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発露の章

光と影の交錯

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光あれば影がある。その光が強ければ、影もまた深くなる。
影があることで、人は悲しみを知ることができる。
悲しみを知ることができるので、人は癒すことができるのである。

オオタネコ
「にゃん、にゃん、にゃーん、ねこにゃん、にゃん!」
エスメラルダ 
「行ってしまいましたね」
オオタネコ
「そうだにゃん」

ヘティスはオオタネコの下を去り、蓮也のいる世界へと帰っていった。



オオタネコ
「それにしても不思議だにゃん。もう、メーティスにゃんのオーラが消えてるにゃ」
エスメラルダ 
「ほんとですねぇ」
オオタネコ
「なんかお腹すいたにゃん」
エスメラルダ 
「・・・そういえば私も」
「じゃ、ご飯にしましょうかw」
オオタネコ
「そうするにゃ」

ご飯はエスメラルダとエウリュノメーが作ることになっている。そうしたことから、エスメラルダはエウリュノメーと心を通わせることとなり、オオタネコが亡くなった後も、この女性ゴーレムのエウリュノメーを引き取っている。
基本的にゴーレムとは心がないものであると、人間から思われている。エスメラルダは箱入り娘のように育てられており、ゴーレムのように心がなかった。そのため、エスメラルダは、そうした過去の自分とゴーレムのエウリュノメーを重ね合わせていたのかもしれない。そして、エスメラルダが引き取り、彼女の存在を認めることで、エウリュノメーの心も変化したかもしれない。そこがヘパイトスとの恋にも大いに関係していると思われる。
この晩年のエウリュノメーとヘパイトスの恋であるが、そこには自分と蒼き魔術師を重ね合わせて見ている部分もあったのかもしれない。



エウリュノメー 
「今日は何つくりましょうか」
エスメラルダ 
「今日はネコ様、かなりパワーを使ったみたいなので、特別メニューにしましょうw」
エウリュノメー 
「はい」

そして、料理が出てくる。

オオタネコ
「とても雅な香りが漂っているにゃん。これは何にゃん?」
エスメラルダ 
「ネコ様が大好きなマタタビご飯ですよ~」
オオタネコ
「にゃんと!もう食べる前からメロメロにゃん!」

料理は少し多めに作ったが、オオタネコはペロリと平らげてしまった。

オオタネコ
「もう食えんにゃ」
エスメラルダ 
「ネコ様、見事な食べっぷりでしたよ!」
オオタネコ
「もうメロメロにゃん」

ご飯を片付けてお茶を入れる。

エスメラルダ 
「ネコ様、特製マタタビ茶でございます!どうぞ、お召し上がりくださいませ!」
オオタネコ
「これはまた、雅な飲み物にゃ!」
「グビグビグビ」
「プハ~」
エスメラルダ 
「さすがネコ様!よい飲みっぷり!」
オオタネコ
「メロメロすぎるにゃぁぁぁ」

食後はいつもオオタネコのありがたいお話を聞く、それをエスメラルダは日課としている。
しかし、この日はエスメラルダが珍しく質問をしだした。

エスメラルダ 
「ネコ様っていつからそんな不思議な力をお持ちなのでしょうか?私、ネコ様の人生が知りたいですw」

エスメラルダはなんとなく興味本位で言った。オオタネコはそうした何気ないことも因縁を見ている。普段から明るくふざけたようなキャラだが、彼女の心眼は常に相手の因縁をみているのである。
エスメラルダは過保護に育てられたため、積極性が全くなく、受け身であった。しかし、蒼き魔術師と出会うことで、自分もヒーラーになりたいという選択をした。そして、今日はじめて、オオタネコに質問をしたのである。

オオタネコ
「そんなに知りたいにゃんか?」
エスメラルダ 
「はいw」
オオタネコ
「それがにゃ~」
エスメラルダ 
「どうされました?」
オオタネコ
「記憶が途中までなかったにゃ」
エスメラルダ 
「あれま」
オオタネコ
「だから話は途中からになるにゃん」

と言って、オオタネコは自分の人生を語り出した。

オオタネコは子供の頃、気付いたらこの七輪山を歩いていた。それはなぜかは思い出せない。本人が記憶に蓋をしてしまっており、自己の力で相当強く蓋をしている。自己の力で封印した場合、自己を超える力が必要になるため、相当な力が必要になるが、それが強い心的外傷である場合、自我が崩壊する危険性があるため、開けるのもリスクが伴う。

オオタネコは、しばらく宛てもなく彷徨い歩いたが、空腹のあまり倒れ込んでしまった。気づいたらオオタネコは洞穴の中にいた。そこには大きな母ヤマネコが一匹と小さな子供のヤマネコが二匹いた。どうやら、このヤマネコにオオタネコは拾われたらしい。ちなみに、自分の名前も覚えていいない。かろうじて姓の「オオタ」だけは思い出したが、名前が思い出せないので「ネコ」という名前を自分でつけた。こうして「オオタネコ」という名前が生まれ、オオタネコとして人生を歩むことになる。

オオタネコは数年間、この大ヤマネコに育てられた。ヤマネコの子供達は巣立って行ったが、オオタネコは洞穴で母ネコに甘えて暮らしていた。しかし、ある日、母ヤマネコが弓矢で打たれて死んでしまった。猪に間違えられたのかもしれない。それを見たオオタネコは、ある光景を思い出した。オオタネコの両親は、盗賊によって幼いオオタネコの目の前で殺されてしまったのであった。あまりのショックでオオタネコはその場で気を失い、それが記憶をなくす原因であった。そして、気づいたら、七輪山を歩いていたのである。

母ネコを失ったオオタネコは、悲しさを通り越し、放心状態となり、もう死んでしまいたいと思い、再び七輪山の谷を目指して歩いていった。そこは滝が凍っている極寒の地であり、ここで凍死してしまおうと思い、凍る滝の前で座り込んだ。そこには多くの悲しい霊達が彷徨っていた。それを感じたオオタネコは、自分の命はどうなってもいいので、その悲しい霊たちを成仏させてあげてほしい、と一心で願った。しばらく祈りを捧げていると、辺りが少し明るくなり、天に向かって地上から数えきれない程のオーブが立ち昇って行った。やがてオオタネコは意識が朦朧としてきた。自分もここで死んで、来世、力を得たら、もう誰も悲しませない、そう心に決めた。その意識が朦朧とする中で、何者かが語りかけてくる。

オオタネコ
「ネコに声をかけてくるのは誰にゃん?」
オオモノノヌシ
「我はこの七輪山の主、オオモノノヌシだ」
オオタネコ
「そのヌシ様がネコになんのようですかにゃ?」

すると、目の前には巨大な白く光輝く龍が姿を現した。

オオタネコ
「にゃんと!」
オオモノノヌシ
「お前は、私たちの霊を成仏させた。そして自分自身の悟りを開いた。私はお前をここで見殺しにはしない。しかるべき能力を与え、それを万民のために使うのだ」
オオタネコ
「わ、わかりましたにゃ!」

この時代よりも更に太古の時代、この山に国が栄えていた。人々は狩猟採集によって生活し、酒を飲み、祭りをし、楽しく平和に暮らしていた。そこへ何者かがやってきて、この人々から全てのものを略奪し、皆殺しにした。オオモノノヌシはその時代よりも前の、この国を作った大王であった。大王であるオオモノノヌシは、御神体として山に座し、民を見守った。しかし、巫女たちに回復系の術しか教えなかったので、民たちは抵抗できなかった。それをオオモノノヌシはとても後悔し、その後悔をずっとこの山の中で長い時間してきた。その後悔をしないために、オオモノノヌシはオオタネコに究極プロテクション、超新星結界を最終的に授けたのである。オオタネコはそこで3年もの間、仮死状態で瞑想し、オオモノノヌシの指導を受けた。そして、神聖語や神聖文字、因縁ヒーリングなどの祝由法を習得していったのである。

オオタネコ
「あれま、ずっと寝てたにゃ」
オオモノノヌシ
「ネコよ、もうお前に教えることはない。後は、世のため人のために、この方法を用いるがよい」
「ヌシ様、わかりましたにゃ」

すると、不思議なことに光の中からカンザシと指輪が現れた。オオタネコは、そのカンザシと指輪をつけると強い霊力を感じた。

力を得たオオタネコは、自分の能力を用い、もう誰も悲しませないと誓うのである。
この七輪山であるが、オオタネコも彷徨い歩いたように、悲しみを背負って自殺しようとする人が来る場所となっていたようである。それは悲しみの霊たちが、同じ悲しみを持った者を引き寄せるのであろう。その人たちを救うため、オオタネコは七輪山の麓で治療院を開き、悲しみを背負って山に来る人々を癒したのである。

オオタネコの白いローブのフードの部分には、ネコが描かれている。それは、育ててくれた母ヤマネコの姿である。オオタネコは毎日、山の御神体に向かって、オオモノノヌシと母ヤマネコの供養をしている。

そうしたことをオオタネコは弟子のエスメラルダに話した。
これを聞いたエスメラルダは、オオタネコの技術だけでなく、彼女の存在そのものに尊敬の念を抱き、ヒーラーの道を進むのであった。

慈悲(マイトリー・カルナー)とは、楽を与え、苦しみを取る、抜苦与楽の意味である。悲しみがあるから、人々の悲しみがわかる。影があるからこそ、その影を癒すことができる。オオタネコは白き祝由師として、慈悲道を歩んでいくのである。


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