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第1章 旅立ち
リディア・ベルネット(3)
しおりを挟む「ひいぃぃぃぃ!!!」
恐怖で彼女の顔が歪む。
間に入った兵士達も次々になぎ倒される。
あっという間に彼女の目と鼻の先だ。
「おぅらぁあああああ!!」
それまで動かなかったホルガーが、ゴブリンロードにぶちかましをする。
ドゴゥォォ!
巨躯同士がぶつかり合う物凄い音がするが、ゴブリンロードが少しバランスを崩し、減速した程度か。
(化け物!!―――)
息を呑み、レベルの違う、このモンスターのあまりの強さに戦慄する。
ゴブリンロードは、盾代わりのゴブリンを持ったまま、左手でホルガーを薙ぎ払う。
「うぉああああああ!!」
ドスンッ!!
何体かのゴブリンの死体と共に、ホルガーは一瞬で10メートルほど吹き飛ばされてしまった。
ゆっくり首を回し、そして真っ直ぐにリディアに視線を向けるゴブリンロード。彼女には心なしか、その口の端が上がっているように見えた。
(今、ターゲットは私か……そりゃそうね。あんだけの魔法打ち込んだんだから)
「グルルルル……グッグッ……」
「笑ってんじゃぁぁないわよ!! ティレス・フォー・マリハッタ……」
いとも簡単に硬直しそうになる自分を声を出す事で奮い立たせ、再びロッドを構える。
だが、足元にあったゴブリンの、上半身だけになった死体を拾ったゴブリンロードは、更に口を歪め、猛烈な勢いでリディアに向けてそれを……投げた!
ブォォォォォォォンッッ!!
「え!?」
バチンッッ!!
「アゥッッ!!」
上体を右に傾けて直撃は避けたものの、ゴブリンの腕がリディアの頬から額の辺りに当たり、怖さと痛さで馬から転げ落ちてしまった。その間にも表情を変えずに近寄ってくる巨体。
「グ……グルル……グッグッグ……」
左手で頰の辺りをさすりながら涙を滲ませて、しかしゴブリンロードを睨み付けるリディア。
「フゥゥフゥゥ……笑うな!」
そう叫びはしたものの、さっき詠唱しかけていた魔法は掻き消えてしまった。落馬の際にロッドも手から離れてしまった。
「うぅぅぅ……クッソォォ」
リディアの目から涙が溢れてくる。
怖くて泣いているのではない。
この任務に志願して参加したことにも悔いは無い。戦闘任務だ。途中で命を落とすこともあるだろう。
しかし、身体が死を拒否する。
拒否するが『戦う力』では無く、涙という形でしか表現されない。
(くそっくそっ! 動け私!!)
その時、後ろから何かが走ってくる音がする。
ダダダダダダダダダダダッッ
(味方!)
咄嗟に振り返り、助けを求めようとした彼女の目に映ったのは……援軍ではなかった。
眼に映る数十の影。
それは無情にも、ウェアウルフの大群だった。
ゴブリンロードが咆哮した際に見張りから報告があった数十匹のウェアウルフが全速力で走ってくる。
「そりゃ……そうか」
彼女は自嘲気味に笑う。
(私が最後尾なんだから、後ろに味方なんかいるはずないじゃない)
あっという間に自分まで10メートルほどの距離まで接近している。
「あ……」
(これはヤバいやつだ)
「グゥオオオゥ!」
ドガッ!
叫びと音に向き直ると、もうゴブリンロードが彼女の前方、4、5メートルほど近くにまで来ているではないか。
……が、様子がおかしい。
何かを殴ったような格好をしたまま、立ち止まっている。
口元が引きつっており、怒りに震えている、ように見える。
怒りの理由は……ゴブリンロードの右足に剣が後ろから刺さっている。あれだ。
不意にリディアは思い当たる。
(……まさか! 今、何を……殴ったの?)
恐る恐るヤツの拳の先に視線を向ける。
その方向、数メートル先の木の幹に打ち付けられ、逆さの状態で口から血を吐いているヘルマンが、いた。
「ヘルマンさんッッ!!!!!!!」
(……嫌だ)
(……怖い)
(早く……)
頭の中が混乱する。
ヘルマンは最後まで諦めず、剣を足に刺し、ゴブリンロードの歩みの速度を少しでも落とそうとしたのだろう。
気がつけばもうゴブリンロードの手の届く所にリディアはいた。
時がゆっくりになる感じがする。
(ダメ……)
自分がゴブリンロードの巨体の影に入る。
笑いながらゆっくりと手を伸ばすゴブリンロード。
リディアは怯え、目を見開く。
思考が更に乱れる。
「諦めるな!」
ホルガーが今度はゴブリンロードの左手側から体当たりだ。止まっている所を横から体当たりされたため数歩ぐらつく。
「グゥオオオオオオオオッッッ」
怒りで反射的にホルガーを殴ろうとしたゴブリンロードの巨大な右手が。
綺麗に切断され、彼の足元に転がっていた。
「よくやったホルガー! 後は任せろ!!」
その声は、ゴブリンロードの更に後ろから聞こえた。
彼女がよく知っている声!
そして、待ち望んだ声だった!
なぜ、今、ここにいる? などとは思いもしない。むしろ、
(来たっ……! やっと!)
まるで来る事がわかっていたかのように。
そして声の主が来れば後は大丈夫、とばかりに全身から力が抜けていく。
ゴブリンロードは、何が起こったのかわからないといった感じで、切り落とされた自分の腕を見、そしてゆっくりと後ろを振り返る。
「やっと追いついたぜ! 青竜剣技!」
リディアからは、ゴブリンロードの巨体越しに無数の剣のイメージが空中に浮かぶのが見える。
「『飛』!!!!」
突如現れた男の声と同時に、無数に飛ぶ斬撃!!
しかし、それは何故か、1つもゴブリンロードに当たらず、リディアにも当たらず、風を切る音を残し、彼女の全身をミリ単位で避けて、後ろの方に飛んでいく。
どこを狙ったのか?
ウェアウルフだ。
リディアのすぐ後ろにまで迫っていたであろう、ウェアウルフの群れがバタバタと倒れる音と、呻きとも叫びとも聞こえる断末魔が耳に入ってきた。
ヘルマンとホルガーの2人はボロボロになりながらも笑い、後は任せたと言わんばかりに安心して目を閉じる。
「今度は逃がさねぇよ! ゴブリン野郎!!」
修羅の形相で跳ぶ剣士。そして……
「 火竜剣技!『断』!!」
ゴブリンロードの首から上が、ブチっと胴体と離れ、さらに切り口から全身に炎が燃え広がる。
「バカァ……遅いわよぅ……マッツ!」
苛烈を極める『修羅剣技』の修行に挑んだ数千人の中で頂点に立ち、『剣聖』の称号を持つ。
赤眼のマッツ・オーウェンだった。
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