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発露の章

悲しみを超えて

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この物語には五行英雄という伝説の五人の英雄が存在し、大邪神王サトゥルヌスを封印した、とされている。



【五行英雄】
赤き剣士:剣聖王円也
蒼き魔術師:ソーマ
漆黒の軍師:名称不明
白き祝由師:オオタネコ
深緑のヒーラー:アンドレア・エスメラルダ 

この五行英雄は軍を率いて、サトゥルヌス軍の邪神王を次々と封印して行った。その戦略には漆黒の軍師の功績が大きかったとされている。

漆黒の軍師
「上は天文、下は地理!」
「中は人事を知りて、以て長久なる可べし!」

この漆黒の軍師は自信満々にいつもこの言葉を口癖としていた。
彼は星の運行を見て戦いの時を定め、人を見て人選・編成し、地形を見て軍の布陣と陣形を決める。その神がかりとも呼べる用兵によって生涯不敗であった。
そして、サトゥルヌスとの最終決戦も、その不敗神話を継続させる予定であった。

オオタネコ
「にゃん、にゃん、にゃーん、ねこにゃん、にゃん」
「この世は遊ぶために存在するにゃん」
「だから遊ぶにゃーん」



エスメラルダ 
「あのー、ネコ様、もうすぐサトゥルヌスとの最終決戦です。もう少し緊張されては・・・」
オオタネコ
「遊んでくれにゃいにゃら寝るにゃ」
エスメラルダ 
「ネコ様、今から戦いですので、寝ると危険ですよ・・・!起きてください・・・!」

既に悪魔・邪神との戦いで多くの兵が脱落していったが、五行英雄は傷つきながらも健在であった。特にオオタネコは殆ど眠っていたため体力も神聖力も消耗していなかった。

円也王
「奴が来るぞぉぉぉ!」
「全員、戦闘配置につけぇぇぇ!」



赤い鎧とマントに身を包んだ長髪の剣士、これが赤き剣士・円也王であり、この軍のリーダーである。
この男は剣聖王とも言われ、この時代の最強剣士と言われている。

作戦としては、アイン・バランのプレアデス重装兵団がサトゥルヌスの攻撃を防ぎ、その足止めしている間に円也王が蒼き魔術師のエンチャントで切り込む。そして、ダメージを与え、弱らせたところへ蒼き魔術師ソーマの氷結封印というものであった。サトゥルヌスにある程度ダメージを与えないと封印は不可能と蒼き魔術師は見ており、漆黒の軍師がこの作戦を立案した。

円也王
「プレアデス兵団は前衛にてディフェンス態勢を取れぃ!」
アイン
「ははっ!」
円也王
「アンドレアのヒーラー部隊は前衛をプロテクションにて支援せよぉ!」
エスメラルダ 
「かしこまりました!」
円也王
「前衛はまず最初の一撃を死守せよぉ!」

しかし、サトゥルヌスの攻撃が想像以上に強すぎたため、プレアデス重装兵団が防ぎ切れず、責任を感じたアインも自ら飛び込みディフェンスするも、逆に強烈な一撃を喰らい戦闘不能状態になってしまった。プレアデス重装兵団は指揮官を失い、ディフェンダー部隊が機能しなくなってしまった。そのため、当時最強と言われていた円也王であっても、アタックは失敗に終わる可能性が高くなってしまったのである。

円也王
「ふっ、おもしれーじゃねーか。そうこなくっちゃな、大邪神王さんよぉ!」
ナディ
「円也王様!なりませぬ!ここは一旦退いて再起を計りましょう!」



円也王
「馬鹿者ぉ!ここまで来て引き下がれるかってんだぁ!」
「ソーマよ、俺が一撃を浴びせるから俺ごと封印しろ!」
蒼き魔術師ソーマ
「しかし、それでは・・・」
円也王
「ここで、全滅しちまってもいいのかぁ!!俺たちだけでなく、国も民も、全て消えてなくてもいいってのかぁぁぁ!!」
蒼き魔術師ソーマ
「・・・そこまでおっしゃるのでしたら」



円也王はわかっていた。ここで撤退すれば、撤退戦こそ困難であり危険であると。恐らくプレアデス重装兵団は王を守るために全滅し、その他の多くの将兵も帰らぬ人となるであろうと。それなら、自分一人の生命と引き換えに、相打ちを狙い、道連れ封印を選ぼうと円也王は考えた。それでも、サトゥルヌスに打ち込める可能性は低く、一か八かの勝負である。
ここでもし、蒼き魔術師が氷結波か重力波でサトゥルヌスを押さえ込んでいればプレアデス重装兵団はディフェンスできた可能性もあった。しかし、蒼き魔術師の魔力をエンチャントと封印に絞ったことが、この作戦の失敗だったのではいか、というのが『五行英雄史』を書いた歴史家たちの見方である。
その責任を感じ動いたのが漆黒の軍師であった。

漆黒の軍師
「円也王様、お待ちを。星々の運行を変えれば、勝機は再び我が軍へと引き戻せます」

漆黒の軍師は両手を高々と挙げ、掌を天に向けた。
徐々に空気が振動し、地面が揺れ出した。

蒼き魔術師ソーマ
「これは・・・」
「・・・宇宙が振動しているのか」
漆黒の軍師
「これが古(いにしえ)から伝わる魔法」
「・・・星魔法です」
蒼き魔術師ソーマ
「この広大に広がる力で星の運行を変えるというのか・・・」
漆黒の軍師
「・・・その通りです」
「星の運行が変われば、運命が変わります」
「今、離れてしまった勝機を再び取り戻すための星の配置を探しているのです」
「特にサトゥルヌスに関係する土星の配置を変更しています」

サトゥルヌスを見ると、全身を震わせ、悶え苦しんでいる。それまでサトゥルヌスから迸る強烈なオーラが弱まっていく。

蒼き魔術師ソーマ
「こ、これは・・・」

空気の振動が止まり、天から光が差し込んで来た。

漆黒の軍師
「これで我らの勝利です」

漆黒の軍師が勝利宣言をすると、急に白き祝由師が目を覚まし、身体をムクリと起こした。

オオタネコ
「無理にゃ」
漆黒の軍師
「なに?」
オオタネコ
「無理と言ってるにゃ」

すると、サトゥルヌスは全身から異様で巨大なオーラを再び放ち出した。そして、天を仰ぎ、そのオーラを手から天空へと放つと轟音が宇宙にしばらく響き渡る。サトゥルヌスが発する巨大なエネルギー波が土星に当たり、その配置が変わったのである。

サトゥルヌス
「土星の配置は我が手中に収めた」
「さあ、愚かな人間どもよ。我(われ)自らの手でこのムーガイアごと、魔界へと誘(いざな)ってやるとしよう」
漆黒の軍師
「な、なんだと・・・。こんなことが・・・」

この星魔法は多くの魔力を激しく消費するため、一回の戦闘に一回しか使えない。その一回を漆黒の軍師は既に使ってしまったのである。

蒼き魔術師
(これはマズい・・・。どうすればいいのだ)

ここにいる五行英雄と兵士たちは歴戦の勇士であり、勝敗の空気を肌で感じてきたが、この時、殆どの者が全滅を覚悟した。ただ一人を除いては。

オオタネコ
「待つにゃ!」
エスメラルダ 
「ネコ様!何を?」

白き祝由師・オオタネコを見ると、巨大な神聖力のオーラを放ち、凄まじい形相になっている。

オオタネコ
「にゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
エスメラルダ 
「ネコ様!どうされました!?」
オオタネコ
「七輪流究極奥義・超新星結界を使うにゃぁぁぁぁぁぁ!!!」
エスメラルダ 
「ネコ様~、おやめください!それだけは!」

超新星結界とは、自らの命を犠牲にし、その命の全てを神聖力に変換し、その巨大なエネルギーで超結界と超爆発を同時に行うという攻防一体の究極魔法である。

オオタネコ
「とめるにゃ、アンドレアにゃん!今はこれしかにゃいにゃん!」
エスメラルダ 
「それをお使いになると、ネコ様は・・・!!」
オオタネコ
「もう誰も悲しむ姿をネコはみたくにゃいにゃぁぁぁぁぁ!!!」
エスメラルダ 
「ネコ様がいないと、私が、私が悲しみます・・・!エウリュノメーも悲しみます・・・!七輪の郷の皆が悲しみます・・・!どうか、どうか・・・!!」

エスメラルダが涙ながらにオオタネコに訴えかける。
オオタネコは先ほどまで、眠りの中で瞑想し、未来の分岐を既に見通していた。そして、今回の最も最善の選択は、こうするしか他はないと考えたのである。
その異変に気付いたサトゥルヌスが遅いかかってくる。

オオタネコ
「七輪流究極奥義!!」
「超新星結界!!!」
「にゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
エスメラルダ 
「ああ・・・ネコ様~!!」

オオタネコの身体は微細な光の粒子となり、空気中に拡散して行った。そして、その光の粒子の一つ一つが強い神聖力を放ち、一軍を包み込む。誰も見たこともない巨大なプロテクションによってサトゥルヌスの攻撃を防ぐ。そして、更に神聖力は強くなり、強烈な光がまるで超新星爆発のように一気に拡散する。その光のエネルギーはサトゥルヌスに大きなダメージを与えた。そして、更に光の眩しさで目を眩ませ、サトゥルヌスの視界を奪った。

漆黒の軍師
「い・・・今です!いきましょう!」
円也王
「わかっておるぅ!ここしかないぃ!」
「潜在運動系・・・解放!」
「クンダリニー覚醒!」

円也王の身体から赤い炎のオーラが螺旋状に立ち昇る!
そして、蒼き魔術師がそれに連携して動く。

蒼き魔術師ソーマ
「王よ、エンチャント属性のご指示を・・・!」
円也王
「5つのエレメント、全ていくぞぉ!」
蒼き魔術師ソーマ
「かしこまりました!」
円也王
「最初のエンチャントは・・・」
「風だぁぁぁ!!」
蒼き魔術師ソーマ
「エンチャント、ウインドー!」

円也王は斬撃のスピードを優先し、蒼き魔術師に風属性エンチャントを指示した。
その円也王の強烈なオーラにサトゥルヌスが反応して、盲目の状態にも関わらず、口から火炎、手から火属性の攻撃を放つ。円也王は、このクロスファイヤーポイントに飛び込まねばいけない。

円也王
「アンドレアは我を支援せよ!」
エスメラルダ 
「はい!」

エスメラルダはオオタネコを失ったショックを抑えながら、円也王にプロテクションをかける。円也王の身体がサトゥルヌスのクロスファイヤーに晒される。

円也王
「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

通常なら一瞬で全身大火傷になり絶命するが、エスメラルダが片手でプロテクション、もう片手でヒーリングという離れ業を一人で行う。それによって、サトゥルヌスのクロスファイヤーを防ぎつつ、身体を再生させることが可能となる。このような技をエスメラルダは行ったことがなかったが、これを成功させないと師・オオタネコの死が無駄になる、という気持ちがそれを可能にしたのであろう。

円也王
「疾風斬・神速百連!!」

一拍子で百回という常識を超える神速斬りを行い、円也王は、そのクロスファイヤーポイントを切り抜けることができた。

円也王
「次、エンチャント・アース!」
「重力斬!」

次に円也王の剣に超重力が付加され、凄まじい重量がサトゥルヌスの肩にのし掛かる。それにより、サトゥルヌスは片膝を地面につき、その膝は地面にめり込む。そして、サトゥルヌスの身体の一部はスタン状態となる。

円也王
「次、エンチャント・アイス!」
「氷結斬!」

そして、円也王の剣が氷結していき、剣が天を突く程の長さになる。それでサトゥルヌスのもう片方の肩を攻撃し、氷結させる。

円也王
「次、エンチャント・ファイヤー!」
「火炎斬!」

今度は烈火の如く燃え盛る炎が剣から迸り、その真紅のエネルギーでサトゥルヌスの凍った肩を目掛けて攻撃する。凄まじい音とともに氷結が一気に破壊され、それが強烈なダメージとなり、流石の大邪神王も悶え苦しむ。

円也王
「最後に、エンチャント・クリヤー!」

地水火風の四エレメントが統合された空属性エンチャントである。

円也王
「伊耶那岐神伝流究極奥義!!」
「無我破相・煩悩滅却!!」
「喰らいやがれぇぃ!!」
「真空斬・ニルヴァーナァァァァァ!!」

天地を貫くが如く正面斬りがサトゥルヌスを襲い、サトゥルヌスは呻き声を上げて両膝をついた。そして、それまでの巨大で怪しげなオーラがサトゥルヌスから消えた。それを見た蒼き魔術師が、最後の魔力を解放して封印魔法を唱える。

蒼き魔術師ソーマ
「・・・魔力解放!破邪封印!!絶対零度!!永久氷結!!」

サトゥルヌスの全身を一瞬で凍結させ、巨大な氷柱の中に閉じ込める。サトゥルヌスのオーラは完全に消え、やがて封印が完成した。全魔力を使い果たした蒼き魔術師はその場に跪き、心配したエスメラルダがすぐに駆け寄りヒーリングを行う。

蒼き魔術師ソーマ
「ありがとう、アンドレア・・・」
エスメラルダ 
「・・・お疲れ様でした、ソーマ様」

暗雲立ち込めていた空から光が差し込み、声が聴こえてくる。

「・・・みんな、よくやったにゃん」
「・・・誰も悲しむ顔を見なくてネコは幸せにゃん」
「・・・先にあの世で遊んでるにゃん」
「・・・また、みんなで遊ぼうにゃん」
「・・・さよならにゃん」

大地から光の粒が立ち上り、声とともに消えていった。

エスメラルダ 
「ネコ様~!ありがとうございます!ネコ様の弟子で私は幸せでした!また、遊んでくださいね~!」

エスメラルダの目からは大粒の涙がこぼれ落ちていた。
多くの命が失われたが、戦いは終わった。
サトゥルヌス討伐軍はその場で解散となり、それぞれの国へと帰って行く。
その時、エスメラルダは蒼き魔術師に呼び止められた。

蒼き魔術師ソーマ
「また、あの場所で会いたいんだ」
「・・・けど、今はやることがある」
エスメラルダ 
「待っています。いつまでも、お待ちしております・・・」

蒼き魔術師はエスメラルダの細い肩に手をかけた。エスメラルダは目を閉じる。蒼き魔術師の手の震えをエスメラルダは肩で感じた。震えが止まると、手は肩からそっと離れ、蒼き魔術師は去っていった。その去って行く姿をエスメラルダはいつまでも見送り続けた。

という話を、エスメラルダはヘティスに話していた。
ヘティスは涙を流して、その話を聴いていた。



ヘティス
「それで、それで、蒼き魔術師さんとは?」
エスメラルダ 
「あの場所で待ってたの、彼はよくこの村の小川で、川の流れを見ててね」
「私がそこにお弁当を持って行ったり、お話に行ったりとかして」
ヘティス
「だから七輪山からこの村に来たのね」
エスメラルダ 
「そうね、だけど彼は来なかった」
ヘティス
「え~!そんな~!」
エスメラルダ 
「メーティス先生もそうなんだけど、彼のオーラもそれからしばらくすると消えてしまって・・・」
ヘティス
(蒼き魔術師も私と同じタイムトラベラーなのかしら・・・?)
エスメラルダ 
「けど、彼がまだこの世のどこかにいるような気がして・・・」
「・・・気付いたらこんな歳になっちゃって」
「バカよね・・・今でもまだ彼が来るんじゃないかって思ってるのよ」
ヘティス
「バカだなんて・・・そんなことないです!」
エスメラルダ
「だから、ヘティス、アナタには私みたいになってほしくないの」
ヘティス
「・・・はい」

ヘティスは軽くうなずいた。

ヘティス
「あと、七輪山からエウちゃんもここに連れてきたってわけですね」
エスメラルダ 
「あら、エウリュノメーが七輪山にいたってこと、よく知ってるわね」
ヘティス
(あ、いけない・・・w)
「あはは、なんとなくそうかなってw」
エスメラルダ 
「エウリュノメーにも、ネコ様が亡くなったことを説明したわ。そしたら不思議なことが起こったの。ゴーレムって通常は、そこまで感情を見せないから泣いたりしないの。だけど、その日1日、ずっと泣いていたわ」
ヘティス
(エウちゃん・・・。ヘパと同じだ・・・)
エスメラルダ 
「それから私は、いつもあの小川で彼を待ち続けたの」
「来る日も、来る日も」
「そしたらなぜかエウリュノメーも小川を見るようになったの。これもゴーレムがしないことなのよ」
ヘティス
「そうなんだ」
エスメラルダ 
「私は彼に会えなかったけど、私の代わりにエウリュノメーがヘパイトスと会って幸せになってくれた。あの小川で。それで私は十分幸せよ」

ヘティスはエウリュノメーがなぜ恋に目覚めたのかが、少しわかった気がした。それと、エスメラルダは自分に言い聞かせているのではないか、とも思った。

ヘティス
「・・・蒼き魔術師さんのことが今でも好きなんでしょ?」
(・・・アンちゃん)

ヘティスは「アンちゃん」と言おうとしてやめた。

エスメラルダ 
「なんか、メーティス先生に声をかけられているようだわ」
ヘティス
「メーティス先生も、ネコ先生も、きっとそう言ってるわ・・・!」
「大丈夫、私が見つけてあげる!だって、私、超運いいんだもの!」
エスメラルダ
「ありがとう、ヘティス」

悲しみの中で育ったオオタネコは、もう誰も悲しませたくないという誓いを立て、多くの人の悲しみを一身に背負い、その誓いを果たして天へと昇って行った。エスメラルダは、その師の姿を生涯忘れることはなく、そして、その偉大な姿を弟子のヘティスに伝え聞かせるのであった。 

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