【完結】幻のような君を僕だけはずっと憶えている

猪本夜

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32 彼女の最後の言葉

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 スケッチブックの最終ページには、時々見る彼女の字が綴られていた。
 横書きに字がびっしりと、そして全体的に文章が右上がりへ若干斜めに走る字。

『コウ君へ

 これは、ふたご座流星群を見た日の次の日の夜に書いています。
 これは遺書ってことでいいと思う。
 とりあえず今日書いて、来月も生きてたらまた続けて書こうかな。あ、それって日記、じゃなくて月記みたいになるのかも。
 そんな言葉があるか知らないけど。

 ここで先におばあちゃんへ連絡。
 おばあちゃん、このスケッチブックはコウ君に渡してね。おばあちゃんも読んでいいけど、コウ君に渡すのを忘れないでね。おばあちゃんに伝えるつもりだけど、忘れてたら困るので念のため。

 さて、ここからはコウ君が読んでくれると信じて。

 まずは御礼を。

 幽霊のような私を
 しまった、コウ君に幽霊は禁句だった。ごめんごめん。ボールペンで書いたから消せないや。
 別に貶してるわけじゃないからね。コウ君はいろんなことができる人だから、怖いものが苦手、というのはギャップがあって、私は素敵だと思う。

 ということで、言葉を変えます。幻のほうがいいよね。

 では改めて。

 幻のような私に付き合ってくれて、ありがとう。
 余命一年、すでに幻の私は、肉体が終わりを迎える日も自分の名前でこの世を去れないことは分かってる。
 それでも、少しだけでもサヤとしての自分を取り戻したいと思っていたから。
 全てではないけれど、私はずいぶん自分を取り戻せたんじゃないかな。
 コウ君のお陰だよ。
 ありがとう。

 コウ君と出会って、半年くらい?
 短いようで長い、けれど、私にとっては人生で一番穏やかな半年でした。
 家族の顔色を窺うばかりの私の人生は、私じゃないまま東京で過ごしたことが一番の苦しい日々でした。だから寿命が分かって、一番大好きなおばあちゃんが住む家に逃げることができて、私の心は解放された状態だったみたい。
 カフェで初めてコウ君と出会った時、幽、じゃなくて、幻のような私を怖がるコウ君に興味を持ったの。私が私じゃなくて、幻であることを気づかれたのかも、とね。
 そういうわけじゃない、というのはすぐに気づいたけど。でも、コウ君には本当の私の名前サヤで呼んでもらいたいなと思ったの。
 私が少しでも自分を取り戻すために、コウ君は一役買ってくれるんじゃないかって。もし取り戻せなくても、コウ君はサヤと呼んでくれるから、呼んでもらっている間は私はサヤでいられる。

 こんなことに巻き込んでしまって、少し罪悪感はあったの。
 お兄さんを亡くしているコウ君には、余命のある私と過ごすことは残酷なのではないかって。また死と向き合うことになるから。
 でも、コウ君は普通に接してくれた。私の寿命を知っても大げさに過保護になるでもなく、可哀想な顔をすることもなく、私を痛々しい目で見ることもなく。その普通が嬉しかった。
 天国や地獄や死、なんて言葉は、余命が分かっている人間とは話題にもしないでしょ? 話題にするといけないことのような、不謹慎なような。
 でも、コウ君は天国のお兄さんに会いたいって普通に話題にしてくれて、コウ君にはそういうことを話してもいいんだって。
 あの頃は真剣に地獄に行きたいって悩んでいたから。
 もちろん、今は天国に行きたいって切実に願ってる。だから、流れ星に願うことができて、ほっとしてるよ。

 スケッチブックを左から見てくれた? お絵描き帳で練習して、上達したところをスケッチブックに描いてたんだ。なかなかレベルが上がってるでしょ。
 コウ君をじっくり見て、コウ君の絵を描いて、家でも自分で描いたコウ君の絵を見て。
 少しだけ、ほんの少しだけ、コウ君を好きになりかけてる自分がいたよ。あ、嫌な顔しないでね。あわ~い恋みたいなやつだよ。
 コウ君は性格もいいからね! 一緒にいて楽しかったから、少しは恋も芽生えるってね! 私も人を好きって思える感情があったんだって、新しい自分を見つけられて得した気分。
 だから、熱が高い時はコウ君に会いたくなかったの。だって私って酷い顔をしてると思うんだ。コウ君には元気な私だけを記憶に残してもらいたかったから。
 複雑な乙女心ってやつだよ。
 でも、全然気づかなかったでしょ? 長くて一年という私たちの関係を恋で終わらせたくなかったんだ。だって、二人でのんびりと絵を描いて話して、そんな時間がとてもキラキラしていて楽しかったから。

 コウ君に絵を描いてもらうのも、本当に嬉しかった。
 コウ君の目に映る私は、偽物じゃなくてサヤだから。
 絵やイラストの中で、コウ君とお兄さんの仲に私も混ぜてくれて、まるで元から友達だったような疑似体験ができた気分だった。
 コウ君は絵がとっても上手だから、漫画家やイラストレーターやアニメーター、活躍の場はたくさんあるね。もちろん、仕事ではなくて趣味でもいいと思う。
 コウ君の絵は人を喜ばせることができる、素晴らしい技術だから。
 写真が苦手な私にとって、絵という形で私を残してもらったことに感謝してる。

 人は肉体ではなくて、忘れ去られた時が本当の死だと思うの。ただの持論だけどね。
 だから、私だけでも本来の自分を思い出したかった。サヤという存在がいたことを忘れたくなかった。
 でもコウ君と出会って、私という存在を知ってくれたコウ君にお願い。
 幻の私だけど、記憶の片隅でいいから私を憶えていて。

 そして八十年後、天国で会いましょう。
 私はコウ君のお陰で天国に行けるから、先にお兄さんとおしゃべりして待ってるね。
 お兄さんと一緒に、コウ君が八十年は天国に来ないように見張ってるから。
 コウ君は長生きして。
 学校に行って、絵を描いて、仕事に行ったりして、時には恋をして結婚して、子供や孫も生まれて、老後を楽しんで、たくさん人生を楽しんで思い出を作って来てください。
 そして、八十年後に天国で会った時、思い出話をしてくれると嬉しい。
 楽しいこととか、嬉しいこととか、辛かったこととか、失敗したこととか、穴があったら入りたいなんて恥ずかしいことなんかも、死んだ後なら時効だよね、話してくれるのを楽しみにしてる。

 最後に。

 幻のような私と過ごしてくれて、本当にありがとう。
 コウ君と出会ってからの半年が人生で一番、私らしく過ごすことができたよ。
 コウ君と一緒に絵を描いて、おしゃべりするのが本当に楽しかった。ああいう時間を私は求めてたんだね。
 もうね、私の人生、大満足!
 終わりよければ全てよし、だよ!

 うーん、少し長く書きすぎちゃったかな。
 今、気づいたけど、なんでか文字が斜めってる。最後の方で気づくなんて、おバカ。
 そんなことも、ご愛敬ってことで。

 来月も生きてたら、遺書第二弾を書きます!
 もしかしたら日記のようになるかもだけど許して。

 幻の友人沙夜より』
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