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しおりを挟む部屋にたった一つ、中学生が使うには少し大きい、けれど二人で寝るには随分と小さいベッド。
「──ほら真琴、イきたい時はなんて言うんだった?」
ちゃんと言えるよねと微笑んだ二つ歳上の義兄はぐちぐちと僕のあらぬところを弄っている。
朦朧とした意識の中で、いつか零れ落ちた涙すらも枯れてしまったことに心の中でせせら笑った。
「お兄ちゃん、すき」
息をするようにすらりと出たその言葉を聞いて男は目に見えて機嫌を良くする。
「俺も真琴のこと大好きだよ」
十五のまだ未熟な身体を貪ることはそんなにも楽しいのだろうか。女と違って胸もない、特段顔が良いわけでもないこの僕に彼が欲情するのは、もう二年も前からだ。
「お前には俺しか居ないんだから」
その言葉がまるで呪いのように、見えない鎖となって僕の心を縛り付けていた。
***
兄が出来たのはまだ小学校に上がる前の話だった。
「真琴、今日から貴方のお兄ちゃんになる晴人くんよ」
母に連れられた新居は今まで暮らしていたところよりも随分と大きく綺麗な一軒家で、その家の中で会った二つ歳上の兄となる少年は随分と端正な顔立ちでつい見惚れたのを覚えている。
「初めまして、真琴くん」
栗色の髪の少年が手を差し出して笑った。怖いことなんてないよというふうに、温かいその手は優しく差し伸べられた。
「今日からここが真琴くんの家だよ。よろしくね」
「──お兄ちゃん?」
首を傾げた僕にほんの少し目を瞬いた彼は照れ臭そうに笑いながら頷いた。
「俺ずっと弟が欲しかったから嬉しいな。一緒に遊ぼう、なんでも真琴くんの好きなことしよう」
人見知りだった自分のテリトリーに気が付けば静かに入り込んだ彼は驚くほどに優しく美しい人だった。
打ち解けることに時間はかからず、用意されていた自室を使うこともなく彼の部屋で共に生活した。
自分のことを誰よりも大切にしてくれる、友達と遊ぶよりも自分といることを選んでくれる優しい兄が大好きだったのだ。
だから全て兄の言う通りにした。
「真琴、俺の他に特別なんて作っちゃ駄目だよ。友達だって駄目、だってお兄ちゃんはお前が一番なんだからお前だってそう在らないと駄目だろう?俺が中学に入って目が届かなくなったら、お前が傷付いた時にすぐに駆け付けられないんだから」
だから傷付くリスクを侵してまで友達なんて作らなくとも、早く帰ってくればお兄ちゃんが居るんだから、と。
その言葉通りに僕は学校に行っても誰とも話さず、終われば真っ直ぐに帰宅した。兄は僕より少し帰りが遅かったけれど部活にも入らずに学校が終われば真っ直ぐに帰宅して、僕の勉強を見たり一緒に遊んだり、穏やかな日々を過ごした。
「晴人くん、真琴の面倒見てくれるのは嬉しいし有難いけれどお友達と遊びに行って良いのよ?この子ずっと晴人くんがそばに居るのが当たり前になっちゃって」
「何言ってるの母さん、俺が真琴と一緒に居たいんだ。友達なんかと遊ぶより真琴といる方が幸せなんだ」
「…そう?」
なら良いんだけど、とほんの少し変な顔をした母親に気付かない程度には僕は兄に心酔していた。
兄がいるのが当たり前の日々で、だから友達なんて居なくても兄さえ居れば良いのだと本当に思った。
だって自分の特別は兄だけで、兄の特別も自分だけで、それを信じて疑わなかったから。
だから中学生になって、兄が付き合って半年の彼女が居ると知った時、酷く裏切られたような気持ちだった。
兄にとって新しい特別が居たことを僕は何も知らず、兄も何も言ってくれなかった。
僕のことだけが特別だと言ったくせに他に特別な関係の人間を作っていた。
酷い、と涙を流した僕は不思議と兄にそれを言うことはなかった。今まで何でも話し合っていると思っていた兄が言わなかったこと、考えてみれば自分と兄は『普通』ではないと気付いたから。
弟のために部活に入らず休日も友達と遊ばずに家にいるのは異常なことなのだろう。特に兄のように友達も沢山いて、勉強も出来て、運動神経も良いような人がたった一人に縛りつけられるのはおかしな話だ。
きっと兄が僕に隠したがったのは邪魔をされると思ったからだろう。確かに少し前の自分だったなら兄に彼女が出来たと聞いたら嫌だ別れてと泣き喚いただろう。けれど中学生にもなればさすがに物事の分別もつくし、どれだけ仲が良かったとしても兄弟の恋愛にまで口を出すのは野暮であることは理解した。
兄が自分を大切に思ってくれていることを疑ったことなど無かったけれど、それでも重荷になっていることは変わりないのだろうなと、学校での兄の様子を見ながら思った。
僕に出来るのは中学生にもなって兄の手を煩わせないことだと、懸命に考えて行き着いたのはそこで。
だからまずは、兄から離れようとした。これ以上依存して取り返しがつかなくなる前に、兄を解放してあげようと思った。
「友達が出来たんだ。だから明日はそいつの家で遊ぶことにしたから帰りは遅くなる。あと僕もう中学生だからお風呂も一人で入れるよ。部屋も移そうと思うんだ、こんなに大きくなってまで兄弟で一緒に寝てるのなんて変だと思うし。だから一緒に寝るのは今夜で最後にしよう?」
夕食の席でそう告げた僕に母親はホッとした顔をした。
「よかったわ、貴方ずっと晴人くんにべったりだったから心配してたのよ。部屋は明日片付けておくわ」
「──誰かに何か言われた?」
ポツリと呟いた晴人に義父も母も視線を向けた。僕はその目を見てほんの少しぞくりと背中が粟立った。静まり返ったダイニングルームで何か言わないとと慌てて口を開いたけれど、喉は異常なほどに乾いていた。
「ち、違うよ、僕もちゃんと自分で考えて」
「…そう。分かった」
恐ろしいほど冷たかった瞳が一度伏せられて、次の瞬間にはいつものように温かいものへと変わっていた。
「寂しいな、真琴がどんどん大人になっちゃって。でも今夜は一緒に寝てくれるんだろう?」
「う、うん」
「そんなに急いで大人にならなくても良いと思うけどね、俺は。ねぇ父さん」
「いや…うん、まぁ、そうだな」
言葉を濁しながら味噌汁の碗を傾けた義父に母は眉を下げて笑った。
「けれど晴人くんも今年は受験生だし、真琴も離れるなら今がタイミングよね。急に大人びて、本当に子供の成長って早いものねぇ」
そんな会話をして、初めて一人で風呂に入って、部屋に戻るなり兄が僕の腕を縄で縛ってベッドへ放り投げた。
「なぁ真琴、最後にもう一度聞くよ。誰に入れ知恵された?誰がお前を俺から引き離そうとしたんだ?」
あぁまただ、恐ろしく冷たい瞳。その目を前に僕は身体を硬直させたけれど、何とか首を振って言葉を紡いだ。
「ちがう、僕はちゃんと、自分で考えて」
貴方の迷惑にならないように、重荷にならないようにと思って。
「──そう。じゃあ、自分で考えた結果が俺から離れるってことだったわけ。分かった」
にこりと笑っているはずなのに恐ろしくて声が出なかった。
「俺から離れるなんて許さないよ、真琴」
何をされているのか分からないまま涙を流した。脱がされた服も、女でもないのに胸を舐められたことも、考えもしなかった場所を指で広げられたことも。
「ひっ!!!」
ぐちぐちと音を立てていたそこに入ってきた何かは熱くて痛くて、それが兄の性器だと知った時、自分の理解の範疇を超えた。
「父さん、母さ」
「黙れ」
初めて口にされた命令口調で口を噤む。
「そう、真琴はいい子だから分かるよな?もしこんなところを父さんや母さんが見たら──真琴のせいで家族みんな壊れるよ。大丈夫、痛いことは何もないから。真琴が我慢して静かにして、俺から離れようとしなかったら良いんだから」
それとも、とうっとり笑った兄は耳元で囁いた。
「真琴が家族を壊す?真琴さえ良い子にして俺の言うことを聞いていれば、優しいお兄ちゃんで居てあげるのに」
どうするのと尋ねたその男が、初めて悪魔のようだと思った。
そうして中学一年になったばかりの春、僕は兄にレイプされた。
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