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ハナツオモイの章

12.染まるハート

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蓮也・ヘティス一行は、プロキオンに教えられたジャーニーズカフェバーの隣の冒険者の宿に向かう。同じ系列のクランが経営しているようであり、ロビーには何名かの冒険者のパーティがくつろいでいたり、話し合っている。

蓮也は受付カウンターの受付の女性に話しかける。



蓮也
「一泊したいのだが」
受付
「かしこまりました。予約の状況を確認させていただきます」

そこにヘティスが割って入る。



ヘティス
「部屋は別々よ」
蓮也
「金が余分にかかる、一部屋でいいだろう」
ヘティス
「何言ってんのよ?私はレディーよ!男の人と一つ屋根の下で一緒に寝れるわけないでしょ?何かあったらどうすんのよ!」
蓮也
「何があると言うのだ。私はお前に興味がない故、そのようなことを妄想する必要はない」
ヘティス
「また興味ないとか失礼なこと言って~!それに妄想~?」
蓮也
「根拠のない、起こる可能性のないことを考えるのは全て妄想だ」
ヘティス
「あのね~、もういい加減にしてよね!」

そのやりとりの様子を受付の女性が気を使いながらみて話しかける。

受付
「あの~、大変申し訳ないのですが・・・」
「明日、この村でフラワリングフェスがありまして、その関係で」
「・・・現在、一部屋しか空いておりませんが、いかがいたいしょましょうか」
蓮也
「その一部屋でいい」
受付
「かしこまりました」
ヘティス
「ちょっと、話を勝手に進めないでくれる?」
蓮也
「この村の宿はここしかないようだ。金のない冒険者は野宿もするだろう。嫌なら外で寝ろ。気温的にも今の季節なら大丈夫だ」
ヘティス
「ちょっと、レディーが野宿なんてするわけないでしょ?てゆーか、そっちも危ないし!」
蓮也
「私は疲れた。先に部屋にいく」

受付を済ませ、蓮也は階段を登って行った。
ロビーには小さなラウンジが併設されており、音楽がしっとりと演奏されている。そして、女性の歌手が歌っている。

遥か遠くの物語を あなたとともに 紡いでゆく
忘れかけていた あの約束 思い出しては また歩み出す

真実の月が あなたを照らすの
人は誰でも 夢の旅人

運命を超えて あなたは 進むの
人はいつでも 夢の旅人

ヘティスは、立ったままその歌を聴いている。

ヘティス
(この曲、さっき聴いた曲・・・)

すると、女性の冒険者がラウンジの方から近づいてきて、ヘティスに話しかける。

シェラザード
「私はシェラザード、旅をしているの。アナタ、この曲、気に入ったの?」
ヘティス
「あ・・・、ええ。何となく」
シェラザード
「この曲は古くからある曲でね。その曲に詩人が詩をつけたの。輪廻転生を歌ったものよ」
ヘティス
「生まれ変わりのこと?」
シェラザード
「そうよ。人生という旅を人は何回も何回も歩む旅人なの。そして、アナタが仲間と一緒にいることや、こうやってあなたが私とここで話すのも、前世で会っているかもしれない」
「袖振り合うも多生の縁、ってね」
ヘティス
「そうなんだ」
(蓮也と私は前世で会っているのかな?けど、ここは過去で私は未来から来ていて、その場合、どうなるの?)
シェラザード
「みんな、人生には夢があり、それを果たすために生まれてくるの。けど、それはきっと一回の人生では果たせないのね。だから、生まれ変わって、その夢に向かって再び歩き始めるの」
「カルマって考えより素敵でしょ?」
ヘティス
「かるま?」
シェラザード
「カルマってのは、前世で起こった良いことも悪いことも全て返って来る因果応報の法則よ」
ヘティス
「へぇー、そんなのあるんだ。そうね、夢の続きってのの方がロマンティックね!」
「けど、それって思いだせるの?」
(なんかゲームのセーブとロードみたいね。私は、前世では何をしてきて、今、何をしようとしているのだろう)
シェラザード
「そうね、わからないけど、この詩では“真実の月が照らすことで、その夢を思い出すことができる”と言っているみたいね。そして、運命を超えることができる存在が私たち人間という存在なのね」
ヘティス
(私がこの世界に来ているのも、運命を超えるために来ている・・・)
シェラザード
「とまあ、こんな意味みたいね。よく聴くと哲学的な曲なんだけど、雰囲気的に旅人の曲なので、こうした冒険者の酒場や宿で演奏され、歌われていて、昔から旅人を癒してきたの」
ヘティス
「で、シェラザードさんはなぜ私に話しかけたの?」
シェラザード
「何となくよ。けど、前世でもこうして話しかけていたのかもね。また、ご縁があれば会いましょう」
ヘティス
「あ、はい」

そう言って、シェラザードは再びラウンジの方へ行き、飲みかけのグラスのある席へと座った。

ヘティス
(とりあえず、未来の運命を変えるためにここに私は来ている。だから進まないと・・・)
(だけど、今日だけよ・・・。一緒の部屋で我慢するのは・・・。ヘパとブーバとキキもいるし、きっと、大丈夫だわ)

ということで、ヘティスは、ヘパイトス・ブーバ・キキと一緒に部屋に向かった。

ヘティス
「ちょっと~!何よ~!これ!」
蓮也
「静かにしろ、隣に迷惑だろう」
ヘティス
「なんで、ベッドが一つしかないの?一人部屋?」
蓮也
「さて、俺はシャワーを浴びて来る」
ヘティス
「科学技術がないのにシャワーはあるの?ここ2階なのに、どうやってお湯を引き上げるの?」
蓮也
「魔導石を使っている」
ヘティス
「まどーせき?」
蓮也
「魔導石はそれなりのレベルのウィザードによって魔法が付与された石のことだ。例えば、火炎魔法を封じた魔導石は冷水を湯に変えることができる。また浮遊魔法の魔導石は、水を引き上げることが可能だ」
ヘティス
「へぇ~、そんなこともできるんだ」
(ファンタジーRPGをプレイしたことあるけど、戦闘がメインだから生活したことはなかっわ。けど、もしそこで生活したら、こんな正解なのね!)

さっきまで不機嫌そうなヘティスであったが、魔法で動くシャワーの話を聴いて、目を爛々とさせていた。

ヘティス
(魔法のシャワールーム、楽しみ~!)
「ねぇ、ヘパ」
「超可愛いパジャマを作って!」
ヘパイトス
「もう少し具体的に言ってください」
ヘティス
「もう、面倒ね!」
「素材は涼しいもので、色はグリーン、植物の模様、白のフリルがついているパジャマを作って!」
ヘパイトス
「かしこまりました」

ヘパイトスは背負っているシナスタシス製の超高速3Dプリンターを下ろし、3Dプリンターを操作し出す。超高速3Dプリンターだけあって、数十秒でオーダー通りのパジャマが完成する。

ヘティス
「可愛い~!そして、私が着ると、もっと可愛い~!」

ヘティスがテンションを上げているところへ、蓮也がシャワールームから出てくる。
戦闘用の衣服からパジャマへと着替えていた。
髪は濡れており、顔色は普段の白い肌から少し血色のよい色になっていた。その姿を見て、ヘティスはドキッとして、頬を赤らめた。

ヘティス
(黙っていれば蓮也って超カッコいいのになぁ・・・。けど、私がこういう気持ちになるのはカッコいいだけなのかしら・・・)

蓮也
「何を突っ立っている。空いたぞ。入れ」
ヘティス
「わ、わかってるわよ!言われなくても入るわよ!」
(毎回、この上から目線でぶっきらぼうな言い方がムカつくのよね~!)

ヘティスがシャワー室に入ろうとすると、洗面台には微かに赤いものがついていた。

ヘティス
(これって・・・血?
(・・・もしかして、蓮也の?)
(どっか、悪いのかしら・・・)

ヘティスはスマートグラスで蓮也の病気について調べた。データによると、元々の身体の弱さと、想像を絶する鍛錬による偏差によって病をいくつか持っていたとされる。また、戦いで受けたものもある。そして、その病もサトゥルヌスに敗北した要因である、ともされる。

ヘティス
(未来を変えるには、色々な要素を見ていかないといけないわ。彼の病を治すことは可能かしら?そうしたら、サトゥルヌスを倒せる可能性は高くなり、未来も変わるかもしれない・・・。とにかく、私がこの世界に来たことで、可能性のあることは何でもトライしてみないと。とすると、できるかどうかわからないけど、エスメラルダさんに言われたように、私がヒーラーになることが何か意味があるのかもしれないわ)

ヘティスは何となく、自分の運命が動き出したのかも、と感じた。

そのようなことを考えながらシャワーを浴びていたので、先ほどの魔法のシャワーへの関心は薄らいでおり、淡々と暖かいお湯をヘティスは全身に浴び、今日、色々とあった疲れと心理的ストレスを洗い流していた。
シャワーは人が触れるとお湯が出るという仕組みになっており、魔導石がそのような設定となっている。

ヘティス
(魔法のシャワーと言っても、触れて出るのは未来のシャワーとあまり変わらないわね。まあ、私たちの世界のシャワーは画像認識して、的確なお湯の温度や強さなど、全てAIがやってくれるんだけどね)

ヘティスも普段着からパジャマに着替えた。
鏡に映るパジャマ姿の自分を少しの間、見つめている。

ヘティス
(うーん、このパジャマ、超可愛い!そして私も可愛い!)
(可愛いんだけど、普段、こんなに長く鏡なんか見ないし、シャワーもあんなに長く浴びないわ・・・。何か、私、変に意識してるのかな・・・。てゆーか、アイツ、私に“興味ない”とか言っているし、こんなことを考えること自体がシャクだわ!)

ヘティスが魔法のシャワールームから出て来ると、パジャマ姿の蓮也が椅子に座り、机の上に地図を広げている。

ヘティス
(やっぱり男の人って仕事をしている姿って素敵よね)
蓮也
「明日も早い、もう寝るぞ」

と言って、蓮也はベッドの方へ行く。

ヘティス
「え、ちょっと待ってよ!アンタ、男なんだから、椅子か床に寝るとかできないわけ?」
蓮也
「宿代は俺が払っている。ベッドで寝るの権利は俺にある」
ヘティス
「レディーが男性と同じベッドで寝れるわけないでしょ!」
蓮也
「だったらお前が椅子か床で寝ればいい」
「お前の連れはもう寝ているぞ」

ブーハとキキは床に寝ている。
ヘパイトスは、現在の状況を自動的に判断し、しゃがんだ状態でスリープモードになっている。

ヘティス
「ちょっと、アンタたち~!」
蓮也
「寝るも寝ないも勝手にしろ。俺は先に寝る」

蓮也はベッドに入っていく。

蓮也
「背を向けて寝てやる。後は自由にしろ」

蓮也なりに気をつかった言葉であった。
ヘティスは立ち尽くしている。
しばらくすると、蓮也は軽く寝息を立てている。

ヘティス
(寝ちゃった・・・かな。だったら、大丈夫よね・・・)

ヘティスは恐る恐る、ベッドに入り、蓮也に対して背を向けて寝る。

ヘティス
(男の人と一つ屋根の下で、しかも同じベッドで寝ているなんて、もう考えられないわ)
(とりあえず、寝なきゃ。今日の疲れをとらないといけないし、明日もエスメラルダさんに会うし)
(蓮也は悪い人ではないことは確かだし、多分、大丈夫だと思うし、それに、ちょっと女性に興味なさげな雰囲気もしてるし)
(けど、友達の尚ちゃんは「男はみんな狼だから気を付けろ」って言ってたっけ。油断しゃちゃいけないわ・・・!)
(もし、何かあったら大声を出せばいいわけだし、そしたら、その音声分析でヘパイトスがスリープモードから解除されて助けてくれるし、ブーバもキキもいるし、誰か来てくれるだろうし・・・大丈夫よ!)

このようなことを頭の中でグルグルとヘティスは考えていた。
蓮也の背中と少し触れ合い、その身体の温かみを感じる。
ヘティスの心臓の鼓動が強くなる。

ヘティス
(やだ、こんなんじゃ、ドキドキして眠れないじゃなの・・・!)
(気にしない、気にしない)
(無心、無心よ・・・)
(それなりに疲れたし、まあまあ眠いから、この調子なら寝れそう・・・)

その時である。



蓮也が寝返りを打ち、ヘティスの細い身体に腕をまわす。
その瞬間、ヘティスは驚きのあまり、目を開ける。
そして、身体全体に緊張が走りヘティスは硬直する。

ヘティス
「・・・!!」

突然のことであることと、はじめて男性に抱きしめられることへの驚きにより、ヘティスは声が出せない。

ヘティス
(ちょ、ちょっと!!声がでない・・・。どうしよう・・・。)

少しヘティスは落ち着きを取り戻す。
蓮也の鼓動と吐息を感じる。

ヘティス
(ね、寝てるのね・・・)
(とりあえず、手をどけなきゃ)
(少し落ち着いたから声も出せるし・・・)
(・・・あれ?彼の左って動かないんじゃないの?)
(動かせないなんて、やっぱ嘘じゃないの・・・)
(嘘つき・・・)
(けど、なんか温かくて安心する・・・)
(袖振り合うも・・・って、触れすぎじゃないの・・・)

ヘティスの胸のチャクラがグリーンからピンクに染まる。

ヘティス
(あれ、また胸のチャクラが・・・)

【楽曲・ハナツオモイ】
https://youtu.be/DoIbhlgDFx4

その時、眠っている蓮也の口が少し開いた。

蓮也
「エウリディーチェ・・・」
ヘティス
(エウリディーチェって誰・・・?)

「エウリディーチェって誰・・・」そんな言葉がヘティスの頭をよぎったが、胸の中では複雑な感情がうごめいていた。
ヘティスは旅の疲れもあるのと、蓮也に抱きしめられた温もりによって、やがて眠りの世界へと誘われていった。

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