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神器の章

小さな希望

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部屋のノックの音でヘティスは目を覚ました。



ローズ
「おはようございます。起床のお時間です」
ヘティス
「あ、ロズたん、おは~」
(桃也(とうや)は、ここでは自由にしていいとか言ってたけど、ちゃんと起床時間とかあるじゃなの・・・w)
ローズ
「お食事がご用意されております」
ヘティス
「あ、ありがとw歯磨きと顔洗ってからね行くねw」



食事の間に案内されると、見たこともない煌びやかな食材を使い、宝石を見るかのような料理が用意されていた。豪華というか、神々の食卓と言っていいようなものであった。

ヘティス
(料理からオーラが出てるわ。最近、オーラがよく見えるようになってきたけど、こんなにオーラが出ている料理を見たのははじめてね・・・)

そこへ桃也が威風堂々とオーラを放ちながらやってくる。



桃也
「昨日はゆっくりと休めたか?まあ、食事でもしてゆっくりとするがいい」
ヘティス
(この人も朝からオーラ全開ねwこんなにオーラを出しまくって疲れないのしから・・・w)

どの料理を食べても、少し口にするだけで脳内から神経伝達物質が溢れ出し、身体からオーラが湧き上がる気がした。神話の中では「黄泉戸喫(よもつへぐい)」というものがある。あの世で食物を食べると、元の世界へ帰って来れなくなる、というものである。まるで、天界で、そうしたものを食べているかのようであった。

ヘティス
(悔しいけど、とても美味しいわ・・・。そして、なんかもう中毒になりそうで、これを食べ続けたら元の世界に帰れなくなりそう。とりあえず自制心を常に持って、腹八分目にしておかなきゃ、これではどんどんと相手のペースになっちゃうわ・・・)

桃也も席につき、ヘティスと一緒に食事をし出す。

桃也
「ヘティス、他に何か望みはないのか?余が何でも叶えてやるぞ」
ヘティス
(聖盾が欲しいに決まってるじゃないの。けど、それは今は置いといて。物事はプロセスってのがあって、急いではダメよ、ヘティス。未来への分岐点が何なのかを感じないと!)
「そうね~」

少しヘティスは考えた。

ヘティス
「アナタから貰ってばっかりではいけないわ。私からもしてあげられることがあるわ」
桃也
「ほぉ、皇帝である余に何をしてくれると言うのだ?」
ヘティス
「・・・ヒーリングよ!」
桃也
「ヒーリングだと?」
ヘティス
「アナタはサトゥルヌスと戦って、多くの魔力・神聖力を使ったわ。それがまだ回復していないと思うの」
桃也
「・・・なるほど」
「それにしても其方は色々なことを知っているようだが何者だ」
ヘティス
「私はグリーン・ハーティストよ!」

桃也は幼なじみの恋人を妃(きさき)として来たが、桃也がサトゥルヌスを倒した後に彼女は病死した。そこから意気消沈した桃也を気遣い、側近たちが王宮に美女の間を作るようになると、今度は桃也が変わってしまい、政務も疎かとなっていった。それは彼女を亡くした寂しさから来る心の空虚感であり、美女を侍らすのは、その代償行為であった。

しかし、ヘティスは思った。桃也が蓮也の前世の姿なら、それくらいでは自分を見失うことはないのではないかと。その自分を見失った理由に、サトゥルヌスと戦った時に必要とした精神エネルギーが枯渇したままであり、そこに彼女の喪失が重なってしまったのではないか、という仮説を立てたのである。

桃也
「・・・ふむ」
「よかろう、食事が終わったら“桃源郷の間”へ来るが良い」
ヘティス
「わかったわ」

食事を済ませ、少し休憩し、ローズに案内してもらい桃源郷の間へとヘティスは向かった。

ヘティス
「ロズたんは、あの桃也さんのことが好きなんでしょ?」
ローズ
「陛下に向かって好きだなんて・・・、しかも、私なんか・・・」
ヘティス
「昨日も言ったけど、恋に身分は関係ないし、“私なんか”も禁止って言ったでしょw」
ローズ
「あ、はい・・・」
ヘティス
「私の育った国では、恋に身分なんて関係ないのよ。相手の気持ちももちろんあるけど、その人のことが好きなら“好き”って言う権利は誰もがあるわ」
ローズ
「そうなんですか!?ヘティスさんの国は素晴らしいですね!」
ヘティス
(そうね、気づかなかったけど、私たちってとても幸せなのね・・・)
「だからいつか、ロズたんも想いを伝えれるといいわね」
ローズ
「はい・・・、けど可能性は殆どないと思います」
ヘティス
「希望を持って。希望はほんのわずかでいいの」
「アナタがここにいるってだけで既にニダーナ(因縁)は発生してるのよ」
ローズ
「希望・・・」
ヘティス
「そうよ、希望よ」

そう言いながらもヘティスは自分も同じく、彼に気持ちを伝えていないと思った。そして、いつか、それを伝えようと、この時、思うのであった。

桃源郷の間に入ると、いつもの通り、美女に囲まれ、ソファーに座っている桃也の姿があった。

桃也
「さあ、いつでもヒーリングをはじめるがよい」
ヘティス
「わかったわ、それじゃ、そのままソファーに座ってて。周囲の人は少し距離をとってほしいの」

桃也の合図で美女たちは、桃也との間隔を空ける。
ヘティスは桃也の近くに寄り、跪(ひざまず)き、ヒーリングを開始する。既にエネルギースキャンは昨日の時点で終わっており、狙うは空虚感を醸し出しているハートチャクラである。
周囲の美女たちは、桃也に近寄るヘティスに嫉妬の目を向けるが、ヒーリング状態に入っているヘティスは、その視線を物ともしない。



ヘティス
(ハートが硬く冷えてて、とても悲しい感じがする・・・。そしてエネルギーが枯渇していて、なんかブラックホールみたいに、底無しに私のエネルギーが吸い取られていく・・・)

ヘティスは、何度も強烈な目眩(めまい)に襲われつつ、桃也へのヒーリングを続けた。

ヘティス
(もう少しよ・・・。ヒーリングが終了した時、ニダーナ(因縁)が動き出し、真の癒しが始まる。エスメラルダ先生、ネコ師匠、どうか私に力をお貸し下さい・・・!)
桃也
(この者は本気で命を削って余にヒーリングをしようとしている・・・。一体、何がそこまでこの者にさせるというのだ・・・)

桃也は、そのヘティスのエネルギーの暖かさを感じていた。それは久しぶりの安寧の一時であった。そして、桃也はヘティスの肩に手を触れる。

桃也
「もう、よい。余は十分に満足した。これ以上は其方の身体に危険が及ぶ」
ヘティス
「ま、まだよ・・・。まだ、ヒーリングは終わってないの・・・」

ドン!

突然、扉が勢いよく開く。
将軍と思われる人間と、何名かの兵士が入って来た。

「陛下、貴方は国政を蔑(ないがし)ろにし、国を疲弊させ、民を苦しめている。よって、我らがこの場にて天誅致す!」

ヘティス
(こ、これは、もしかしてクーデター?)
(この女性たち全員をプロテクションしなきゃ危険だわ・・・)
(さっきので神聖力の殆どを使っちゃった・・・。どうしよう・・・)

ヘティスはエネルギーを使いすぎて立ち上がることさえ困難であった。
周囲の美女たちは、声を上げようとするもの、自分の身を守ろうとするもの、逃げようとするもの、戸惑う者、様々であった。そこへ、突然、メイドのローズが桃也と兵士たちとの間に立ちはだかる。そしてローズは兵士たちを精一杯睨みつけ、声を張り上げ、気丈に振舞う。

ローズ
「ここは男子禁制の場であり、しかも、皇帝陛下の御前です。すぐに持っている武器を捨て、そこへお控えなさい!」
ヘティス
(ロズたん・・・)

ヘティスが先ほどまで見ていたローズとは違い、凄まじい気迫に満ちていた。
兵士たちは、この意外な行動に一瞬たじろいだが、構わず矢を射掛けようとする。
そこへ桃也が入り身にて高速で抜刀し、射掛けられた全ての矢を切り落とした。そして、一瞬で兵士を薙ぎ倒し、将軍を捕らえた。腐ってもロータジア最強にて「超新星」と言われた実力は今も健在であった。



ヘティス
(す、凄い・・・)

桃也の剣は諸刃の剣も用いており、片方を刀引き(かたなびき)にして潰してあるため、全て峰打ち状態であった。

桃也
「誰かある!この者たちを引っ立てい!」

倒れた兵士を、衛兵たちが取り押さえ連行していく。そこへ李統風が駆けつける。



李統風
「申し訳ございません。私がいながら、このような失態・・・。この者たちを重罪に処します故・・・」
桃也
「まあ、よい。それと、この者たちは私が後で直々に裁く」
李統風
「ははっ!」

ローズは緊張の糸が切れ、その場にへたり込む。それを見たヘティスがローズに寄り添う。
ローズは危険を顧みず、自分の身を呈して桃也を守ろうとした。そこにヘティスは衝撃を覚えた。

女性は男性に守られる、という常識ではなく、女性も男性を守るのだという何かであり、お互いが守り合うという何かである。

ヘティスは思った。
自分なら、桃也の方が戦闘レベルが遥かに上のため、そのような非合理的な行動は取らないであろう、と。
このローズの行動は、皇帝の身を配下が守ろうとするのではなく、ローズの桃也への想いの強さなのであろう、ともヘティスは思った。そうした意味で、このローズが放つ愛情の強さに対しては、自分は遠く及ばない、とヘティスは思うのであった。

ヒーリングを行えばニダーナ(因縁)が動き出す。これは師からの教えであるが、ヘティスは最初、兵士が飛び込んで来たため、ヒーリングは失敗に終わったと思った。しかし、このローズの果断な行動こそが、このヒーリングの兆しではないか、と思うのであった。

『恋愛論』の著者・スタンダールはこのように述べている。

「希望はほんの少しでよい」

と。

スタンダールは更に言う。

「果断で、むこう見ずで、激しい性格と、人生の不幸に遇って発達した想像力があれば、希望はさらに少なくてもよい。」

このローズの命懸けの行動、果断で、むこう見ずの行動が、何かを動かすのかどうかは、この時点では、まだわからなかった。しかし、何かが動き出そうとしているのであった。



【解説】
生物は通常、自分よりも大きな外敵、強い外敵には立ち向かっていかない。しかし、ローズは立ち向かって行った。これは母性行動の場合、見られる現象である。ここにはオキシトシンという愛情に関係したホルモンも関係する。
孟子の概念に「万物一体の仁」というものがある。これは、例えば川で溺れた子供がいた場合、人は反射的に助けるものである、という性善説のものである。
ここでのローズの行動は、母性行動であったり、性善説の仁の働きであったり、そのような根源的な愛情として表現してみた。若い男女の恋愛感情ではなく、もっと根源的な守る、守り合う愛情を描くことで、傷ついた桃也の心が何らかの反応を起こし、物語が動いていくのではないか、と著者は思うのである。
また、この男女がお互いを守り合う関係については、今後の物語のテーマの一つにもなってくる、と今のところ考えている。




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