【完結】幻のような君を僕だけはずっと憶えている

猪本夜

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18 星に願いを

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 彼氏との話し合いの日以降、彼女は『桜ヶ丘珈琲』に一週間ほど顔を見せなかった。

 元カレのことで悩んでいるのだろうか、それともホクロのことが原因なのだろうか。僕が彼女に気にしなくていいと言っても、彼女は気になるのかもしれない。

 ただチャットは来ていた。『今日も暑いね』『今日描いた絵』など絵付きで来たり、文面は元気そうに見える。だからもしかしたら体調の方が悪いのかもと思った。

 一週間ぶりに『桜ヶ丘珈琲』に来た彼女の様子はいつもと変わらなかった。ホクロを化粧で隠すことも止めたようで、ホクロは見えている。

「この前、雨に降られたけど大丈夫だった? 風邪引かなかった?」
「次の日は大丈夫だったよ。風邪は引いてない」
「……次の日は?」
「あ……つ、次の次の日はちょっと熱が出たけど、もう平気。雨の日はちゃんとすぐにお風呂入ったし、なんともなかったよ。私ってすぐに熱が出たりするから、これはいつものやつ」
「……無理して動き回ったりしないようにね」
「しないよ。大丈夫大丈夫」

 彼女はへらっと笑って、僕の隣で熱心に絵を描いていた。
 そんな姿が兄と重なる。多少体調が悪くても、それを表に出すことを良しとしない兄に。

 それからお盆の日まで、彼女は僕の隣でほぼ毎日しゃべって絵を描く日々を続けた。


 ● ● ●


 八月十二日の夜二十二時。

 この日はペルセウス座流星群の日だった。天気は晴れ。流星群日和といっていいだろう。

 段ボールなどの荷物を持って僕は一人で家を出て、彼女の家までやってきた。そして『着いたよ』とチャットすると、懐中電灯を持った彼女が家から出て来た。前回のようにパーカーのフードを被り、ズボン姿でぱっと見は性別不明だ。

「コウ君、お迎えありがとう~。晴れて良かったね! 流れ星いっぱい見るぞ~」
「そうだね」

 前回のように野球の練習場まで歩く。

「コウ君、ここに来るまで怖くなかった?」
「別に」

 嘘だった。何度も後ろを振り返りながら歩いて来た。夜中に一人で歩くと、どうして後ろに誰かがいるような気になるのだろう。実際には人もいないし、人以外もいない。しかし、街灯がなければ、僕は走って彼女の家まで行ったかもしれない。

 彼女は怖がりの僕を知っているので、強がりがバレているのか、ちょっとニマニマとしている。

「お盆だし、お兄さんに会った?」
「まだ」
「日付変わってからが本格的なお盆だもんね。大丈夫、きっと来てくれてるよ。コウ君には見えないだけ」
「……そうかな。できれば会いたいんだけど」
「コウ君を知り尽くしてるお兄さんは、怖がりの弟のために足が見えるように頑張ってるんじゃない? 一年目だと変化(へんげ)が難しいのかもよ~」
「変化って言うと妖怪みたいじゃん。魔法でパパっと足を見えるようにしてくれたらいいんだけど」
「急にファンタジー」
「妖怪も十分ファンタジーでしょ」
「幽霊なんだから、魔法じゃなくて霊力とかじゃない?」
「『霊』って言葉自体がおどろおどろしく感じるのは俺だけ?」
「コウ君の怖がり方って可愛い」
「怖がってない」

 そんなことを話しているうちに練習場に到着した。静まり返った練習場はちょっと、……いや、かなり不気味。風でサワサワと揺れる木さえ、何か別の生き物に見える。僕の内面には怖いという感情が棲んでいるので、何でも三倍増しで怖い。

 ただ、そんな感情を彼女に見せるわけにもいかない。なぜなら彼女はまったく怖がっている様子がない。

 地面に潰した段ボールを敷いて、その上にシートを敷き、二人で段ボールの上に仰向けに横になる。

「懐中電灯を消すね」
「うん」

 急に暗くなった練習場の空には、前回七夕で見た星と同じくらい綺麗な星空が広がっていた。

「わぁ~~、やっぱり綺麗……」
「うん……」

 彼女の言う通り、星の輝きは一瞬息が止まるほど綺麗だった。雲のない星空に星同士が瞬いて会話しているようだ。

「……あっ!?」
「シ――――――……大声はまずいよ」
「ご、ごめんっ! ……でも、今の見た? 流れた気がしない?」
「見た。流れたね。さすが流星群、さっそく発見できるとは」
「え~ん、嬉しいけど驚きすぎて、願うの忘れてたぁ……」
「やっぱり願い事する気なんだ」
「そりゃあ、流れ星といったら願い事でしょ~」
「願い事考えて来た?」
「うん! ――でも、流れるの結構早かったね。早口言葉で練習してきたけど、言えるかなぁ」
「練習とはやる気だね」
「まあね! でも練習してきたけど、やっぱり三回唱える必要あるのかな?」
「その辺のルールは諸説あるしね。流星群だし何回も流れると思うから、その間に三回唱えるくらい緩いルールでいいんじゃない?」

 星に願うだけで願い事が叶うなど迷信とは分かっているけれど、もしかしたらという思いが願わずにはいられなくさせる。

 彼女はゴソゴソと自身のパーカーのポケットを探り、何かを取り出した。暗闇に目が慣れて来たので、彼女の顔までなんとなくわかる。彼女は僕の耳に手を伸ばした。

「え、何?」
「イヤホン。私のお願い事を聞かないでね」
「ああ、そういうこと……」
「私もイヤホンするから、コウ君の願い事も聞かないからね。これ、二股イヤホンだから」

 二人で同じ音を聞ける、というやつだ。イヤホンからは聞いたことのない、しかし系統の分かる音が流れて来た。僕はイヤホンを外した。

「まさかのケルト音楽……」
「最近好きでよくかけてるんだ。家で絵を描くときとか」
「俺も一時期、絵を描きながら聞いてたことある……」
「真似したなー」
「どっちが?」
「私は真似してないもん。――音の大きさはこのくらいでいい?」
「うん」

 再びイヤホンを耳にして、空を見上げた。
 落ち着く音と瞬く星。穏やかに流れる空気。

 ……あ、流れ星。

 そっと横を見ると、彼女の口が動いていた。僕は読唇術ができないので、ケルト音楽しか聞こえない今、彼女が何を願ったのかは分からない。

 僕は何を願おう。
 やはり、再び兄に会えますように? いや、そんなことを願わずとも、彼女の言うように僕が見えないだけで、兄はきっと僕に会いに来てくれているはず。あとは僕がその気配さえ察知できればいい。星に願うまでもない。

 だったら別の事を願おう。

「サヤが……」

 もっと長生きできますように。
 そう願おうとしたけれど、そういう願いこそ叶わないことを兄で経験している。

 再び星が流れていく。

「サヤの願いが叶いますように」

 そう三回唱えた。
 流れ星を見たがっていた彼女の願いが叶ってくれることが、僕が叶えたい一番願いだ。

 その日、僕等は飽きることなく、三時間以上めいいっぱい星を堪能した。
 日付変わって二時前、帰り際の彼女はとても満足そうで、うまく願い事が唱えられたんだろうと理解した。
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