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終ノ段
伊織、播磨を離れる夕を見送り、宮本家はまた常の如き日々が来る事。
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……何刻か後、伊織の足が明石にさしかかった頃、街道で待ち受けるように一里塚の前でしゃがんでいた女性がいた。
「伊織さま」
ゆうだった。
伊織はゆうをなんと呼んでいいのか、迷った。
父の娘であるというのなら姉上というべきだろうが、どうしてかそういいたくなかった。
旅装束に野太刀を抱え、肱に風呂敷包みをぶら下げている。
伊織は頷いた。
「明石をでられますか」
「はい」
ゆうは微笑み、頷いた。
最初に出会ったときと同じようでいて、違っていた。何か楽になった、そんな気分が伝わっているようだった。彼女の仕事は全て終わったのだから、気が楽になっていて当然だろうが。
宮本家にこのまま逗留なされてもいいのですよ――という言葉を伊織は口に出せなかった。
仇討ちとやってきた娘を、そのまま留めるというわけにはいかない。
どのようにして、事情を語らねばならない日はくるだろう。だが、どういう説明をするべきか。武蔵の娘として、宮本家に改めて幼女として迎えるべきか、あるいは、あるいは、それとも。
伊織は首を振った。
どう考えても、無理だった。
そして、ゆうはここにこうしている。
その意志を翻すのは、もうできない。
ただ。
「ゆう殿は、明石から去って何処へいかれるのですか?」
とは、聞いた。
聞くべきではないことだとも思ったが、ゆうは静かに頷き。
「とりあえず九州の養家の先に。夫の菩提を弔います」
「夫――」
「はい」
どうしてか言葉を失ってしまった伊織に、またゆうは微笑んだ。
「その後は、私もまた修行を積みなおします」
「修行?」
「兵法修行を――今回は、いろいろと感得するところがありましたゆえに」
伊織はどういっていいのか解らず、視線を下げた。
このまま明石にとどまってほしいと素直に口にしたかったが、それは多分やんわりと拒否されると思った。では、他にどうすればいいのかまるで解らなかった。
ゆうは黙り込んだ伊織へと歩み寄ると、風呂敷包みへと手を突っ込み、中身のひとつをとりだすと、伊織の手へと握らせた。
「――柿?」
「餞別にいただきました」
ゆうはそのまま手を離し、後ろも見ずに歩き出し、やがて。
「それでは、またいつか」
そう会釈して、立ち去った。
伊織はその姿が見えなくなるまで立ち尽くしていたが、やがて手の中の柿をおもむろに口元によせ、かぶりつく。
「渋い」
そう言って、空を見上げた。
嫌になるほど、空は青かった。
◆ ◆ ◆
その後の彼らについて、知られている範囲のことだが述べる。
宮本伊織はその後、小笠原家の筆頭家老となった。
しかし、彼は兵法の類は学ばなかったらしい。
宮本家由緒書によると「宮本伊織は武蔵に兵法を学ばなかった」とあり、武蔵の死後、自分の元に遺品を届けられた時も、「自分は兵法を継がなかった」と述べて、それらを送り返している。
だが、『鵜の真似』によると、伊織は肥後にて腕の立つという篭り者に一人で向かい、平然とした態度でたちまちのうちに説得してしまったという。相当に肝が据わった大物のようだ。他にも伊織の先見の明、心配り、眼力の鋭さを示す逸話が多く伝わっている。
それらは事実であるかはともかく、史実では伊織は島原の乱にも参戦し、部隊を率いて大活躍をした。最終的に四千五百石の筆頭家老となった。他の名門の同僚を差し押さえてのことである。彼がどれだけ寵愛されたかが解る。
死ぬ前に二千五百石を小笠原家に返したが、宮本家は幕末まで家老職を務めて小笠原家に仕えた。
宮本三木之助も本多家に仕えた。
こちらは家老職などにはつかなかったが、堅実に働いていたらしい。
その後、彼の子孫は本多家を出奔して子孫の行方はしれなくなるのだが、宮本家は少なくとも武蔵が死んだ頃までは二つあり、それなりに栄えていたこととなる。
津田小次郎と、ゆうのその後については、よく解らない。
小次郎は恐らく一介の剣客として終わっただろうし、ゆうに限らず、この時代の女性がどういう風に生きて死んだのかということについては記録がないのが当たり前である。
巌流島の決闘は小倉碑文に書かれた記述があってこそ後世に残ったのだが、それがなければ忘れ去られていただろう。
碑文を書き残した伊織も、その頃は漠然としてしまった記憶を元に書いたので、内容はかなりいい加減になものになってしまっていた。
この記述を元に多くの伝承が生まれ、小次郎の名前がいつしか混じりこんだことからして、あるいは小次郎は九州あたりで武蔵にまた挑んだのかもしれない。筑前の二天一流の兵法大祖武州玄信公傳來に、小次郎の名前が最初に出てくる。
さらに後年の二天記では巌流島の決闘が武蔵二十九歳の頃としてい、補項として小次郎は若者であったということを記している。
そして、この二人に関係しているのかどうかはわからないが、奇妙な伝説が九州の尾谷にある。
ここの円明寺という尼寺に、寛永年間に「佐々木小次郎」がやってきたというのだ。
ここで修行をして、燕返しの秘剣を編み出したのちに去っていったという。
「佐々木」の姓名は後世の歌舞伎などの演劇から出たとされているが、当時の演劇は実在の人物を架空のものに変えていることから、「佐々木巌龍」「佐々木岩柳」として描かれることから考えても、その姓は少なくとも伝承されていた小次郎の名前とは違っていただろうことは間違いない。
この「佐々木小次郎」は後に肥前の二天一流関係者の書いた二天記に混入されたことによって、後の資料に大きく影響を与えることになった。いずれ架空の「佐々木小次郎」であるのだから、何処でどういう伝説が生じていようともむしろ驚くべきことではないのかもしれない。
だが、この伝説の奇妙なところは、小次郎のいた年代を寛永年間と特定していることにある。
寛永年間というのは、幾つか説のある巌流島の決闘の日付の、どれにも合っていない。
後に誰かが作ったにしても、巌流島の決闘の日付は武蔵が戦いをやめたという三十になる前と想定しただろう。
あるいは、もしかしたら、この伝説にも幾許かの真実が混じっていたのかもしれない。元になる伝承があり、それに後世の物語が混じりこみ、今のような形になってしまったのかもしれない。いずれにせよ、この話が正確にいつ頃できたのかも今となっては解らないし、ここで修行していたと言う「佐々木小次郎」がどうなったのかということについても、やはり解らない。
ただ、この尾谷には彼が植えていったという柿の木が、随分と後年まで残っていた。
この柿は、小次郎が播磨から持ち帰ったものだという。
そして、新免武蔵は……、
◆ ◆ ◆
「ただいま戻った」
と伊織がいうと、たつぞうが出迎えた。
足を洗うためのたらいが用意され、伊織は土間でわらじを解いていたが、やがて奥の方から声が聞こえた。
《熊野》を舞う彼の父、新免武蔵の謡う声である。
顔をしかめた伊織は、たつぞうに聞いた。
「何かあったのか?」
「へえ」
たつぞうは答える。
伊織が留守の間、武蔵は楊弓を削るのを再開したという。
そのときに尋ねてきたのが、日の下開山、天下無双を名乗る夢想何がしという棒術使いであったという。
「棒術?」
「棒術です。杖術と言ってましたかな? 四尺ほどの棒を持っておりましたか。何やら、もともとは神道流を学んだとかどうとかで、最近杖の工夫を重ねているとかで。ご隠居様が棒を持っているのは知られていますからな。その工夫について話てみたいとかで」
「ははあ……」
「それでまあ、話をしていたのですが」
武蔵はある拍子に弓を削るのに夢中になってしまったのだという。
「……もういい。だいたい解った」
「それで、怒った夢想の、確かゴンベエでしたかね。それが怒って」
「もうよいといっているのだ!」
伊織は溜息を吐き、手早く濡れた足をふくと立ち上がった。
その顔と諦観にも似た呆れたような表情と、微かな笑みが浮かんでいた。
「まったく、父上は相変わらずか」
「へえ」
たつぞうが呆れたように、面白がるように、そう言った。
後に天下無双の剣豪、宮本武蔵と言われることになる。
「伊織さま」
ゆうだった。
伊織はゆうをなんと呼んでいいのか、迷った。
父の娘であるというのなら姉上というべきだろうが、どうしてかそういいたくなかった。
旅装束に野太刀を抱え、肱に風呂敷包みをぶら下げている。
伊織は頷いた。
「明石をでられますか」
「はい」
ゆうは微笑み、頷いた。
最初に出会ったときと同じようでいて、違っていた。何か楽になった、そんな気分が伝わっているようだった。彼女の仕事は全て終わったのだから、気が楽になっていて当然だろうが。
宮本家にこのまま逗留なされてもいいのですよ――という言葉を伊織は口に出せなかった。
仇討ちとやってきた娘を、そのまま留めるというわけにはいかない。
どのようにして、事情を語らねばならない日はくるだろう。だが、どういう説明をするべきか。武蔵の娘として、宮本家に改めて幼女として迎えるべきか、あるいは、あるいは、それとも。
伊織は首を振った。
どう考えても、無理だった。
そして、ゆうはここにこうしている。
その意志を翻すのは、もうできない。
ただ。
「ゆう殿は、明石から去って何処へいかれるのですか?」
とは、聞いた。
聞くべきではないことだとも思ったが、ゆうは静かに頷き。
「とりあえず九州の養家の先に。夫の菩提を弔います」
「夫――」
「はい」
どうしてか言葉を失ってしまった伊織に、またゆうは微笑んだ。
「その後は、私もまた修行を積みなおします」
「修行?」
「兵法修行を――今回は、いろいろと感得するところがありましたゆえに」
伊織はどういっていいのか解らず、視線を下げた。
このまま明石にとどまってほしいと素直に口にしたかったが、それは多分やんわりと拒否されると思った。では、他にどうすればいいのかまるで解らなかった。
ゆうは黙り込んだ伊織へと歩み寄ると、風呂敷包みへと手を突っ込み、中身のひとつをとりだすと、伊織の手へと握らせた。
「――柿?」
「餞別にいただきました」
ゆうはそのまま手を離し、後ろも見ずに歩き出し、やがて。
「それでは、またいつか」
そう会釈して、立ち去った。
伊織はその姿が見えなくなるまで立ち尽くしていたが、やがて手の中の柿をおもむろに口元によせ、かぶりつく。
「渋い」
そう言って、空を見上げた。
嫌になるほど、空は青かった。
◆ ◆ ◆
その後の彼らについて、知られている範囲のことだが述べる。
宮本伊織はその後、小笠原家の筆頭家老となった。
しかし、彼は兵法の類は学ばなかったらしい。
宮本家由緒書によると「宮本伊織は武蔵に兵法を学ばなかった」とあり、武蔵の死後、自分の元に遺品を届けられた時も、「自分は兵法を継がなかった」と述べて、それらを送り返している。
だが、『鵜の真似』によると、伊織は肥後にて腕の立つという篭り者に一人で向かい、平然とした態度でたちまちのうちに説得してしまったという。相当に肝が据わった大物のようだ。他にも伊織の先見の明、心配り、眼力の鋭さを示す逸話が多く伝わっている。
それらは事実であるかはともかく、史実では伊織は島原の乱にも参戦し、部隊を率いて大活躍をした。最終的に四千五百石の筆頭家老となった。他の名門の同僚を差し押さえてのことである。彼がどれだけ寵愛されたかが解る。
死ぬ前に二千五百石を小笠原家に返したが、宮本家は幕末まで家老職を務めて小笠原家に仕えた。
宮本三木之助も本多家に仕えた。
こちらは家老職などにはつかなかったが、堅実に働いていたらしい。
その後、彼の子孫は本多家を出奔して子孫の行方はしれなくなるのだが、宮本家は少なくとも武蔵が死んだ頃までは二つあり、それなりに栄えていたこととなる。
津田小次郎と、ゆうのその後については、よく解らない。
小次郎は恐らく一介の剣客として終わっただろうし、ゆうに限らず、この時代の女性がどういう風に生きて死んだのかということについては記録がないのが当たり前である。
巌流島の決闘は小倉碑文に書かれた記述があってこそ後世に残ったのだが、それがなければ忘れ去られていただろう。
碑文を書き残した伊織も、その頃は漠然としてしまった記憶を元に書いたので、内容はかなりいい加減になものになってしまっていた。
この記述を元に多くの伝承が生まれ、小次郎の名前がいつしか混じりこんだことからして、あるいは小次郎は九州あたりで武蔵にまた挑んだのかもしれない。筑前の二天一流の兵法大祖武州玄信公傳來に、小次郎の名前が最初に出てくる。
さらに後年の二天記では巌流島の決闘が武蔵二十九歳の頃としてい、補項として小次郎は若者であったということを記している。
そして、この二人に関係しているのかどうかはわからないが、奇妙な伝説が九州の尾谷にある。
ここの円明寺という尼寺に、寛永年間に「佐々木小次郎」がやってきたというのだ。
ここで修行をして、燕返しの秘剣を編み出したのちに去っていったという。
「佐々木」の姓名は後世の歌舞伎などの演劇から出たとされているが、当時の演劇は実在の人物を架空のものに変えていることから、「佐々木巌龍」「佐々木岩柳」として描かれることから考えても、その姓は少なくとも伝承されていた小次郎の名前とは違っていただろうことは間違いない。
この「佐々木小次郎」は後に肥前の二天一流関係者の書いた二天記に混入されたことによって、後の資料に大きく影響を与えることになった。いずれ架空の「佐々木小次郎」であるのだから、何処でどういう伝説が生じていようともむしろ驚くべきことではないのかもしれない。
だが、この伝説の奇妙なところは、小次郎のいた年代を寛永年間と特定していることにある。
寛永年間というのは、幾つか説のある巌流島の決闘の日付の、どれにも合っていない。
後に誰かが作ったにしても、巌流島の決闘の日付は武蔵が戦いをやめたという三十になる前と想定しただろう。
あるいは、もしかしたら、この伝説にも幾許かの真実が混じっていたのかもしれない。元になる伝承があり、それに後世の物語が混じりこみ、今のような形になってしまったのかもしれない。いずれにせよ、この話が正確にいつ頃できたのかも今となっては解らないし、ここで修行していたと言う「佐々木小次郎」がどうなったのかということについても、やはり解らない。
ただ、この尾谷には彼が植えていったという柿の木が、随分と後年まで残っていた。
この柿は、小次郎が播磨から持ち帰ったものだという。
そして、新免武蔵は……、
◆ ◆ ◆
「ただいま戻った」
と伊織がいうと、たつぞうが出迎えた。
足を洗うためのたらいが用意され、伊織は土間でわらじを解いていたが、やがて奥の方から声が聞こえた。
《熊野》を舞う彼の父、新免武蔵の謡う声である。
顔をしかめた伊織は、たつぞうに聞いた。
「何かあったのか?」
「へえ」
たつぞうは答える。
伊織が留守の間、武蔵は楊弓を削るのを再開したという。
そのときに尋ねてきたのが、日の下開山、天下無双を名乗る夢想何がしという棒術使いであったという。
「棒術?」
「棒術です。杖術と言ってましたかな? 四尺ほどの棒を持っておりましたか。何やら、もともとは神道流を学んだとかどうとかで、最近杖の工夫を重ねているとかで。ご隠居様が棒を持っているのは知られていますからな。その工夫について話てみたいとかで」
「ははあ……」
「それでまあ、話をしていたのですが」
武蔵はある拍子に弓を削るのに夢中になってしまったのだという。
「……もういい。だいたい解った」
「それで、怒った夢想の、確かゴンベエでしたかね。それが怒って」
「もうよいといっているのだ!」
伊織は溜息を吐き、手早く濡れた足をふくと立ち上がった。
その顔と諦観にも似た呆れたような表情と、微かな笑みが浮かんでいた。
「まったく、父上は相変わらずか」
「へえ」
たつぞうが呆れたように、面白がるように、そう言った。
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