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第2章 超人ヒムニヤ
エルナ・グナイスト(1)
しおりを挟む翌朝、これからの行程についてビルマークの面々と打ち合わせをしている。
ビルマーク王都より北は俺達にとって、完全に未知の世界だ。そこで、土地に詳しい国王テオドール、最高位魔術師であり、宮廷魔術師のシモン・ヴォルフガング、その弟子の魔術師エルナ・グナイスト、爆睡泥酔王子マルクス、俺、リタで話し合っている。
「王都から3日も北上すれば、古竜の大森林に入る。この森にはビルマークのあちこちから移住して村を作り、生活している者達がいる。そういった者達はたまに王都に来て買い物をしたりしているな」
シモンが説明を始めた。
「また、古くから居つく土着の部族、民族もいる。お主らがよっぽど下手をうたん限りは皆、友好的だから心配せんでよい。森の妖精の目撃情報もあるが、定かではない」
そこでひと口、茶をすすり、口元を丁寧にふく。
「気をつけないといけないのは、深く広大な森ゆえ迷いやすい、という事と、モンスターだ。我等もさほど出会うた事はないが、森独自の奴らが居着いている。とはいえ、村から村へ移動している限りは出会わんだろう。彼らは安全な所にすんでいるからな。しかし、最も危険なのはそんなものではない」
「竜―――」
俺が口を挟む。
「そうだ。聞いているようだな」
「バルバラ王女に教えてもらった」
「そうかそうか。で、その竜だが、目撃されるようになったのは実は最近ではない。確かにこの辺りまで来るのは珍しいのだが、数十年前にも数度、目撃されている」
ほう。
だが、もちろん、竜と戦う選択肢など、俺にはない。
「ま、大丈夫だとは思うが、見つけても珍しいものを見た、と思う位にしておく事だ。間違っても手を出すんじゃないぞ」
「全く同感だ! 絶対に手は出さないとも!」
「ふふ」
何故か、リタが含み笑いをする。
「そんな事言って…… 結局、戦うんでしょ?」
「やめたまえ、リタ。嫌な予感がする」
「うふふ」
「はっはっは。また武勇伝を作る気か? 竜を倒したら教えてくれよ?」
テオドール王が乗っかってくる。ダメだ。それ以上、言うな。
「ほっほ。まあ、やめておく事だ。命が幾つあっても足らんわ。で、竜がこの辺りや、大森林に現れる理由なのだが……噂では暗黒大陸のドラフ山脈に住み着いている竜達が何者かに追い出され、南に逃げてきた竜が大森林で目撃されている、と聞いた」
サンクス爺さん。話を進めてくれた。
「何だよそれ。すげえ奴だな、そいつ」
「……てか、それやってるの、例の超人様じゃないの? 名前忘れたけど。ヴォヴァルベル?」
リタが鋭い事を言う。有りそうな話だ。名前が適当だが。
「ヴォルドヴァルドだな。彼については有名な噂がある」
物知りな爺さんだ。ダテに長生きはしていないようだ。
「彼にはあらゆる攻撃が通じない。物理無効、魔力無効の最強のシールドを持っている」
「…………はい?」
そんな反則野郎が存在していいのか……。
「ほっほっほ。戦うとなれば、竜以上にやばい奴だ。心せよマッツ。で、だ。この世でヴォルドヴァルドを唯一、傷付ける事が出来るモンスターがいると言う」
「おお! なら、そのモンスターを手懐ければいいって事か!」
「それが、竜だ、と言われている」
「……………………無理っす」
まあ実は話の流れからそんな気は少ししてたんだがな。そんなのムリムリ。
この前見た飛竜程度なら何とかなるだろうが。
「つまり、だ。竜を追っ払っているのが事実だとして、それをやっているのはヴォルドヴァルドではないと思われる、という事だ。まあ推測だがな。教えてやれるのは此れ位だ」
誰だよ、そのすげえ奴。
「いや~。ははは……。かなり、しょげましたわ」
「はっはっは! しっかりしなされマッツ殿! 私の命の恩人だろ! 」
昨日の事はほぼ何も覚えていないらしいマルクスが快活に笑う。
くそッ! 気軽に言うんじゃねえよ。何も考えてねーくせに!
「いや~~~。気が重いっす……」
しかし、どうすんだこれ。言ってる事が事実なら、既に詰んでるだろ。これからの旅がハード過ぎて笑えてくる。
「そんなお主に少しばかりの朗報だ。エルナ」
「はい」
今まで黙っていたエルナ・グナイストさんが初めて口を開く。胸元が開いた膝下までの薄い青のドレスを着た美しい女性だ。
歳は……判断しにくいが、20台前半、俺と同じ位かな?
「エルナ、お主、暗黒大陸までマッツの旅に同行せよ」
「承知しました」
な、な、ええ?
軽く頭を下げて、澄まし顔で快諾しているが……
「…………え、ええ~~~??」
「む。なんだ、マッツ。不服か?」
「いや、不服だなんて……。ただ、どう楽観的に考えても厳しい旅だぜ? こんな若いお嬢さんを預かるわけには……」
そう言うと、リタがプッと吹き出す。
「ん? どうしたの? リタ」
「……いえ、何でもないわ」
リタが笑いながらそう言うと、シモンが真っ白な長い眉毛をハの字にする。
「そうか、お主に紹介していなかったな。エルナは私の大切な弟子で、近い内、私の後を継ぐもの。既にテン系魔法を極めた最高位魔術師だぞ」
「は? 最高……なんだって?」
エルナも口に手を当ててフフッと笑う。
仕草が妙に大人びていて、リディアには無い色っぽさがある。
「やれやれ。困ったもんだのう。お主も多少は魔術が使えるんだろう。テン系を極めし者がどれほど役立つか、わからんのか」
そういうシモンを手で制するテオドール王。
「まあまあ、シモン。それはこれから、旅の中でおいおい理解して貰えばよい」
そこまで言って顔を俺に向ける。
「とりあえず連れて行け、マッツ。ビルマークを救ってくれた礼だ。絶対に戦力になる。儂が太鼓判を押す」
王にそこまで言われては断る理由は無い。
「では、お預かりします」
「そうだ、1つだけ訂正しておこうか。旅の間にお前に手を出されても困るからな……。エルナはお前よりはるかに歳上、もう50のおばさんだぞ」
は?
「おば……」
エルナの額に癇筋が綺麗に浮かぶ。
「えええええええぇぇぇ~~~!!!」
リタとマルクスが笑う。
「知ってたのか、リタ」
「昨日、教えてもらったわ。貴方達がバルコニーで何かしてた時に」
いや、それ、今、関係ないだろ。
「何でさっき、言ってくれなかったんだよ」
「私の口から女性の歳なんて、言える訳ないでしょう」
「ぐぬぬ……」
「わかってると思うけど……貴方はリディアとアデリナ以外に手を出しちゃダメよ?」
「どういう意味だ、おい!」
そしてエルナの殺意が篭った視線を避けるように、テオドール王が身を乗り出す。
「こいつは女好きだからな。それも相当だ。見ればわかる。歳が離れてるからと安心するんじゃないぞ、エルナ。だが恐らく、こいつは何かを成し遂げる奴だ。神の種も必ずや集めるだろう。お前から手をつけるんだったら、応援するぜ」
「……おふざけは、その辺で」
ピシャリと言い放つエルナ。
国王相手でも容赦ない。
やれやれ……とかぶりを振るシモン。
「差し当たりは古竜の大森林を安全に抜ける事だ。エルナがいれば、まず問題無いだろうが……十分に気をつけるが良い」
「ああ、わかった。シモンさん、ありがとう」
「マッツ一行は我が国を救った上で、古竜の大森林に向かった、とディミトリアス王には連絡しておく。これからの旅も気をつけて行け。マッツ」
「ありがとうございます。テオドール王」
不意にマルクスが立ち上がって叫ぶ。
「父上の言う通りだ! 用心せよ、マッツ」
1つでいいから、何か違うこと言えよ。
この王子は素面で一人の時は良いこと言うんだが、王といるとほんとにダメだな。
「はい。用心します」
それから俺達はビルマークの人々に派手に見送られ、城を後にした。
ここで、ランディアから共に旅をしてきた馬とは別れる。馬ではあの大森林を進む事ができない、らしいからだ。
世話になった馬達は、ランディアへ返しておいてもらうよう、マルクスに頼んでおいた。従ってここからは、みんな徒歩だ。
最後までバルバラがついてくると言って聞かなかったが、ヘンリックに『ここから先は、自分の身を自分で守れない奴がいると周りが迷惑する』とはっきり言われ、涙ながらに引き下がっていた。
大丈夫だ。また会えるさ。
目指すは暗黒大陸。
だが、その前に、目前に迫る古竜の大森林、こいつを無事、通り抜けなければならない。
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