柔らかい身体が自分の押し付けられるのを感じて、虎太郎はギュッと目を閉じた。
鼻先にくる甘ったるい匂いも、しがみ付いてくる手の感触も違和感でしかなかった。

「オイッ!何してんだ!」

グイっと身体と引っ張られ、虎太郎はようやく目を開けた。
目の前には来栖が、自分の身体を抱き寄せていた。

「ちょっと、何?」

自分から虎太郎を引き剥がされた女性が睨みつけるが、来栖を見て顔色を変えた。

「なんだよ。絡む相手間違ってんじゃねぇーよ」

凄みのある言葉に、女は小さく謝りながら足早に去っていく。
その姿を目で追うと、ようやく虎太郎も力が抜けてきた。
ハッと自分が抱き寄せられている事に気が付き、来栖の顔を見上げると、眉間に皴の寄った険しい顔をしていた。

「す‥すみません‥来栖主任」

怒らせてっしまった‥そう感じ思わず謝ってしまう。

「‥ふぅ~気を付けろよ。お前は居るだけで目立つから‥」

どうしてそんなふうに言うのか分からなかったが、来栖の姿を見て、絶対に目立つのは来栖の方だと確信した。
来栖はダークグレーのチェスターコートを羽織り、黒のハイネックと細身の黒のデニムとブーツを履き、格好良すぎて直視できない。
おそらく自分は今、顔が赤くなっているだろうと感じ、虎太郎は視線を逸らしそっぽを向いた。

「どうした?なんかされたのか?」

そんな様子に心配したのか、来栖が至近距離で顔を覗き込んでくる。

「いえ‥なっ‥何でもないです!みっ‥見ないで下さい!」

恥ずかしさのあまり、顔を手で隠してしまうが、顔が隠れても耳元まで赤く染まっている虎太郎に、来栖はマジマジと眺め愛おしさを噛み締めていた。

――完全に参ってるな‥俺。

来栖は、そう心の中で白旗を上げた。

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