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しおりを挟む「どしたの藍ちゃん、すっごいひどい顔」
そう言いながら目の下をとんとんと指してきたのは、大学に入ってからも何だかんだよく遊ぶ、早坂智樹だ。
「トモのせいだろうが」
「ごめんって」
俺のバイト先を教えたというのは、なんと友人の中で誰よりも近い存在だった。
彼からしてみれば聞かれたから答えただけなのだろう。そもそも高校時代のあの時のことを、詳しく知るものはいない。智樹も同級生だったけれど、あの時は京司の束縛が酷くて、特定の誰かと仲良くすることはあまりなかったから。
「ていうかアイツと連絡取ってなかったわけ?高校の時はあんなにべったりだったのに。もしかして愛想尽かしちゃった?」
「…別に、そんなんじゃないよ」
突き放したのはあっち。俺は何度も希望をかけて、どれほどひどいこと言われても通い続けたんだ。
話す必要なんてないと思うのに、昨日のあの顔を見て傷付いた自分がいる。
***
「いやいやいや、冷静になれよ俺」
自分で自分に言い聞かせながら、京司は持っていたものをテーブルの上に置いた。刃渡り約二十センチほどの、百均の包丁だ。
アイツらがヤってる。藍が俺のことなんて忘れて、アイツのことを愛している。
そんなこと許せない、なんて思って気が付けばこんなものを買ってしまっていた。
「……ていうか藍を殺しても意味ないよな」
天国が存在するなんて思っていないし、死んでから会えるなんて分からない。
それならいっそ亮一を殺してしまえばいいんじゃないか。
物騒な思考を抱えながら再び包丁を手に取ろうとした時だ。
「ちょっ、お兄!?なにやってんの!?」
リビングに声が響いて、身体が跳ねる。やましいことがあるわけではなかったけれど、ーーいや、やましいか。
「…志穂」
今帰ってきたのか、俺の母校の制服を着た妹がギョッとした顔でこちらを向いていた。
「なにその顔!きもっ!」
「…うっせぇよ」
「……なに、なんかあったの?頼むから犯罪はやめてよ、私犯罪者の家族とか嫌だから」
鞄を床に置いて冷蔵庫からお茶を出す妹に、こんな奴でも言わないよりマシかと思い至る。
「藍に会ったんだよ」
「………お兄の元カレ?」
「まぁ、………いや、なんで知ってんだよ!?」
思わず聞き返すと、今更?という顔をされる。
「あのね、あんなにごはんの時間にも惚気て、家にも連れ込んで、しかも誰もいないと思って散々ベッドの音ギッシギッシ鳴らしてたの誰なわけ?」
「っ…俺は別れたつもりねぇんだよ!」
思わずそう怒鳴ると、ハッと鼻で笑われた。
「馬鹿?入院中、あんなに酷い内容ぼろっくそ言っててより戻せると思ってんの?勘違い甚だしいわ!」
「……俺お前嫌い…」
最近の女子高生というものは思いやりがないと思う。もう少し人の心について考えた方がいい。
「ていうか、なんで止めてくれなかったんだよ…」
恨みがましく声を出した京司の前についでとは茶を出してくれる限り、まぁ、悪い奴ではないのだけれど。
「だってお兄、凄かったじゃん。俺が男と付き合うわけない、俺は女が好きなんだからって。私が何言っても聞こえてなかったし、母さんたちはお兄と藍くんのこと知ってたけど、お兄が事故ったことの方がよっぽど重要だったもん。そこまで気ぃ回るわけないじゃん?まぁ、思い出したなら良かったんじゃないの」
藍に会ったと言った時の沈黙が長かったのは、記憶を今更戻していたことに驚いていたのだろう。
「アイツ、他の男と付き合ってるって」
「へぇ、そーなんだ。じゃあ今幸せなんだね、よかったんじゃない?」
「よくねぇよ!俺の友達と付き合ってるんだぞ!?絶対アイツら、高校ん時から浮気してたんだよ!!」
「うわ、きも。勘違いに妄想も付け足すの?」
「絶対そうだって!じゃなかったら普通、(元とはいえ)彼氏の友達と付き合えるかよ!死んだ旦那の友達と結婚出来んの!?」
「意味わかんねぇよ、お兄は死んでないし。死んだら葬式には来てくれるんじゃね?知らんけど」
もう興味が失せたのか、どうでも良さげにスマホをいじり始める妹を睨む。
お茶を飲もうとテーブルの上を見れば、気付かないうちに包丁が回収されていた。
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