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第1章 旅立ち
ツヴァリアの陰謀(6)
しおりを挟む10歳でランディア王立学校を卒業し、その後、修羅大陸ノゥトラス王国で剣の修行をしていた俺は、18歳の時に再びこのランディアに戻り、ハンスに勧められるまま、王国守備隊に入隊した。
俺が配属されたのと、時を同じくして宮廷魔術師としてやってきたのが、この目の前のジジイ、エッカルトだ。
エッカルトは、ミラー大陸のカルマル国からやってきたと言い、その膨大な魔術の知識で、魔法の後進国であったランディアの発展に寄与したのは間違いない。
だが、こいつの真の狙いは、ランディア王国の転覆、そして新しい国の建国だった。この企みに気付いた俺は、ハンス達と協力してクーデターを未然に防いだのだ。
結果、エッカルトは国外追放となり、ディミトリアス王の温情で死刑は免れたが、ランディア近海にあるストラッフ島に島流しとなったはずだ。
「島流しになってた割に元気そうだな」
「クク……我に島流しなど、何の意味も為さん」
まあ、それはそうだろうとも。見張りはつけたものの、本当に島流しにしただけだからな。当時、ディミトリアス王は、こいつを殺そうとはしなかった。
思慮深い方だし、考え無し、と言うわけではなかっただろうが、おおらか過ぎると言うか……お陰で今、俺は酷い目に遭っている。
「しかし、あの島はあの島で興味深かったぞ。結局、3年はいたかな。貴様にやられた傷を癒しつつ、我の意思でな」
「王に背いておいて、観光とはまたいいご身分だな」
「ハッ!」
吐き捨てるように笑っているが、気にせず続ける。
「おい。ひょっとして、ここんとこのモンスター騒ぎは、お前の仕業か」
「無論だ。他に誰がこのような真似が出来よう。気に入らなかったかね?」
「当たり前だジジイ。人に嫌がらせするほど暇なら島に戻って釣りでもしてたらどうだ? それとも誰かに構って欲しいのか?」
エッカルトは、俺のあまりの口の悪さに辟易した様子だ。ため息をついてかぶりを振る。
「愚かな……何という凡夫か。やはり俗物。貴様などにはわからんわ。如何に我が油断していたとはいえ、一度はこのような愚物に邪魔されようとはのう。前回はしてやられたものの、結果、我は大いなる天啓を得た。此度は以前のようにはいか「うっっっるせぇぇぇぇ!!」
エッカルトの目前まで走り、丸太の壁を蹴り上げる。そして格子の間に顔を捻じ込み、まどろっこしい演説を続ける目の前の男を睨みつけた。
「ぐだぐだ能書きたれてんじゃあねーぞ、ジジィ。お前が何を企もうが、誰を味方につけようが、またこの国を狙うのなら、俺が無茶苦茶にしてやる! 王がお前を許しても俺が許さん! 何度でも俺がお前を捕まえてやる!」
目を丸くして息を飲むエッカルト。
俺の剣幕に1歩下がったものの、少しずつ、また嫌な笑みを浮かべる。
「ククク……クックック……ハァッハッハー!」
「ケッ! 鬱陶しい笑い方しやがって」
「言うじゃないか。少しは成長したのか? 小童が誰にモノを言っている? たかだかランディアのような小国の、しかも一守備隊長如きが」
コツコツ。
数歩、壁越しに俺に近付く。
「いや、『守備隊長』ではなかったか……」
「何だと?」
目を細くし、俺を覗き込む。
そして―――
予想だにしないことを口にした。
「あの顔は……」
ん? あの顔は……だと?
「まさしく『エロ隊長』だったな」
…………
「ブーーーーーーーッッッ」
あまりの事に、ひっくり返ってしまった。
「な……な……」
『エロ隊長』
それは、リェンカリの森に入り、リディアを怖がらせてやろうと、適当な怪談話をした時の俺の顔につけられたあだ名だ(自分で客観的にそう思っただけだが)。
「おおお……おまおまおま……!」
口をパクパクする俺をニヤリとしながら見下ろすエッカルト。
そういうことか!
さっき出てきたあの化け物の謎が解けたぞ!
こいつ、リェンカリの森に入ってから、ずっと『遠視』で覗いてやがった!!
俺がリディアに話したデタラメな話、そして俺が鼻の下を伸ばし、みっともない顔をしていたのも、全て見ていたんだ!
その上で俺達を捕らえるために、わざわざあんな姿をした化け物を作りやがった。確かにあのタイミングで、あの化け物が現れたら俺も抵抗が遅れてしまう。
くそっくそっ!!
数時間前の俺のバカッッッ!!
今のこの状況はディミトリアス王のせいじゃない。
俺のせいじゃないか。
恐る恐る、後ろを振り返ってみる。
リディアは何の事かわからない顔で俺とエッカルトを見やっている。
ほっ。
いやいや。安心している場合ではない。
「クックク。全く……俗物よのぅ……」
そんな俺の思考を読み取ったかのように、さも愉しげに口元を歪めるエッカルト。
睨みつけるものの、先程までの迫力は出そうもない。
「くそっ……趣味の悪いジジイだ」
「何か言ったかね。エロ隊……「わーーーーわーーーーわーーーーー」
リディアが目をパチクリさせ、俺を見る。
頼む。俺を見ないでくれ。
くっそ。やはり第三者があの顔を見ると『エロ隊長』と名付けるんだな……いや、感心している場合ではない。
「……俺達を生かして、一体、何が狙いだ?」
「クク……不思議か? そうとも。そもそも貴様ら如き我の敵ではない。殺そうと思えば、森の中でも、ツヴァリアでも、いつでもできたのだ。無論、今、この場でもな」
全く敵わないとも思わないが、こいつが高度な魔術の使い手、というのは残念ながら本当だ。少なくとも剣がなければ、勝負にならないだろうな。
「だが……この地上において、剣聖とまでいわれている貴様の剣技はそこそこ役に立つ。そこで、だ。どうだ、マッツ・オーウェン。我のしもべにならぬか?」
「……は? 何、寝言言ってんだ?」
「我の元へ来るなら、そこの女は助けてやってもよいぞ?」
「なに?」
リディアがハッとした表情でエッカルトを見上げ、叫ぶ。
「マッツ! そんな事、聞く必要ないわよ!」
「……」
「ククク。威勢のいいことよ。だがマッツ・オーウェン。貴様は知っていよう。我が催眠、操心魔法の達人だということを」
確かに俺は知っている。こいつは以前、数百人からの王国の人間を同時に洗脳、操り人形にした。その中にはランディアの高位魔術師もいたんだ。
俺が歯嚙みをして下から睨んでいると、さも楽しそうにエッカルトが続ける。
「マッツ・オーウェン。貴様が我のしもべにならぬと言うなら、その娘を洗脳し、生涯、我の慰み者としてやる」
「ふざけるなっ! リディアに手を出すんじゃねえ!!」
「それは貴様次第よ、マッツ・オーウェン。我に忠誠を誓え」
くそったれ!
リディアを脅しの材料に使われるのが、最も恐れていたパターンだった。
「貴様に精神支配が効かぬことは5年前の件で身をもって知っている……では、貴様以外を支配するよりなかろう?」
「……2、3日、考えさせてくれないか」
「ほっ。またえらく時間がかかるものだな」
「当たり前だろ? リディアと国を天秤にかけようってんだ」
「クックック。重ねて言うがこれは我の慈悲ぞ、マッツ・オーウェン。貴様ら2人、捻り殺すことなど容易い。この世で我の敵足り得るものは『5人の超人』をおいて他におらぬ。まあ、その足りない頭で悩むが良いわ」
捨て台詞を吐いたエッカルトが一旦帰ろうとして立ち止まり、またこちらに振り返る。
両手で格子をしっかりと掴み、今度はエッカルトが顔を食い込ませ、目を見開き、気色悪い表情を浮かべたまま、話し始める。
「そうそう。1つ言い忘れたぞ。お前が心待ちにしているハンス……だったか? あの若造の所には、オーガの大群を送っておいた。1週間は足止めするように指示しておいたから早々には帰ってこれぬ。邪魔されず、安心して悩むが良い」
それだけ言うとクヒヒと笑い、引き返して行った。
そうだ。最短、2日位で救援が来るかも、という甘い期待から、何とか時間を引き延ばしただけだ。
やつは全て見抜いていた。
その上で、俺の条件をのみやがった。全く、俺を警戒していない、いや、奴にとって俺達などどうとでもなる、ということだろう。
おそらく、この2、3日で何かやることがあるに違いない。
これは少々、洒落にならん状況になってきた。
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