【完結】幻のような君を僕だけはずっと憶えている

猪本夜

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31 彼女が残したもの

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 僕は彼女がいなくなった実感がなく、泣くことができなかった。
 彼女からもう二度と連絡が来ないことは分かっている。でも、今でもチャットが来るのではないかとも思っている。

 彼女の亡くなった次の日の日曜日、僕はお通夜に出席した。お葬式の日は学校で出席できないためだ。会場へは父が車で送ってくれた。

 会場には彼女の名前『森下沙夜』ではなく『森下日和』とあった。成り代わりの末に、彼女は妹の名でこの世を去ることになった。

 お通夜では彼女の祖母と叔父と挨拶して、お悔やみの言葉を告げると、祖母に会場の端へ連れていかれた。祖母は紙袋を僕に渡す。

「コウ君、今日は来てくれてありがとう。あの子と仲良くしてくれて本当にありがとう。いつもあの子が楽しそうにしていたのはコウ君のお陰よ。本当に本当にありがとう。――これね、サヤがもしもの時はコウ君に渡して欲しいと言っていたの。受け取ってくれないかしら」

 紙袋の中を見ると、陶芸教室で一緒に作った彼女のカップ、そしてスケッチブックとお絵描き帳が入っていた。

「カップはコウ君とお揃いと聞いたわ。一緒に使って欲しいって言っていたの」
「……ありがとうございます」

 彼女の遺品。彼女との思い出の品。

 最後に彼女の遺族に挨拶して、帰宅した。
 帰って早々、部屋に引き籠る僕を両親はそっとしてくれた。

 彼女の遺品を机に出す。カップの裏には彼女の名前『サヤ』と彫られている。

 お絵描き帳を手に取って中を見る。最初に練習した丸、人間もどきの練習、猫の絵、どれも一緒に描いたものや見たことのあるものばかりだった。

 隣同士で絵を描いた時間を思い出し、目頭が熱くなる。
 もう二度と訪れない時間。

「一ヶ月後に絵の勝負をするんじゃなかったの? 死んだらできないじゃないか……」

 目から少し流れてしまった水分を乱暴に指で拭い、今度はスケッチブックを取った。

 彼女がスケッチブックを持っているのは知っていた。でも、いつもお絵描き帳にばかり描いていたので、スケッチブックにはあまり描いていないのではと思っていた。

 しかし、左から開けてみると、そこにはたくさんの僕らしき人が描かれていた。一番左のページが絵を描き始めた最初の頃に描いたものなのだろう。ページをめくるたびに、少しずつ上達していく。

 家や病院で描いていたのだろう。時々、僕モチーフの絵の横に『実は顎に小さいホクロがあるコウ君。場所は違うけど私とホクロがお揃い』とか『まつ毛が長い』とか『耳に本来の穴ではない小さな穴があった』とか書かれていた。

 確かに、僕の耳には生まれた時から小さい穴がある。ピアスの穴ではないのだが、特に不便もないので放っている。

 僕は色々と観察されていたらしい。僕も彼女を観察していたからお互い様だろう。絵を描くには、よく観察しなきゃ、とは彼女に言った覚えもある。彼女は優秀な生徒だった。

 スケッチブックの絵は、三分の二ほど描かれたところで終わっていた。

 右側の裏表紙からスケッチブックを閉じようとしたとき、その拍子に一番後ろに字が書かれていることに気づいた。
 再び、今度は右側から開く。

 そこには『コウ君へ』という言葉から始まっていた。

 それは彼女の遺書だったのだ。
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