オネェな王弟はおっとり悪役令嬢を溺愛する

みなと

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誰にとって最悪の結末なのか

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「くっそおおおおお!!」

 がしゃん!と物凄い音をたててミハエルは机の上のあらゆるものを払い落とした。
 ぜぇはぁと荒い呼吸を繰り返すが、以前のように『殿下、大丈夫ですか!』とか、『殿下、お怪我はなさっておりませんか!?』と駆け込んできて心配してくれる従者は、もういない。

「何で……」

 助けてくれ、と願っても手を差し伸べてくれる人はいないし、今ミハエルの傍に居てくれるのは義務感でただただ『お仕えしております』という態度の人ばかり。
 以前は……と比較してみるだけ、ミハエルは自分が虚しくなるだけだからやめた。

 ミハエルの元に、王太后の爆発事故の知らせが来たのは国王夫妻が部下に諸々諭された後であった。どうしてもっと早くに報告してこなかったのか、と報告してきた従者を叱りつけたが、淡々とこう告げられた。

「殿下には関係のないことでしょう?」
「は……?」

 関係ないわけあるか、と思ったが口に出さなくて正解だった、とその直後に感じた。

「ああ、でもある意味関係ありますね。ことの発端はあなたの婚約破棄宣言からですし」

 冷めきった目で告げられた内容に、ミハエルは動きを止める。

「シェリアスルーツ侯爵令嬢がいたから、殿下は『皆に愛される殿下』だったんですよ? ご理解しておりますか?」
「ふざけたことを言うな!」
「ふざけてなんかおりませんとも」

 冷めきった目から一転、急ににこやかになった従者にぎょっとするが、態度も雰囲気も真剣そのものでふざけているようには全く見えない。

「シェリアスルーツ侯爵令嬢がいなくなってから、殿下の周りからあっという間に常識的な人が居なくなったでしょう? あと、諸外国との関係修復に陛下たちが必死になっているのはご存じでいらっしゃいますか? それから、貴族からの反発もとんでもないんです。例えば、『殿下は呼びつけるだけ人を呼びつけておいて、雑用ばかりさせてくる』などの苦情が一番多いですねぇ」
「俺の手伝いをさせてやろうと」
「したくないんですよ、何のうまみもないので」
「俺はこの国の王太子だぞ!?」
「だから何ですか? 沈みかけている泥船になんか乗りたくないでしょう?」

 ミハエルは自分がどれだけ嫌われているのかだけは、ここまで来ても理解していなかった。
 いいや、理解していないというか理解したくないがために、無意識に考えないようにしていただけかもしれないが、この従者はそこそこ容赦なく現実を突きつけてくる。

「殿下もそうですが、ありもしない事実を捏造して吹聴しまくった王太子妃候補様の評判も地に落ちておりますよ」
「え……?」
「だってそうでしょう? そもそもシェリアスルーツ侯爵令嬢が殿下を好いていないのに、あれやこれや妙な噂がいきなり出てきたら、味方をするもなにもないですよ。詰めが甘いんですよ、殿下は」

 にこ、と朗らかな笑顔でとどめを刺してから手にしていた書類をばさり、とミハエルの机に置いてから一礼する。

「まぁ、色々頑張ってください。頼みの綱の王太后さまは、すべての権力を陛下により引きはがされました。なお、王太后さまのご実家には一連の流れを説明するので、もう頼れないようにするそうです」

 次々にミハエルの頼りにしていたものが奪われていくような感覚だったが、自業自得だからどうしようもない。しかも、周りの話を聞いている感じでは、おばであるルイーズがこの国に来ているらしい。
 幼い頃のやらかしで、ミハエルはルイーズが苦手ではあるものの、そうしないときはある程度可愛がってくれていた。もしかしたら……と淡い期待を抱き、とんでもない勢いで書類仕事を終わらせてルイーズに会いに行こうと書類の提出をしに行った先で、更にどん底に突き落とされることとなる。
 部屋の片づけなんか使用人に任せればいいと、通りすがりのメイドに言いつけてから書類を提出だ!と意気込んで向かった先、扉を開けようとして中からの声が聞こえてきた。

「……時間が戻せるなら、シェリアスルーツ侯爵令嬢が殿下の婚約者であった頃に戻してもらいたいものだ……」
「無理を言うな、そもそも無理矢理結んだ婚約なんだ。よく我慢してくれていたよ……」
「シェリアスルーツ侯爵令嬢は、シオン様との婚約が成立してから、とても幸せそうだからな」
「まぁ、殿下と妃殿下は……ある程度やってくれればいいのではないか?」
「まてまて、殿下たちの尻拭いをするのはこちらなんだぞ!?」

 ふざけるな!と叫んで扉を破壊する勢いで中に乗り込んでやろうと思ったのだが、最近のあれこれがミハエルには思い当たるものが多すぎてしまい、反論できない。
 扉を開けて思いきり怒鳴りつけてやりたいのだが、先ほどからちょくちょく出てくるフローリアの名前に、反応してしまう。

 彼女がいれば、と何回も後悔はしたが、後悔するもののそれだけで終わる。
 そして、フローリアに対して全てなすりつけてしまうのだが、もうそれもできない。

 結局のところ、フローリアがいたからこそミハエルは『素晴らしき王太子殿下』でいられ続けたのだが、ミハエルがフローリアを捨て、悪い噂(事実ではない)を流し、影では王太后に動いてもらいあれこれサポートしてもらったものの、結果としては散々たるもの。
 フローリアは幸せをつかみ取り、ミハエルは不幸せではないものの、フローリアが居ないことで失敗続き……というか、ミハエル一人で何ができるのかを突きつけられているだけなのだが。

 もう、怒る気力もなくなってくる。

「……自分が招いた結果がこれ、なんだよな……」

 アリカだって、必死に頑張ってくれている。
 人にはできることとできないこと、向いているものと向いていないものがあるということに、遅ればせながら気付けただけでもましなのかもしれない。

 気付いたところで、これまで積み重ねてきた何もかもが失われている現実を自分の目で見て、実感し、これから立て直さなければいけないのだ、と家臣たちのリアルな声を包み隠さず聞くことで、どれだけミハエルが怒り狂おうが泣き喚こうが、変えられない今なのだから受け入れるという選択肢しかない。

 謝りたいけれど、きっと謝ってもフローリアには届かない。
 そんな時間があるなら、王太后の尻拭いに奔走しなければいけないかもしれない。

 ――次は、自分がそれを担う番なのだと思うと気が重たいけれどやらなければいけないのだから腹を括るしかない。

「……よし」

 意を決して、ミハエルは書類を提出すべくドアをノックした。
 中での声がぴたりと止まり、中に入れば『おや殿下』と何でもなかったように迎え入れてくれる。

 これを、本当の信頼を勝ち取って心からの歓迎にしなければいけないのだ。
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