【完結】幻のような君を僕だけはずっと憶えている

猪本夜

文字の大きさ
19 / 33

19 刹那的な輝き

しおりを挟む
 流星群を見た日の朝方、僕は少し眠かったけれど早起きした。この日からお盆で、我が家にとっては兄の初盆なのだ。親戚が集まってお坊さんを呼んで法要があり、お墓参りや会食もあった。

 お盆ということで、久しぶりに『桜ヶ丘珈琲』に行かない日が連日続いたけれど、彼女も初盆とのことで忙しいようだった。

 彼女の場合は祖父と両親の初盆だ。彼女の祖母宅に親戚が集まると聞いていた。

 お盆の間は食卓に母が兄の食事も用意していた。見えないけれど、きっと兄は帰ってきている。だから兄の好物ばかりが食卓に並ぶ。とはいえ、兄は家族が暗くなるのを嫌うので、家族の会話は明るく、また最近の出来事の報告といったものが多かった。

 お盆が終わり、再び『桜ヶ丘珈琲』に通うようになると、彼女もやってきた。相変わらず、二人で並んで絵を描きながら会話する。

「サヤのとこのお盆はどうだった?」
「親戚がすっごく集まった。おばあちゃんちって、おじいちゃん死んでからおばあちゃんが一人暮らしなんだけど、――あ、今は私もいるけどね――家が広いからか普段静かなんだけど、久々に家が賑わったよ。みんな泊って行ったしね。――コウ君はどうだった?」
「兄ちゃんには会えなかったけど、たぶん帰って来てると思う。兄ちゃんの夢を見たし」
「へえ~、お兄さん、夢で会ってくれたんだね。良かったね」
「うん」

 兄に話すことが多くて僕ばかりしゃべっていたような気がする。起きた時には、夢の内容の大半は忘れてしまっていたけれど、兄に会えて嬉しかった気持ちは残っていた。

 彼女が僕のタブレットを覗き込む。

「お兄さん、嬉しそうだね」

 そこには僕の話を笑顔で聞く兄の姿があった。


 ● ● ●


 お盆が終わって三日後。
 昼前から『桜ヶ丘珈琲』で絵を描いていた僕は、その日の夕方六時半になるとクーラーのある室内からバルコニーへ出た。お盆が過ぎ、夕方になると風が吹くバルコニーは少しだけ涼しくなってきた。

「もう花火始まった?」

 今日はまだ『桜ヶ丘珈琲』に来ていなかった彼女が笑顔で声を掛けて来た。この日は湖で花火大会が行われる予定で、最初から彼女はこの日は花火だけ見に来ると言っていた。一階で買って来たのであろうアイスキャラメルラテを手に持っている。

「まだ。七時十五分からだから、もう少しある」

 バルコニーでの定位置の席に二人で座る。
 『桜ヶ丘珈琲』のバルコニーは花火大会の穴場だと知っている人は知っているので、すでに一階のバルコニーは人が集まりだしているのか、階下から声がする。

「俺も何か買ってくる」
「うん」

 彼女を置いて一階でアイスティーを買うと、叔父が揚げたてポテトをおまけでくれた。さすが叔父。ありがたくいただいて、彼女の元に戻る。

 彼女は持ってきたハンディーファンをテーブルにセットしているところだった。暑さが和らいだとはいえ、クーラーのある部屋よりはまだまだ暑い。
 僕はテーブルに飲み物とポテトを置いた。

「叔父さんがポテト食べてって」
「わっ……! 嬉しい! ありがとう~! ポテト好き!」

 二人でポテトを摘まむ。

「まだ若干空は明るいよね。花火見えるかな」
「すぐに暗くなるよ。毎年見えてるから大丈夫」
「どっちの方向に見えるの?」
「あっち」

 僕は花火の方角を指した。

「湖の海面スレスレでやる仕掛け花火は下すぎて見えないけど、打ち上げる花火は見えるよ。一時間近くやるはず」
「お~、いいね~! こんなゆっくり花火が見られるなんて贅沢!」
「東京ではどうしてたの。花火見てた?」
「うちはマンションから見えなかったんだよね。音は聞こえるんだけど。花火大会の時は友達と見に行ったりしたけど、人の混雑がねぇ。電車とかも混むし、結構疲れるよ。汗だくになるし」
「想像はつく」
「今年は高みの見物ですね、殿」
「……そうですね、お代官様」
「そこは姫でしょ!? 『お主も悪よのう』とか言いたくなっちゃうじゃない」

 そんな冗談を言っているうちに時間は過ぎ、夜空に大きい花が咲いた。彼女が「わぁ……」と言ったと同時に、いつの間にか客が増えたバルコニーのそこかしこで歓声が上がる。

 黄、オレンジ、赤、緑、青などの花火が次々に空を彩る。
 これを見ると、夏も後半なんだなとそんな気分になる。

「青色の花火が一番綺麗だな~」
「俺は赤色がいい」
「赤も綺麗だよね。……あっ、今の大きい~」

 ひときわ大きい花火に感嘆の声を上げ、僕らはその後、無言で花火を堪能した。
 綺麗な花火はなぜか僕を物悲しくさせる。それが刹那的な輝きだからだろうか。

「コウ君」

 ボンッと花火の音に交じって彼女の声がした。

「ん?」
「今日は花火に誘ってくれてありがとう。こんな綺麗なものを見られて幸せだよ」

 彼女に顔を向けると、彼女は笑みを向けた。どこか儚げで、それが不安になる。なぜか『最後に』こんな綺麗なものを――と言われたような気がした。

「……そういうこと言わないでくれる? 何かのフラグみたいじゃん」
「え? フラグ? ……ああ、違う違う、まだ死なないってば! もうすぐお祭りもあるでしょ! まだ死ねないよ! 楽しみにしてるんだからね~。ただお礼を言いたかっただけ!」

 彼女は「コウ君の心配性~」と笑うけれど、僕の不安は消えなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

おばちゃんダイバーは浅い層で頑張ります

きむらきむこ
ファンタジー
ダンジョンができて十年。年金の足しにダンジョンに通ってます。田中優子61歳

10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました

専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

処理中です...