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最終章
108 デビュタント2
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宮殿のデビュタントホールの前の入り口では、今日デビュタントを迎える令嬢たちが並んでいた。みな婚約者もしくは親親戚などのパートナーと一緒に立っていた。その中でも、私たちは目立っていた。ルーウェンが怖いのか、私の後ろに並ぶ人の私たちまでの距離が他の人より遠い。
「サーヤ・ウォン・ウィザー伯爵令嬢、ならびに、ルーウェン・ウォン・リンケルト公爵令息」
私たちの番になり、名を呼ばれた。ホールの入り口から私たちが中へ入ると、ざわざわとしていたホールの中が、しん……と静まり返った。そんなに注目しなくても。私の緊張がピークである。
ホールの真ん中を注目の中歩き、皇帝の前で立ち止まった。前世の今頃、皇帝は病に臥せっていたと思うが、今のところ見た目では健在そうには見える。皇帝の斜め後ろには、第三皇子と第四皇子が立っているシルエットは視界の端に捉えた。しかし、流雨と話をした通り、私は第四皇子を見ることなく、皇帝に視線を定める。第一皇女はいないようである。そして流雨と一緒に皇帝に挨拶をした。私はカーテシーでの挨拶である。
デビュタントとしての皇帝への挨拶はこれで終わりである。今日デビュタントを迎える令嬢は多いので、いつも皇帝にお辞儀をして終わりが通例だ。私と流雨は移動するが、視線がまだ私たちに集まっている。
ホールの端に移動したけれど、私たちは遠巻きに見られていた。まだデビュタントの皇帝への挨拶が終わっていない令嬢もいるので、しばらくはここで待機である。
ちらっと流雨を見ると、無表情だった流雨が私に微笑んだ。それだけでもざわざわと回りが驚く気配がしたのに、あろうことか流雨は私の額にキスを落とした。なんてことを! 顔が熱くなる。二人っきりではないのに。
「るー君、みんな見てる!」
「知ってるよ。見せてるんだから」
小さい声で叫ぶと、普通にそう返された。なんで見せる必要があるんだ。パクパクと声が出ず口を動かしていると、流雨が私の耳元に口を近づけて、こっそりと呟いた。
「みんなに俺が紗彩にべた惚れだって見せておけば、紗彩にちょっかいを出そうとする人は少なくなるでしょう?」
そんな無駄な心配は不要であるが、それを突っ込む余裕がない。耳元で囁かないで欲しい。なんだか、ぞくっとするし、さらに顔が熱い。それが他から見ると、完全にいちゃついているようにしか見えないとは知らず、顔が赤いのを隠すように流雨を向いて、抱き付きはしないけれど、流雨の胸近くに顔を近づけ、顔色が元に戻るのを待つのだった。
そうこうしているうちに、デビュタントの令嬢たちの皇帝への挨拶は終わったらしい。さっそくオーケストラの生演奏が流れ出し、今日のデビュタントの令嬢とパートナーの男性たちがダンスのために前に出た。私と流雨も前に出る。
曲に合わせて、私たちは踊りだす。ここ一ヶ月、何度も練習したから、二人で踊るのは慣れた。今だけは、笑みを浮かべる余裕もある。互いに視線を合わせ、立ち止まることなく流れるように踊る。そして一曲終わると、私たちは互いに挨拶をして、流雨のエスコートでホールの横へ移動した。
すると、ユリウスが近寄ってきた。
「素敵でしたよ、姉様」
「ありがとう、ユリウス」
そして、私の友人のリリーとティアナも近寄ってきた。少し流雨を警戒しているようだけれど。
「サーヤ、デビュタントおめでとう。……ところで、あの新聞、本気?」
「うん。るー君と婚約したの」
リリーとティアナにも内緒にしていたので、リリーはこの世の終わりのような顔をし、ティアナは目に見えて青い顔をしている。
「友達になったというのも正気かと疑ったけれど、さらに上を行く冗談と思いたい話をされるとは思わなかった」
リリーよ、ルーウェン本人を目の前にして言えるリリーがすごいです。
「冗談じゃないの。それに……るー君は優しいのよ?」
「……恋は盲目なのね」
いや、本当に流雨は優しいのだけれど。リリーもティアナも疑いの目である。
「デビュタントから素顔をさらすとは聞いていたけれど、それよりもルーウェンとの婚約話のほうが大きくて、サーヤの素顔の話は薄れている様子よ。どちらにしても注目はされているけれど」
「私自身は注目されている?」
「ルーウェンの婚約者ということではね。学園の生徒たちは、何人かはサーヤの替え玉がいると思っている子もいるみたいよ。学園での姿と一致しないみたい」
リリーとティアナは私の素顔を知っているので驚きはない。今日の私を見て噂される話を拾ってくれることになっていたのだ。だいたいの想定された噂話くらいしか、今のところ出ていないようである。
それから、最低限の時間だけホールにいて、その後は流雨と抜け出して家に帰るために馬車に乗った。緊張して疲れてしまった。
「るー君、どうだった? ……第四皇子の反応は」
今日気になるのは、そこだけだ。
「……一目惚れしているようには見えなかったな」
「ほ、本当!?」
「……紗彩を凝視はしていたけれど。目を凝らして、紗彩をよく見ようとしているような感じ。表情は少し険しかったように見えた」
「……険しい? え、まさか、逆にイライラさせてしまったなんてこと」
「ないない。……どちらにしても、一目惚れしているってことはないと思う。だから紗彩は気にしなくていい」
「……本当? 一目惚れされていないってことは、無理矢理るー君と婚約破棄させられるなんてことないよね?」
「ない。俺がさせないから」
ほっとして流雨に抱き付いた。流雨と離れなくて済む。これからも第四皇子と接点を持たなければ、神カーリオンも何も言うまい。
「婚約したことを発表したから、これからは堂々と紗彩の隣にいられる。紗彩がたとえ嫌と言っても、俺は紗彩を手放さないから」
「うん、手放さないで。私もるー君から離れない」
体を流雨から離すと、少しずつ流雨の顔が近づいてくる。これはキスされるのだとドキっとするけれど、私は初めて唇に流雨からキスされるのを受け入れるのだった。
「サーヤ・ウォン・ウィザー伯爵令嬢、ならびに、ルーウェン・ウォン・リンケルト公爵令息」
私たちの番になり、名を呼ばれた。ホールの入り口から私たちが中へ入ると、ざわざわとしていたホールの中が、しん……と静まり返った。そんなに注目しなくても。私の緊張がピークである。
ホールの真ん中を注目の中歩き、皇帝の前で立ち止まった。前世の今頃、皇帝は病に臥せっていたと思うが、今のところ見た目では健在そうには見える。皇帝の斜め後ろには、第三皇子と第四皇子が立っているシルエットは視界の端に捉えた。しかし、流雨と話をした通り、私は第四皇子を見ることなく、皇帝に視線を定める。第一皇女はいないようである。そして流雨と一緒に皇帝に挨拶をした。私はカーテシーでの挨拶である。
デビュタントとしての皇帝への挨拶はこれで終わりである。今日デビュタントを迎える令嬢は多いので、いつも皇帝にお辞儀をして終わりが通例だ。私と流雨は移動するが、視線がまだ私たちに集まっている。
ホールの端に移動したけれど、私たちは遠巻きに見られていた。まだデビュタントの皇帝への挨拶が終わっていない令嬢もいるので、しばらくはここで待機である。
ちらっと流雨を見ると、無表情だった流雨が私に微笑んだ。それだけでもざわざわと回りが驚く気配がしたのに、あろうことか流雨は私の額にキスを落とした。なんてことを! 顔が熱くなる。二人っきりではないのに。
「るー君、みんな見てる!」
「知ってるよ。見せてるんだから」
小さい声で叫ぶと、普通にそう返された。なんで見せる必要があるんだ。パクパクと声が出ず口を動かしていると、流雨が私の耳元に口を近づけて、こっそりと呟いた。
「みんなに俺が紗彩にべた惚れだって見せておけば、紗彩にちょっかいを出そうとする人は少なくなるでしょう?」
そんな無駄な心配は不要であるが、それを突っ込む余裕がない。耳元で囁かないで欲しい。なんだか、ぞくっとするし、さらに顔が熱い。それが他から見ると、完全にいちゃついているようにしか見えないとは知らず、顔が赤いのを隠すように流雨を向いて、抱き付きはしないけれど、流雨の胸近くに顔を近づけ、顔色が元に戻るのを待つのだった。
そうこうしているうちに、デビュタントの令嬢たちの皇帝への挨拶は終わったらしい。さっそくオーケストラの生演奏が流れ出し、今日のデビュタントの令嬢とパートナーの男性たちがダンスのために前に出た。私と流雨も前に出る。
曲に合わせて、私たちは踊りだす。ここ一ヶ月、何度も練習したから、二人で踊るのは慣れた。今だけは、笑みを浮かべる余裕もある。互いに視線を合わせ、立ち止まることなく流れるように踊る。そして一曲終わると、私たちは互いに挨拶をして、流雨のエスコートでホールの横へ移動した。
すると、ユリウスが近寄ってきた。
「素敵でしたよ、姉様」
「ありがとう、ユリウス」
そして、私の友人のリリーとティアナも近寄ってきた。少し流雨を警戒しているようだけれど。
「サーヤ、デビュタントおめでとう。……ところで、あの新聞、本気?」
「うん。るー君と婚約したの」
リリーとティアナにも内緒にしていたので、リリーはこの世の終わりのような顔をし、ティアナは目に見えて青い顔をしている。
「友達になったというのも正気かと疑ったけれど、さらに上を行く冗談と思いたい話をされるとは思わなかった」
リリーよ、ルーウェン本人を目の前にして言えるリリーがすごいです。
「冗談じゃないの。それに……るー君は優しいのよ?」
「……恋は盲目なのね」
いや、本当に流雨は優しいのだけれど。リリーもティアナも疑いの目である。
「デビュタントから素顔をさらすとは聞いていたけれど、それよりもルーウェンとの婚約話のほうが大きくて、サーヤの素顔の話は薄れている様子よ。どちらにしても注目はされているけれど」
「私自身は注目されている?」
「ルーウェンの婚約者ということではね。学園の生徒たちは、何人かはサーヤの替え玉がいると思っている子もいるみたいよ。学園での姿と一致しないみたい」
リリーとティアナは私の素顔を知っているので驚きはない。今日の私を見て噂される話を拾ってくれることになっていたのだ。だいたいの想定された噂話くらいしか、今のところ出ていないようである。
それから、最低限の時間だけホールにいて、その後は流雨と抜け出して家に帰るために馬車に乗った。緊張して疲れてしまった。
「るー君、どうだった? ……第四皇子の反応は」
今日気になるのは、そこだけだ。
「……一目惚れしているようには見えなかったな」
「ほ、本当!?」
「……紗彩を凝視はしていたけれど。目を凝らして、紗彩をよく見ようとしているような感じ。表情は少し険しかったように見えた」
「……険しい? え、まさか、逆にイライラさせてしまったなんてこと」
「ないない。……どちらにしても、一目惚れしているってことはないと思う。だから紗彩は気にしなくていい」
「……本当? 一目惚れされていないってことは、無理矢理るー君と婚約破棄させられるなんてことないよね?」
「ない。俺がさせないから」
ほっとして流雨に抱き付いた。流雨と離れなくて済む。これからも第四皇子と接点を持たなければ、神カーリオンも何も言うまい。
「婚約したことを発表したから、これからは堂々と紗彩の隣にいられる。紗彩がたとえ嫌と言っても、俺は紗彩を手放さないから」
「うん、手放さないで。私もるー君から離れない」
体を流雨から離すと、少しずつ流雨の顔が近づいてくる。これはキスされるのだとドキっとするけれど、私は初めて唇に流雨からキスされるのを受け入れるのだった。
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