愛に抗うまで

白樫 猫

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54話

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来栖はずっと夢の中にいる気分だった。
朝はあれほど悩んでいたというのに、今日は本当のデートのような雰囲気に酔っていた。
待ち合わせこそ、一波乱あったが、それからは虎太郎が決めていたプラン通りに進んでいく。
事前にプランを考えてきていた事も可愛く、なんならずっと抱き締めて歩きたい気分だった。
待ち合わせの後は水族館へ行き、一緒にイルカショーを見た。
跳ね上がる水飛沫がキラキラと舞い上がっている様子さえも、自分を祝福してるんじゃないかと思うほどだった。
そんな事を考えているせいか、来栖はへらへらとずっと締まりのない顔をしていた。
深海魚のコーナーで薄暗い場所に行った時、すかさず手を握ると、虎太郎が振り払うことなく握り返してくれた事に、心臓が壊れるかと思うくらいドキドキした。
一日ゆっくりと水族館を楽しむと、これもまたプランの一環なのか、お洒落な隠れ家的なフレンチレストランに案内された。

「予約してたのか?」

名前を確認され席に案内されると、来栖が聞いてきた。

「はい、ここ美味しいって聞いたから‥」

今日は一日ずっと虎太郎の計画通りに進んでいる。
それが来栖には、堪らなく嬉しかった。

「ありがとうな‥」

礼を言ってニコリと微笑む来栖の顔を見ると、虎太郎もまた頬を赤らめ微笑む。
あまり馴染みのないメニューから、コースを選び飲み物もコースに合わせてシャンパンをお願いする。
グラスに注がれたシャンパンが届くと、お互いのグラスを触れ合わせ口に含んだ。
視線が絡むだけでも、胸がキュッとなり楽しい食事のひと時を味わう。
デザートが運ばれてくると、虎太郎が急にモジモジと躊躇いがちに口を開いた。

「‥来栖主任‥以前、僕が入院してた時、言ってくれた言葉‥‥あれは‥まだ、有効ですか‥‥?」

何を言うかと思えば、そんな事、当たり前じゃないか‥と言いたいところだが、あれからお互いの気持ちを打ち明ける事無く、過ごしていた日々を思い浮かべ来栖は反省する。
あの時、言った言葉に、何の変化もないし、むしろ気持ちはもっと大きなものになっていた。

「ああ、もちろん。俺は‥お前が好きだよ。これからも、ずっとな‥」

来栖はそう言うと、テーブルの上にある虎太郎の手に、そっと自分の手を重ね合わせた。
柔らかな手が、ビクッと反応するが、その手が逃げる事はなかった。

「僕も‥ずっと来栖主任の隣にいる事が心地よくて‥自分でいれる事が嬉しくて‥まだ、来栖主任が僕の事を好きでいてくれるなら、ずっと‥傍にいたいです‥‥来栖主任‥僕は貴方が大好きです‥」

真っ直ぐに見つめた虎太郎の瞳は、テーブルの上に置いてあるランプの光を映しキラキラと輝いていた。
来栖は重ねた虎太郎の手をそっと持ち上げると、白くどこか幼さも感じる手の甲に、そっと唇を合わせた。

「ずっと‥俺の傍にいてくれ‥虎太郎」

初めて下の名前で呼ばれ、フワリと笑う来栖の顔が、まるで王子様のようで、虎太郎の心臓は爆発しそうに脈打っていた。

「ちょっ‥ちょっと‥ヤバい‥」

そう呟き、思わず胸を押さえた虎太郎に、来栖が心配する。

「大丈夫か?体調が悪いのか?」
「い‥いえ‥来栖主任が‥あまりにも格好良くて‥」

思っても見ない言葉に、来栖は笑い出す。

「クスクスッ‥お前、調子いいな‥クスッ‥」
「ほっ‥本当です。ヤバいですよ‥その笑顔は反則です」

自分の言葉を信じてもらえず、虎太郎は唇を尖らせる。

「‥お前のその顔も‥ある意味反則だ‥」

そう言って、来栖は周りの目も気にせず、虎太郎の頬に優しく触れる。

「‥っ‥」

触れた指先が虎太郎の唇をサラッと通り、離れた指を来栖が赤い舌を出しペロリと舐めた。

「‥しゅ‥主任‥」

この人は、そんな行動や顔がどんなに官能的に見えるのか分かってないのか‥いや分かってやっているのか?
虎太郎は、再び激しく高鳴る胸を押さえ、視線を逸らし、正面では来栖がご機嫌なのか、ずっとクスクスと笑っていた。
デートの最終プランの食事を終えた二人は、店を出て歩き出した。

「今日は、楽しかった。ありがとう、虎太郎」

何度、名前で呼ばれても、気恥ずかしくなる。

「はい、僕も楽しかったです。今日は付き合ってくれて、ありがとうございました」

言葉にして、何だか他人行儀に感じた。
虎太郎は、大きく深呼吸すると、ずっと言いたかった言葉を口にした。

「来栖主任‥今日、主任の家に泊っても良いですか?」

もしかしたら、断られるかもしれない不安を自分の胸の奥に押し込み、口にした言葉だった。
昨日から、いや‥もっと前から考えていたし望んでいた事だった。
来栖が足を止めると、虎太郎の顔をジッと見つめてくる。
来栖もまた悩んでいた、本当にこのまま進んでいいのだろうかと。

「‥いいのか‥?」

決断を虎太郎にゆだねる様で、来栖は気が咎めてしまう。

「‥断らないで下さい‥お願いします」

自分のブルゾンの裾をギュッと握り締め、渇望するほど熱を帯びた瞳を向けられると、来栖はそのまま抱きしめたいと思う欲望を何とか抑え込んだ。

「‥分かった。家においで‥」

熱い眼差しを引き剥がし来栖は虎太郎の手を握ると、そのまま横を通ったタクシーを呼び止め乗り込んだ。
虎太郎は、来栖の手のぬくもりと、自分の胸の鼓動を感じ、熱い息を吐いた。

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