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口より先に手が出てしまう令嬢、ついうっかりやらかしたが結果的に幸せがやってきた
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「ほら、受け取るがいい!」
叩きつけられた婚約破棄の書類。じぃっと眺めているとバカにしたような声が自身にかけられる。
「はっ、悲しくて声も出ないようだ。バカには現物を見せた方が良いと思ったが、説明までも必要なのかなぁ?」
「もぉ~、ダリス様ったらベルリーズ様が可哀想ですよぉ」
キャハハ!と甲高い笑い声に、ベルリーズ=フォン=ガフはゆるりと顔を上げる。
――何だろう、このアホな茶番劇。
何も言う気がなく、ただの『無』を顔に貼り付けて目の前の2人を眺める。ご大層に腕まで組んで寄り添い立つその姿はまるで恋人。というか恋人なのだろう。
だが、二人は大変な勘違いをしている。
ベルリーズ=フォン=ガフは、ダリスに対して1ミリたりとも興味が無かったのだ。敬愛する父と兄から『鬱陶しすぎる向こうの頼みで仕方なくだ。その内婚約は解消しよう。とりあえず婚約してくれ』と土下座までして頼み込み、必死の思いでベルリーズに打診されたこの婚約。家同士の結び付きによる婚約が、貴族として当たり前のものだとは思っていたが、思ったより相手に対して興味が抱けなかった。
ガフ辺境伯との繋がりを持ちたい一心で、顔と頭が大層良い長男のダリスを売り込んできたウガイア男爵家。
そも、ベルリーズの好みから遠くかけ離れていたダリスに対して彼女が恋心など抱くわけもなく、現在まで過ごしてきた。茶会で2人が会う機会があったとしても、ベルリーズは無を貫き通した。向こうから懇願された婚約だから、あくまで婚約者としての義務を果たしているに過ぎなかったのだが、イケメンの残念思考故なのか、ダリスは『ベルリーズが緊張して自分と話すことができない』という結論に至ってしまったらしい。それが今日まで続き、結果としてこのような状況になってしまったようだ。その辺はさすがに申し訳ないとありんこくらいには思った。
止めれば良かったかなぁ…とも思ったが、如何せん興味が無さすぎる相手に対してなど、何もしたくなかった。その労力すら惜しい。時間を一分一秒たりともかけたくなかった。だから、近々こちらからどうにかして勘違い男との円満な婚約解消を行おうとしていたが、向こうがやらかしてくれた。
「おいおい、何とか言ったらどうだ!文字も読めないのか?…これだから筋肉馬鹿の辺境伯令嬢なんかと婚約したくなかったんだ」
「ダリス様ぁ、ベルリーズ様泣いてらっしゃるんじゃないですかぁ?」
「そうか、ならば書類を提出するまでの間くらい慰めてやろう!少し離れていてくれ、可愛い俺のリアナ」
「はぁい」
きゃー、とまた黄色い声が上がるが、耳障りでしかなく、ベルリーズは小さくため息をつく。まぁ、この書類の中身を確認して内容に不備がなければさっさと貴族院に提出してしまおうと思ってぼんやり書類を眺めていたのがまずかった。
ふと影がおおい、顔を上げるとニヤついた顔の単なるイケメンがベルリーズを見下ろしていた。
あ、駄目だ。生理的に無理。
そう思ったが早いか、予備動作もなく、斜め下から繰り出された拳がダリスの左頬にクリーンヒットした。
「おぶらっ!!!!!!」
「あ」
「だ、ダリス様ーーーー!!!!!!!!!」
そのまま為す術なくぺしゃり、と崩れ落ちたダリスと、盛大な悲鳴をあげるリアナ。
そして無表情で己の拳を見つめるベルリーズ。
しまったいけない、手加減忘れたわ、と一応ダリスに回復魔法をかけてから倒れたままの彼をじっと見下ろす。
ちなみに、ダリスが盛大に叫んで婚約破棄の書類を叩きつけた場所は中庭。
ちょうどお昼休みを迎えていた王立学園の生徒の皆様方は、ベルリーズがバカにされ始めたその時から、ベルリーズが無表情でダリスに拳をお見舞いした瞬間まで全て、呆気に取られて眺めていた。
「お、おま、へ、…俺、の顔に…?!」
「酷いですわ!さっさと謝っ、……ひぃ!」
ぱちん、とかぺちん、ではない。ばちん、というだいぶ鈍い音を立ててダリスの最愛のリアナの頬が打たれた。手首のスナップだけではなく、いい感じに重さがあるためそこそこの威力になっただろう。
「リアナ!」
「う、うぶ…はな、ぢ、が…」
「お前…何様のつもりだ?!」
殴られた衝撃でぼたぼたと鼻血を垂らしながらもベルリーズを睨む2人のその度胸は素直に凄いと思った。だが、相手が悪い。
家には屈強な騎士や兵士がダース単位で揃い、国王の命で国の防衛を一手に担うガフ辺境伯令嬢が、その辺の貴族令嬢や子息の睨みなど、きくわけもない。そよ風程度の動揺すら与えられないというのに。恐らく彼女が畏怖するのはまず敬愛する父や兄だろう。
「何とか言ったらどうなんだお……うぎっ!」
未だへたり込んでいるダリスの足首を思いきり踏みつければ、これまた奇妙な悲鳴が上がる。
「婚約破棄、大いに結構。ようやく顔と頭だけのモヤシ男から解放されます。あぁ…清々した…!」
ここにきてようやく口を開いたベルリーズだが、表情は晴れやかそのもの。どこにも後悔や悔しさなど無かった。
「え」
「は」
事の成り行きを見守っていた生徒の何人かが医務室に走り、念の為にと養護教諭を呼んできたが、色々と理由を知っている教員からは『ガフ辺境伯令嬢なら大丈夫ですよ。あの方、諸事情から治癒魔法はお手の物です』と笑われてしまった。
念の為に、と見届け人のような役割を果たしてもらった方が良いのでは、という周囲の生徒からの提案で、養護教諭はその場に残る。怪我についてはこれっぽっちも心配していなかった。
普段から、ベルリーズは決して目立つ方ではなかった。良くも悪くも平凡な顔立ちであるし、特に身分をひけらかすわけでもなく、更に学業の成績が常にトップ、というわけでもない。数えてみると確かに上位にいるが、順位はざっくり30位くらいのものだった。
だが、彼女が辺境伯家の出である以上、その辺の普通の令嬢と違う点が一つだけ。
何かあった時に対処できるようにと、魔法もだがそれより物理攻撃と防御に特化し、現当主である父親に鍛えられていた。
育ってきた環境も原因なのか、ベルリーズは所謂イケメン、というものに興味がなかった。強く逞しい人に憧れを抱くようになったため、ダリスなんかは『なんかその辺歩いてるイケメンっぽい男子生徒』くらいにしか認識できていなかったのだ。
なお、ガフ辺境伯と繋がりをもつことで、あわよくば王家との繋がりを強くしたいと思ってしまったダリスの父だったが、ベルリーズの男性の趣味や好みは全く把握していなかったようだ。何せ彼女の好きなタイプは『自分より強い男』。結果、残念極まりない事態を引き起こし、現在に至っているのである。
ベルリーズはあんまり簡単に起き上がられては困るから、という単にその理由だけで、思いきりダリスの足首を捻りを入れるかのように踏みつけ、彼が痛みに悶絶して何も発せなくなり、静かになったところで上機嫌に話し始めた。
「えぇ、えぇ、婚約はさっさと解消いたしましょう!ようやくおっしゃってくださいましたわ!今か今かと待ち望んでおりました!」
キラキラとした曇りなき眼で言われ、ダリスとリアナ、ギャラリーの皆様はぽかんとしている。
こんなに早口で、しかも婚約が解消、あるいは破棄されるというのにいい笑顔のご令嬢が未だかつていただろうか。否、いない。
「え、あ、えっと」
「あとすみません、お二人の名前をイマイチよく覚えていないのであれなんですが…書類にサインしたらそちらの男爵家にお届けすれば良くて?」
「は、はい」
「かしこまりました!アルフ!アルフはいるかしら!」
「はいお嬢様、こちらに」
「ヒィ!」
音もなくぬるりと現れたベルリーズの影の護衛でもあるアルフに、リアナは悲鳴を上げるが、どうやらうるさかったらしい。ベルリーズにとって。
「痛ー?!?!」
再びばちん、という音がして無表情でリアナにビンタをかましたベルリーズははっと我に返る。
「すみません、ええと…誰だっけこの人。名前が分からない………あ、男爵家ご子息の浮気相手様」
「リアナよ!リアナ=フォン=メディア!!クラスメイトなんですけど?!」
「別に悲鳴をあげるなとかは申しませんが、今まさにうるさいです」
「口で言いなさいよ、口で!貴女の口、何のためにあるの?!」
「声のボリューム下げてください耳がキンキンします」
言いながら、というか言い始めるその瞬間に反対の頬をスパン!と打たれるというあまりの暴挙に、頬を押えることも忘れ、リアナもぽかんと目を丸くした。
「いやだから、口で、言いなさいよ…」
「誠に申し訳ございません。お嬢様は旦那様や兄上様から幼少期に受けた教育の賜物で、その…悪気なく、『言う前に黙らせる』を実行しているだけなのです…。もう少しボリュームを抑えて控えめにお話になられると、あのビンタは飛んではきません。大声ですとその分威力が増します」
「そ、そうなの?」
「はい。黙らせるのには衝撃を、ということで…その、お嬢様は口よりもまず先に手が出てしまいまして。本当に申し訳ございません」
深々とアルフが頭を下げ、リアナは腫れてきて熱を帯びてきている頬を自身の氷結魔法で冷やしながら恐る恐る問いかけた。あまりにあっさりした答えに、思わずぶるりと体が震えたが、ここでようやく違和感を覚えたらしい。
「あの…」
「はい」
「黙らせるのには衝撃を、って……ベルリーズ様って…」
「辺境伯様と実際に戦場に赴くこともございますので、その際に色々と」
ニッコリ、と迫力ある笑顔で告げられ、恐怖を感じつつ納得した。
言うよりも口が早いのは、つまり。
「……戦場で…実戦経験を積んでいるからこそ…つい、実戦の時のような対応になってしまった、ということなんですの…?」
「左様にございます」
よく出来ました、と言わんばかりにアルフはパチパチと拍手をする。一方その頃、ベルリーズはさっさと書類にサインをしてから躊躇なく指先を軽く噛んでプチ、と歯を立てて傷を付け、血判証明とした。即座にアルフに渡して己の父に渡すように厳命してご機嫌MAXで手際よくダリスと、頬を冷やしているリアナに回復魔法をかける。
あの書類が貴族院に受領してもらえたら、このモヤシ男との婚約関係が恙無く終わる…!とガッツポーズをするベルリーズ。踏みつけられていた状態からようやく復活したダリスは、こんなんと結婚したら普段から暴力を振るわれかねないと改めて恐怖したものの、家に帰ってから解消の旨を父に伝えたところしこたま怒られたらしいが、それは割愛する。
この一件以降、ベルリーズに対するクラスの認識は見事に変わったらしいが、本人はいたって気にせず、のほほんと日々を過ごしている。
破棄ではなく解消したことで、ベルリーズ自身には傷はつかなかったが、婚約者不在という知らせは様々な方面に広がることとなった。
そして、彼女に婚約を申し込む際、ダリスのようなことがあってはならないと、まず手合わせから始めることにしたらしい。
ありとあらゆる体術を、辺境伯自ら叩き込んで教えているベルリーズに勝てた猛者がいるのかは、恐らく神のみぞ知る。
「……もういっそ、私冒険者にでもなろうかしら」
そうボヤくベルリーズが居たなど、知る人は影のアルフ以外はいなかった。
叩きつけられた婚約破棄の書類。じぃっと眺めているとバカにしたような声が自身にかけられる。
「はっ、悲しくて声も出ないようだ。バカには現物を見せた方が良いと思ったが、説明までも必要なのかなぁ?」
「もぉ~、ダリス様ったらベルリーズ様が可哀想ですよぉ」
キャハハ!と甲高い笑い声に、ベルリーズ=フォン=ガフはゆるりと顔を上げる。
――何だろう、このアホな茶番劇。
何も言う気がなく、ただの『無』を顔に貼り付けて目の前の2人を眺める。ご大層に腕まで組んで寄り添い立つその姿はまるで恋人。というか恋人なのだろう。
だが、二人は大変な勘違いをしている。
ベルリーズ=フォン=ガフは、ダリスに対して1ミリたりとも興味が無かったのだ。敬愛する父と兄から『鬱陶しすぎる向こうの頼みで仕方なくだ。その内婚約は解消しよう。とりあえず婚約してくれ』と土下座までして頼み込み、必死の思いでベルリーズに打診されたこの婚約。家同士の結び付きによる婚約が、貴族として当たり前のものだとは思っていたが、思ったより相手に対して興味が抱けなかった。
ガフ辺境伯との繋がりを持ちたい一心で、顔と頭が大層良い長男のダリスを売り込んできたウガイア男爵家。
そも、ベルリーズの好みから遠くかけ離れていたダリスに対して彼女が恋心など抱くわけもなく、現在まで過ごしてきた。茶会で2人が会う機会があったとしても、ベルリーズは無を貫き通した。向こうから懇願された婚約だから、あくまで婚約者としての義務を果たしているに過ぎなかったのだが、イケメンの残念思考故なのか、ダリスは『ベルリーズが緊張して自分と話すことができない』という結論に至ってしまったらしい。それが今日まで続き、結果としてこのような状況になってしまったようだ。その辺はさすがに申し訳ないとありんこくらいには思った。
止めれば良かったかなぁ…とも思ったが、如何せん興味が無さすぎる相手に対してなど、何もしたくなかった。その労力すら惜しい。時間を一分一秒たりともかけたくなかった。だから、近々こちらからどうにかして勘違い男との円満な婚約解消を行おうとしていたが、向こうがやらかしてくれた。
「おいおい、何とか言ったらどうだ!文字も読めないのか?…これだから筋肉馬鹿の辺境伯令嬢なんかと婚約したくなかったんだ」
「ダリス様ぁ、ベルリーズ様泣いてらっしゃるんじゃないですかぁ?」
「そうか、ならば書類を提出するまでの間くらい慰めてやろう!少し離れていてくれ、可愛い俺のリアナ」
「はぁい」
きゃー、とまた黄色い声が上がるが、耳障りでしかなく、ベルリーズは小さくため息をつく。まぁ、この書類の中身を確認して内容に不備がなければさっさと貴族院に提出してしまおうと思ってぼんやり書類を眺めていたのがまずかった。
ふと影がおおい、顔を上げるとニヤついた顔の単なるイケメンがベルリーズを見下ろしていた。
あ、駄目だ。生理的に無理。
そう思ったが早いか、予備動作もなく、斜め下から繰り出された拳がダリスの左頬にクリーンヒットした。
「おぶらっ!!!!!!」
「あ」
「だ、ダリス様ーーーー!!!!!!!!!」
そのまま為す術なくぺしゃり、と崩れ落ちたダリスと、盛大な悲鳴をあげるリアナ。
そして無表情で己の拳を見つめるベルリーズ。
しまったいけない、手加減忘れたわ、と一応ダリスに回復魔法をかけてから倒れたままの彼をじっと見下ろす。
ちなみに、ダリスが盛大に叫んで婚約破棄の書類を叩きつけた場所は中庭。
ちょうどお昼休みを迎えていた王立学園の生徒の皆様方は、ベルリーズがバカにされ始めたその時から、ベルリーズが無表情でダリスに拳をお見舞いした瞬間まで全て、呆気に取られて眺めていた。
「お、おま、へ、…俺、の顔に…?!」
「酷いですわ!さっさと謝っ、……ひぃ!」
ぱちん、とかぺちん、ではない。ばちん、というだいぶ鈍い音を立ててダリスの最愛のリアナの頬が打たれた。手首のスナップだけではなく、いい感じに重さがあるためそこそこの威力になっただろう。
「リアナ!」
「う、うぶ…はな、ぢ、が…」
「お前…何様のつもりだ?!」
殴られた衝撃でぼたぼたと鼻血を垂らしながらもベルリーズを睨む2人のその度胸は素直に凄いと思った。だが、相手が悪い。
家には屈強な騎士や兵士がダース単位で揃い、国王の命で国の防衛を一手に担うガフ辺境伯令嬢が、その辺の貴族令嬢や子息の睨みなど、きくわけもない。そよ風程度の動揺すら与えられないというのに。恐らく彼女が畏怖するのはまず敬愛する父や兄だろう。
「何とか言ったらどうなんだお……うぎっ!」
未だへたり込んでいるダリスの足首を思いきり踏みつければ、これまた奇妙な悲鳴が上がる。
「婚約破棄、大いに結構。ようやく顔と頭だけのモヤシ男から解放されます。あぁ…清々した…!」
ここにきてようやく口を開いたベルリーズだが、表情は晴れやかそのもの。どこにも後悔や悔しさなど無かった。
「え」
「は」
事の成り行きを見守っていた生徒の何人かが医務室に走り、念の為にと養護教諭を呼んできたが、色々と理由を知っている教員からは『ガフ辺境伯令嬢なら大丈夫ですよ。あの方、諸事情から治癒魔法はお手の物です』と笑われてしまった。
念の為に、と見届け人のような役割を果たしてもらった方が良いのでは、という周囲の生徒からの提案で、養護教諭はその場に残る。怪我についてはこれっぽっちも心配していなかった。
普段から、ベルリーズは決して目立つ方ではなかった。良くも悪くも平凡な顔立ちであるし、特に身分をひけらかすわけでもなく、更に学業の成績が常にトップ、というわけでもない。数えてみると確かに上位にいるが、順位はざっくり30位くらいのものだった。
だが、彼女が辺境伯家の出である以上、その辺の普通の令嬢と違う点が一つだけ。
何かあった時に対処できるようにと、魔法もだがそれより物理攻撃と防御に特化し、現当主である父親に鍛えられていた。
育ってきた環境も原因なのか、ベルリーズは所謂イケメン、というものに興味がなかった。強く逞しい人に憧れを抱くようになったため、ダリスなんかは『なんかその辺歩いてるイケメンっぽい男子生徒』くらいにしか認識できていなかったのだ。
なお、ガフ辺境伯と繋がりをもつことで、あわよくば王家との繋がりを強くしたいと思ってしまったダリスの父だったが、ベルリーズの男性の趣味や好みは全く把握していなかったようだ。何せ彼女の好きなタイプは『自分より強い男』。結果、残念極まりない事態を引き起こし、現在に至っているのである。
ベルリーズはあんまり簡単に起き上がられては困るから、という単にその理由だけで、思いきりダリスの足首を捻りを入れるかのように踏みつけ、彼が痛みに悶絶して何も発せなくなり、静かになったところで上機嫌に話し始めた。
「えぇ、えぇ、婚約はさっさと解消いたしましょう!ようやくおっしゃってくださいましたわ!今か今かと待ち望んでおりました!」
キラキラとした曇りなき眼で言われ、ダリスとリアナ、ギャラリーの皆様はぽかんとしている。
こんなに早口で、しかも婚約が解消、あるいは破棄されるというのにいい笑顔のご令嬢が未だかつていただろうか。否、いない。
「え、あ、えっと」
「あとすみません、お二人の名前をイマイチよく覚えていないのであれなんですが…書類にサインしたらそちらの男爵家にお届けすれば良くて?」
「は、はい」
「かしこまりました!アルフ!アルフはいるかしら!」
「はいお嬢様、こちらに」
「ヒィ!」
音もなくぬるりと現れたベルリーズの影の護衛でもあるアルフに、リアナは悲鳴を上げるが、どうやらうるさかったらしい。ベルリーズにとって。
「痛ー?!?!」
再びばちん、という音がして無表情でリアナにビンタをかましたベルリーズははっと我に返る。
「すみません、ええと…誰だっけこの人。名前が分からない………あ、男爵家ご子息の浮気相手様」
「リアナよ!リアナ=フォン=メディア!!クラスメイトなんですけど?!」
「別に悲鳴をあげるなとかは申しませんが、今まさにうるさいです」
「口で言いなさいよ、口で!貴女の口、何のためにあるの?!」
「声のボリューム下げてください耳がキンキンします」
言いながら、というか言い始めるその瞬間に反対の頬をスパン!と打たれるというあまりの暴挙に、頬を押えることも忘れ、リアナもぽかんと目を丸くした。
「いやだから、口で、言いなさいよ…」
「誠に申し訳ございません。お嬢様は旦那様や兄上様から幼少期に受けた教育の賜物で、その…悪気なく、『言う前に黙らせる』を実行しているだけなのです…。もう少しボリュームを抑えて控えめにお話になられると、あのビンタは飛んではきません。大声ですとその分威力が増します」
「そ、そうなの?」
「はい。黙らせるのには衝撃を、ということで…その、お嬢様は口よりもまず先に手が出てしまいまして。本当に申し訳ございません」
深々とアルフが頭を下げ、リアナは腫れてきて熱を帯びてきている頬を自身の氷結魔法で冷やしながら恐る恐る問いかけた。あまりにあっさりした答えに、思わずぶるりと体が震えたが、ここでようやく違和感を覚えたらしい。
「あの…」
「はい」
「黙らせるのには衝撃を、って……ベルリーズ様って…」
「辺境伯様と実際に戦場に赴くこともございますので、その際に色々と」
ニッコリ、と迫力ある笑顔で告げられ、恐怖を感じつつ納得した。
言うよりも口が早いのは、つまり。
「……戦場で…実戦経験を積んでいるからこそ…つい、実戦の時のような対応になってしまった、ということなんですの…?」
「左様にございます」
よく出来ました、と言わんばかりにアルフはパチパチと拍手をする。一方その頃、ベルリーズはさっさと書類にサインをしてから躊躇なく指先を軽く噛んでプチ、と歯を立てて傷を付け、血判証明とした。即座にアルフに渡して己の父に渡すように厳命してご機嫌MAXで手際よくダリスと、頬を冷やしているリアナに回復魔法をかける。
あの書類が貴族院に受領してもらえたら、このモヤシ男との婚約関係が恙無く終わる…!とガッツポーズをするベルリーズ。踏みつけられていた状態からようやく復活したダリスは、こんなんと結婚したら普段から暴力を振るわれかねないと改めて恐怖したものの、家に帰ってから解消の旨を父に伝えたところしこたま怒られたらしいが、それは割愛する。
この一件以降、ベルリーズに対するクラスの認識は見事に変わったらしいが、本人はいたって気にせず、のほほんと日々を過ごしている。
破棄ではなく解消したことで、ベルリーズ自身には傷はつかなかったが、婚約者不在という知らせは様々な方面に広がることとなった。
そして、彼女に婚約を申し込む際、ダリスのようなことがあってはならないと、まず手合わせから始めることにしたらしい。
ありとあらゆる体術を、辺境伯自ら叩き込んで教えているベルリーズに勝てた猛者がいるのかは、恐らく神のみぞ知る。
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