幼馴染みに脅されてます

榎本 ぬこ

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恋人の定義

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 お腹いっぱい、と満足そうな顔をして床に寝転がった黒崎を横目で見ながら、俺は食器を洗う。
「何か手伝おうか?」
 そうは言われたものの、コイツに任せると食器を何枚割られるか。
「気持ちだけで十分」
「あっそ」
 意味が分かったのか、拗ねたような顔をするけれど仕方ない。手伝おうという気持ちがあるなら、まずはほんの少しでも手先を器用にしてくれればいい。
 時計を見れば針はもう四時を指している。俺は今日はバイトが入っていないけれど、それはこの男も同じだろう。でなければこんな時間まで俺の家でゴロゴロしているはずがない。
 仕方なく声をかける。
「夕飯なにが食べたい?」
 冷蔵庫にはもう何もないし、買い出しに行かなければ。黒崎がいるなら少し凝ったものを作ってみてもいいかもしれない。
 そう思って声をかけたというのに。
「…なんだよ、その顔は」
 嬉しそうな、それでいて何か迷っているような、そんな顔。
「夕飯、食べて行っていいの?」
 なんだそんなことか。
「悪かったら言ってない」
「あきらってツンデレだよね」
「よし、今すぐ帰れ」
 冗談だってー、と、いつもの調子のいい声が聞こえてくる。
「で?何が食べたいんだよ」
「あきらの好きなものならなんでも」
 出た、何でも。
「あのなぁ。何でもいいってのが一番困るんだよ」
「んー、じゃあ……パスタ、かな」
「パスタ?分かった。買い出しついて来いよ」
 その言葉に反応したのか、黒崎がふひひと笑う。
「デートみたい」
「馬鹿か?」
 恋人でもあるまいし。ていうか、恋人だとしても、だ。ちょっとそこのスーパーに買い物に行くだけでデートとは言わない。
「俺たちの関係って、セフレだよね」
「…お前がやり始めたんだろ」
 いきなりその話を持ち出すか、お前は。…いやまぁ、最初は俺が悪かったけれど。それでもここまで関係を引き延ばしたのはお前だろう。
「何ていうの?友達以上、恋人未満?」
「…元から、幼馴染っていう時点で友達以上じゃねぇの」
 我ながら照れ臭いことを言ってしまった。そんな後悔はもう遅く、黒崎はまたふひひと笑った。
「そっかそっか、そーですか」
 そのニヤニヤ、やめろ。
「ていうか、恋人だろうが幼馴染だろうが友達だろうが、決まった境界線もなければ定義もないんだから曖昧なものだろ」
「…恋人の定義、かな?」
「はぁ?」
「一番曖昧なのは、恋人の定義だよ」
 その言葉に何も言えなくなってしまった。
 現に少し前まで俺はその状態だった。恭弥と本当に恋人のままで関係は続いているのか、それさえもあやふやだったのだ。
「…そうかもな」
 何となく、今日は飲み明かそうと思った。浴びるほどに飲んで、全てを忘れたいと。
 たまに、そんな風になる。それはきっと、恭弥を思い出した時だ。
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