オネェな王弟はおっとり悪役令嬢を溺愛する

みなと

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理想は遙か高く

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「……あら」

 ぽと、と処理していた書類にインクが垂れ落ちてしまい、フローリアは困った顔になってしまう。最初から書かなかれけば、と新たな用紙を用意し、またさらさらと内容を書き進めてていく。

「嫌な予感…では、ないわね」

 書きながら呟き、一通り処理し終わった書類を運んで貰うべくダドリーを呼んだら、ダドリーの部下がやってきた。

「…あら?」
「申し訳ございません、執事長はただいま旦那様にお呼びされておりまして…!」
「お父様に?」

 はて、何があったのかと首を傾げているフローリアを見て、ダドリーよりも歳若い執事は『うちのお嬢さまはいつ見てもお可愛らしい』とほっこりしている。
 ところがどっこい、朝の訓練で団員をしごき倒し、団長から息も絶え絶えに『手加減を…』と言われているだなんて、彼は知らない。
 確かにちょっとやり過ぎたかしら、いやでもうーん、と考えつつも、各々の力量に合わせた結果の訓練量なのだけれど…、など、あれこれ考えていると待機してくれていた執事から『お嬢様ー?』と声をかけられた。

「お嬢様、決済済みと処理済みを持っていけばよろしいですか?」
「ええ、ごめんなさい。お母様に確認していただくよう伝言しているから、持っていけば分かると思いますわ」
「かしこまりました」

 一礼して、書類を手に退室した執事を見送ってから、フローリアは深く溜息を吐いた。

「…お父様とお母様は、とても上手に家の仕事を分けていらっしゃるわ…。わたくしもそのようなお方に出会いたいものだけれど…」

 そして、フローリアはハッと気付いた。

「わたくしの結婚ってどうなるのかしら」

 呟いたものの、何がどうなるかそういえば今後を聞いていない。
 王太子であるミハエルとは婚約破棄、もとい婚約解消になるだろうし、そうなるとフローリアは所謂独り身。
 シェリアスルーツ家を栄えさせるにしてもパートナーたる存在は、……まぁ、ちょっとは欲しい。
 欲を言うならば……と考えて、フローリアはふるふると首を横に振った。

「いいえ、まずは相談からよね。一足飛びになんて無理なんだもの」

 ひと息ついたから、と侍女長を呼ぶと、『まぁようやく休憩を!』と喜ばれてしまった。
 うっかりフローリアが休憩を忘れ、仕事に没頭してしまったせいもあるが、その集中力を養えたのは王太子妃教育のおかげだ。今ならばあの鬼教官、もとい王太子妃教育担当のご婦人に対してフローリアはありがとう!と大声でお礼が言えるだろう。言ったら言ったで『声の大きさ!』と叱られるのは目に見えているが、頑張れる時間が増えたのは嬉しい。侍女長に『働きすぎです!』と叱られてしまったが。

「ねぇ、相談があるのだけど」
「はいはいお嬢様、このばあやに何でも」
「結婚相手なんだけどね」
「…………?」

 結婚相手のことを切り出した途端、ぎち、と音を立てるかのようにして硬直した侍女長。
 確か婚約破棄された……いいや、だがしかしフローリアは婚約破棄を諸手を挙げて喜んでいたのだから、この手の話題が出てもおかしくはない。にしたって、早い。

「えぇと、お嬢様」
「なぁに?」

 きょと、と微笑みながらも首を傾げ問いかける様子はとても可愛らしいのだが、今はそうでは無い。

「お嬢様、お相手はどういう方がよろしいので?」
「そうねぇ…」

 うーん、と考え始めたフローリアだが、すぐにぱっと表情が明るくなった。

「そう、わたくしよりもお強い方!」
「(どこにもいねぇですお嬢様)」

 どうにかこうにか黙って、心の中でだけ呟くことでこの場を耐えた侍女長。
 この話を後に聞いたダドリーは、涙を流しながら彼女を褒め讃えたという。

「あとはね、わたくしのフルネームをすぐに言ってくださる方が良いわ」
「あぁ、……そうですね。お嬢様は、確かにいつも皆からライラック、と呼ばれておりますし」
「そうなの、だから旦那様となる人にはいつもきちんと、わたくしを名前で呼んでもらいたいの」
「えぇ、えぇ。確かにそうでございます」

 うんうん、とこっちには満足そうに笑う侍女長。良かった、これに関してはまともだった、と安堵したのも束の間。

「最後はね、お父様にも勝てる方!」
「お嬢様、ちょーーーーーーーっとばあやとお話をしっかりいたしましょ」
「え?」
「良いですか、お嬢様。まず、基準をお改めくださいませ」
「……基準……?」

 はて、と首を傾げるフローリアは可愛い。だがそれとこれとは別だ。
 ついツッコミを入れそうになった侍女長は、わし、とフローリアの肩を掴んで、こう告げた。

「お嬢様の基準は、少々……いいえ、割とおかしゅうございますれば!」
「どこが?」

 全部だよ!とツッコミを入れることはさすがにできない。

「まずですね、お嬢様よりもお強いとなるとだいぶ……いいえ、ほぼいらっしゃらないかと…」
「どうして?」

 駄目だこの子、周りが強すぎる。
 フローリアの周囲の男性陣といえば、筆頭がアルウィン。家には騎士団もありその辺の男よりは遥かに皆強い。尚且つ、王立騎士団にもフローリアは出入りができるようになる、いいや、幼い頃に騎士団にちょっとお邪魔していて記憶補正があるかもしれないが、『強い男』あるいは『国を守る偉い人』という認識を王立騎士団に持ったまま成長している。

「あ、でもわたくしより…ってなるとそうね、少ないわね」

 うん、と頷くフローリアだが、本人がどこまで理解しているのかは謎である。

「せめて第一条件を、お嬢様のフルネームをそもそも知っている人、とかにしてくださいませ!」
「ええ…?強い人でなければ嫌だわ」

 ぷく、と頬を膨らませて反論するフローリアだが、その条件こそが何より最難関なのは本人のみ知らないことであった。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「ところで閣下の好みってあるんですか」
「藪から棒に失礼MAXじゃないアンタ、頬っぺた引きちぎるわよ」
「あだだだだだだだだ!!!!」

 シェリアスルーツ侯爵に手紙を送った後、何をするにもメンタルの回復大事!と心に決めたシオンはお気に入りのありったけの魔石、魔物の核(宝石並みに光輝いているもの)、魔晶石を引っ張り出してきて手に取ってえへえへとだらしない顔で眺めていた。
 それを見たラケルからの割と容赦ない問いかけに、そこそこいつも通りに戻ったシオンは手を伸ばし、ぎちぎちとラケルの頬を引っ張っている。
 きっと以前のお返しだろうが、力はシオンの方が勿論強い。
 何たってシオンの別名は『鮮血の悪魔』である。その別名がついた最大の理由は『討伐した魔物の返り血でべっとり濡れたから』。シオンが歩いたあとには魔獣は生き残っていないレベルの強さ、という意味合いも込められている。

「大体人を何だと思ってんのよアンタもあのクソ鬼ババアも」
「いだい!頬っぺた!ちぎれる!」
「アタシにだって好みはあるんですからね!」
「え!?」

 頬からようやく手を離したシオンは、きっぱりと言い切るもののラケルがぎょっと目を丸くしていることには納得いかないようだった。

「アタシの好みはね、とりあえず魔物くらいなら核を傷つけずにぶち殺せるような令嬢よ!」
「いねぇですよ!」

 大声で叫んだラケルと、『どこかにいるわよ!』と続いて叫んだシオンのやり取りに、フローリアが密やかに『へっくち』とくしゃみをしていたのだが、これは後々判明してアルウィンがブチ切れることとなるのだが、また別の話であるのだ。
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