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旦那の名称は、駄犬(命名者はカノア)
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トゥブアン皇国では同性同士の婚姻は珍しくもないが、当初からその気がなかったカノアにとって二歳の年下は友人というよりは舎弟感覚で、最初はカノアが好む大型犬を擬人化したような青年から懐かれるというのは悪くない気分ではあったが、それは完全にカノアの懐に飛び込むための演技。
のちに婚姻の儀で互いの指に永遠の愛を誓い合いながら嵌めた指輪の相手の本性は、周囲にとっては狂犬、カノアにとっては駄犬のようなものだった。
その駄犬であるエーヴンは所属する騎士団が異なるというのに、偶然にもカノアを見つけ、アプローチをはじめたのが、エーヴンの当時の年齢で二十歳。
武官、文官ともに十七歳で正式な騎士として採用されるので、この年ごろはまだ若造呼ばわりが多いが、それでも体躯はすでにカノアより勝っていた。
精悍な顔つきには鋭さがあって、あと数年もすれば男盛りの色気も出てくるだろう、その雰囲気が有望だった。
髪質も黒髪のふわりとした、演技をすればしっぽを盛大に振る大型犬にも見えるそのエーヴンの頭をカノアはよく撫でてやったが、恋愛対象になるかと問われれば、当然論外だった。
――結婚するならきっと女性で、同年代だろうな。
などとカノアは漠然と予測を立てていたが、カノアには無自覚なところがあって、じつは異性には紳士的に振舞う一方で同性の年上に弱かった。
甘えとはちがうが、同輩といるときよりも何となく気が緩み、カノアにその気がある年上はさらにその気になってしまい、しかもカノアは適齢期だったので、カノアの周囲はそんな年上たちで固められていた。
――それを見抜いて焦ったのが、年下で圏外のエーヴン。
もとより態度はやや乱暴の気丈で、「わふわふ」と舌をはっはしながらしっぽを盛大に振る大型犬はあっという間に化けの皮を剝がし、無理やり身体を繋いでカノアに婚姻を迫ってきたのだ。
これにはさすがのカノアも驚愕した。驚愕どころではない。
気がついたら乱暴に唇を塞がれていて、部屋に連れ込まれていた。
冗談ではないッ、と逃げようとしたが、海軍騎士のカノアの身体をエーヴンはあっさりとベッドにめがけて投げ込んだのだ。
当然カノアは散々に嫌がり、殴り、蹴りもした。
だが「愛している」の口撃は止まらず、エーヴンはまったく怯まない。
会えばかならず強姦される、そして狂犬とは裏腹に一途な愛を口にされ、受け入れ難かったカノアは当初鬱状態にまで追い込まれたこともある。
それはエーヴンを理解するに至るまで、二年もつづいた。
いまでこそ、それが不器用な愛情の示し方だったと狂犬の本性を暴いたから許せるが、当時の自分の苦痛を思うとカノアはいつも苦笑してしまう。
――ほんとう、よくまぁ、あの駄犬と結婚する気になったもんだ。
□ □
『この駄犬が! お前は八月騎士団の武官騎士なんだから、家を建てるのなら通いやすい皇都の範囲内に建てるべきだろうか!』
カノアとエーヴン。
互いに愛し合うようになり、婚姻を視野に入れたときにはすでに互いの指には永遠の愛を誓う指輪が光っているほど事は進んだが、如何せん、互いが所属する騎士団の所属地が離れているため、別居生活も最初から覚悟の上だったが、
『俺は騎馬隊の騎士だ。家が所属地から離れていたって、馬を走らせれば通える。俺の日常の時間を考えるくらいなら、カノアが帰ってきやすい位置に家を建てるべきだろうが』
『それじゃあ、お前の日ごろに支障が出るだろう!』
と、婚姻後は基本的にふたりの愛の巣となる建てた家で生活をするエーヴンに対し、日ごろは別居中、長めの休暇を取るたびに帰るスタイルとなるカノアはこの意見に反対。
互いに互いの日ごろの生活、所属する騎士団の位置を測り、カノアはエーヴンが八月騎士団に通いやすい、トゥブアン皇国での首都となる皇都近辺に建てるべきだと主張し、エーヴンは離れた軍港から数日かけて帰宅するカノアの負担を軽減したく、カノアが帰りやすい位置に家を建てるべきだと言って、持ち前の性格もあってまったく譲らない。
しまいには白熱して、早々に互いの胸倉を掴んだこともある。
『いいか、エーヴン。俺は海軍騎士としてこのトゥブアン皇国を護っている。その俺の帰る場所をお前が護るんだから、しっかり生活できる場所に家を建てろ!』
『ふん、ずいぶんと時代錯誤な物言いだな。俺はどこにいたってカノアが帰ってくる家ぐらい護れる』
『飯もろくに作れないやつが、偉そうなこと言うな』
『飯ぐらい、カノアが帰るころには作れるようになっている。朝昼晩、好きなものを好きなだけ作ってやる』
『そういうことは、まずバランスの取れた夕飯を作れるようになってから大口叩け!』
などと、傍から聞けばただの痴話喧嘩だが、家を建てる当人たちにはほぼ一生の問題につながる。
人を時代錯誤と言ってくれたが、エーヴンの頑迷固陋に近いところもなかなか古老じみたところがあるのだ。
無論、カノアを優先に考えてくれるのは嬉しいが、先見はどうしてもカノアに分がある。
恋人同士の時間――、それをほぼすっ飛ばして夫婦をはじめようとしている。
大型犬は正しく躾しなければ、とことん駄犬になるだけ。
カノアは気丈のエーヴンを黙らせるのに相当骨を折った。
『――じゃあ、交換条件だ』
それまで恐ろしいくらいに湧いた怒気をこちらから投げ捨てるように、カノアはやや乱暴なため息を吐き出して、
『エーヴン、お前は俺の言うことを聞け』
『嫌だね』
『そのかわり、俺が休暇で帰ってきたところで夫婦として一緒にいられる時間は限られているんだ。俺が家にいるかぎり、俺のことはお前の好きにしていい』
『――は?』
カノアは最初、「最初からとんでもない切り札」を出すつもりはなかった。
徐々に駄犬を躾けるための「最終手段」として口にするつもりだった。
手順をやや踏み倒したせいで、さすがのエーヴンも一瞬呆気に取られたが、カノアはとりあえずつづける。
『わかりやすく言うと、俺が休暇で戻ってきても、お前とはすれちがいの日々で終わることもあるだろう。何というか、その……一緒にいられる時間を確保するのも難しいが、それでも夫婦になると決めたんだ』
だが、ふたりでいられる時間に支障が出れば、夫婦生活にとってもっとも重要な面が疎かになることもまた予想は容易い。
『だから、何というか……俺は夫婦の時間も大切にしたいと思うわけで』
『――へぇ?』
最初は「切り札」「最終手段」を名案として提示するつもりでいたのだが、説明をしていくうちにまるで自分が欲求不満のように思えてきて、カノアはようやくその名案そのものが棄却に値すると察してきたが、――時はすでに遅し。
先ほどからカノアが何を回りくどく言おうとしているのか、何となく勘づいたエーヴンがにやりと笑い、テーブルに頬杖をついてこちらを見やってくる。
『で――? カノアは楽しみにしている夫婦の時間をどうしたいって?』
『な……ッ、べつに楽しみにしているわけじゃないぞッ、自惚れるな、駄犬! 俺はただ、その……』
――ああ、しくじったかも。
――ひょっとして俺は、墓穴を掘ったんじゃ……。
そうは思うものの、もう後には引き返せない。
カノアはまるで本心を尋問させられるように、自分が口にした名案を語らざるを得なくなった。あくまでも駄犬に対しては主導権を握っておきたかったのに、何かが瓦解してしまう。
カノアは徐々に頬を染めながらそっぽを向く。
さすがに面と向かって言うには不向きであると自覚があったが、
『わかりやすく言うと……その、だな。例えば俺が寝ていようと、お前がそういう気なら好きに抱いてもいいと、そういうわけで……』
『つまり、俺に愛しい奥さん公認の強姦魔になれ、と』
『そうは言っていないだろッ?』
端的な結論を言えば近い表現でもあるが、さすがにその物言いはカノアの矜持に障る。
『お前は俺と婚姻を交わすんだ。その相手に何をされたって、俺は強姦魔だなんて思わないし……』
――そもそも、ここに至るまで散々強姦してきたのはお前のほうだろうが!
カノアは思わず口にしかけたが、言ったら最後、話し合いのつづきはベッドのなかで濃密に脚を絡ませ合いながら……になってしまう。
そう――。
同性と婚姻を誓い合うわけだから、当然、夫婦生活のなかでもっとも「それ」が明確化されるのは夫婦としての性行為で、トゥブアン皇国には同性婚姻者に対してのちょっとした隠語があって、「夜旦那」と「夜妻」という言葉がある。
文字で見てもそれは明らかで、カノアは年下の同性であるエーヴンと夜の行為を――実際は、昼夜も関係ないのだが――行う際には、いわゆる「夜妻」……抱かれる立場となる。
もともとカノアは海軍騎士が古くから持つ高潔なる魂の典型的なタイプで、女性とさえそれまで行為が成されなかった。
――それをするのは正しく婚姻を交わしてから。
じつは先ほど指摘された時代錯誤の面があるので、性行為はエーヴンに強姦されたときがはじめてで、その流れで「夜妻」の立場を確定されたし、カノアには抱かれることで華が咲く素質もあった。
それこそ最初は冗談ではないと歯噛みして否定していたが、いまではすっかりこの駄犬なしでは生きていけない身体へと変えられている。
それに結論から言えば、惚れ込んでしまった以上、カノアだって男だ。
愛する者とは時間の許すかぎり素肌で抱き合って、濃密に腰を揺らしながら愛し合いたい。
それを直截的に言うのが嫌だから遠回しに言おうと思っていたのに……どうも盤面での駒の差し位置を盛大に間違えたらしい。
カノアはそれでも回りくどく言おうと思ったが、さっさと察したエーヴンの視線に追い込まれてうまく言い逃れができなかった。
『なるほど。俺の好きにしていいって、そういう解釈でまちがいないんだな?』
あえて揶揄いを存分に含ませながら念を押してくるエーヴンに、カノアもカッとなってしまう。
『見くびるな、駄犬ッ。俺は海軍騎士だ! 一度口にしたことを曲げることはしない。お前が俺の言うことを聞くのなら、お前もそれなりのものを差し出す』
『はッ、見上げた根性だな。言ったからにはカノアがしてほしいことは全部してやるからな』
『……お前、いま自分の都合で解釈をわざと捻じ曲げているだろ?』
頬杖をつきながら「くっくっ」と面白そうに笑うエーヴンに、カノアは早くも額を押さえてしまった。
――ああ、俺、いま完全に主導権を渡してしまった……。
□ □
そうやってカノアとエーヴンは「自分たち」だけの家をカノアの意見を優先に取り入れた場所に建て、二歳年下の「夜旦那」であるエーヴンがそこを基軸に住まい、美しく、ときには勇猛でありながら妖艶な「夜妻」となるカノアが海軍騎士として日ごろは所属する軍港に住まい、休暇のたびにエーヴンが待つ家に帰る、そんな別居生活を送っていた。
最初の一年はなかなか互いの休暇が噛み合わず、二年目は不幸にもふたりが暮らすトゥブアン皇国に災厄が訪れた。敵国の軍船団が現れたのだ!
七月騎士団に所属するカノアは全軍上げて阻止せんと海戦に向けて出撃し、家に帰るどころではなかった。
そしてそれも乗り越えて、
――ふたりの結婚生活も早いもので、もう三年目。
相変わらずふたり揃って家にいる時間はほとんどなかったが、それでも会えば互いを貪るようにして抱き合い、カノアはその身体を淫らに晒した。
「俺、もう二十七なのに……」
家にいれば昼夜問わずエーヴンに身体を貪られて、それを悦んでしまうなんて……。
それを許して結婚生活をはじめたのはカノアのほうだが、まさかほんとうにひとり先に寝ていても、気がつけばいつの間にか帰ってきたエーヴンをすでに咥えこんでいるかたちとなって、カノアは寝ても覚めても激しく腰を振らざるを得ない状況になっていた。
ようやく行為が終わったあと、カノアはかならずと言ってエーヴンの頭をぞんざいに叩きはしたが、その時間でさえカノアには愛しかった。
「この、駄犬が!」
悪態づいても、カノアは最終的に、
「エーヴン……、愛している」
と言って駄犬を抱きしめて、おなじ想いでカノアもまたエーヴンに抱きしめられるのだった。
のちに婚姻の儀で互いの指に永遠の愛を誓い合いながら嵌めた指輪の相手の本性は、周囲にとっては狂犬、カノアにとっては駄犬のようなものだった。
その駄犬であるエーヴンは所属する騎士団が異なるというのに、偶然にもカノアを見つけ、アプローチをはじめたのが、エーヴンの当時の年齢で二十歳。
武官、文官ともに十七歳で正式な騎士として採用されるので、この年ごろはまだ若造呼ばわりが多いが、それでも体躯はすでにカノアより勝っていた。
精悍な顔つきには鋭さがあって、あと数年もすれば男盛りの色気も出てくるだろう、その雰囲気が有望だった。
髪質も黒髪のふわりとした、演技をすればしっぽを盛大に振る大型犬にも見えるそのエーヴンの頭をカノアはよく撫でてやったが、恋愛対象になるかと問われれば、当然論外だった。
――結婚するならきっと女性で、同年代だろうな。
などとカノアは漠然と予測を立てていたが、カノアには無自覚なところがあって、じつは異性には紳士的に振舞う一方で同性の年上に弱かった。
甘えとはちがうが、同輩といるときよりも何となく気が緩み、カノアにその気がある年上はさらにその気になってしまい、しかもカノアは適齢期だったので、カノアの周囲はそんな年上たちで固められていた。
――それを見抜いて焦ったのが、年下で圏外のエーヴン。
もとより態度はやや乱暴の気丈で、「わふわふ」と舌をはっはしながらしっぽを盛大に振る大型犬はあっという間に化けの皮を剝がし、無理やり身体を繋いでカノアに婚姻を迫ってきたのだ。
これにはさすがのカノアも驚愕した。驚愕どころではない。
気がついたら乱暴に唇を塞がれていて、部屋に連れ込まれていた。
冗談ではないッ、と逃げようとしたが、海軍騎士のカノアの身体をエーヴンはあっさりとベッドにめがけて投げ込んだのだ。
当然カノアは散々に嫌がり、殴り、蹴りもした。
だが「愛している」の口撃は止まらず、エーヴンはまったく怯まない。
会えばかならず強姦される、そして狂犬とは裏腹に一途な愛を口にされ、受け入れ難かったカノアは当初鬱状態にまで追い込まれたこともある。
それはエーヴンを理解するに至るまで、二年もつづいた。
いまでこそ、それが不器用な愛情の示し方だったと狂犬の本性を暴いたから許せるが、当時の自分の苦痛を思うとカノアはいつも苦笑してしまう。
――ほんとう、よくまぁ、あの駄犬と結婚する気になったもんだ。
□ □
『この駄犬が! お前は八月騎士団の武官騎士なんだから、家を建てるのなら通いやすい皇都の範囲内に建てるべきだろうか!』
カノアとエーヴン。
互いに愛し合うようになり、婚姻を視野に入れたときにはすでに互いの指には永遠の愛を誓う指輪が光っているほど事は進んだが、如何せん、互いが所属する騎士団の所属地が離れているため、別居生活も最初から覚悟の上だったが、
『俺は騎馬隊の騎士だ。家が所属地から離れていたって、馬を走らせれば通える。俺の日常の時間を考えるくらいなら、カノアが帰ってきやすい位置に家を建てるべきだろうが』
『それじゃあ、お前の日ごろに支障が出るだろう!』
と、婚姻後は基本的にふたりの愛の巣となる建てた家で生活をするエーヴンに対し、日ごろは別居中、長めの休暇を取るたびに帰るスタイルとなるカノアはこの意見に反対。
互いに互いの日ごろの生活、所属する騎士団の位置を測り、カノアはエーヴンが八月騎士団に通いやすい、トゥブアン皇国での首都となる皇都近辺に建てるべきだと主張し、エーヴンは離れた軍港から数日かけて帰宅するカノアの負担を軽減したく、カノアが帰りやすい位置に家を建てるべきだと言って、持ち前の性格もあってまったく譲らない。
しまいには白熱して、早々に互いの胸倉を掴んだこともある。
『いいか、エーヴン。俺は海軍騎士としてこのトゥブアン皇国を護っている。その俺の帰る場所をお前が護るんだから、しっかり生活できる場所に家を建てろ!』
『ふん、ずいぶんと時代錯誤な物言いだな。俺はどこにいたってカノアが帰ってくる家ぐらい護れる』
『飯もろくに作れないやつが、偉そうなこと言うな』
『飯ぐらい、カノアが帰るころには作れるようになっている。朝昼晩、好きなものを好きなだけ作ってやる』
『そういうことは、まずバランスの取れた夕飯を作れるようになってから大口叩け!』
などと、傍から聞けばただの痴話喧嘩だが、家を建てる当人たちにはほぼ一生の問題につながる。
人を時代錯誤と言ってくれたが、エーヴンの頑迷固陋に近いところもなかなか古老じみたところがあるのだ。
無論、カノアを優先に考えてくれるのは嬉しいが、先見はどうしてもカノアに分がある。
恋人同士の時間――、それをほぼすっ飛ばして夫婦をはじめようとしている。
大型犬は正しく躾しなければ、とことん駄犬になるだけ。
カノアは気丈のエーヴンを黙らせるのに相当骨を折った。
『――じゃあ、交換条件だ』
それまで恐ろしいくらいに湧いた怒気をこちらから投げ捨てるように、カノアはやや乱暴なため息を吐き出して、
『エーヴン、お前は俺の言うことを聞け』
『嫌だね』
『そのかわり、俺が休暇で帰ってきたところで夫婦として一緒にいられる時間は限られているんだ。俺が家にいるかぎり、俺のことはお前の好きにしていい』
『――は?』
カノアは最初、「最初からとんでもない切り札」を出すつもりはなかった。
徐々に駄犬を躾けるための「最終手段」として口にするつもりだった。
手順をやや踏み倒したせいで、さすがのエーヴンも一瞬呆気に取られたが、カノアはとりあえずつづける。
『わかりやすく言うと、俺が休暇で戻ってきても、お前とはすれちがいの日々で終わることもあるだろう。何というか、その……一緒にいられる時間を確保するのも難しいが、それでも夫婦になると決めたんだ』
だが、ふたりでいられる時間に支障が出れば、夫婦生活にとってもっとも重要な面が疎かになることもまた予想は容易い。
『だから、何というか……俺は夫婦の時間も大切にしたいと思うわけで』
『――へぇ?』
最初は「切り札」「最終手段」を名案として提示するつもりでいたのだが、説明をしていくうちにまるで自分が欲求不満のように思えてきて、カノアはようやくその名案そのものが棄却に値すると察してきたが、――時はすでに遅し。
先ほどからカノアが何を回りくどく言おうとしているのか、何となく勘づいたエーヴンがにやりと笑い、テーブルに頬杖をついてこちらを見やってくる。
『で――? カノアは楽しみにしている夫婦の時間をどうしたいって?』
『な……ッ、べつに楽しみにしているわけじゃないぞッ、自惚れるな、駄犬! 俺はただ、その……』
――ああ、しくじったかも。
――ひょっとして俺は、墓穴を掘ったんじゃ……。
そうは思うものの、もう後には引き返せない。
カノアはまるで本心を尋問させられるように、自分が口にした名案を語らざるを得なくなった。あくまでも駄犬に対しては主導権を握っておきたかったのに、何かが瓦解してしまう。
カノアは徐々に頬を染めながらそっぽを向く。
さすがに面と向かって言うには不向きであると自覚があったが、
『わかりやすく言うと……その、だな。例えば俺が寝ていようと、お前がそういう気なら好きに抱いてもいいと、そういうわけで……』
『つまり、俺に愛しい奥さん公認の強姦魔になれ、と』
『そうは言っていないだろッ?』
端的な結論を言えば近い表現でもあるが、さすがにその物言いはカノアの矜持に障る。
『お前は俺と婚姻を交わすんだ。その相手に何をされたって、俺は強姦魔だなんて思わないし……』
――そもそも、ここに至るまで散々強姦してきたのはお前のほうだろうが!
カノアは思わず口にしかけたが、言ったら最後、話し合いのつづきはベッドのなかで濃密に脚を絡ませ合いながら……になってしまう。
そう――。
同性と婚姻を誓い合うわけだから、当然、夫婦生活のなかでもっとも「それ」が明確化されるのは夫婦としての性行為で、トゥブアン皇国には同性婚姻者に対してのちょっとした隠語があって、「夜旦那」と「夜妻」という言葉がある。
文字で見てもそれは明らかで、カノアは年下の同性であるエーヴンと夜の行為を――実際は、昼夜も関係ないのだが――行う際には、いわゆる「夜妻」……抱かれる立場となる。
もともとカノアは海軍騎士が古くから持つ高潔なる魂の典型的なタイプで、女性とさえそれまで行為が成されなかった。
――それをするのは正しく婚姻を交わしてから。
じつは先ほど指摘された時代錯誤の面があるので、性行為はエーヴンに強姦されたときがはじめてで、その流れで「夜妻」の立場を確定されたし、カノアには抱かれることで華が咲く素質もあった。
それこそ最初は冗談ではないと歯噛みして否定していたが、いまではすっかりこの駄犬なしでは生きていけない身体へと変えられている。
それに結論から言えば、惚れ込んでしまった以上、カノアだって男だ。
愛する者とは時間の許すかぎり素肌で抱き合って、濃密に腰を揺らしながら愛し合いたい。
それを直截的に言うのが嫌だから遠回しに言おうと思っていたのに……どうも盤面での駒の差し位置を盛大に間違えたらしい。
カノアはそれでも回りくどく言おうと思ったが、さっさと察したエーヴンの視線に追い込まれてうまく言い逃れができなかった。
『なるほど。俺の好きにしていいって、そういう解釈でまちがいないんだな?』
あえて揶揄いを存分に含ませながら念を押してくるエーヴンに、カノアもカッとなってしまう。
『見くびるな、駄犬ッ。俺は海軍騎士だ! 一度口にしたことを曲げることはしない。お前が俺の言うことを聞くのなら、お前もそれなりのものを差し出す』
『はッ、見上げた根性だな。言ったからにはカノアがしてほしいことは全部してやるからな』
『……お前、いま自分の都合で解釈をわざと捻じ曲げているだろ?』
頬杖をつきながら「くっくっ」と面白そうに笑うエーヴンに、カノアは早くも額を押さえてしまった。
――ああ、俺、いま完全に主導権を渡してしまった……。
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そうやってカノアとエーヴンは「自分たち」だけの家をカノアの意見を優先に取り入れた場所に建て、二歳年下の「夜旦那」であるエーヴンがそこを基軸に住まい、美しく、ときには勇猛でありながら妖艶な「夜妻」となるカノアが海軍騎士として日ごろは所属する軍港に住まい、休暇のたびにエーヴンが待つ家に帰る、そんな別居生活を送っていた。
最初の一年はなかなか互いの休暇が噛み合わず、二年目は不幸にもふたりが暮らすトゥブアン皇国に災厄が訪れた。敵国の軍船団が現れたのだ!
七月騎士団に所属するカノアは全軍上げて阻止せんと海戦に向けて出撃し、家に帰るどころではなかった。
そしてそれも乗り越えて、
――ふたりの結婚生活も早いもので、もう三年目。
相変わらずふたり揃って家にいる時間はほとんどなかったが、それでも会えば互いを貪るようにして抱き合い、カノアはその身体を淫らに晒した。
「俺、もう二十七なのに……」
家にいれば昼夜問わずエーヴンに身体を貪られて、それを悦んでしまうなんて……。
それを許して結婚生活をはじめたのはカノアのほうだが、まさかほんとうにひとり先に寝ていても、気がつけばいつの間にか帰ってきたエーヴンをすでに咥えこんでいるかたちとなって、カノアは寝ても覚めても激しく腰を振らざるを得ない状況になっていた。
ようやく行為が終わったあと、カノアはかならずと言ってエーヴンの頭をぞんざいに叩きはしたが、その時間でさえカノアには愛しかった。
「この、駄犬が!」
悪態づいても、カノアは最終的に、
「エーヴン……、愛している」
と言って駄犬を抱きしめて、おなじ想いでカノアもまたエーヴンに抱きしめられるのだった。
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